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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:11 『囲む食卓』

 アリスに連れられて、シンゴは下の階に下りる。最初の時はイレナに先導してもらい、今はアリスに先導されるという半日前の自分の行動をなぞる感じだ。しかし今回はキャストが違うという、なかなか奇妙な体験だなあと思いつつ、シンゴは頭の片隅でループ説を否定した。


 というか、そもそも現在のシンゴの格好は制服であり、上半身裸ではない。ドアの開き具合も違ったような気がする。

 そして、最終的にこんな事を本気で考えていた自分に恥ずかしくなった。


 しかしだ。一つ言い訳をさせえもらえば、ループ説なんかが実際に有り得てもおかしくないと思えてしまう世界なのだから――と言わせてもらおう。つまり、


「俺は決して馬鹿ではなく、至って平凡な高校生だということだ!」


「それは少し諦めた方がいいと思うよ、ボクは」


「どっちを!?」


 シンゴのツッコミをスルーしつつ、アリスは手を挙げて、


「シンゴ、起きたよ」


 そう声をかけた。かけられたのは、階段の下付近で待っていたイレナだ。

 いつの間に仲良くなったのか、二人は気さくな様子で会話している。その事に軽く驚きを覚えつつも、シンゴはとりあえず大事な事を聞くことにした。


「どっちを!?」


「ま、まだ言ってるのかい、シンゴ……」


「何の話よ?」


 シンゴに呆れた表情を向けるアリス。そんな二人にイレナが問いかけた。しかしアリスが口を開く前に、「いやな!?」と割り込んだシンゴが、イレナに事の経緯と身の潔白を訴えた。

 聞き終えたイレナは、


「どっちもじゃない?」


「……………………」


 イレナの心無い一言に涙を流すシンゴ。そんなシンゴの肩に、アリスはポンと手を置くと、


「ボクは、どっちもだなんて思ってないよ」


「その言い方だと片方は肯定されることになるけど!?」


「それは――」


「それは?」


 アリスはそのままそっと視線を外した。シンゴに五億ダメージ!シンゴは力尽きた!

 うつ伏せで燃え尽きるシンゴを横目に、アリスとイレナはお互い顔を見合わせると、仲良く声を上げて笑った。



――――――――――――――――――――



「ご、ごめんなさい!」


 そう言ってシンゴに頭を下げるのは、シンゴをループ説疑惑に追い込んだ調本人である、あの女性だ。

 今日はよく頭を下げられるな――と、『酔いどれ亭』の犬耳少女――リースの事を思い出しながら、シンゴは「もういいっすよ」と女性に頭を上げるように言う。


「あいかわらず話題に事欠かねぇな、お前は」


 そんな言葉と共に、頭を上げた女性の後ろからカズが現れた。

 シンゴはチラリとそちらを見ると、


「ああ、カズか」


「――――ってオイ! 終わりかよ!?」


 目を剥くカズを無視し、シンゴは目の前の女性に声をかけた。


「えっと、俺はキサラギシンゴです。君は?」


「あ、はい、私は――」


「馬鹿野郎シンゴ! お前、この方を誰だと思ってんだ!?」


「いや、だからそれを今聞いてんだって……」


 何か様子が変というか、頭が変なカズに、シンゴは半眼を向ける。

 一方そのカズはとういうと、腕を組んで、ふむと頷くと、


「そうか、知りたいか」


「いや、お前には言ってないし……」


「いいか、心して聞けよ?」


「お前も人の話を聞けよ!?」


 全然シンゴの話を聞いていない様子のカズに、シンゴはアリスに視線でヘルプを求めるが、苦笑が返ってくるだけ。どうやら自分で対処するしかないようである。

 シンゴがカズに視線を戻すと、なにやらカズが女性の斜め前で跪き、両手をひらひらしてパンパカパーンしている。そして、


「このお方こそ、この王都『トランセル』の王族が一人――名をユピア・レッジ・ノウ様と申される! そのお美しいお姿……このカルド・フレイズ、あなた様を映すこの罪な両目をくり抜いてしまいたい気分です!」


「は、はあ……」


「おい、やめろよカズ。ユピアさんが困ってんぞ…………王族!?」


 濃すぎるカズに一瞬埋もれてしまい、遅れてやってきた理解にシンゴが驚きの声を上げる。しかしカズは――、


「シンゴ! ユピア“様”だろうが!!」


「ユピアで構いませんよ」


「――だそうだ! 分かったか!?」


「めんどくせえ性格に……」


 都合のいい事をほざくカズに呆れていると、シンゴの後ろにいたイレナが「あ!」と声を上げた。

 今度は何だ?と後ろを振り向くと、


「ご飯だからシンゴを呼びに来たんだったわ!」


 どうやら、晩御飯のようだ。



――――――――――――――――――――



 シンゴ達は、修道院の人達と共にその食卓を囲む。

 シンゴの横にイレナ、その隣にカズ、ユピア。次に、シンゴのもう反対側の隣の席にはアリス、その隣には十歳くらいの男の子が座り、そこから子供達が順にテーブルをぐるっと囲んで座っている。


 シンゴ達の帰りが遅くなってしまったために晩御飯が作れず、こんな時間帯になってしまったのだ。

 材料はあるにはあったらしいのだが、さすがに育ち盛り真っ只中の子供達を満足させるだけの量ではなかったようだ。


 そのせいか、子供達の中にも全員が全員ではないが、何人か眠たそうに目をこすっている者の姿が見られる。一方で、シンゴ達のせいで結構な人数になってしまったせいか、いつもと違った食卓の風景に興奮して目がギンギンのキラキラな子も結構見られた。


 そんな中、上座に座るアネラスがパンパンと手を鳴らすと、騒がしかった子供達がシンと静かになる。それを見て、アネラスは手を合わせると、子供達も同じように手を合わせた。

 シンゴも遅れて手を合わせる。そして、


「いただきます――」


「「「「「いただきます!!!!」」」」」


 日本式の合唱が終わった瞬間、子供達が一斉に目の前に並べられた料理に我先にと手を伸ばした。

 シンゴも負けじとコップに注がれた『酔いどれ亭』の炭酸水を一気に飲み干した。


 ぷは〜と息を吐くと、早速目の前の料理に手を伸ばす。そんなシンゴの隣では、同じ異世界から来たアリスが炭酸水に口を付けて、驚いた表情をしている。

 そんなアリスの様子を見て、シンゴは思わず笑みを零した。

 その視線に気付いたアリスもシンゴの方を見ると、クスリと笑った――oh……エンジェル?


「まさか、こんな所で炭酸水が飲めるなんて驚いたよ。シンゴはあまり驚いていないみたいだけど、もしかして知ってたのかい?」


「まあな。でも、やっぱり元の世界のどの炭酸水とも違うんだよな。サイダーに一番近い感じがするけど……ん〜」


「そんなに真剣に悩まなくても……」


「…………いや、まてよ……? これは!!」


 注ぎ直した炭酸水にちびちび口をつけ、目を閉じて思案していたシンゴだったが、突如としてその目を開眼した。そして勢いよくアリスの方を向くと、


「かつお出汁だ!!」


「シンゴって舌も馬鹿なんだね」


「もって何!? ねえ、もって!?」


「何って、言葉通り――ん?」


 アリスは言葉の途中でそんな声を上げると、シンゴとは逆――隣の席の方を向く。すると、そこにはアリスの服の裾を引っ張る男の子が。

 男の子はアリスに視線を向けられ、顔を赤くしてモジモジしたかと思うと、自分の皿に乗っていた肉を指差して、


「お、お姉ちゃん、あげる!」


「ボクにかい?」


 アリスの確認に、男の子はその首をブンブン縦にふる。

 それをアリスの隣から見ていたシンゴは、「ほほう、ませガキめ……」と心の中で呟くと、その顔をニヤリとさせた。


 そして、男の子からお肉を上げる!されたアリスはというと、


「君、本当にいいのかい? 見たところ、半分は食べてあるから嫌いってわけじゃなさそうだし……もしボクに気を使っているのなら、それは不要だよ?」


「あ、う……」


 言葉に詰まってしまう男の子。そんな様子を見たシンゴは、「あちゃ〜」と顔を覆う。

 アリスの言い分が真っ当なだけに、男の子は本心で行かないと、アリスにはそのお肉を受け取ってもらえないだろう。


 ――――つうか少年よ。なぜ食いかけなんだ!?


 シンゴは心の中で、迂闊な少年にツッコミを入れる。が、いや待てよ?と考えを改める。もしかしてコイツは、アリスとの間接キスを狙っているのでは!?という考えが脳裏をかすめたからだ。


 ふ、危うく騙されるとこだったぜ。やるな少年――?と、シンゴは炭酸水に口をつけながら、策士たる少年に「おしかったな――」という意も込めた、ある意味で賞賛の視線をチラリと向けると――


「ぶふっ!? げほっがはっ!?」


 盛大にむせた。

 シンゴが一瞬の間だけ思考にふけっていた間に、少年は目いっぱいに涙をため、そんな様子にうろたえるアリスという状況が出来上がっていた。

 どうやら少年は、純粋な気持ちで事に挑んでいたようだ。むしろ、シンゴの意地汚さというか、下心にまみれた推測で少年の勇気を汚してしまったような気がして、罪悪感が半端ない。


 シンゴは心の中で「仕方ねえな――」とため息をつくと、少年の崇高な勇気を汚してしまった罪悪感を払拭するため、助け船を出すことにした。


「なあアリス。それ、もらってやれよ。そいつ、アリスに食ってもらいたいんだとよ――」


「え? そうなのかい?」


 アリスに問いかけられた少年は、その頬を真っ赤に染めている。それも当然だろう。少年からしたら、本心は隠しておきたかったはずなのだ。しかしな、少年よ――と、シンゴは心の中で呟く。


 アリスとの付き合いは、当然ながらシンゴの方が長い。そして、そんなシンゴから言わせてもらえば、アリスは時々物凄く鈍感な時がある。なので、アリスに何らかのアプローチを試みる場合は、その真意を隠していては伝わらない事が多々あるのだ。


 つまり、ここからはお前の勇気次第だぜ?さっきの勇気を超える、もっと大きな勇気を絞り出してみろ!!と、シンゴは少年にサムズアップした。

 そんなシンゴの心の言葉が通じたのか、少年はその表情を引き締めた。そして、その赤い顔をさらに赤くしながらアリスの黒眼を見据えると――


「ぼ、ぼく……お姉ちゃんに食べて欲しい!」


「で、でも――」


「欲しい!」


 少年の熱い視線に、アリスは少し驚いたようにその目を見開くと――。


「分かった。じゃあ、ありがたくいただくよ」


「っしゃあ!!」


「ど、どうしたのよ、突然……?」


 思わずガッツポーズしてしまったシンゴに、魚の骨と格闘していた隣のイレナが驚いた表情を向けてくる。


「え? あ、いや、こっちの話……!」


 シンゴの必死の誤魔化しに、イレナは「ふーん。まあ、シンゴだしね――」と言って、再び魚に向き直った。

 シンゴなら突然叫ぶという奇行を犯してもおかしくはない――といったイレナの言葉のニュアンスに、シンゴはこめかみをヒクヒクさせながら、握りしめた右手のグーを左手で必死に抑え込んだ。


 なんとか荒ぶる右手を落ち着かせて、再度隣の様子に視線を向けると、あの少年とアリスが仲良く会話しているのが窺えた。そして、アリスの口から聞こえた言葉を聞くに、少年の名前はリドルと言うらしい。

 そんな二人の様子を満足気にシンゴが見ていると、不意に恐ろしいほどの悪寒がシンゴの背筋を駆け抜けた。


「何だ、今の……?」


 シンゴは鳥肌の浮いた腕を服の上からさすりながら、その悪寒の正体を探る。

 現在も絶えずシンゴに向けて放たれている悪寒の正体は、アリスの隣のリドル――の、さらにその“隣”から放たれていた。


 見れば、おそらくリドルと同じくらいの年齢だろう少女が頬をパンパンに膨らませ、そのくりっとした目に大粒の涙を湛えながら、シンゴを親の仇かというくらいに睨み付けてきていた。

 さらに、その愛らしい手の中では、木製の箸が中ほどから真っ二つにへし折れている。


 ひい!とのけ反った拍子に、隣のイレナに体が当たってしまい、わき腹に肘打ちをもらって苦悶の声を漏らしながら、シンゴはなぜ?と考える。

 一体シンゴの何があの少女の逆鱗に触れてしまったのだろうと己を省みてみるが、思い当たるの節は一つしかない。


 シンゴは急速に遠ざかる痛みに、吸血鬼の力が発動したと判断。加減しろよ!?と、心の中でイレナに吠えつつ、一応右目を閉じながら、もう一度少女にチラリと視線を向ける。少女はシンゴと視線が合った事に気付くと、キッとその視線に込める殺意の度合いを強めた。


 シンゴは、熊でも殺せるんじゃないかと思うほどの殺気を少女から浴びながら、一つの確認作業を決行した。

 シンゴはひとまず人差し指をピンと立てると、その指先に少女の注意を一瞬だけ逸らす。そして、少女の注意が指先に向いた瞬間、その指先をスッと傾ける――アリスと仲良く会話するリドルへと。


「〜〜〜〜ッ!!」


 アリスと親しそうに話す少年を見た瞬間、その少女の表情が青ざめ、次いでシンゴに向けていた以上の殺気を放ちながら、アリスを睨み付けた。

 すると、こういう気配には鋭いアリスがその殺気に気付き、視線を鋭くさせるが、その対象がリドルの隣の少女のものだと分かると、「?」と首を傾げた。


 アリスと向かい合っていたリドルも「?」といった様子で、アリスの視線を追うように、殺気を放つ少女の方へと振り返った。その瞬間、少女はその殺気を消防士顔負けの速度で鎮火。嫉妬に歪んだ表情を一瞬にして作り笑いへと変えてみせた。

 あまりにも見事な変わり身に、アリスと、その隣から覗き見ていたシンゴが唖然として口を開く。


「どうしたの、アンリ?」


「え? な、何でもないわよ?」


「――?」


 そんな二人のやり取りを見たシンゴは、心の中で納得した。少女――アンリは、リドルの事が好きなのだ。だから、リドルの背中を押すような真似をしたシンゴを「余計なマネを――」と睨んでいたわけのだ。


「女って怖いわー。あ、アリス、後はガンバな」


「え?」


 シンゴはアリスに同情の言葉をかけると、これ以上どろどろの昼ドラ展開に巻き込まれるのはごめんだ――ということで、ここから先は我関せずのスタイルで行くことにした。後はアリスさんにお任せ!という事にして、「さて――」と食事を再開させようとすると、


「――あれ? 何この野菜の山? あれ!? 俺が最後の楽しみにと残しておいた肉は!?」


 目の前の皿に、いつの間にか野菜の富士山が出現していただけでなく、最後の楽しみに取っておいた肉が消滅している事にシンゴは気付いた。

 すぐさま下手人を探すべく辺りを見渡すと、まず、肉の在り処を発見した。発見したのだが、既に……。


「カズ! てめえ、そのパンパンの口は何だッ!?」


「ふぁめうおいえわいあいあま、おうぇあそいすらぁ(冷めるといけないから、オレが処理した)」


「食ったまま話すなよ! 何言ってんのかさっぱりだが、貴様がやった事はバレバレなんだよ!?」


 カズはそのまま、おそらくシンゴの物であった肉をゴクリと飲み干すと、


「しょうがねぇじゃねぇか。オレの分はユピア様に献上したんだからよ」


「ユピアと呼んでください」


「だからって! 何故!! 俺の物を!?」


 ユピアのすまなさそうな視線に、アナタは悪うございません!と首を横に振っておき、シンゴは次いで、自分の皿に山盛りにされた野菜を指差すと、


「さらに恩を仇で返すようなマネまでするか普通!? いや、搾取した上でゴミを投げつけられた気分――あ、いや、野菜は好きですよ? 待ってアネラスさん! 箸をそんな風に構えるのはやめて!?」


 こぉ〜〜とか言いながら箸を振りかぶったアネラスに、シンゴが必死に弁明をしていると、


「ん? オレは肉しか盗ってねぇぞ? 野菜はうまかったぜ?」


「は? カズじゃねえの? じゃあ、一体誰が――」


 シンゴはそう言いながら、この場にいる面々をぐるっと見渡していく。すると、子供達がチラチラと同じ方に視線を向けているのが分かった。なので、その視線の先を辿ってみると――


「…………イレナ、何か釈明は?」


「私、野菜食べると足先から腐っていく病気なの」


「――――アネラスさ〜ん、イレナが野菜を俺の皿によけてくるんですけど〜」


「ちょ!? そ、それはひきょ――」


「こらぁッ!! またやったのかいイレナ!!!!」


「ご、ごめんなさーーーーいッ!?」


 “また”なんだ――とシンゴが呆れた顔をしている横で、脱兎の如く逃走したイレナだったが、なんと――


「よっ!」


「きゃ!?」


 いつの間に背後に回っていたのか、あの小太りで優しい印象のおばあちゃんシスター、コネリアが、イレナに後ろから豪快なタックルを繰り出し、難なく捕獲してしまった。

 一方、顔面から床に倒れ込んだイレナは、強打したおでこを押さえ、しくしくと涙を流すだけで抵抗する気配がない。


 あの大人の男を素手でのしてしまうイレナが抵抗する気配すら見せないということは、コネリアさん……一体何者!?と、シンゴは密かに戦慄するのであった。


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