40話 それでは会議が終わった後、子作りできないではないか
◇◇◇◇
その日の晩。
フレイアはゴステア城の一室にいた。
(ようやくここまできた……)
椅子に座り、室内を見回す。
サロンに使う一室なのかもしれない。
もっと荒れているかと思ったが、セジェル兵は丁寧に使用してくれていたようだ。このサロン室だけでなく、他の部屋も必要以上に汚されたり、盗まれたりした様子はなかった。
降伏の知らせを受け、指揮官のウォルター准将にも会って話をしたが、かなり落ち着いた人物だった。
なんとなくセジェル兵というとルパート将軍みたいな男ばかりかと思っていたが、こういう男性もいるのだと思った。よく考えてみれば、ゴステア付近では兵の規律も保たれていた。この准将がきつく手綱をしぼっていたからなのだろう、とフレイアは思った。
まあ、そのほかの男はルパートと対して変わらないのだが。
「大丈夫か、大公」
椅子が引かれ、隣にウェイドが座る。
「なにが?」
「夕飯。食ってないだろう」
顔を覗き込み、そう言われた。
「夕飯?」
いぶかしげに尋ねる。
そしてもうそんな時間だということに気づいた。
戦闘が終わったのが1300。
ウォルター准将に出迎えられ、城内にはいったのが1400頃だっただろうか。
そこから「もうすぐハドリアヌス王が到着する」こと。「交渉についてはそれを待ってお願いしたい」とのことを伝えられた。
そしてゴステア城自体は明け渡し、セジェル兵は城外に出る旨を伝えられたが、それは断った。
かなり少数ではあるが、城下町にはまだ女性がいる。
財産は持って出るように伝えているが、空き家がほとんどだ。
セジェル兵が押し入り、不埒な行為をする可能性がある。
「申し訳ないが、武装解除して城に待機してください」
ウォルター准将にそう提案し、城を東西に分けてセジェルとタレニウムは駐屯している。
フレイアの提案の意図を察したのだろうし、女性騎兵のことでなにか感じることもあったのか、ウォルター准将は「兵の躾が行き届かず、申し訳ない」と謝罪までしてくれたのがまた意外だった。
「宰相への手紙を書いていたら忘れていたな」
フレイアはつぶやく。
ゴステア城を落としたこと。
相手の司令官は話がわかりそうな男であること。
ハドリアヌスと直接交渉が行えそうなこと。
できるだけ早く、公都を出てゴステア城に来てほしいこと。
それを書付け、通信兵に渡したのがどれぐらい前だったろうか。
「昼もほとんど食べてないんだ。俺がここにいるから、いますぐなにか口に入れてこい」
ウェイドに言われ、ちらりと長机の向かいを見た。
セジェル側には誰もまだいない。
「いや……。もうハドリアヌス王は着いたと聞いている。時間はなかろう」
ウォルター准将が席を外しているのも、ハドリアヌス王の出迎えのためだ。
「倒れてもしらんぞ」
「倒れん」
「まったく」
ウェイドはため息をつくと、背もたれに腕をかけて振り返る。
「ロクラン」
「はい」
ウェイドとフレイアの間に、ぬっと銀盆が差し出されたから驚く。
どうやらロクランらしい。
盆の上にはサンドイッチや、小ぶりなパン。クラッカーなどが並んでいた。
「口を開けろ」
言うなり、ウェイドはハムとチーズの乗ったクラッカーを手に取る。
「自分で食べれる」
「大公は近衛がいないと、なにもかもずさんになる」
ぶつぶつ言いながら、ウェイドはフレイアの口にクラッカーを押し込んだ。
「うぐっ」
「茶」
「はい」
ロクランから受け取ったカップを、ウェイドはフレイアに差し出す。
フレイアは目を白黒させてお茶でクラッカーを流し込んだ。
「ちょっと!」
苦情を言おうと思ったが、開いた途端、次のクラッカーが押し込まれる。
口を開けばなにか押し込まれるから、これでは文句の言いようがない。
ぶすっとしてお茶を飲むと、「次は?」と言われたが、首を横に振って断った。
「全然食事量が足らんぞ、大公」
ウェイドがあきれる。
「それでは会議が終わった後、子作りができんではないか!」
「今日、するのか!」
「言っただろう、昨日。だいたい積極的に誘ってきたのは大公ではないか」
「積極的に、ではない!」
「忘れっぽいな、大公は」
はは、とウェイドが笑い、フレイアがその顔に拳を叩きつけてやろうかと考えたとき。
「どうやら到着なさったようですよ」
ロクランが平坦な声で告げる。
言われてみれば足音が近づいてくる。
扉の外にいた衛兵が声を上げた。
「ハドリアヌス王、ご入室!」
ウェイドとフレイアが同時に立ち上がり、扉のそばに行く。
計ったように衛兵が扉を開いた。
姿を見せたのは、がっしりとした大柄な、銀髪の青年。
肖像画を観たことがあるが、実物はもっと大きい。
頬に残る大きな刀傷のせいだろうか。野生の肉食動物に出会ったような心持になる。
(こいつがハドリアヌス……)
だが、おびえる気にはならない。
勝手に吸収合併を訴え、勝手に姉を人質に決め、勝手に自国に攻め入ってきたのだ。
厚かましく、獰猛な。
ただの獣だ。




