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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第九話

「今日はここで野営だ」


もうすぐ日が落ちるという頃、レオは馬を止めて仲間に命令した。


「もう少し進んどきたかったっすねー」


マックスが辺りを見回しながらボヤく。


「出発が遅かったんだ。こんなものだろう」


答えたのはガルドだった。

レオが、白狼団を作る前、村で一緒に剣を振っていた幼馴染と言っていた人。

レオの隣に立つその背中は、不思議としっくりきて、あるべき場所のようにも見えた。


「野営になるけど、我慢してくれる?」


その声には、昨夜から続く緊張と、私を危険に晒しているという後ろめたさが混じっている気がした。


「……でもテント二つしかないですけど?」


そう言ったのは、この中で一番弓の名手なユリウス。

レオのサポートがガルドなら、ガルドのサポートがユリウスな気がした。


「アシャンとロアンさんで一つ使ってもらう」

「はっ!? 嫌っすよ! なんで男五人ひしめき合って寝なきゃなんねーんすか!!」

「見張りも立てるから五人じゃないだろ 」

「それでも狭いっすよ! せめて三対四にしてほしいっす!!」


確かにこのテントに、男の人が五人も寝るとなると、ちょっと可哀想だ。


「別に三人でもいいけど。ねぇ? じじ様」

「よくないっ!」


突然強い声が飛んできて、思わず瞬きをした。

……よくない、って……。


「ただ寝るだけでしょ?」


レオが信じられない物を見るような目で私を見てきた。


「擦れずによぉ育ったもんだ」

「…………はぁあ……」


うんうんと頷き言うじじ様を見て、レオが頭を抱えて大きなため息を吐いた。


「俺が君たちのテントに行く。それで問題ないだろう?」

「ええ。問題ないわ」


私の言葉に、眉間にシワを寄せながらレオが見てきた。


「君はもう少し、自分を知った方がいい」


叱るようで、でもどこか切実な声だった。

レオはくるりと背を向け、落ち着かない様子で周囲を見回すと、そのまま歩いて行った。

その姿を見送っていたら、胸の奥が少しざわついていることに気づいた瞬間 ──

突然マックスが爆笑した。


「お前、笑い過ぎだ」

「そーは言っても、ガルドさんも見たでしょ? 頭のあの顔!」

「……まぁ、あれは、うん……」


そう言い、口元を手で隠したガルド。

他の二人も、困ったように、でも確かに笑っていて、野営地には、不思議と穏やかな空気が流れていた。

レオたち白狼団は交替で見張りをして、私とじじ様はそのまま休むことになった。

昨日ほとんど眠れずにいた私は、張りつめていた糸が切れたように、いつの間にか眠りに落ちていた。

けれど眠りは浅く、途中でふと目が覚める。

薄暗いテントの中を見回しても、じじ様もレオの姿もない。

胸が、すうっと冷えた。

起き上がろうと、そっと身を起こした瞬間。

テントの向こうから、低い話し声が聞こえてきた。


「……セラは、きっともう……ダメだろうな……」


悲観でも嘆きでもない、淡々としたじじ様の声。


「……ワシも老いた。今お前さんに襲われたら、三分と持たん。レオンハルト。お前は……本当に味方か?」


焚き火の赤が揺れて、二つの影が重なる。


「精霊師を意のままにするという意味なら……俺は敵です」


もう一人の影は、レオ。


「俺はあの子を閉じ込めて、誰にも見られない場所に置いて、世界から切り離してしまいたい。……一瞬でも、そんな醜い願いを抱いてしまった」


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

息の仕方を忘れたまま、思わず手で口を抑える。


「本気か?」

「本気ですよ。でも……彼女はそれを、望まないでしょう?」


焚き火の音だけが、静かに夜を刻む。


「だからそういう意味では、俺は敵です」


レオは、はっきりと断言した。


「ワシは今、お前さんのくだらん惚気を聞かされとるのか?」

「はは……」


レオが小さく笑う。


「自分でも、何故こんなに惹かれるのか正直わからないんです。俺の中の血が、そうさせてるのかもと思い込もうともしたけど、それも無理そうだ。ただ……」


揺れる炎が、空気を震えさせた。


「これだけは言える。彼女を、命がけで守る。それだけは、誰にも譲りません。誰一人、あの子を傷つけさせない」


炎の向こうで、緑色の瞳が光った気がした。

長い沈黙のあと、じじ様がぽつりと呟く。


「……面倒な男に惚れられたもんだ」


その言葉を聞いて、私は音を立てないようにそっと元の場所へ戻り、胸の鼓動を抱えたまま横になった。

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