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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:39 『頑張って』

 廊下を進んだ突き当りに、一つの扉があった。

 その扉は来る途中で見かけた扉のどれともつくりが違っており、大きさも、そして飾り付けられた装飾もワンランク上のものだった。

 そしてその扉の横――左右にそれぞれ下の階へと続く階段が存在していた。


「……とりあえず、まずは階段を下りるより先にこの部屋を確認するか」


「了解よ」


 シンゴとイレナはアイコンタクトで頷き合うと、アンリを一番後ろ――イレナの背後に位置付け、ダメージを負っても大丈夫であるシンゴが先陣を切る。

 ちなみにアンリにはシンゴの吸血鬼体質は露見していない。この薄暗い廊下では、シンゴの真紅の瞳を確認することはできないので、傷の再生や暗視能力はシンゴの特殊魔法だということにしてある。


 たとえシンゴの体質を知ったとしても、アンリはシンゴへ敵意を向けるようなことはしないだろうが、それでも今は話し込んでいる時間すら惜しい。

 シンゴは扉の取っ手に手をかけると、そっと押し開いた。


「…………ぅ」


 中から漏れ出た光が目を焼き、暗闇に慣れていたシンゴの視界を一瞬白く染め上げる。

 やがて、目をすがめたシンゴの目が光に慣れ、そんな彼の視界へ最初に飛び込んできたのは――、


「――てめえ……カワードッ!!」


 不自然に部屋の真ん中に置かれた椅子に腰かけ、優雅に赤いワインのようなものを傾けていたカワードの姿だった。

 怒りを顕にするシンゴに、カワードは友人が家を訪ねてきたような気さくな態度で片手を挙げ、


「やあ、また会ったね」


「しゃあしゃあと……ッ」


 そんなシンゴに続いて部屋に入ってきたイレナも、カワードの姿を確認して目を細める。

 そして、そんなイレナの後ろに隠れるように顔だけを覗かせたアンリは、カワードの後ろに見えたものを確認し、その目を大きく見開いた。


「リドルッ!」


「――――!」


 アンリの声にはっとなり、シンゴもカワードの座る椅子の裏側から少しだけ見える、誰かの後ろ姿を確認する。

 体をぐったりさせ、カワードの座る椅子の裏に背中を預けるように座り込むその後ろ姿は、間違いなくリドルのものだった。


「アンタ! リドルに何したの!?」


 シンゴより前に出たイレナが、怒涛の剣幕でカワードを問い詰める。

 それに対し、カワードは「ん?」と首を傾げ、次いでイレナが言っているのが自分の背後にいる少年のことだと悟ると、


「ああ、この子のことか。大丈夫だよ。今は少し眠ってもらっているだけだ。何もしちゃいないよ」


「……本当でしょうね?」


「疑い深いなぁ……」


 すがめられたイレナの視線の先で、その怒気を向けられたカワードが嘆息して肩をすくめる。

 そんなカワードの態度に、今にも襲い掛からんとするイレナの前にシンゴは手を差し出し、後ろに下がって少し落ち着くように促す。


 他人がヒートアップすると、返って周りは落ち着くというものがあるが、今のシンゴの状態がまさしくそれだ。

 イレナがカワードに食って掛からなければ、代わりにシンゴは怒りに身を任せて無謀な突撃を敢行するところだった。


 しかしイレナは、そんなシンゴのことを睨み付けてくる。シンゴは「落ち着けって……」と囁き、一歩だけ前に進み出ると、体でイレナの視界からカワードを隠すように位置取り、


「なんでこんなことしやがる?」


 カワードを睨み付けて質問をぶつける。

 シンゴの質問に、カワードはきょとんと首を傾げる。その美しい金髪が、首の動きに合わせてさらりと揺れる。


「そんなことって?」


「……ッ! 決まってんだろ……お前の後ろの子供のことだよ! なんでリドルをさらった? なんで修道院に火を放った!?」


 吠えるシンゴに、カワードは「ああ、そのことか」と納得すると、


「その方が色々と都合が良かったからだよ」


「……お前が王になるのに――か?」


「うん」


 ギリ――っと、シンゴが奥歯を噛み締める。

 腹の底から湧き上がるドス黒い感情に身を委ねてしまいたいが、背後から聞こえた歯ぎしりの音にいくばかの冷静さを取り戻す。


 ほうっと息を長めに吐くと、シンゴは首を斜めに倒し、


「なんでそんなことする必要がある? お前の相手――ユピアは、王位に興味が無いんだぞ?」


「うん、知ってるよ」


「なら、ほっといてもお前は勝てるじゃねえかよ! こんなことしなくても――」


 憤るシンゴに、しかしカワードは首を横に振ると、


「でも――だよ。僕はユピアの心の中を読める力があるわけじゃない。本当はそう言っておきながら、僕を油断させる腹積もりかもしれない。――信用できない」


「――――ッ」


 カワードの言っていることが正論なだけに、シンゴはこれ以上言い返すことできずに歯噛みする。

 しかし、シンゴは知っている。ユピアが王位の座に固執しない理由を。偉大な父の大きさに自分が劣っていると感じて身を引いた、そんな彼女の心情を。


 すると、カワードは指を一本だけ立て、


「ひとつ訂正するよ。僕は別に、修道院に火を放てなんて命令はしていない」


「……それこそ信用できねえよ」


 吐き捨てるように告げるシンゴに、カワードはそう反応されることが分かっていたのか、その美しい顔に苦笑を覗かせる。

 そんなカワードをシンゴが睨み付けていると、


「……どうしてあなたは、そんなに王位にこだわるの?」


 シンゴの背後から、イレナがカワードにそんな問いかけをする。

 カワードはイレナの質問に、静かに目を閉じると、


「僕は――人が嫌いだ」


「……は?」


 カワードの唐突な告白に、シンゴの口から思わずそんな声が漏れた。しかしカワードは特段、気にした様子などなく続ける。


「相手の顔色を窺い、媚びへつらって、その作り笑いの裏に下心を隠し、平気で人を裏切り、自分より弱者を虐げることでしか自分の存在を保てない、そんな下劣で卑劣で劣悪な存在が僕は嫌いだ。――吐き気がするよ」


「…………」


 眉を寄せて押し黙るシンゴだが、カワードはスイッチが入ったのか、さらにヒートアップする。


「なのに、人は他人に依存しなければ生きてはいけない。虐げるのに、縋る。矛盾してる。狂ってる。だから僕は王になって、そんな歪んだ在り方を壊す。人が本来なければならない姿に、繋がりに一から作り変える。――そのための王だ」


 そして、そして、

 カワードは首を横に倒すと、首の骨をこきりと鳴らし、


「もし、君が僕の邪魔をするっていうなら、つまりそれは――」


 開眼する。


「僕をいじめるってことだよね?」


「――――ッ!?」


 ――紫紺。


 開眼したカワードの両目はその色を紫紺に、その形を吸血鬼さながらの長円瞳孔へと変化させていた。

 体中の汗腺が開き、一気に冷や汗が噴き出す。動機が速まり、呼吸がおぼつかなくなる。頭の中では最大級のアラームが鳴り響き、眼前の敵からの逃亡を全力で推してくる。

 それでも――動けない。


 まるで飢えた肉食獣の顔がすぐ目の前にあるような――否、そんな生易しいものではない。これはもっと強大で、異質で、禍々しく、神々しい、そしてどうしようもなく次元の違う存在――そう、例えるなら、例えられるなら、これは――


「り……りゅ、ぅ……」


 ――龍。そう、龍だ。これが一番しっくりくる。

 「龍」という一言さえまともに発音できないシンゴの眼前、紫紺の瞳でそんなシンゴたちを見据えながら、カワードが音もなく立ち上がった。


 そしてゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。しかし、その紫紺の瞳に射すくめられたシンゴたちは微動だにすることができない。

 やがてカワードは一番前にいるシンゴのすぐ目の前にまでやってきて、


「君は人をいじめることを良しとする、歪んだ心の持ち主だ。この前にはあんな綺麗ごとを抜かしておいて、結局は嘘だったわけだ。これだから人は嫌いだ。……だから、僕が君を――粛清する」


「ぶ……ッ!?」


 カワードの拳が側頭部に突き刺さり、シンゴの体がまるで砲弾のように横に吹き飛ぶ。

 そのまま一度も地面に触れることなく空中を吹き飛び、やがて壁にひびを入れながら叩き付けられる。


「ひッ……」


 壁にめり込んだシンゴの姿を見て、アンリが思わず嫌悪に顔を歪ませる。

 シンゴは左側頭部が潰れ、眼球が眼窩から押し出されるように半分ほど飛び出している。しかし次の瞬間には、まるで巻き戻しの映像を見ているかのようにシンゴの顔が再生され、陥没した頭部がもとに戻り、飛び出した眼球が眼窩に収まる。


 ふっ――とシンゴの体が壁から離れ、前のめりに倒れ込む。

 体の傷は再生されたはずなのに、シンゴはいつまで経っても起き上がって来ない。

 そんなシンゴを見やり、カワードが驚いた表情で、


「君は、吸血鬼だったのか……。なるほど、彼女と同じってわけだ。――なのに君は、僕をいじめようとする。いじめは――」


 カワードは一旦、間を置くと、顔を歪ませて叫ぶ。


「いじめはよくないんだよぉ――ッ!!!!」


「――いじめてんのはアンタでしょうが!」


 カワードの視線が外れたことで体の自由を取り戻したイレナが、カワードの側頭部――シンゴがやられた箇所と同じ部位を狙って、上段蹴りを放った。

 しかしカワードは、死角から襲ってくるイレナの蹴りを屈んで避けてみせる。


「な――!?」


「君も僕をいじめるんだね?」


 カワードの紫紺の瞳がイレナを射抜く。

 またしても異様なプレッシャーがイレナを襲うが、しかし今度は体が硬直して身動きが取れないほどではなく、一瞬だけ怯んで動きが止まる程度のものだった。


 ぼっ――と空気を突き抜ける拳がイレナの顔面の真ん中に向かって放たれるが、ぎりぎりで体の支配権を取り戻したイレナが体を後ろに反らすようにして拳を回避する。

 目の前を通過する死の拳にひやっとしたものを背中に感じながら、イレナはそのままトンボを切るように一回転しながらカワードの顎を足で狙う。


 しかしそこには既にカワードの姿はなく、イレナの蹴り上げは空振りに終わる。

 イレナはそのままもう一度、後ろに綺麗な後転をしてアンリの横に降り立つと、距離を取ったカワードから視線を外さないままでアンリに指示をする。


「アンリ! リドルを連れて逃げなさい!」


「え……」


 狼狽えるアンリに、先ほどとは矛盾したことを言っていることを自覚しながら、それでもイレナは続ける。


「大丈夫! なにがなんでも、アンリには――あたしの可愛い妹には指一本、触れさせない! だから……お願い!」


 本当ならこんな危ないことをさせるつもりなんてなかったし、今も頭の中で本当にこの選択は正しいのか自問自答を繰り返している。しかし、この空間にアンリがいるのは危険すぎる。それに、リドルを人質に取られでもしたら、それこそ終わりだ。だから、アンリを逃がすと同時にリドルを救出する。


 幸いなことに、リドルは縄で縛られたりと拘束されているわけではないので、どうにか動かすことは可能だ。それでも、女の、それも子供であるアンリの腕力では、子供といえど、人ひとりを運ぶのには時間がかかるだろう。


 だから――、


「最悪、このタイミングであたしが“奥の手”使ってでもアイツを足止めする! それでも駄目なら、あたしの命に代えてもよ! だから――」


「いいよ」


「――――!?」


 驚くイレナとアンリが、今しがた声をかけてきたカワードへと瞠目しながら視線を向ける。

 イレナは一瞬、空耳かと我が耳を疑うが、カワードがもう一度、


「いいよ、連れて行きなよ」


「…………なにを企んでるの?」


 当然、イレナはカワードに懐疑の目を向ける。

 せっかく捕まえてきたのに、みすみす逃がすと言っているのだ。誰だって同じ感情と疑惑の目を向けるだろう。

 しかしカワードは、自分の発言に何も疑問を抱いていない様子で首を傾げ、


「僕は人を助けようと頑張る人を邪魔したりはしないよ。だってそれじゃあ、最早いじめを通り越して、ただのクズじゃないか」


「……本気で言ってるの?」


「――? もちろん」


「…………」


 ここにきて初めて、イレナは眼前の男の異質さに触れた気がした。

 自分に害なすことをいじめと曲解し、いじめを嫌うのに自ら暴力を振るうのには何の躊躇もない。――しかし、その根底にあるものは。


「狂ってるわ……」


「…………言葉も十分いじめに繋がるの、知ってる?」


 イレナの嫌悪を隠そうともしない表情で発せられた呟きに、カワードは紫紺の瞳を細めて首の骨をこきりと鳴らす。


「君は許さない。いじめる奴も、いじめを容認する奴も、黙って見ている奴も、等しくみんな悪だ。――でも、子供達は見逃してあげるよ。僕は私情で相手を痛めつけるような、そんないじめを僕自身にも容認しない」


「お姉ちゃん……」


 縋るような瞳を向けてくるアンリに、イレナは顎に汗を伝わせながら、ちらりと倒れ伏して起き上がって来ないシンゴを、次いで椅子にもたれかかるリドルを見やる。

 そして、本当に逃がすつもりなのか、何もせずに佇むカワードと順に見渡し、


「……アンリ、行くわよ」


「君は駄目だ。行くのはアンリちゃんだけだ」


「…………ッ」


 アンリの傍に付いて行って安全にリドルを救出する。それがイレナの最大限の譲歩だった。しかしそれを否定され、イレナの顔に苦渋の色が浮かぶ。

 アンリはそんなイレナを見上げ、シンゴに、カワードに、そして――リドルへ視線を向けた。


 ここからは見ることの叶わない、アンリが密かに思いを寄せる少年の顔を思い浮かべる。

 困り顔、怒った顔、嬉しそうな顔、楽しそうな顔、屈託ない笑顔。そして何より――


 アンリ・バレンシールに向けてくれる笑顔――。


「――――」


 自分に向かって微笑む少年の笑顔が脳裏に浮かんだ瞬間、アンリの体の震えが止まった。

 胸には何か熱いものが脈打ち、その瞳には燃えるような強い意志が宿る。

 次の瞬間、アンリの体は自然と――、


「――! アンリ!?」


 無言で歩き始めたアンリに、イレナがぎょっと目を剥く。慌ててアンリの後を追おうとするが、


「駄目だよ」


「…………ッ!」


 カワードの紫紺の瞳に睨まれ、体が一瞬だけ硬直する。

 その間にも、アンリはその歩みをリドルのもとへと進める。

 近付くカワード。イレナが息を呑むのを後ろに、アンリはカワードなど視界に入ってないかのように、ただひたすらリドルを見据えて歩く。

 そして――、


「――――」


 カワードとアンリがすれ違う。

 宣言通り、本当に手出しをしてこなかったカワードにほっとするイレナ。

 そして、リドルのもとに辿り着いたアンリは――、


「迎えに来たよ、リドル。帰ろう?」


 眠る思い人の寝顔に優しく微笑みかけ、なんとかリドルをその背に背負うと、アンリが引き返してくる。

 行きと同じく、何もしてこないカワードの横を素通りにして、アンリがイレナの前までやってきて、


「――先に帰ってるね、お姉ちゃん」


「――! ……うん、待ってて!」


 頷き、最後に倒れ伏すシンゴを憂いの込もった瞳で見やり、しかし自分の役目はここからリドルを連れて立ち去ることだと理解しているアンリは、小声で何かをぼそっと呟いてから部屋を出て行った。

 シンゴには聞こえなかっただろうが、イレナの耳にはしっかりとアンリの言葉は届いていた。


 『頑張って』――と。


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