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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:35 『見下ろす先』

 パチパチと音を立て、紅蓮の炎が揺らめき、黒煙が空高く立ち上る。

 王城から帰還したシンゴ達を出迎えたのは、真っ赤に渦巻く炎に包まれるバレンシール修道院という、絶望的な光景だった。


「――――」


 シンゴは眼前の地獄のような光景に、ただただ絶句するしかなかった。

 そんなシンゴの隣では、同じように目を見開き、ただ茫然とその紅蓮と黒に染まる光景を見やり、立ち尽くすアリス、カズ、イレナがいる。


 つい先ほど降り始めた雨が炎に包まれる修道院に降り注ぐが、炎の勢いは一向に弱まる気配を見せない。どころか、より黒煙を噴き上がらせる結果になってしまっている。

 日常に突如、割り込んできた非現実。そのインパクトがシンゴ達の視線を絡め取っていたために、他の情報を脳が受け付けるのが少しばかり遅れた。


 ――泣き声。


 最初にシンゴの脳に入力された新たな情報は、泣き叫ぶ子供の声による大合唱だった。ふとその声のする方へと視線をやると、燃え盛る修道院の前に、身を寄せ合う子供達とコネリアの姿が確認できた。


 確認するや否や、真っ先に目の前の現実を乗り越えた隣のイレナがそちらに走り出す。

 はっとし、シンゴ達もイレナの背中を追うように駆け出す。


「――――!」


 子供達の元までやってきたシンゴが見たのは、すす汚れた頬に涙を伝わせ、燃え盛る我が家を見て慟哭する子供達の悲痛な姿だった。

 ――声は出なかった。否、何を言えばいいのか分からなかった。


 しかし、ただ愕然として目を見張る事しかできないシンゴとは違い、その少女は必至に現実を受け止め――いや、おそらく彼女も受け止めきれてはいないのだろう。その事が、焦燥感に焼かれた横顔から窺える。

 それでも少女――イレナは歯を食いしばって前を見据えて、


「何があったの!?」


 現状の把握から取り掛かる。

 そんなイレナの叫びに、コネリアや子供達はようやくシンゴ達の存在に気付く。

 イレナを見やる子供達の顔がさらにくしゃりと歪み、嗚咽を漏らしながら各々に口を開く。


「マザー達がぁ……!」


「カイドがいないの……!」


「どうしよう、お姉ちゃん……」


「…………ッ!」


 子供達の口から発せられた声を聞き、イレナは素早くこの場にいる面々の顔を見やる。

 粗方、確認し終わったイレナは、最後に子供達を抱きしめ震えるコネリアを鬼気迫る表情で見やり、


「ここにいない人達は!?」


「……あぁ……マザーアネラスと、アンリ、リドル、カイド、そしてアルネの姿が見当たりません。お、おそらく――」


 コネリアはすす汚れ、憔悴した顔を、未だに炎が燃え盛る修道院へと向ける。

 それだけで十分だった。イレナはゆっくりと燃え上がる修道院の方へと吸い寄せられるように歩み寄り、やがて、震える唇から意図せず言葉が漏れ出した。


「マ、ザー……マ――お母さんッ!!」


「おい、イレナ!」


 叫ぶと同時に走り出したイレナに、咄嗟にカズがその名を呼ぶ。しかしイレナの走る速度は緩まる事なく、むしろその速度をぐんぐんと上げて行く。

 そして、すぐ目の前に炎が迫った瞬間、叫ぶ――。


「『エンチャント・ズ・フロスト』!!!!」


 呪文詠唱に呼応し、イレナの体を薄くきらめく冷気の膜が包み込む。

 イレナは腕を顔の前でクロスさせ、そのまま――


 ――炎の中に飛び込んだ。



――――――――――――――――――――



 炎の中に消えて行ったイレナを見送り、シンゴは泣き叫ぶ子供達を見やり、


「あ……お、俺も……俺の体なら燃えても――!」


「待つんだ、シンゴ」


 漫然とした足取りで駆け出そうとしたシンゴの手を、アリスが掴んで引き留める。

 震える瞳でアリスに振り返り、シンゴは「で、でも……」と漏らす。しかし、それでもアリスは首を横に振り、


「確かに君とボクなら、あの炎の中に飛び込んでもある程度なら大丈夫かもしれない。でも、それはボク達だけであって、中にいる人達はそうじゃない」


「――――ッ」


 アリスの言わんとしている事が理解でき、シンゴははっとし、次いで唇を噛んで俯く。

 つまり、あの炎の中、中に取り残された人達を無事に助け出すには、その人達を炎の魔手から守りながら脱出しなければならないのだ。


 見たところ、修道院を包む炎に隙間と呼べるようなものは見当たらず、たとえシンゴ、もしくはアリスが飛び込んだところで、結局のところは無意味なのだ。

 中の者達を無事に助け出すには、なんらかの守り――そう、先ほどイレナの体を包んだ氷の膜のような防御手段が必要なのだ。


 当然、シンゴにはそのような便利な道具もなければ魔法もない。そしてアリスは――、

 

「ボクが今使う事ができる魔法じゃ駄目だ。むしろ炎の勢いを底上げしかねない。だから……」


「…………」


 俯くアリスを見やり、シンゴは悟る。アリスだって悔しいのだ。しかし、自分が行っても何も意味がない事が分かっているから、こうして待っているのだ。――信じて、待っているのだ。そして、おそらく――いや、きっとカズも同じ気持ちなのだろう。カズは、シンゴとアリスの肩を力強く叩き、頷きかけてくれる。


 その瞳には、強い意志が宿っているのが見て取れた。あの炎の中に飛び込んでいった少女なら、絶対に取り残された者達を助け出すと信じているという、強い信頼が。


 シンゴは炎の奥を見据える。やはり、何もできないのは悔しい。爪が肌に喰い込むほど握りしめ、奥歯を割れんばかりに噛み締める。

 肌をじりじりと焼く熱に、顎を汗と雨が伝う。


 やがて――、


「――! おい、あれ!」


 カズが声を上げ、炎の奥を指差す。

 釣られて、シンゴもその炎を見据える。――見えた。揺らめく炎の中に、うっすらと人影らしきものを確認できた。


 シンゴが真っ先に駆け出した。

 人影はどんどん大きく、鮮明になっていき、そして――、


「イレナ!」


「ごほっ、ごほっ……うぅ」


 咳き込むイレナが、背中に一人の子供を背負ったアネラスに肩を貸しながら、炎の中から姿を現した。彼女達の体の周りには、イレナの魔法による冷気が渦巻き、周りの炎と熱を遠ざけていた。

 そんなイレナにシンゴが慌てた様子で声をかける。


「おい、大丈夫かイレナ!?」


「な、なんとか……」


 そう答えると同時に、イレナがその場に膝を着く。

 シンゴ達は協力してその場からイレナとアネラス、その背に背負われた少年を連れて、炎に包まれる修道院から距離を取る。


「マザー!」


 周りから子供達が集まってきて、アネラスを心配そうに見下ろす。心配そうに自分を見下ろす子供達に、アネラスは不敵に笑って見せ、


「だ、大丈夫さね……。イレナの魔法で、なんとか丸焼きになるのは免れたよ」


「マザーアネラス、よく御無事で……!」


 コネリアが涙ながらにアネラスに安堵の声をかける。

 ――しかし、


「なぁおい……お前ら三人だけか? あとの三人はどうした!?」


 カズの言葉に、安堵していたシンゴもはっとなる。見れば、リドルとアンリ、アルネの姿が見当たらない。

 シンゴはまさかと思い、燃え盛る修道院に視線をやる。


 ――次の瞬間、轟音を響かせ、修道院が潰れるように崩れ落ちた。


「……ぁあッ!?」


 肌を撫でる熱風に、シンゴは顔をしかめる。そして、次に閉じていた目を開いた時、バレンシール修道院は――、


「し、修道院が……」


 残り火がちろちろと燻る、修道院だった残骸を見やり、皆、絶望を宿した表情を覗かせる。おそらく、あの中にはまだ――、


「嘘だろ……」


 シンゴの脳裏に、リドル、アンリ、アルネの顔が浮かび上がる。少ない時間ではあるが、寝食を共にした者達があの残骸の下に埋もれている。そう認識した瞬間、シンゴの心の中を、空虚な黒い空洞がぽっかり空いたような感覚が支配する。

 シンゴでこの衝撃なのだ。今までずっと共に過ごしてきた子供達、アネラス達を襲う衝撃は一体どれほどのものなのだろうか。


 シンゴは、すぐには彼ら彼女らの顔を見る事ができなかった。聞こえてくる嗚咽だけで、シンゴの心はすでに許容量を超えてしまっている。そこに、子供達の絶望に染まる表情が加われば――。


 ――しかし、ここで一つの朗報がもたらされた。

 口を開いたのは、アネラスの背中に担がれ、先ほど救出された少年――カイドだった。

 カイドは震える足でなんとか立ち上がると、黒く汚れた顔をシンゴ達へと向ける。


「ぼ……僕、見たよ。誰か黒い服を着た人が、リドルを連れて行くのを。アンリがその後を追って行ったのを……!」


「――! その話は本当かい?」


「うん……」


 アリスの確認の声に、カイドは確信を持って頷く。――と、なると、


「おそらく、アルネもその子達を追って行ったんだと思うさね。あの子は普段はアレだけど、しっかりしている子さ。きっと、アルネもそいつの後を追って行っちまったんだろうさ……」


 アネラスが苦しそうな様子で、そう憶測を口にする。

 確かに、アルネは普段ドジッ子姿が目立つが、その他の事に関しては何かと高スペックだった。だから、アネラスの憶測は十分に有り得る話だ。――そう、信じたい。


 しかしそうなってくると、不可解な点が出てくる。


「一体、誰が何のために、リドルを攫って行ったんだ?」


 カズのその疑問の提案に、しかし誰も答える事はできなかった。

 しかし――、


「火を修道院に放ったのは、たぶんその黒い服の人物だと思う」


「ああ、たぶんそうだろうな」


 アリスの言葉にカズも頷き、同意の意を示す。

 すると――、


「――ねえカイド、その黒服はどっちに行ったの?」


 今まで黙っていたイレナが口を開いた。

 カイドはイレナの有無を言わさぬ迫力に気圧されながら、必死に記憶を漁り、とある方向を指差す。

 ――次の瞬間、イレナは駆け出していた。


「ま、待ちな、イレナ! ――イレナぁ!!」


 アネラスの制止の叫びに振り向く事なく、イレナはカイドの指差した先へと走っていく。それを受け、アネラスはこれ以上呼び止めても無駄だと悟る。そう判断するや否や、シンゴ達に向かって頭を下げると、


「アンタ達に迷惑かけるのは重々承知さね! けど、こんな老いぼれの願いを聞いてくれやしないかね!? ――イレナを……あの子の力になってくれやしないかい? いや、なってください。どうか……」


 地に額を付け、懇願するアネラス。そんなアネラスを見やり、シンゴは答える前に駆け出す。そんなシンゴに続き、アリスとカズも駆け出した。そして、シンゴは後ろにサムズアップを向けながら、叫ぶ。


「言われなくて当然ッ!!」


「ボク達が必ず子供達を救い出します!」


「ばあさんは、ゆっくりあのマズイ茶でも飲んでな!」


 駆けて行く三人の後ろ姿を見やり、アネラスは再び深く頭を下げた――。



――――――――――――――――――――



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 一際目立つ、この王都の中でもそれなりの高さを誇る建造物の上に立ち、イレナは呼吸荒く、鋭く細めた碧眼を眼下に彷徨わせる。

 どうやって彼女がこの建造物の上に上り詰めたのか、それは本人に聞かなければ分からないだろう。


 やがて彷徨わせていた視線が、一か所に固定される。

 細い路地裏を尋常ではない速度で走り抜け、挟まれるように建つ左右の壁を蹴り付けて上に上がり、屋根伝いにとある屋敷に向かって走り抜けて行く黒い人影。


 その腕に、だらんと力なく抱えられる少年の姿を、イレナの瞳が捉えた。


「…………ッ」


 歯ぎしりする。支えにしている建物の柱に爪を立てる。

 脳裏に掠めるのは、炎に包まれる修道院の中、カイドを腕に抱いて覆いかぶさり、我が身を犠牲にして必死に守ろうとしていた母の姿だ。


 ――許せない。許せるわけがなかった。しかも、その人影は現在進行形でイレナの弟を連れ去ろうとしている。あの人影を追いかけて行ったらしい妹も探さなければならない。そして、あのおっちょこちょいの姉もだ。

 腹の底から理不尽な怒りが込み上げて来て、イレナは己の胸を掻くように押さえつける。


 とある情景が、胸をよぎる。ずっと一緒にいれるものだと思っていたアイツが、修道院を出て行く後ろ姿を。止め切れなかった自分の力不足が、夜中に一人で肩を落とす母の後ろ姿に感じたやるせなさが、今のイレナの心に波となって押し寄せる。


 しかしそれらの感情を、イレナは深呼吸と同時に飲み下す。

 やる事はいっぱいなのだ。感傷に浸っている時間があったら、呼吸を整え、作戦を考え、すぐにでも行動しなければならない。


 イレナは自分が頭の足らない小娘だという事を重々理解している。しかし、相手が一人だとは限らない事くらいは分かる。

 あの黒服が向かった屋敷、リドルを攫い、修道院に火を放つように指示した上の存在がいるはずだ。

 つまり、あの黒服は誰かに雇われている可能性があるのだ。


 ならば、あの屋敷の中には複数人の『敵』が控えているかもしれない。

 足りない頭でそこまで思考したイレナは、これ以上は時間の無駄になると判断。雨に濡れる顔を乱暴に拭い、キッと屋敷を見据える。


「待ってなさい……あたしが絶対に助け出してあげるから!」


 イレナはそう決意の言葉を口にすると、一切の躊躇いもなく空中に身を躍らせ、雨粒と並ぶように落下した――。


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