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辺境伯爵家の剣神、神々に復讐するため旅に出る~月喰みの魔女と魔女の騎士~  作者: 嘉神かろ


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第2話 別れ

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 味方が攻めてきた? 魔物の群れとかではなく? なんで? どうして?


「司教殿、祈りの途中ですまない。緊急事態だ。念のためだが、この場にいる者たちの避難場所として教会を使わせてほしい」

「ええ、それは構いません。それで、伯爵様は……」

「私は門の方に状況を確認しに行く」


 父様も困惑はしてる。けど、冷静さは失わずに、やるべきことをしてる。俺も何か……。


「父様、俺たちはどうしたらいいですか?」

「お前たちは屋敷に戻れ」

「え、でも……」


 足早に遠ざかっていく父様の背中へ手を伸ばすが、届かない。

 俺だって自分が戦力になるとは思ってないけど、避難指示くらいはできると思う。それか、ここにいる人たちの家族に彼らの無事を知らせるとか……。


 聖堂内を見回せば、老若男女、少なくない数の領民がいる。いくらかは不安げな表情を浮かべていて、守るべき彼らのために、何かしたいと余計に考えてしまう。


「おう、アレク様。俺たちゃ大丈夫だからよ、屋敷で伯爵様を待っててやりな。父親ってのは、家で待ってる家族がいるとめちゃくちゃ頑張れるもんなんだぜ!」


 声をかけてくれたのは父様より少し下くらいに見える男の人だ。口ぶりからして、奥さんや子供がいるんだろう。自分も家族が心配だろうに、気にかけてくれたんだ。


 情けない。本当なら俺はみんなを安心させ、守る側の立場なのに。


「すまないが、少しばかり辛抱してくれ。このグラクシオ・シーリングが、お前たちの平和を奪わせはしない!」


 父様が聖堂の全員に聞こえるよう声を張った。それだけで不安げにしていた人も表情を強張らせるのをやめる。

 いつか俺も、ああなりたい。今は無理だ。守り支えるべき相手に気遣われてるようじゃ、父様の背中はまだまだ遠い。


 今は、すべきことをしよう。


「母様、ルーク、行こう。屋敷で父様を迎える準備をしないと」


 きっと疲れてるだろう父様を、みんなで労うんだ。



 屋敷に戻ってからどれくらい経っただろうか。父様は、まだ帰ってこない。

 できれば昼食は家族揃って食べたかったけど、仕方ない。


 窓から街の門のある方を見ても、視界に映るのはなじみ深い青空とシーリング伯爵領の都の街並みだけだ。

 小高い丘の上にあるこの屋敷からは、建ち並ぶ家々の屋根がよく見える。その赤やオレンジと青空が並んだ光景が好きだった。


 その光景は今も目の前にあるのに、どうしてか、くすんで見える。


「……アレク、ルーク、馬に乗れる格好に着替えてきなさい。それと、剣も帯びてくるように」


 妙に真剣な表情だった母様が唐突に口を開いた。あれは覚悟を決めようとしていたのか。

 つまり、母様は万が一を考えている。

 

「お母様……?」


 幼いなりにルークも何かを感じ取ったみたいだ。不安そうな表情を母様へ向けている。

 そうしたい気持ちは俺もあるけど、俺は伯爵家の長男で、兄なんだ。

 

「ルーク、念のためだよ。さあ、着替えに行こう。帷子(かたびら)も着た方がいいだろうし、兄様が手伝ってあげるよ」

「……うん、分かった」


 ルークの手を引いて衣装室に向かう。母様も着替えてくるようだ。同時に使用人たちに指示出しもしてる。落ち着いた声音だけど、いつもより少し早口で、俺が思ってる以上に酷い状況を考えているのかもしれない。


 部屋の扉に手をかけた瞬間だった。窓の方から強い光が入ってきて、少し遅れて爆発音が聞こえた。


「ルーク、少し急ぐぞ」

「う、うん!」


 ルークの手を握る力を少し強めて、小走りに廊下を進む。普段なら怒られるけど、状況が状況だ。

 

 今のはたぶん、爆裂閃光魔法というやつ。

 爆発による直接ダメージと前方への強い光による目眩ましを狙ったもので、魔物との戦いでも人間同士の戦争でも、よく使われるものだ。


 それなりに難しい魔法だったはずだから、向こうには腕の良い魔法師がいるんだろう。


 なら、相手は同じ上級貴族? 近くの子爵や男爵はそのクラスの魔法師を抱えられないだろうし。


 いや、俺が今考えるべきことはこれじゃない。とにかく準備を急ごう。


 着替えを済ませ、剣をとって元の部屋に戻る。母様ももう帰ってきていた。

 窓の外を見ると、魔法の光がいくつも見える。大砲のものらしい爆発音もしばらく前から聞こえているから、本格的に戦争をしているんだろう。


 くそ、ここからじゃ状況が分からない。遠見の魔法を練習しておくんだった。

 母様は使えたはずだから、たぶん、それでずっと父様の状況を確認していたんだろう。


「お兄様、父様は、騎士のみんなは、大丈夫ですよね……?」

「……ああ、大丈夫さ。なんたって王国の騎士団長に並ぶくらい強いお父様と、そのお父様に鍛えられた騎士たちだ。負けるはずがないよ」


 とはいっても、死傷者は出ると思う。相手も手練れみたいだし、そうでなくたって乱戦はどうなるか分からないって、前に父様が言ってた。


 どうか、十二柱の神々よ。あなた方に与えられた役目に忠実な父様を、どうか、お守りください……。


 昼下がりに始まった戦いだったが、大砲の声の止まないままに、いつしか空は茜色に染まっていた。ルークは気疲れから眠ってしまったが、時々お父様と呟いている。


「母様、見てるんですよね。戦況は、どうなってるんですか?」

「……大丈夫よ。ただ、心の準備はしておきなさい」


 つまり大丈夫じゃないってことじゃないか。

 どうして俺にまで隠そうとするのか。……いや、当然だ。母様からしたら、俺はまだ十三歳の子供だ。


 実際は前世の十六年があるけど、経験的な意味じゃ単純にプラスしていい話でもないとは思う。

 足したら二十九。父様や母様と同じくらい。でも、二人はもっとずっと立派で、大人だ。


 これまでで一番大きな爆発音が聞こえた。大きいだけじゃない。近い。


 慌ててベランダに出て目をこらす。門が、煙を上げていた。


「くそっ!」

「待ちなさい、アレク。どこへ行くの」

「街のみんなを助けないと!」


 俺だって、そこらの大人よりは強い。街の人たちを避難させるくらいならできるはずだ。


「ダメよ。あなたは、たしかにグラクシオの血を継いでる。新人の騎士よりは強い。でも、それでは足りない」

「でも!」

「堪えなさい。今のあなたでは巻き込まれるだけ。それに、立場を考えなさい」


 立場……。それは、そうだ。

 俺が街に出たら騎士たちは、きっと俺を守るために動く必要が出てしまう。俺の意思は関係ない。


 民衆と、俺。守る対象が増えたら、騎士たちの犠牲は増えるばかりだろう。


 俺が行っても、逆効果だ。それこそ味方の足を引っ張ってしまう。


 クソ。俺にもっと、力があれば……。


 門から敵軍がなだれ込んでくる。ここからじゃ、遠くてどんなやつらかは分からない。

 唯一見えたのは、敵軍の掲げる家紋の旗だ。覚えに有る限りだと、近隣の中小貴族と、上級貴族の旗がいくつか。複雑そうな紋様は判別できない。


 門を抜けてもう一つ旗が入ってくる。青い地に、月をモチーフにした金色の紋章。あれは、そんな、まさか……。


「嘘だろ……?」


 いや、間違いない。あれは、王家の紋章だ。つまりあの軍は、王国の騎士団が率いる軍?

 なんで? 王国が、どうしてこの領を、神々との盟約で災厄の封印を守る俺たちを攻撃するんだ?


 意味が分からない。それは、神々を裏切る行為じゃないのか?


 不意に部屋の戸が開いた。驚いて振り返ると、珍しく息を乱した父様がいた。


「父様! いったい、どういうことですか! どうして、王国騎士団が攻めてきてるんですか!」

「分からない。アレク、よく聞け。このままでは、シーリングの血が途絶えてしまう。月喰みの魔女の封印に唯一干渉できる血がだ」


 父様は俺の両肩を掴み、まっすぐ黒い瞳を向けてくる。


「それは、何が何でも避けなければならない。だから、母さんとルークを連れて逃げろ」

「母様とルーク、って、父様は!?」

「私は領主だ。民を置いて、逃げることはできない」


 芯の通った、強い声だ。俺の憧れた、父様の声だ。真っ直ぐな瞳を見れば、もう決心してしまったのが分かる。


「嫌だよ、俺……」


 分かった上で、ダメ元で、ワガママを言ってみる。父様は、そんな俺の内心を見抜いたんだろう。苦く笑って、俺の頭に手を置いた。


「珍しくワガママを言ってくれたな。嬉しいよ。だが、それは聞けない」

 

 クソ、こんな時くらい、尊敬できないクソ親父でいてくれてもいいのに。


「アレク、この剣をお前に託す。母さんとルークを守ってくれ」

「魔剣、クレリプス……」


 両手に感じる、確かな重み。シーリング家の家宝であり、封印の鍵にもなっている黒と銀の魔剣だ。

 これを渡されたってことは、やっぱり、父様は……。


「アリシア、二人を頼む。それから、……愛してる」

「ええ、私もです、グラクシオ。……さようなら」


 一瞬、父様と母様は見つめ合って、微笑みを交わす。ああ、もう涙が邪魔だ。視界がぼやける。この光景を、記憶に焼き付けないといけないのに。


「行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」


 踵を返し、走り去る父様。その背中はすぐに見えなくなる。

 ルークを起こして俺たちも行かないと。こういう時のための隠し通路は、たしか食堂だ。



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