第14話 刺客と正体
⑭
「アレクっ!」
心配するな、ルーク。女神の眷属に、この程度の呪いは効かない。
バジリスクは魔法が発動したはずなのに構わず向かってくる獲物に困惑を覚えたらしい。目玉が揺れて、動きが止まる。
「残った目も貰うぞ」
少し力を込めて剣を振り下ろし、右目も完全に潰す。
吹き出る血は大きく下がって避けた。
「えっ、なんで!?」
「目を瞑っていただけだ。それより、まだ油断するな」
視界を完全に奪っても、バジリスクは鼻がいい。こちらの位置はしっかり把握しているはずだ。
胸が大きく膨らんだ。息を吸っているとしたらこれは、本気のブレス!
ルナに任せるのが一番楽ではあるけど、ノータイムであれを防ぐような魔法を使わせればルークが要らない疑念を抱く可能性がある。
躱そうにもこの位置だとルークが避けきれない。
なら、選択肢は一つだな。
視線でルナを制し、剣を構える。
「ルーク、動くなよ」
見せてやろう。父様より受け継いだ、シーリングの豪剣を。
バジリスクの吐息が解き放たれた。その毒を含んでいるらしい炎は、先ほどのようなオレンジではなく緑色をしている。
このままなら、あの身の丈を優に超える炎は俺たちを一瞬で飲み込んで、灰塵と化すだろう。
その特大の豪炎に向け、真っ直ぐ、剣を振り下ろす。
光すら断つ一閃。炎は左右に分かたれ、背後へ抜ける。
世界を緑に染めるブレスは、たった二人の人間すら飲み込むことができない。
「凄い……」
パキンと音を立てて剣の半ばから先が砕けると同時に、一歩後ずさるバジリスクの姿が見えた。
半分ほどの長さになった剣を握り直し、地を蹴る。
唾を吐きかけ、そのまま背を向けようとするバジリスクをルナの氷が捉えた。
足を完全に凍り付かせられ、毒の竜は無様に首を晒す。
その首めがけ、大上段から折れた剣を閃かせた。
大木のような首がゆっくりと滑り落ち、そして血が噴き出す。
いくらAランク、災害級の魔物であろうと、これでは生きていられない。
「ふぅ、終わったな」
身体強化一切無しにただの鉄剣で相手するとなると、それなりに強敵だった。正規騎士の部隊を容易く壊滅させると言われるだけはある。
冒険者としての活動でこのクラスを相手にすることを考えたら、やはりもっとマシな剣が必要か。どちらにしろ、新しいものを用意しなければな。
すっかり短くなってしまった剣を鞘に収め、ついでにルークの剣を引き抜く。
持ち主の方は、どうやら放心しているらしい。
弓の届くよりずっと先まで焼け野原となった元森を背景に、緑色の目を丸くしていた。
しかし良い剣だな。盾もバジリスクの炎を防いでいたし、なかなかの業物だろう。
さすがに最後のブレスは防げないだろうけど。焼けた地面が半ば溶けたような様相になる毒の炎だ。もし受け止められても、そのうち溶かされてしまう。
このクラスの剣と盾を用意できる貴族か。期待されているとは言い難いことも考えると、伯爵以上の上級貴族の子か?
だったら嬉しいんだけどな。
そういえば、村から付いてきていた連中は無事だろうか。ブレスに巻き込まれてしまっていたとしても事故でしかないけど、護衛なら多少の申し訳なさがある。
なんて考えながら周囲へ目を向けている内に、ルークも正気に戻ったようだ。
気がつけば、突進するような勢いで駆け寄ってきていた。
「す、凄いよアレク! 竜のブレスを切るなんて、騎士団長以外にもできる人がいたんだね!」
「あ、ああ」
近い。そこまで興奮するか。
剣を返すついでに一歩下がらせる。
「ルークは、騎士団長の戦うところを見たことがあるのか」
「うん、少しね。彼一人で一国の騎士団全てに匹敵する戦力だから、早々見られないけど」
冒険者で言えばSランクの、それも上位に匹敵する人間だからな。あいつが動く時点で国が滅ぶレベルの何かだ。
あの日、騎士団長がいたのは父様の存在があったからだけど、それが誇らしいと同時に恨めしい。
「ともかく、これで一件落着だ。俺とルナでバジリスクの解体をするから、ルークは周りを警戒し――」
咄嗟に剣を抜き、折れた刃で凶刃を弾く。
ルークの後頭部を狙って飛来した黒いナイフには何かが塗られていたようで、跳ねた水滴に濡れた頬は、焼かれたような痛みと痺れを覚えていた。
さらに空気の弾丸が四方から飛んでくる。これはルナに対応を任せ、術者を探した。
それらしき気配は、四つ。いずれも覚えのある気配だ。
「ちっ、護衛じゃなくて刺客だったか」
「ごめん、アレク、ルナリス。巻き込んじゃったみたいだ」
動揺していないな。狙われ慣れているのか。
刺客の方もずいぶん手慣れている。未だに殺意を感じとれない。
ここまで手を出さず、殺意を向けすらしなかったのは、バジリスクに殺されるならそれで良しと考えていたからだろう。
しかし命を狙いながらでもとなると、暗殺のプロで間違いない。
「すばしっこいわね」
ルナの氷槍を躱すか。並の騎士なら一瞬で貫かれる速度なんだけどな。
こいつらを相手にルークのそばを離れるのは悪手だ。攻撃はルナに任せ、迎撃に徹しよう。
一瞬樹上に見えた人影は、黒ずくめのもの。さながら忍者のような姿で、枝葉の深い辺りに潜まれると視認するのは難しい。
その木々ごとルナの降らせた氷柱の雨が破壊するけど、悉く逃げられているようだ。
「後ろだっ、ルナ!」
ルナの後頭部めがけて、先ほどと同じ黒いナイフが投擲された。
別に当たっても死にはしないだろうけど、死なないところをルークに見られる方が面倒だ。
ルナは障壁でナイフを弾きつつ、反撃に氷柱の雨を集中させる。
刺客は、その雨の中へ飛び込んだ。
「嘘だろ?」
氷に両腕をもがれ、脇腹を抉られながら、黒ずくめのそいつはこちらに向かって来る。
急激に高まる魔法の気配は、いつかも見た爆裂魔法、エクスプロージョンのものだ。
「ルーク! 盾を構えろ!」
折れた剣を投げつけながら叫ぶ。
剣は確実に脳天を貫き、魔法の完成を止めた。
しかしそのエネルギーまでは消えず、エーテルが純然たる破壊の力として暴発する。
身を屈めバックラーの内に隠れたルークへ覆い被さるようにして、爆発から庇う。
今の俺の体なら十分に耐えられるけど、それでも痛いものは痛い。この焼けるような感覚からして、大やけどだ。
刺客たちの猛攻はまだ終わらない。
ルークの背中に向けて風の弾丸が放たれ、三度ナイフが投げられる。
俺が咄嗟に張った障壁じゃ弾丸を防ぐのがやっと。続くナイフは、全て左腕で受け止める。
塗りたくられた毒で痺れる。そのおかげで痛みも麻痺しているけど、剣を握るには苦労しそうだ。
しかし、この状況はむしろチャンスだ。
「ルナ!」
「ええっ、分かってる!」
今なら、ルークは周りが見えない。
エーテルの高まりを隠蔽した上で、ルナが少しだけ、本気を出す。
瞬間、顕現したのは辺り一帯を覆い尽くす氷だ。逃げる暇も与えず、森ごと全てを凍てつかせる。
まさに人外の法。文字通り、神業と言うべき魔法だ。
その内には、たしかに黒ずくめの装束を纏った三人があった。
あの夜、俺を追っていた兵士達のように、自分たちの身に起きたことに気付くことすらできずに氷の中に閉じ込められている。
ルナが腕を振るうと、氷の大半は音もなく砕け散った。
器用にも他の一切を傷つけなかったようで、一瞬前と同じ森の光景がその場に残る。
唯一残ったのは刺客たちで、氷像のまま、首のあたりで二つに別れていた。
「……ふぅ」
「とんだ第二ラウンドだったわね」
腕に刺さったナイフを引き抜き、体内に入った毒を魔法で除去する。
これは母様に真っ先に教わった魔法だ。
「終わったんだね」
「ああ。怪我はないか」
「うん、ありがとう。アレクこそ、早く治療しないと」
大した傷じゃないし、放っておいても夜にはあらかた塞がっているはずだ。人外じみてきたな、とは思うけど、神々に復讐するならこれくらいの回復力は最低限必要だろう。
とはいえ、それではルークが要らない気を遣ってしまう。治してお――
「……ルナ、頼む」
「ええ、任せて!」
魔法だから当然ルナの方が腕はいいけど、どうしてこう目をキラキラさせているんだ?
まさか、姉っぽいからじゃないよな?
昨日お姉ちゃんと呼べだとかいう戯れ言をほざいてた記憶があるけど。
その反応はむしろ妹っぽいぞ、なんて言ったら拗ねるか?
……これは、心の内にしまっておいてやるか。
ルークは、俺がちゃんと治療を受けていることにほっと一息吐いたあと、警戒しつつ刺客たちの氷像に歩み寄る。息絶えてはいるけど、どんな罠があるか分からない。
ルナも意識を向けてくれているようだから万が一はないとはいえ、心臓に悪いな。
「心当たりが?」
「――いや、ちょっと分からないね。まあ、みんな無事で良かった。治療してる間暇だし、バジリスクの解体を始めておくね!」
聞こえていないと思ったようだけど、残念ながら普通の人間よりずっと耳がいい。
ラーデン公爵の、か。
第三王子派の筆頭の名だ。会ったことはないけど、野心の強い男だと父様が言っていた。
まさか直接繋がりを示すようなものは持っていないだろうから、そもそも顔を知っている人間だったか、身につけた何かから察したんだろうな。
それに狙われるとなると、ルークは第一王子派か、第二王子派の有力貴族だろうか。
いや、待てよ?
ルーク、ルーク……ルーカス。
そうだ、思い出した。
まだ前世の記憶を取り戻す前に、俺はルークに会ったことがある。
十年で顔が変わっていて分からなかった。
ルークは、ルーカス・ハン・レフトアは、レフトア王国の、第二王子だ。




