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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:29 『振り下ろされた刃』

「そこを右に! その先の建物に穴を開けます!」


「分かった! イレナ!」


「任せて!」


 モプラの指示に従い、いがみに肩を貸しながら走るシンゴがイレナの名を呼んだ。

 具体性のないシンゴの指示だったが、イレナは二つ返事で了承。背後に向かって牽制でつららを放ち、かつ道を塞ぐように氷壁を生み出した。


 そうして少しでも時間を稼いでいる間に、シンゴ達は再び建物に穴を開けて道なき道を進み始める。

 しかし、今まで通りに事は上手く運ばない。先ほどの細身の男の指示に従い、回り込む者と、シンゴ達をそのまま追う者とで追っ手が二手に分かれた。


 人数が減った分と、順に穴を潜れ、という男の指示により、今までより追っ手を引き離し辛くなっている。それに加え、こちらはいがみがまともに走る事が出来ず、格段に逃げる速さが落ちている状況だ。

 正直な話、向こうがプラスなのに対し、こっちはマイナス。そうなれば必然、戦況が決定的に傾く瞬間がそう遠くない内に訪れるだろう。


 さらにこちらは、もう対集団として最大の効力を発揮する『パラリシス・エアロゾル』が使えない。シンゴは当然の事ながら、モプラも正直戦力として数えるのは難しい。残るはイレナだが、ここまで魔法を立て続けに放っている事から、彼女の息も相当上がってきている。


 ――はっきり言って、かなりキツイ。


 だが、まだ可能性はある。そう、アリス達と合流する事さえできれば、まだ――。


「――相棒!!」


「っ――!?」


 見知らぬ飲食店の厨房を抜け、開けた場所に出た時だ。突然、いがみがシンゴを突き飛ばした。

 緩慢に流れる世界の中、いがみの鬼気迫るその顔が、紅蓮の炎に塗りつぶされるのをシンゴは見た。


「――いがみ!?」


 シンゴが叫ぶと同時、いがみの体が極大の炎弾に吹き飛ばされた。

 そのまま幾度も地面を跳ね、いがみの体は民家の扉を突き破り、その奥へと消えた。


いがみ!?」「歪さん!?」


 それは一瞬の出来事だった。歩道を歩いていたら、急に車道を外れた車に突っ込まれたような、不意の一瞬。

 そして人間なら誰しも、不意を突く出来事を目の前にすると自然、脳の活動が――思考がそこで止まる。個人差はあるだろうが、シンゴが正常な思考能力を取り戻すのに要した時間は、致命的な隙となった。


「――他人の事を気にかけている暇はありませんよ」


「――!?」


 いがみが吹き飛ばされた方を呆然と見ていた時だ。シンゴの背後から聞き覚えのある女の声が聞こえた。

 背中に走る怖気。一体何度、背後を取られれば気が済むのだろうか。しかし、一般人の範疇から抜け出せないシンゴでは、たとえ分かっていても一人では対処のしようがない。


 咄嗟に振り向こうと首を動かしたその瞬間、気付けばシンゴの体は砲弾のように吹き飛ばされていた。


「シンゴ――」


 地面を滑るように後方へと吹き飛んだシンゴの方を咄嗟にイレナが見ようとした時だ。イレナはほとんど直感で、その場から飛び退いた。同時に石畳を砕く剣、そして飛び退いたイレナは頬に鋭い痛みを感じて顔をしかめた。


「――よく気付いたな」


「シア……!」


 地に突き立った刀身を引き抜き汚れを払ったその男に、イレナが呻くような声を出した。

 そんなイレナの鋭い視線を何も像を映していない双眸で見返すシアの隣に、今しがた魔法でいがみを吹き飛ばし、そしてシンゴを蹴り飛ばしたテラが並び立った。


「……ッ」


 一番接敵したくなかった双子を目の前に、イレナは焦りと怒りで顔を歪ませる。しかしすぐさま胸に手を当てて気を静めると、突然の事に動揺して固まっているモプラに顔を向けた。


「モプラ! いがみを――」


「無駄ですよ」


 イレナの指示を遮る形で、テラが冷酷に告げる。何を――とイレナが周りを見ると、そこには先ほどまで自分達を追いかけていた集団が既に到着しており、いがみが吹き飛ばされた家屋への道が彼らによって完全に塞がれていた。


 その事実を受け、イレナの顔が苦渋の色に染まる。

 チラリと背後を見れば、シンゴはうつ伏せの状態でピクリとも動こうとしない。だが今は、いがみの方が気がかりだ。テラの使う火の魔法――それもかなり強力なものをモロに喰らったのだ。急がなければ、彼の命が危ない。


 いがみを助ける手段を持つ者は、シンゴとモプラの二人だ。しかしシンゴの治癒能力は、あの不思議な炎の翼に起因する。そして翼を出すには、彼が一度死ぬような重傷を負わなければならない。それだけは絶対に出来ない。となれば、モプラが有するあの、おそらく特殊魔法に類するだろう力だけが頼りなのだが――。


「…………ッ」


 既に周りは完全に囲まれてしまっており、イレナ一人ではモプラをいがみの元へ送り出す事は不可能だ。仮に何とかモプラがいがみの元まで辿り着けたとしても、それで終わりではない。治療する時間が必要になる。当然その時間を彼らが与えてくれるなど、虫のいい話があるはずない。


 ――どうすれば……。


 奥歯を割れんばかりに噛み締めながら、イレナは答えの出ない自己問答を繰り返す。

 この場で最も優先すべきはいがみの治療だ。しかしこの数に加え、眼前の二人をイレナ一人で相手取るのは、『フィラ』をかなり消耗した状態ではキツすぎる。いや、たとえ万全の状態であろうと同じだ。


 可能性があるとすれば、『ゼロ・シフト』なのだが――。


「……『ゼロ・シフト』」


 小さく口の中で詠唱するが、イレナが今まで最も信頼を置き、そして最も危機を救ってくれた特殊魔法は、イレナの声には応えてくれない。

 どうして発動しないのか。こんな事は過去に一度もなかった。何かおかしな事をされた覚えもなければ、した覚えもない。


 ――なら、考えられる可能性は一つしかない。


「そういう……事なのね」


「……何の話だ?」


 今しがたの小さな呟きを拾って反応したシアに対し、イレナは自嘲するような笑みを浮かべると、


「少なくとも、特殊魔法じゃなかったって意味よ」


「……何を言ってる?」


「こっちの話よ。だから気にしなくていいし、理解しなくてもいいわ」


 イレナの独り言を聞き、訝しげな表情で反応するシアにそう返し、イレナはもう二度と――否、自分は『ゼロ・シフト』を絶対に使えない事を静かに悟った。

 ならばもう、『ゼロ・シフト』の事は頭の中から除いて考えるしかない。まずは、十分な思考時間を作る必要がある。


 イレナは小さく、ふぅ――と吐息すると、その顔に似つかわしくない嘲弄するような微笑を纏い、


「あたし達四人を捕まえるために、こんな大人数でしかけてくるなんて……ちょっと戦力過剰じゃないの?」


「何を言っているのですか。――これでも少ないくらいです」


「買いかぶりよ。……それとも、怖いの?」


「……何が」


「あたし達……ううん、シンゴが」


 イレナの挑発に、テラの視線が鋭さを増す。

 これまでの経験上、弟のシアに比べて姉のテラは感情的になりやすい。その推測に基づいてテラに向かって挑発をしかけたのだが、どうやらイレナの読みは正しかったようだ。


 脳裏に浮かぶのは、捏迷歪ねつまいいがみの飄々とした姿だ。

 相手のペースを乱し、隙を作り、そこに潜り込む。今の所は順調だが、ここから言葉の選択を間違えば、火種は業火と成り、イレナに容赦なく襲い掛かってくるだろう。

 その時期を延ばし、思考する時間を少しでも得る。それがイレナの作戦だ。


 イレナは小さく深呼吸をしながら、跳ねる心音を落ち着け、そして決意を固めるようと拳を握り込み――、


「だってそうじゃない。あなた達は――」


「テラ」


「――!」


 目を細めるテラの肩に、シアの手が置かれた。テラはその置かれた手に一瞬だけ驚いた表情を見せるが、それもシアの隣に立つ男の姿を見てすぐに納得へと変わった。

 見れば、シアの横にはあの目をギラつかせた細身の男が立っており、何やらテラとシアの二人に小声で語りかけている。


「まさか……ッ」


 イレナの顔に焦りが浮かぶ。微かに聞こえた言葉の中に、「隊長」という単語が含まれていたのだ。

 思い出してみれば――いや、いちいち記憶を漁らなくとも、普通に考えれば分かる事だ。ノーミ・エコの私兵が、あの二人だけのはずがないという事実に。


「――そうか。テラ」


「ええ、どうやらあの男の力は連発できないようですね、シア」


「――ッ!」


 テラとシアが、イレナの背後で倒れるシンゴに視線を向けた。

 周りを取り囲む連中は、シンゴが『罪人つみびと』だとその外見の特徴から既に気付いているようで、迂闊に近付こうとする者は今の所いない。しかし、今しがたのテラとシアの会話は――。


「方針が決まりましたね。ご苦労様です、下がってください」


 テラがそう労いの言葉をかけると、細身の男が頭を下げ、群衆の中へと戻って行った。

 先ほどの様子から、おそらくテラとシアは、あの男からシンゴについての報告を受けていたのだろう。

 辛酸を舐めさせられたが故か、どうやら相当シンゴを警戒しているらしい。そしてあの細身の男は、何かしらの指示を受けてシンゴを観察していた。


 イレナ達は何度も窮地に陥った。しかしその窮地も、シンゴがあの力を使えば簡単に切り抜けられたはずだ。むしろ、使わざるを得ない状況だった。にもかかわらず、シンゴはあの力を使わなかった。その不審な点から、力を使うには何かしらの制限があるのだと判断するには十分だ。

 つまり、テラとシアが知りたがっていたのは、シンゴのあの力についてだろう。


 思い出すだけでも身震いするような圧倒的な力。紫紺に染まった両目。言動に、その表情。それら全てが、あの男の事をイレナに思い出させる。

 本当は、シンゴがあの力を使うのは嫌だ。しかし、感情論を抜きに見てみれば、かなり有用的であるのもまた事実なのだ。


 あのテラとシアを、まるで赤子の手をひねるように圧倒してのけたあの時のシンゴは、正直あの男よりも力が――格が上のように感じられた。

 その力が、何かしらの制限があるのか、今は使えない。テラとシアはその情報を得た。

 ここで問題となるのは、制限の内容だ。回数制限、時間制限、憶測を述べるだけなら幾らでも出来る。しかし今重要なのは、そこではない。重要なのは――、


「今は使えないという事……」


 そこから推測できる、彼らが次に取る行動は――。


「――シンゴ!?」


 必死に考えて辿り着いたその可能性に、イレナはそれが何の意味もない行為だと理解していながら、しかし叫ぶのを止められなかった。

 はち切れんばかりの焦燥感に包まれた表情で、イレナは振り返った。しかしイレナが行動を起こす前に、双子による命令が無情にも下された。


「その男を殺して下さい」


「こっちが終わるまで、肉片になっても切り刻み続けろ」


「ま、待って! やめてぇ――!!」


 咄嗟に駆け出そうとしたイレナだったが、背後に感じた濃密な殺気に体が反応。急ごしらえで生み出した形の悪い氷剣を背後に一閃するが、剣先は虚しく空を切っただけだった。

 イレナの視線が下を向く。氷剣の一撃を身を低くして躱したテラが、深紅の長髪をなびかせながら鋭く抜刀。斜め下からイレナの胴を切り裂いた。


「あ――」


「イレナさん……ッ!」


 横腹から胸にかけて斜め一閃に肉を抉った剣に一瞬遅れ、真っ赤な鮮血がその後を追って噴き出した。

 直後にモプラの息を呑むような叫びが上がり、しかしイレナは反応を返す事無くゆっくりと、遅すぎるほど緩やかにその身体を傾がせ、やがて静かに地へと伏した。


「…………」


 その様を見届けると、テラは刀身に付着した血のりを剣を振るって飛ばし、静かに顔を上げた。


「も……もうやめてください!!」


 上げた横顔を叩いたその声に、テラはゆっくりと振り向く。

 そこには紫のローブで頭まですっぽりと覆い隠した少女が、フードの隙間から覗く頬に涙を伝わせながら地べたにへたり込んでいた。


「もう……やめて、ください……っ」


 顔を両手で覆って嗚咽を漏らす少女の懇願に対し、テラは静かに目を閉じると、剣を腰の鞘に納めた。

 そしてしばしの沈黙の後、スッと目を開け、小首を傾げた。その視線の先にあるのは、泣き崩れる少女の姿ではなく――、


「何をしているのですか、貴方達。さっさとその男を殺し尽くしてください」


「……っ!」


 モプラの懇願を聞き流したテラの鋭い視線を受け、武装した男達が顔を見合わせると、シンゴに向かって歩み寄って行く。

 そして倒れ伏す『罪人』を見下ろすと、忌まわしいモノを見るように顔を歪ませ、それぞれ武器を構えた。


「やれ」


 シアの冷淡な声を合図に、刃は振り下ろされた――。


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