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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:24 『鏡合わせの邂逅』

「ここは――」


「オレ達、どうなった……?」


 カズとアリスの二人は事態が飲み込めず、頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせる。

 二人が現在いるのは、先ほどまで潜んでいた洞窟――いや、少し狭く、中の様子が違っているような気がする。どうやら、また違った洞窟内にいるようだ。

 しかし今は、それより問題が――、


「イレナ!」


 アリスが倒れ伏していたイレナに気付き、彼女の名前を呼びながら駆け寄る。

 アリスはうつ伏せに倒れていたイレナを抱き起こすと、反応が無い事に気付き、咄嗟に胸に耳を押し当てた。


「――――よかった……」


 アリスは安堵の息を吐くと、イレナの胸から耳を離す。どうやらイレナは気を失っているだけのようで、普通に呼吸しているのがカズのいる位置からも確認できた。

 突然の事態に気が動転していたアリスは、その事には気が付かなかったようだ。


 しかし、


「おい……なんかイレナ、苦しそうじゃねぇか?」


「え……?」


 カズが眉を寄せながら、アリスの背後から指摘する。その指摘を受け、アリスは咄嗟にイレナの様子に注意を向ける。

 ――確かにカズの言う通り、イレナは苦しそうに荒い息を吐いており、その体はフルマラソンを走り終えた後のように赤く上気し、玉のような汗が大量に浮いている。


「……何か、相当疲れたような状態だけど……ボクじゃ、イレナが今どういった状態なのか分からない……」


 そう言って、唇を噛むアリス。外見から判断するには、本当に持久走を終えた後のような状態なのだが、決めつけるのは良くない。

 そもそもアリスの知り得ない、この世界特有の症状だったりするかもしれない。――となれば、この世界の住人に訊くのが一番手っ取り早いだろう。


「カズ……イレナのこの状態がどういった症状なのか、君なら分かるかい?」


 アリスの質問に対しカズは腕を組むと、目を細めてイレナの状態を眺める。そんな様子をアリスはそわそわしながら見守った。

 やがて結論が出たのか、カズは目をつむると、首を横に振って、


「ダメだ。オレにはさっぱり分からねぇ。……見たところ、かなり疲れているように見えるが、気絶するほどとなるとな……」


「そうなんだ……。でも、このままにしておくのも良くないと思うんだ。だからまずは……カズ」


「なんだ? オレに出来る事があるなら何でも言ってくれ!」


 カズはそう言うと、その心情を表すように一歩、前へ踏み出す。そんなやる気の満ち溢れるカズに、アリスは頷くと、


「ここから出て行ってくれないかい?」


「…………は?」


 アリスの言葉にカズは呆けた顔で固まる。しかし、すぐさまアリスからフォローが入る。


「いや……汗がすごいから、イレナの服を脱がしたいんだ。だからその間、外に出ていて欲しいんだ。――ついでに、ここがどこなのかも“オール・イン・ワン”にバレない程度に調べておいてくれないかい?」


「あ、ああ……そういう事な……。よし、任せろ」


 頷くカズに、アリスはイレナのポケットを漁って残っていた『消臭草』の半分を渡す。

 カズは『消臭草』を受け取ると、洞窟の外に出て行った。

 残されたアリスは、早速イレナの服を「ごめんね」と謝ってから脱がしにかかる。その間アリスは、後回しにしていた“この状況”について考える。


 アリス達は『風纏ふうてん』という風の魔法を使用し、格段に移動速度の増した“オール・イン・ワン”達に追い詰められ、絶体絶命の危機に陥った。

 しかしそんな中、イレナが突如、奥の手とやらを使うと言い出した次の瞬間、三人は“オール・イン・ワン”の生み出す灰色の嵐の中に飲み込まれた。


 そして気が付けば、いつの間にかこの洞窟内に倒れていたのだ。

 イレナが最後に残した言葉は『奥の手』、『あたしの体をよろしく――』の二つだった。つまりアリス達がこうして無事なのは、イレナの言う奥の手とやらが上手く効果を発揮し、どうやってかは分からないが、とにかく危機を切り抜ける事ができたのだろう。


 アリスは、気が付いた時にはこの洞窟内にいた。という事は、それまで気を失っていた可能性がある。

 イレナが何らかの強大な魔法を使い、あの場にいた生物を見境なく気絶でもさせたのだろうか。そして、気を失ったアリスとカズをここまで運んだ。イレナの疲労にも、無理やりではあるがそれで説明がつく。


 もしくは、イレナのその疲労っぷりをみるに、持久走を終えた後――前述の強大な魔法でも体力は消費するだろうが――のように見える事から、何かしら結界のようなものを用いて、長時間アリス達を“オール・イン・ワン”からの猛攻から守ってくれていたのではないか、とも考えられる。


 強大な力には、それなりの代償を伴うとも言う。なので、結界内の者が気を失うなんらかの要因があるのではなかろうか。

 例えば――


「確かリースは、人にはそれぞれの『フィラ』に見合った“属性”が存在するって言ってた……」


 そう、基本的に一人につき一つ、己の『フィラ』と相性の良い“属性”が存在するという。例を上げてみると、アリスは風属性だ。

 そして中には例外もいて、複数の“属性”と相性の合う『フィラ』を持つ者もいるらしい。

 さらに例外中の例外で、どの“属性”とも違う“属性”を宿す『フィラ』を持つ者もいて、その者達が使用する魔法は『特殊魔法』と呼ばれ、その者の個性――つまり、世界に同じものは存在しない、特別でオリジナルの魔法が使えるのだとか。


 要は、“属性”とは個々人の『フィラ』――個性によって相性が決まるという事だ。

 そしてここからがアリスの推測なのだが、先の考察に出てきた気絶させる魔法と、結界。もしかしてイレナは、『特殊魔法』の使い手なのではないだろうか、とアリスは考えている。


 さらに、『特殊魔法』というからには色々と未確定な事柄が多いのではないか、ともアリスは考えた。つまり、イレナの“属性”である“水”の属性とは違う属性を持っているがために、アリス達は結界内で気を失ったのでは。もしくは“属性”の相性など関係なく、結界内の者はもれなく失神してしまうのではなかろうか、と仮説を立ててみる。


 ちなみに、『特殊魔法』を操る者の『フィラ』は異質で特殊らしく、『特殊魔法』とは別に、普通の“属性”への適性も持ち合わせているらしいのだ。実際、イレナがそうなのだから、そうなのだろう。


「……いや、決めつけは良くないね……」


 そう、ここまではあくまでアリスの推測にすぎない。しかしアリスは、あの危機的状況を打破できる力など、『特殊魔法』以外ないのではないかと思っている。

 リースが言っていたが、『特殊魔法』には強大で癖の強いものが多いらしい。

 そうでなくとも、イレナの奥の手は、少なくとも普通の魔法ではないとアリスの勘が告げている。


「――と……」


 アリスが脳内で色んな可能性について考えている間にも、イレナの服を脱がしていた手は淀みなく動き、とうとうイレナは生まれたままの姿となる。

 さらに、残りの『消臭草』を手でこすって汁を出すと、「失礼します」と謝ってからイレナと体に塗り付ける。


 触れる肌から相当な熱が伝わってきて、アリスは心配そうに眉を下げ、眠るイレナの顔を見やる。

 やがて塗り終わると、アリスは脱がした服を布団代わりにイレナにかけてやり、その疲労感に荒い息を吐くイレナの髪を、感謝の意を込めて優しく撫でる。


 ――と同時に、イレナの二つ目の言葉、『あたしの体をよろしく――』についても軽く考える。

 そのセリフからも窺えるが、どうやらイレナはこの状態になる事すらも織り込み済みだったようだ。


 となるとやはり、この疲労は『奥の手』からくるものだろうか。

 しかし、再び思考の奥底に沈みかけていたアリスの意識は、外からかけられたカズの言葉で水面に引き上げられる。


「アリス! ちょっと来てくれ!」


「――分かった、今行くよ!」


 アリスは立ち上がると、最後にチラっとイレナを見やり、やがて洞窟の外へと向かった。

 外に出てみると、辺りは木々に囲まれていて、未だ森の中だという事が分かる。

 アリスが今しがた出てきた洞窟は、絶壁の窪んだ場所にあり、さらに周りに生えている木々で外側からは見つけづらくなっていた。


 さらに前方に視線をやれば、小さな川が流れており、その近くにカズが背を向けた状態で立っていた。

 アリスはカズの近くへと歩み寄り、声をかけようと手を上げかけたところで、その手を途中でピタッと止めた。


 ――川を挟んで対岸。そこに、見知らぬ少女が立っている事に気が付いたからだ。

 アリスは無言でカズの隣に並ぶように立つと、少女の顔を見て、表情を驚愕に染める。


「――――ッ!」


 そんなアリスの反応に、眼前の少女はクスクスと笑う。

 その少女は、アリスと同じ綺麗な白髪はくはつをしているが、その髪は肩までで切り揃えられており、その装いはアリスとは逆に全身白で統一。その髪の色と相まって、上から下まで全て真っ白だった。


 いや、問題はそこではない。アリスが真に驚いたのは――


「おい、アリス……」


「――! な、なに?」


 今まで沈黙を貫いていたカズが、その表情を驚きと困惑に染めながら、核心を突く質問を眼前の少女の顔を見たままで、隣のアリスに投げかけた。

 その質問とは――、


「アイツの顔……“お前”じゃねぇのか……?」


「……………………」


 そう、川を挟んで、こちらの様子を微笑を湛えて見やる白い少女の顔は、他人の空似で済ませられるレベルではないほど完璧に、アリス・リーベと同じ顔だった。

 しかも――、


「しかも、アイツも“吸血鬼”だぞ……?」


「……………………」


 アリスはカズの言葉に、返答する事ができなかった。――いや、何か言おうとは思ったのだが、言葉は喉につっかえて出てこず、すぐに霧散してしまう。

 眼前の少女は、そんなアリスを吸血鬼特有の真紅の瞳で見つめている。


 アリスは一度、息を深く吸い、長めに吐いて、肺の中の空気を出し切る。

 そして意を決した目で眼前の、自らと瓜二つの顔を持つ少女を見据えると、疑問の言葉を投げかけた。


「……君は一体、誰なんだい?」


 アリスの絞り出すような質問に対し、眼前の少女は「んー」と目をつむると、数秒だけ考えるような素振りを見せる。やがて開眼と同時に、アリスの質問とは見当違いの解を返してきた。


「あの少年の居場所……知りたいかい?」


「「な!?」」


 予想だにしなかった返答に、アリスとカズの驚愕の声が重なる。

 しかし、すぐさまアリスは警戒の色を瞳に宿すと、


「……どうして君が、シンゴの居場所を知っているんだい?」


「へえ、彼の少年はシンゴという名前なのか」


「――――ッ」


 飄々として、どこかふわふわした対応する眼前の少女に対し、アリスはうっかりシンゴの名前を口に出した自分の迂闊さに唇を噛む。

 見るからに怪しい上に、自分と瓜二つの顔。さらには吸血鬼ときた。


 アリスからすれば眼前の少女は所謂、同族という事になるのだろうが、『星屑』の事を聞いた今となっては、警戒しなければならない存在だ。

 アリスは一旦、落ち着くように自分に言い聞かせると、今しなければならない事を考える。


 ――しかし、眼前の少女はアリスに正常な思考をさせない。

 白い少女は首を可愛く傾げると、


「彼は今、“特異種”の元にいるよ?」


「なんだと!?」「――!?」


 告げられた衝撃の事実に、カズとアリス、二人の表情に焦りの感情が覗く。

 さらに眼前の少女は続ける。


「確かに、彼には驚異的な不死身性がある。しかし、精神の方はどうだろうか? 体の再生に置いて行かれた彼の精神がどうなると思う? ――答えは簡単だ。きっと壊れる」


「…………本当に君は、シンゴの居場所を知っているのかい?」


 アリスの前向きな問いかけに、眼前の少女はニコっと笑うと、何かを投げて寄越してきた。

 アリスはそれを両手で咄嗟に受け取ると、手の平に乗る物を見て息を飲む。

 カズもそれを横から覗きこむが、最初は理解できずに眉を寄せる。しかし、すぐさま記憶から該当する物を導き出すと、アリス同様に息を飲んだ。

 白い少女が投げて寄越した物、それは――、


「どうして君が、シンゴの制服のボタンを持っているんだい?」


「いや、なに、ただ拾ったんだよ……この近くでね」


 片目を閉じ、手を振る眼前の少女に、アリスの隣のカズが一歩前に踏み出すと、


「おいてめぇ……嘘つくんじゃねぇぞ? お前、シンゴに何しやがった!?」


「ひどいなぁ……むしろ私は、彼を助けてあげたんだよ?」


「信用できっかよ! てめぇの――アリス?」


 カズの前に手をかざしたアリスは、ニコニコしている眼前の少女を鋭く見据えながら、


「……シンゴは今、“特異種”の所にいる。――これは本当だね?」


「ええ、ええ、そうだとも。確かに彼は今、“特異種”の元にいる」


「……だったら、ボク達にシンゴの居場所を教えて欲しい。いや、教えてください。――お願いします」


「ア、アリス……」


「へえ……」


 眼前の白い少女に向かって腰を折るアリス。そんなアリスの態度を、白い少女は興味深そうに眺める。

 アリスを興味深げに眺める少女と、腰を深く折るアリスに視線を往復させ、顔を苦渋に歪ませていたカズだったが、やがて彼は嘆息するように長く息を吐くと、


「……オレからも、頼む。――いや、頼みます」


 二人して腰を折り、懇願された白い少女は、「おやおやおや」と面白いモノを見たといった表情で二人を眺めていたが、やがて「ふむ――」と目を閉じると、


「顔を上げたまえよ、二人共。私は別に、彼の情報を使って君達と取引をしようって訳じゃない。むしろどちらかと言えば、彼を進んで助けたいと思っているんだ」


「ほ、本当か……!?」


 顔を上げたカズは、光明が見えたといった様子で顔を緩ませる。同じくアリスも、その表情を幾分か和らげる。

 しかし――、


「た、だ、し――。一つ、条件がある」


 白い少女は人差し指を立てると、楽しそうな表情でリズムよく横に振る。

 そんな少女に対し、カズとアリスは表情を愕然とさせると、


「お、おい! たった今、オレ達とは取引しねぇって!?」


「そうだね、確かに私はそう言った。しかし私が後述したのは、取引ではなく条件だ。それに取引とは、お互いが対等な関係で行われるもの。しかし今は、私の方が立場的にも――上だ」


「…………ッ」


 少女は悔しそうに押し黙るカズを見て、「いい子だ」と言って微笑むと、今度は「――と言ってもね?」と、やれやれと言ったポーズを取る。


「条件と言っても、そんな大したものじゃあない。私としても、彼に壊れられるのは少々、困るんだよ。――して、その条件なんだけど……」


 少女はその細い指で、カズをすっと指差すと、


「彼の元に向かうのは――君だけだ」


「な!?」


「…………どうしてボクは……?」


 驚愕を顕にするカズに対し、アリスは瞳を紅くさせて眼前の少女を睨み付ける。

 そんなアリスの真紅の瞳を、同じ真紅の瞳で平然と見返して、少女は「こわい、こわい」と言って肩を竦める。


 アリスがその瞳を紅くした事により、二人の顔はほとんど見分けがつかないレベルになる。首から上だけで違いを判断するには、もう髪の長さを見るくらいしかない。

 そんな自分と鏡合わせのような眼前のアリスに対し、白い少女は屈託ない笑みを浮かべると、


「なに、アリス。私は君と話がしたいだけなんだよ。もちろん! 私とのお話が終わったら、君にも彼の居場所を教えるとも。――どうだい?」


「…………分かった」


「な!? おい、アリス!」


 承諾の意を返したアリスに、隣のカズが慌てた様子で声をかけてくる。一方アリスは、もう心を決めたのか、落ち着いた表情で真紅の瞳をカズへと向ける。


「…………ッ」


 カズはそんなアリスの真紅の瞳に気圧され、言葉を詰まらせる。

 そんなカズの様子を見て、アリスは目を閉じると、再び開眼した時には真紅の瞳は黒瞳へと変化していた。


「カズ。彼女は条件を守らない限り、ボク達にシンゴの居場所を教えるつもりはないと思う。それにボクの勘では、彼女には絶対に勝つ事はできない。だから、刃向ったところで無駄だと思う。そんな事をするより、今は一刻も早くシンゴの所に君が向かうべきだ。……心配しなくても、必ずボクも後から追いかけるよ。彼女もそう言ってるんだしね」


「…………アイツが嘘をついてるって線は……?」


「それはないと思う」


「…………それも勘、か……?」


 カズの問いかけに、アリスはこくりと頷く。

 そんなアリスの目をカズはしばらく黙って覗き込んでいたが、やがて根負けして、ため息と共に脱力する。そして、両手を小さく上げて降参のポーズを取ると、


「分かった、分かった……。オレの負けだ。あの馬鹿の事はオレに任せろ! でも、絶対に追い付いてこいよ? 分かったな!?」


「……うん。当然じゃないか」


 アリスは微笑んで頷く。そんなアリスにカズも頷きを返すと、思い出したかのように「でもな……」と背後の洞窟へと視線を向け、


「イレナの奴はどうする? あの洞窟は立地的には見つけづらくなってるが、“オール・イン・ワン”には馬鹿みてぇな嗅覚があるだろ? それに……」


 カズは言葉の途中で、こちらに向かって手を振っている白い少女に視線を向ける。


「アイツもいまいち信用ならなぇ……」


「“オール・イン・ワン”に関しては、たぶん大丈夫だと思うよ。さっき服を脱がした際に、彼女の全身に『消臭草』のエキスを塗っておいたから」


「ほぉ……エキスを全身に……」


「カズ……?」


「あ、いや、すまねぇ……なんでもねぇ。でも、そうか……。“オール・イン・ワン”に関しては安心してもいいかもしれねぇな。……となると、残る問題は――」


「――ん? なんだい? 二人してそんな熱い視線を向けてきて。……もしかして、私に惚れたのかい? ふむ、我ながら男女問わず虜にしてしまう私自身の美貌には、私も脱帽だよ」


 アリスとカズに睨み付けられた白い少女は、そんなナルシストと捉えていいのかやや判断に困る事を言っている。


「……たぶん、大丈夫じゃないかな……?」


「……ああ、オレもそう思えてきた……」


 失礼な事を思われているとは露知らず、白い少女は川の水をぱしゃぱしゃして遊んでいる。

 そんな少女を見て、アリスとカズは頷き合うと、


「おい、アンタ! 条件を飲む! だから、あの馬鹿の居場所を教えてくれ!」


 白い少女は水遊びを中断すると、ニコリと笑った――。



――――――――――――――――――――



「――さて……私は君と前々から話をしたいとは思っていたんだ。……君はどうだい?」


「…………ボクは、君の事なんて知らないよ……」


「おやおや、私とした事が。ふふふ、少々、興奮して先走ってしまったようだよ。――悪い癖だ」


 川を挟んで向かい合うアリスと白い少女の他には、この場に人はいない。

 カズは既に、白い少女に教えて貰ったシンゴのいる場所へと向かった。

 アリスの後ろの洞窟にはイレナがいるのだが、彼女はカウントしなくてもいいだろう。


 アリスは、眼前の自分と瓜二つの顔を持つ謎の少女を鋭く見据えると、


「……ボクとしては、君との話し合いはさっさと切り上げて、今すぐシンゴの所へ向かいたいんだけど……」


「おやおや、そんなに生き急ぐのはよくないよ? まあ、君の今の心情を慮れば、その発言は至極当然――おっと、そんなに睨まないで欲しいな。分かったよ……本題に行こうか」


 眼前の少女はそう言って目をつむると、次いで片目だけ開き、アリスを見据えると、


「アリス。君は彼――シンゴくんの事をどう思っているんだい?」


「……シンゴの事を?」


 アリスのオウム返しに、白い少女は「そうだ」と頷く。

 アリスは眼前の少女から視線を外し、下を向く。


「シンゴ……」


「おっと、別に君達の恋愛事情について訊いた訳ではないんだよ、私は? まあ、気になるところではあるけど、その話はまた今度だ。――君もその様子だと、彼への自分の感情が何なのかが理解できていないようだからね……」


 白い少女の「恋愛事情」の部分で軽く頬を染めたアリスを見て、白い少女は「初心だねぇ」と呟く。

 そして、パンと一つ手を打つと、


「言い方を変えよう。君は、彼に“何か”を感じるか?」


「何か……?」


 白い少女の曖昧で抽象的な質問に、アリスは眉を寄せて首を傾げる。

 その様子を見た白い少女は、「ふむ……」と顎に手を当てる。


「その様子だと、目に見える類のものではない……と。なら、次の質問だ。今度はもっと具体的にいこうか。そうだね……アリス、君はシンゴくんに不思議な“力”を感じたり、もしくは本人ではなく、そんな“知り合い”がいるとか、そんな事を見たり聞いたりした事はないかい?」


「不思議な…………あ」


「覚えがあるのかい!?」


「――――!?」


 “隣”から聞こえた白い少女の声に、アリスは驚いて距離を取る。

 見れば、少女はいつの間にかアリスのすぐ傍にいて、その瞳をキラキラと輝かせている。

 アリスは当然、その顔を驚愕の色に染め、目を見開く。


 自分から距離を取るアリスの行動に、白い少女は少し傷付いた表情をするが、咳払いを一つすると、


「是非とも私に、君が頭の中に思い浮かべた事を――彼の事を教えて欲しい」


「…………」


 押し黙るアリスに、白い少女は「?」と首を傾げている。

 そんな少女に対し、アリスはシンゴの“あの事”について話してもいいものなのか思案する。


 正直、こんな得体の知れない輩にシンゴの事を話すのはすごく嫌だ。

 しかし、アリスは冷静に考えてみる。まず、現状で自分がしなければならない、目指すべきゴールを明確にする。


 そのゴールとはやはり、いち早くシンゴの元へと駆け付ける事だろう。

 そうなると、情報を出し渋って話が長引くのはよろしくない。さらに、より最悪なのは、出し渋った事で眼前の少女の機嫌を損ねてしまい、戦闘になる事だ。


 そうなった場合、ほぼ百パーセント、アリスに勝ち目はない。

 粘り強さと力には自身があるが、それは眼前の少女にも言える事だ。お互いが吸血鬼の場合、超常的な再生能力はアドバンテージとしては機能しない。戦いが長引くだけだ。


 ――それに、シンゴは死ぬような損傷を受けても回復していたが、彼の場合はあまり参考にならない。何故なら、その体は中途半端な吸血鬼で、そもそもな話、アリスは自分と言う存在――吸血鬼について、あまり知らない。


 もし、死ぬような傷を負った場合、自分の体は再生されるのか。アリスはまだ、それ程の傷を負った事はないので判断ができない。

 それに、眼前のこの少女には、得体のしれない高速移動がある。

 到底アリスでは勝ち目がない。


 それに、だ。“あの事”については、何も分かっていない状況なのだ。

 もしかしたら、眼前の少女は何か知っているかもしれない。そう考えれば、アリスに躊躇う理由は――ない。


「――シンゴには不思議な、紅蓮の炎でできた片翼があるんだ……」


「ああ、知ってるとも」


「――――!?」


 眼前の少女は、アリスの反応に落胆したような表情を見せる。

 アリスは慌てて、


「も、もう一つ! シンゴの手の甲には、アルファベットの『M』のような痣があるんだ」


「……『M』? ――ああ、そういう事か。なるほど、“そういう風”になっているのか……。まあ、その事についてもある程度は知っている。……その様子だと、それ以上はないようだね?」


「…………ッ」


 息を飲むアリスに、少女は当てが外れたといった様子でため息をつく。


「ふむ……そうなると、本人は無自覚なのか? それとも隠して……」


 白い少女は、何やらぶつぶつと呟いたかと思えば、次はアリスを上から下まで舐めるように観察しだした。

 その無遠慮な視線に、アリスは本能的な寒気を覚え、体中に鳥肌が立つのを感じた。


「……やっぱり、こちらに関してもあれ以降の変化は見られない……か。これは困ったね……。一体、何が原因で穴が空いたのか……」


 腕を組んで考え込む白い少女に、アリスは意を決して声を出す。


「……君は、シンゴのあの翼が何なのか……知っているのかい?」


「ん? ええ、ええ、知ってるとも。よーく知ってるとも。……アレが何か、聞きたいかい?」


「……うん」


 頷くアリスに、少女は「そうだね……」と笑みを浮かべると、


「アレは『怠惰』だ」


「たい……だ……?」


 オウム返しするアリスに対し、少女は気をよくした様子で語る。


「そう、『怠惰』だ。私達からすれば、子供みたいなもの……だね」


 少女の言葉の中に疑問を感じ、アリスは首を傾げ、


「私……達?」


「そう、私達だ。――と言っても、本当の意味での子供という訳ではない。君がどうかは分からないが、私の体はまだ新品でね」


 そう言って純白のスカートをひらひらさせる少女に対し、しかし話に付いていけずにいるアリスは眉を寄せる。


「おや? まさかまさか、そんなにも初心だとは思わなかったよ! ふふふっ。まあ、今日のところは、彼に対してのノルマも達成する事ができた訳だし、アリス……君とも話ができた。なかなかに有意義な時間だったよ――」


 そう言うと、少女の足元の影が蠢きだす。


「――――ッ!?」


 アリスは咄嗟に後ろに跳ぶと、少女から距離を取る。

 そんなアリスの警戒に対し、少女は体を半ば影に飲み込まれながらクスクスと笑う。

 そして、そんなアリスを愛おしそうに眺めると、


「君の喋り方……あの女を思い出すよ。真似てるのかい?」


「――――!! き、君は彼女の事を知っているのかい!?」


 アリスは今日一の驚愕を覗かせると、見開いた目に徐々に影に飲み込まれていく少女を映し、叫ぶように、そしてどこか置いて行かれた子供のように叫んだ。

 そしてアリスは、笑う少女の額にどこか見覚えのあるような痣を見付けて、より目を見開くと、


「――――君は一体、何者なんだい……?」


 問いかける。

 そして影に体をほとんど飲まれ、首だけとなった少女は、アリスの質問に対し怪しい笑みを覗かせると、


「私は『憂鬱』だよ。それ以外の何者でもない。……今日は楽しかったよ。近いうちにまた会おう。『虚飾』のアリス――」


「――――」


 白い少女は最後、そのようなセリフを残し、影の中へと沈んでいった――。


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