出発
十九話
◆キーア暦144 二月二日◆
午前一時、ウィルは既に準備を整えていた。出発は午前三時。三十分前に、南側の港に集合だ。
「落ち着かないな」
荷物を持つ。
ウィルはかなり早いが、港に行ってみることにした。
南通を下っていく。上を見上げると、明るい星が夜空に輝いている。
トリストの南側は港があることもあり、この町で一番人が多い。真夜中の今も、船の用意や、店の準備に勤しむ人が所々にいる。
「おい! 何だとてめぇ」
「もう一回言ってみろ!」
ウィルは、路地裏で何やらもめているのに気付いた。
「お金ないっていったの。だから払えない。これでいい?」
見ると、男二人と女が言い合っている。男の方はかなり頭に血が昇っていて、このままだと大事になりそうな雰囲気だ。
(万が一だが、治安隊が来て出発に支障がでるかもしれない)
ウィルは、仕方なく止めにはいることにする。
「どうしたんだ?」
路地裏に入っていく。
「何だてめぇ」
「落ち着け。あんたの敵をしようって訳じゃない。何があったか聞かしてくれないか?」
なるべく、男達を刺激しないように話しかける。
「話しも何もねぇ。この女、船でここまで運んでやったのに、後になって金払えねぇなんざぬかしやがる」
「このご時世だ。俺たちも金には困ってる。生活がかかってんだ」
男達の言い分はもっともだ。
「あんた、何で払えないんだ?」
女に聞いてみる。
「この町でお金は手にはいるはずだったの。ちょっとした手違いで今日は無いから、明日払うって言ったんだけど」
「だから、明日には仕事でもうこの町にはいないんだよ!」
女の方は思ったより冷静だ。だが、見たところ非があるのは女の方だ。いつもなら放っておく所だが、今、騒ぎになるのは避けたかった。
「わかった、ここはオレが立て替えておく。あんたは金が入ってから返してくれればいい」
「いいのか兄ちゃん?」
「ああ」
ウィルは男達から料金を聞き、支払った。持ち金でなんとか足りる程度だった。
「恩にきるよ、兄ちゃん」
準備があるのだろう。男達は受け取ると船着き場に走って行った。
「ふうん、意外だわ」
振り返ると女が喋っていた。
「何がだ?」
「君のことだよ。まさか、払ってくれるとは思わなかった」
女は路地裏から出くる。
暗くて見えなかったが、かなりの美人だ。整った顔に、スラッとした体型。銀色の長い髪は月のひかりを浴びて、不思議なオーラを醸し出していた。
「したくて立て替えた訳じゃない。オレにも事情があるんだ」
「へぇ、どんな?」
女は近づきながら聞いてくる。
「そんなことはどうでもいい。あと立て替えの件だが、実はオレも明日からしばらくこの町にいないんだ。ここの中心にでかい屋敷があるから、そこに払っといてくれ」
「…それはできないね。だって嘘だもん、さっきの」
女はイタズラをした子供のような笑みで言う。
「なっ、お前!」
気づいた時には、女は港とは反対の方向に走っていた。
「私の名前はエマ。じゃあまたね、ウィル」
女はそう言い残して、すぐに見えなくなった。
二十話
ウィルが船着き場に着くと、既にマックスがいた。
「早いな。まだ一時間前だぞ」
「ちょっと渡したいものがあってな」
マックスは紙袋を渡す。中には黒いコートが入ってある
「新しいコートだよ。水に濡れても火に飛び込んでも大丈夫な代物だ」
「いいのか、もらって」
生地もしっかりしている。かなり高価な物だろう。
「入隊祝いと思ってくれ。それに、僕はできるのはこんなことくらいだしね。」
中から出して着てみる。
「サイズまでぴったりか。さすが自称情報のエキスパートだな」
「自称をつけるな!」
ウィルはマックスを尻目に、荷物を置きに船に乗る。
船は思ったよりも大きい。いくつか部屋があり、食料もかなりの量が積んである。操縦室らしき所に入るとリーファの姿を見つけた。
「すごいでしょ、私の船。一応貿易船ってことになってるの。これならどの国にも行けるよ」
ウィル達は、貿易船に乗ってキーア国に潜入する。この船はその為に、リーファが貿易船として準備していたものだ。
「確か船で二日だったか」
「うん。キーア国までは、私が責任をもって連れてくよ」
リーファは大きくガッツポーズをする。
任務の前でも、マックスもリーファも普段と変わらない。ウィルにとってその点は、やはり頼りになる先輩だった。
時刻は二時三十分。ローラとシズネが港にやって来た。
「みんな揃ってるね」
「リーさんがいないんだが?」
「本部には、私かリーのどちらかがいないといけないの。残念だけど見送りにはこれないわ」
ウィルは訓練の後、一度もリーに会っていない。出発前に一度会っておきたかった。
そして、ついに三時。
準備はできた。あとは出発するだけだ。
ローラはいつになく真剣な表情で言う。
「任務の確認をします。対象はキーア国のウィザード、リビア=カーナディア。目標の町、イスカ付近までリーファの船で接近。その後、シズネとウィルが町に潜入し暗殺の実行。対象の死亡を確認次第、任務の完了となりす。…厳しい任務ですが、必ず生きて帰って来てください」
「ああ」
「うん」
「もちろん!」
各々が返事をする。
日はまだ上らない。しかしウィル達はトリストを発つ。日が上った時、トリストの町はすでに見えなくなっていた。




