第12話 兄弟との関係
⑫
翌早朝、準備を整えて門で集合した俺たちは、件の村に向けて出発した。
その村までは直線距離という意味ではそれほど遠くはないが、森を抜けなければならず時間が掛かる。
昼下がりに到着して詳しい話を聞いた後、場合によっては森の中で野営する必要が出てくるかもしれないという話だった。
「ふっ! 行ったよアレク!」
「ああ、任せろ」
襲いかかってきたベノムウルフの群れは、危険度で言えばBランク。新人騎士の部隊ならまず間違いなく壊滅している強さだが、今のところ危なげはない。
ルークが思った以上に堅実な戦い方をするのが一番の理由だな。
彼自身Bランククラスの実力はある上に、バックラーと片手剣という攻守のバランスがいい装備を使っている。
無理に前へ出すぎることも無いし、こちらに息を合わせようとしてくれるから戦いやすい。
「これで終わりね」
最後の二体をルナがまとめて串刺しにしたのを確認して、息を吐く。
この感じなら、コカトリス相手でも足手まといにはならないだろう。
しかしあの剣術。やはりこいつ、貴族か何かだろうな。
護衛が付くだけなら豪商の可能性もあったけど、完全に騎士の剣だった。
「いやぁ、二人とも、めちゃくちゃ強いね。嬉しい誤算だよ」
「同じ言葉を返しておく」
もっとも、こちらの場合は、王都について早々に有力な情報源に出会えたことも含むけどな。
まあ、ルーク自身の人となりも好ましいし、そればかりではない。
復讐対象ではないのだし、多少打ち解ける分には、まったくかまわないだろう。
「素材は、どうしようか?」
「魔石だけ回収して、あとは燃やしていこう。こいつの素材は保存に困る」
毒がな。それようの道具がないと、鞄を傷めてしまう。
ただ色々と使い道はあるから、数本の牙だけこっそりルナの魔法で収納してもらった。
気がつけば、森の中には陽の光が差し込まなくなっていた。まだ夕暮れ時だとは思うけど、森は暗くなるのが早い。
枝葉に頭上を覆われる中、三人で焚き火を囲う。夕食を作るのは、俺の役目だ。
「今回の依頼、受けられて良かったよ」
「ああ。思っていた以上に危なかった」
村に着いたのは、予定通り太陽が天頂を過ぎて、はっきり分かるほどに傾いたころだった。
一見普通の村だけど、よく見れば畑や荒れており、村人達もいくらかやつれた村だ。それに、男手も規模からしたら少ないように思えた。
憔悴し涙をこぼす村長に詳しく話を聞くと、コカトリスの垂れ流す毒気に水が濁り、狩りもままならない状態だったらしい。
これまでは、ベノムウルフの縄張りにさえ入らなければ十分な獲物が獲れていたようだけど、コカトリスのせいで時々ウルフたちが縄張りの外にまでやってくるようになっていたんだとか。
「コカトリスを自分たちで討とうとしなかったのが不幸中の幸いね。理由が理由だから、あまり喜べないけれど……」
一度は自分たちでコカトリスを討とうとする動きもあったらしい。
しかしその前に、ウルフのせいで狩人が何人か死んで、自然に消えたようだ。
ただ、もし彼らがコカトリスに挑んでいたなら、戦いに参加した狩人たちはまず間違いなく文字通りの全滅をしていた。
「……それにしても、コカトリスの毒って水に影響するようなものだったっけ?」
「その点は俺も気になっていた」
「そうね。あれの毒は魔法的に合成されるもので、凄く反応しやすい。水に入ったなら、すぐに別の無害な物質に変わるはずなんだけど……」
その反応性の高さで人の体を構成する物質と結びついて害をもたらすタイプの毒だからな。
考えられることがいくつかあるけど、まだ情報が少なくて判断がつかない。
「コカトリスだけだと思い込まないようにはしておこう」
「そうね。今は、そうするしかなさそう」
万が一はあるからな。復讐に関係ないところで躓くのはいただけない。
ただ、あまり考えすぎてもパフォーマンスに関わる。ちょうど話も途切れたし、区切っておくか。
「さて、そろそろ良さそうだな。干し肉と干し野菜のスープだから味は期待するな」
「まあ野営だからね。でもそのまま囓るよりずっといいよ。ありがとう」
焚き火にかけていた鍋からそれぞれの器によそって、匙と一緒に渡してやる。
野菜の旨味と干し肉の塩気で案外美味い、と思いきや、その干し肉の臭みが特大のマイナスになっている一品だ。
それでもルークの言うように、そのまま囓るよりはずっとマシなんだからいただけない。商人はもっと美味しい保存食の開発にいそしんでもらいたいところだ。
貴族のままだったなら、確実に出資していたのに。
「ちょっとアレク。私のに肉入れすぎじゃない?」
「気のせいだ」
町中で食べる肉ならありがたいが、臭みの強い干し肉だからな。
俺も食べたくはない。
「本当に?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ私の目を見て言いなさいよ」
そんなことをしたら嘘だって確信されるだろうが。
俺は今、魔物が寄ってきていないか確認しているんだ。邪魔をしないでくれ。
頑なにルナの方を見ないようにしていたら、クスクスと笑う声が聞こえてきた。ルークのものだ。
「二人は、本当に仲がいいんだね」
「そうか?」
「うん。同じ目をしているし、兄姉なのかい?」
そう見えるのか。
まあ、契約でルナの眷属になっているし、似たようなものなのかもしれない。
血ではなく魂の繋がりだから、むしろ兄姉よりも強い繋がりかもしれないな。
「そんなところだ」
「へぇ。じゃあ、どっちが上?」
「俺だな」「私ね」
うん?
「ルナ、冗談はよしておけ。ルークが勘違いするだろう」
「あら、こっちのセリフよ? なんならお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだから」
「いや、どう考えてもお前の方が妹っぽいだろ」
ときおり我が儘を言って甘えてくるところがまさに。
「あー、まあ、従兄弟なんだ。途中から同じ家で育ったけどな」
同じ家で育ったのは、まあ嘘ではないだろう。
料理も教えたし、ルナも育ったと言えば育った。
「ふふ、本当に仲がいいね。羨ましいよ」
「……ルークにも、兄姉がいるのか?」
「うん。二人みたいに仲は良くないけどね。兄さんや弟は、少なくとも僕のことを家族とは思ってないんじゃないかな?」
ルークの目は寂しげというよりは、辛そうと言った方がいいだろう。
貴族なら跡目争いだとかがあるから、仕方の無いことなのかもしれない。しかし、彼にそういう顔をされるのは、どうも居心地が悪い。
「仲良く、なりたいのか?」
「うーん、どうだろうね? 正直、僕もあまり家族だとは思えなくて。周りからは嫌というほどに比べられるし、そもそも冷たいし」
軽そうなやつだとは思っていたけど、もしかしたら、それはルークなりの反抗なのかもしれない。
俺は、貴族としても幸せだったんだろう。あんな家族を持てて。
とはいえルークの気持ちも分かる。前世のクソ親父どもを、元でも家族とは思いたくない。
あいつらがこの世界にいたなら、復讐の対象に入れていただろうしな。妹の仇として。
関係性で言えばルナの方が近い。しかし彼女は何も言わず、静かにスープを飲んでいる。
その内心に兄や姉たちへの憎悪が渦巻いていることを知っていても、そうとは見えないのだから恐ろしいものだ。
「はは、ごめん。暗い話をしちゃった。それより、明日の昼前にはコカトリスの巣なんだし、さっさと休もうか。僕から寝て良いんだよね?」
「ああ、大丈夫だ。見張りは任せてしっかり休んでくれ」
「それじゃあ私も先に休むから。おやすみなさい」
さてと、ここからは一応は一人だ。せめて空が見えたら、月でも眺めてたんだけどな。




