第20話 騎士団長ダグラエル・ドラグニル
⑳
勢いよく開け放つと、記憶の通りにだだっ広い謁見の間が目に入った。
扉の割には落ち着いた装飾の、奥行きのある部屋。そこに窓は無く、代わりにこの国を象徴する青い布飾りが連ねられている。
幾つかに金系で刺繍された月の紋章は、国旗のそれと同じもの。しかし真実を知った今となっては、どうにもおかしく見えてしまう。
その月は、元々ルナを示すものであったのだから。
入り口から奥に続く細長いカーペットも、布飾りと同じ青。それを辿れば、順に三人の人影が目に映る。
奥にある二つは、抱き合った王と第一王妃。怯えの混ざった目でこちらを睨みつける姿は、虚勢に近いものだと分かって滑稽だ。
それだけ怯えている癖に、多少の余裕も伺える。理由は、考えるまでもない。
「魔物、の類ではなさそうだな。恐ろしく高度な認識阻害か」
部屋の中央で仁王立ちする、大柄な男。左手には黒基調の大きな楯。壮年も終わりかけといった年齢だろうか。黒い鎧を身に纏った彼は燻んだ茶髪をオールバックにしており、赤茶色の瞳を真っ直ぐにこちらに向けている。
その顔付きは狼を思わせるほどに鋭く、静かな迫力を持っていた。
レフトア王国騎士団長、ダグラエル・ドラグニル。この国の最後の砦であり、父様の直接の仇。
彼さえいなければ屋敷を捨てて逃げるという選択を取る必要は無かったかもしれないから、母様や弟ルークの仇でもあるかもしれない。
ようやく、会えたな。
扉を開けた瞬間を狙わなかったのは、騎士道精神というやつだろう。地球じゃ実際には無かったと言われることも少なくなかったそれだけど、ダグラエルがそれを持つのは知っている。
俺も言葉を交わしたことはあったし、その高潔さを父様から聞くことも何度かあった。
「ご明察。さすがはダグラエル騎士団長殿だ」
「……どこの手の者だ?」
まあ、妥当な質問だな。
これだけ高度な術式、まさか完全な個人だとは思うまい。
「残念ながら、どこにも属していない人間でね。これは私怨だよ」
「私怨で王城に乗り込み、殿下がたを弑したと?」
「そういうことだ。あとは、王と第一王妃、そして、お前だけだな」
ダグラエルが片眉だけを一瞬上げる。
自分が挙がったのが不思議なんだろう。これも当然だ。
「悪いが、覚えがない」
「だろうな。どの道、俺たちの顔は認識できていないだろ?」
「ああ。見せられたら、思い出すかもしれんな」
……こいつ、こういう時に冗談が言えるタイプだったのか。
いや、いくらかは本気で言っているんだろう。それでも驚きだけど。
「死ぬ間際になら見せてやるよ」
「ふっ、舐められたものだ」
実際のところ、こいつを舐めるなんてできるはずがない。対峙しているだけで、ビリビリするような威圧感を覚える。
しかし、妙に話しかけてくる。
情報が欲しいのもあるんだろうけど、それだけでもないような……。
ああ、そういうことか。
「玉座の裏だ」
「了解」
俺たちに気付かれないよう、王たちがジリジリと移動していた。おおかた、脱出用の隠し通路があるんだろう。
ダグラエルめ、時間稼ぎをしていたな。
俺たちが来るまで逃さなかったのは、追い詰めたと油断させて口を軽くする腹づもりだろうな。
「ひぃっ!」
玉座裏周辺をルナの氷が覆い尽くす。宮廷魔法師が複数人がかりで魔法を使わなければ、あれを破壊するのは難しい。
ダグラエルなら、もしかしたら破壊できるかもしれないけど、その隙に心臓を貫ける。
「残念だったな。目ぼしい情報もやらないし、王たちも逃がさない」
「……問題ない。お前たちを切れば良いだけだ」
違いない。
ダグラエルが剣を抜くのに、こちらも合わせる。
刃は共に銀。柄は白と黒とで対照的だ。
彼の黒い鎧に白い柄の銀剣は、少々浮いている。装飾のアクセントが無ければ、アンバランスに見えるだろう。
これはおそらく、あの剣が鎧より後に授けられたものだから。
ルナに視線を向け、確認する。
「間違いないわ」
どうやらルークの情報通りだったらしいな。
あの剣が、ルナの力を封じる楔だ。
全てが目の前に揃っているのは都合がいい。
これは女神の加護、というやつかもしれんな。
その女神もプレイヤー側ではあるんだけど。
「覚悟しろ、賊よ」
覚悟ね。そんなもの、五年も前にできている。
さあ、一つ目の復讐を終わらせよう。
意識を完全に戦闘に切り替えてダグラエルを睨む。
彼は直剣に楯の、騎士としてはオーソドックスなスタイル。しかし当然だけど、ここまでに戦った奴らとは比べものにもならないくらいの圧がある。
隙らしい隙もなく、迂闊に踏み込めば今の俺だって押しつぶされかねない。
今は、こちらの正確な力量を測っているんだろう。露骨に誘ってきている。
先に動いた方が負ける、なんてことは無いにしても、簡単なフェイクじゃ崩せないな。
実直で堅実。性格が表れているようだよ。
「来ないのか?」
「そっちこそ」
あのスタイルならダグラエルから踏み込んでもいいはずだ。それをしないということは、何かを狙っているか?
……いや、違うな。
俺もずいぶん気が高ぶっていたらしい。
「相方を気にしてるな?」
返事は、無言の肯定。
やはりルナを警戒していたか。王たちを手にかけないつもりなのは伝わっているだろうけど、そうと決めつけて動くわけにもいかないしな。
戦闘に介入されても当然厄介だし、これは俺の配慮が欠けていた。
「頼む」
それだけでルナは察してくれて、俺とダグラエルを結界で囲む。
「彼女は王たちに手を出さない」
「信じろと?」
「どの道この状況じゃ、その前提で行動するしか無いだろ?」
「それもそうだな」
ダグラエルの意識が、完全に俺に向いた。俺だけに向いた。
心地よい圧力だ。
これが、父様を殺した男のプレッシャー。
なるほど、たしかに父様を思い出す。
それじゃあ、仕切り直しといこう。




