第23話 生命の権能
㉓
ダグラエルの姿がブレた。眼前に振り下ろされる剣が見える。
先程までの堅守を体現したかのような剣ではない。
それよりもずっと力強い剛の剣だ。
正面から受け止めると銀のエーテル同士がバチバチと火花を散らす。凄まじい力だ。
このまま張り合うのはマズいな。体勢の不利もあるが、膂力で負けている。
手首の力を抜いて斜め前へ踏み出し、受けた刃を剣身に沿わせるようにして後ろへ流す。これで体勢を崩してくれるなら簡単だけど、当然そうはいかない。
完全に受け流す前にダグラエルの手が返されて、剣と剣が絡み合った。
逆らうのは諦めてその動きに任せる。タイミングを見て引き抜けば、どうにか武器を跳ね飛ばされるのを防げた。
勢いそのままに身を翻して横薙ぎ一閃。紙一重で鎧にも届かない。
踏み込んできた。間合いが潰れて剣を引き戻せない。鎧の無事な方の肩が迫ってくる。
今の膂力差でまともに受ければ軽々吹き飛ばされる。それはまずい。
左腕を間に挟みながら敢えて、自ら前に出る。
凄まじい衝撃が走り、体が僅かに浮く。腕に奔った痛みは骨にヒビが入ったからか。痺れもあって上手く力が入らない。
それでも大きく吹き飛ばされるのは免れた。
ぶらりと下がる腕へ治癒の魔法を使いながらクレリプスを逆手に持ち替えて、振り上げに合わせる。
「ずいぶんと苛烈じゃないか」
「生憎慣れない力でな」
嘘ではなさそうだ。実際僅かばかりのずれが見える。
それでも振り回されていないのは脱帽に値する。俺も使いこなせるようになるまでそれなりにかかったしな。
二人揃い、示し合わせたように後ろへ跳ぶ。仕切り直しには、しない。
術式を組み上げ組み上げ、エーテルを火球の魔法に変換する。
ルナから流れ込む膨大なエーテルは人一人容易く飲み込む特大の火球を易々と生み出し、目にも止まらない速度で発射した。
常人なら何が起きたのかも分からない間に燃え尽きるだろうが、相手はダグラエルだ。まず間違いなく対処される。
だから狙いは時間稼ぎ。腕が治るまでの間さえ作れたら十分。
直後、感じた悪寒に従って横へ跳ぶ。
「くっ……!?」
治りかけの腕が痛むのを感じるより早く、通り過ぎた気配に冷や汗が流れた。
それは、ダグラエルの斬撃の余波だ。
火球を一刀両断にした一閃は空を奔り、背後の結界を揺らす。
破ることはできなかったようだけど、ルナの、女神の結界を揺らめかせたんだ。凄まじい威力があったと結論づけるのは難しくない。
まともに食らっていたら間違いなく無事ではなかった。
基本に忠実な剣がダグラエルの得意とするところだと思っていたけど、もしかしたら、この豪剣こそが本来の型なのかもしれない。
だとすれば、下手に余裕を与える方がマズいか。
一足飛びに迫ろうとするダグラエルへ向け、いくつもの氷柱を射出する。ルナの得意とする系統だからか、元々得意な炎系統と同様に扱いやすい魔法だ。
しかしダグラエルは止まらない。やつの全身から立ち上る白銀のオーラに飲まれて氷柱は消え、足止めとならない。
あれもまたルナの力だから、氷に耐性でもあるのかもしれない。
袈裟斬りを後ろへ跳んで躱し、返す剣を追うようにして懐に飛び込む。
ダグラエルにしては大ぶりの剣。誘いのようにも見えない。これはチャンス。
逆袈裟の方向に切り上げながら、彼の足下で魔法を発動。カーペットの下の石畳を操作して、鎧ごと飲み込ませる。
妨害できたのは一瞬。すぐに力尽くで引き抜かれた。
剣が届くには、その一瞬で十分。
身を捻られて僅かに逸れた剣は、ダグラエルの右腕を切り裂いた。
手応えあり。少なくとも腱は切れた。
左腕ももらう。
たたらを踏んで離れたダグラエルを追い、さらに一歩。体勢的に避けづらい左腕へ、クレリプスを振り上げ、狙いを定める。
いける。そう判断しての攻め。
しかし耳に届いた風切り音に、本能が警鐘を鳴らす。
ほとんど無意識に剣を引き戻すと、凄まじい力の何かを受け止める感覚があった。視界の左端にあるのは、銀色の刃だ。
なぜだ? 腱はたしかに切った。右腕は動かないはずだ。
それなのに、しっかり右腕を使って切りつけてきた。
困惑を隠しきれないまま再度後ろに跳んで距離をとる。
そして風の魔法。視界を遮らないように、無数の刃を生み出して撃ち出す。
目を懲らして鎧の傷跡を睨むが、黒の下に見える肌は綺麗なものだ。
まさか、ルナの権能か?
だとしたら、一つ心当たりがある。
受けた傷を一瞬で治すほどの癒やしの力。それはたぶん、ルナの持つ生命の神という側面が影響した力だ。
ただでさえ堅いのに、その上自動回復か。日本の学生時代に同級生が悪態を吐いていた気持ちが分かる。ボスに回復は最悪だ。
風の刃を止めないまま、エーテルの量にものを言わせて火の矢も追加する。ダメージは与えられないにしても、足止めくらいにはなるはずだ。
この場合の攻略手段は二つ。再生する間もなく即死させるか、ダグラエルの体がルナの力に耐えられなくなるのを待つか。
封印の楔の力を使って無理矢理あの膨大な力を扱ってるのが現状だ。いずれ限界がくる。
しかしどうせなら剣士として真っ向から勝ちたい自分がいる。それに、この手でトドメも刺したい。
なら自壊もタイムリミットだな。それまでに、首を断つ。
魔法の乱射を止めると同時に、全力で床を蹴る。彼我の距離は瞬く間になくなって、目と鼻の先に王国最後の砦が現れた。
勢いのままに、一閃。コンパクトに、且つ速く。居合いに近い動作で振るった剣は、同じ銀色の刃に受け止められる。
「自滅を待つのかと思ったぞ」
「あいにく、俺にも剣士としての矜持があってな」
「そうか。貴様の父も喜ぼう」
だったら嬉しい、ねっと!
踏み込んだ足に力を込め、強引に剣を振り抜く。瞬間僅かに抵抗が弱まって、再び互いの距離が離れた。
そして着地。と同時に床を蹴って、再接近する。
技と技、力と力のぶつかり合いときて、今度はスピード勝負だ。もはや常人には残像を捉えることすら難しい速度でいくども影を交差させ、切り結ぶ。
超速の世界。それでもミスはあり得ない。
謁見の間に響く金属音はいくつも重なり、時には数度の打ち合いが一度の音として聞こえることもあった。
刃は、何度も届いている。しかし命にはほど遠い。
赤い筋がいくつも宙に描かれるけど、いずれも一瞬のうちに治されてしまう。
それだけ切りつけられているのも、ダグラエルが再生する前提で多少のダメージを無視しているからだ。
そのリスクを無視した半ば捨て身の攻撃で、俺の傷も増えていく。
幸い治癒魔法は苦手ではないにしても、ダグラエルとの戦いでそちらに集中力を割くのは自殺行為だ。なかなか思ったように治療が進まない。
くそっ、決着の付く気配がない。
せめて、四肢の一つでも一時的に欠損させられたなら。
その考えはもう透けて見えてしまっているんだろう。なかなか隙を見せてくれない。
不利な状況だ。だからといって一撃必殺を狙うには技量が高すぎる。やはり地道に崩すしかないか。
……いや、まだ試していないことがあったな。




