第九話
「今日はここで野営だ」
もうすぐ日が落ちるという頃、レオは馬を止めて仲間に命令した。
「もう少し進んどきたかったっすねー」
マックスが辺りを見回しながらボヤく。
「出発が遅かったんだ。こんなものだろう」
答えたのはガルドだった。
レオが、白狼団を作る前、村で一緒に剣を振っていた幼馴染と言っていた人。
レオの隣に立つその背中は、不思議としっくりきて、あるべき場所のようにも見えた。
「野営になるけど、我慢してくれる?」
その声には、昨夜から続く緊張と、私を危険に晒しているという後ろめたさが混じっている気がした。
「……でもテント二つしかないですけど?」
そう言ったのは、この中で一番弓の名手なユリウス。
レオのサポートがガルドなら、ガルドのサポートがユリウスな気がした。
「アシャンとロアンさんで一つ使ってもらう」
「はっ!? 嫌っすよ! なんで男五人ひしめき合って寝なきゃなんねーんすか!!」
「見張りも立てるから五人じゃないだろ 」
「それでも狭いっすよ! せめて三対四にしてほしいっす!!」
確かにこのテントに、男の人が五人も寝るとなると、ちょっと可哀想だ。
「別に三人でもいいけど。ねぇ? じじ様」
「よくないっ!」
突然強い声が飛んできて、思わず瞬きをした。
……よくない、って……。
「ただ寝るだけでしょ?」
レオが信じられない物を見るような目で私を見てきた。
「擦れずによぉ育ったもんだ」
「…………はぁあ……」
うんうんと頷き言うじじ様を見て、レオが頭を抱えて大きなため息を吐いた。
「俺が君たちのテントに行く。それで問題ないだろう?」
「ええ。問題ないわ」
私の言葉に、眉間にシワを寄せながらレオが見てきた。
「君はもう少し、自分を知った方がいい」
叱るようで、でもどこか切実な声だった。
レオはくるりと背を向け、落ち着かない様子で周囲を見回すと、そのまま歩いて行った。
その姿を見送っていたら、胸の奥が少しざわついていることに気づいた瞬間 ──
突然マックスが爆笑した。
「お前、笑い過ぎだ」
「そーは言っても、ガルドさんも見たでしょ? 頭のあの顔!」
「……まぁ、あれは、うん……」
そう言い、口元を手で隠したガルド。
他の二人も、困ったように、でも確かに笑っていて、野営地には、不思議と穏やかな空気が流れていた。
レオたち白狼団は交替で見張りをして、私とじじ様はそのまま休むことになった。
昨日ほとんど眠れずにいた私は、張りつめていた糸が切れたように、いつの間にか眠りに落ちていた。
けれど眠りは浅く、途中でふと目が覚める。
薄暗いテントの中を見回しても、じじ様もレオの姿もない。
胸が、すうっと冷えた。
起き上がろうと、そっと身を起こした瞬間。
テントの向こうから、低い話し声が聞こえてきた。
「……セラは、きっともう……ダメだろうな……」
悲観でも嘆きでもない、淡々としたじじ様の声。
「……ワシも老いた。今お前さんに襲われたら、三分と持たん。レオンハルト。お前は……本当に味方か?」
焚き火の赤が揺れて、二つの影が重なる。
「精霊師を意のままにするという意味なら……俺は敵です」
もう一人の影は、レオ。
「俺はあの子を閉じ込めて、誰にも見られない場所に置いて、世界から切り離してしまいたい。……一瞬でも、そんな醜い願いを抱いてしまった」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
息の仕方を忘れたまま、思わず手で口を抑える。
「本気か?」
「本気ですよ。でも……彼女はそれを、望まないでしょう?」
焚き火の音だけが、静かに夜を刻む。
「だからそういう意味では、俺は敵です」
レオは、はっきりと断言した。
「ワシは今、お前さんのくだらん惚気を聞かされとるのか?」
「はは……」
レオが小さく笑う。
「自分でも、何故こんなに惹かれるのか正直わからないんです。俺の中の血が、そうさせてるのかもと思い込もうともしたけど、それも無理そうだ。ただ……」
揺れる炎が、空気を震えさせた。
「これだけは言える。彼女を、命がけで守る。それだけは、誰にも譲りません。誰一人、あの子を傷つけさせない」
炎の向こうで、緑色の瞳が光った気がした。
長い沈黙のあと、じじ様がぽつりと呟く。
「……面倒な男に惚れられたもんだ」
その言葉を聞いて、私は音を立てないようにそっと元の場所へ戻り、胸の鼓動を抱えたまま横になった。




