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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第七話

あの後、何かあったら呼ぶようにとだけ言われレオは部屋から出て行き、私たちはそのまま部屋で休んでいた。

眠れない一夜が明けた。

昨日の男たちの顔。

じじ様の血。

冷たく感じたレオの声。

全部が頭の中でぐるぐる回っていた。


「体調はどうですか?」


ノックの後で響いてきたレオの声に、ハッと顔を上げる。


「変わらんよ」


朝一番に様子を見に来てくれたレオは、昨夜とは違い、いつも通りの優しい顔をしていた。


「どこにいても変わらん。もう帰ってもいいだろう? セラが心配だ」


ため息を吐きながら、じじ様は言う。

でもレオは、眉間にシワを寄せ、難しそうな顔をした。


「…………率直に言うなら、あなたたちは……いや……。アシャンが狙われたんだと思います」


レオは一瞬口籠り、言葉を選ぶように口にした。


「今さら隠す必要もないから言いますが、俺たちはヴァルディアの要人からの依頼で、彼の行方不明になった孫娘を探しにここに来た」


表情を崩さないまま、静かに、そしてどこか冷たくレオの声が響く。


「その女性に限らず、最近誘拐されたと思われる事件が後を絶たない。行方不明者の共通点は20歳前後であること。人並み以上の容姿をしていること。そして……」


右手の人差し指と中指で、自分の両目を指差すようにしながら、緑の瞳が真っ直ぐに私を見据えた。


「比較的両目の色素が薄い女性だ」


ドクン、と大きく1つ、脈打った。

胸の奥が、急激に冷えた気がした。

昨日の犯人は言っていた。

「この目で間違いない」と。

彼らは探していたんだ。

宝石眼を持っている私のことを……。

そして……もう何人も、私と同じように色素が薄い人が拐われていたということ……?

息が、うまく吸えなかった。


「……昨日ロアンさんに聞いたことを、君にも聞くよ。彼らに見覚えは?」


その言葉に、黙って首を横に振る。


「『宝石眼』……この言葉は知ってる?」


知らないと言えば、嘘をつくことになる。

でも知っていると言うことは、秘密を打ち明けることで……。

それはつまり、私のせいで誘拐され、酷い目に合っているかもしれない人がいるんだと、伝えるということ……。

どちらとも答えようのない私は、視線を落として奥歯を強く噛んだ。

胸の奥が、きしむように痛んだ。


「もういいだろう。世話になったな」


じじ様が私を庇うように立ち上がろうとした。


「まぁ、待ってください」


レオがそれを優しく静止した。

そして一度、小さく息を吐いた。


「少し、昔話をしましょう」


レオが私にも座るように促してきた。

じじ様を見ると、じじ様も戸惑っている顔をしていた。

私たちが座ったことを見届け、自分も近くにあった椅子に座り、もう一度息を吐いた。


「……俺の祖母は、とても綺麗な人だったそうです」


唐突に始まったレオの話に、何が起ころうとしているのかわからなかった。


「旅の途中だった祖父が祖母を見初めて、懇願してようやく村に連れ帰れたって話です」

「……お前さんの祖父母の話なぞ、」

「まぁ聞いてください。……祖母は母を生んで若くして亡くなりました。祖父は一人で母を育てる忙しさに、しばらく忘れていたそうです」


レオは私の目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。


「祖母と出逢った、祖母の故郷。まるでこの世の春を全て集めたかのような、とても美しい精霊師の里のことを」


レオの緑の瞳が、射抜くように私を見ている。

「とても美しい精霊師の里」と、レオの口から出た言葉に、胸の奥がざわめいた。


「いつかまた行きたいと思っていたようですが、足を悪くして長旅はできなくなり……。代わりに俺に見てくるように言ったんです。……地図にも載っていない、本当にあるかどうかもわからない場所に」


レオは目線を少し落として、どこか懐かしんでいるような表情をした。


「大まかな情報だけで、なんとか辿り着いた場所は焼け野原で、祖父の言う『この世の春を集めた場所』とは到底思えませんでした」


……私がじじ様、ばば様と暮らしている理由。

ずっと昔、私たちが暮らしていた精霊師の里は、外から来た人たちに滅ぼされた。

後から知った話によると、隣国の王様が、精霊師を手中に入れようと里に奇襲をかけた。

彼らは、洗脳しやすい子供だけを残し、脅威になりそうな大人たちを次々に殺害した。

あの日たまたま里の外れにいた私は、辛くも助かったけど……。

あの日以来、父様とも母様とも、会えずにいる。


「そこからです。精霊師の里について……、いや、精霊師について調べるようになったのは」


指先が、冷たくなっていく。

レオはもう、気づいているんだ……。


「今思えば白狼団ができる前の、幼馴染だけだった時期の最初の仕事が、祖父からの依頼のそれだった」


私が、滅ぼされた精霊師一族の末裔だっていうことに……。


「精霊師の里に起こったことは、伝え聞いただけですが、精霊師についてはいくつか文献を見つけた」


精霊たちが言ってたじゃない。

レオは血の匂いが同じだ、って……。

だから精霊師の血を継いでいるんじゃないか、って思ってはいた。


「そこに書かれていたし……祖母の瞳のことは、祖父から聞いて知ってはいたけど、実際に見たことはありません。だから確証はない」


レオは一度、視線を伏せた。

そしておもむろに立ち上がり、私の前に跪いた。


「……でももし君が、俺が思っている通りで、そのことで困っているなら、君の力になりたいと思う」


柔らかい緑色の瞳に、心ごと飲み込まれそうになる。


「わ、たし、は……」


──彼なら大丈夫よ ──


それまで静かになっていた精霊たちの声が脳に響いてきた。

気がついたらレオは、跪いたまま私の手を優しく包み込んでいた。

温かい。

大きな手。

でも優しい。

その温もりが、抑えていたものを溢れさせた。


「っ、ごめん、なさいっ……! 私のせいで、他の人たちがっ、」


何か言わなきゃ。

そう思っても、昨日の男の言葉と血の臭いが頭をよぎり、言葉が喉で震え最後まで言い終えることはできなかった。


「俺はね、アシャン。君を責めたいわけじゃないし、これだけは断言できる。君のせいなんかじゃない。この状況を作ったのは、君を狙った人間たちだ。……だから泣かないで」


──泣かないで ──

──あなたに泣かれると、私たちも悲しいわ ──


レオの手が、言葉と同じくらい優しく、そして静かに私の頭に触れた。


「ロアンさんたちも、同じ一族なんですか?」


それからしばらくの沈黙の後で、レオがじじ様に向かって聞いた。

じじ様は一瞬、躊躇うような素振りを見せた後で、大きく息を吐いた。


「……お前さんが読んだ文献には載っとらんかったか? ワシらは守護の一族。生涯を賭け、隠し、守る者だ」

「なるほど……。だからあなたの瞳は違うんですね」


レオもじじ様も「精霊師」という言葉を使わない。

それが二人の気遣いだと言うことは、痛いほど伝わる。


「アシャンが言っていた。お前さんは『同じ血の匂いがする』と精霊に言われた、と。だから今のお前さんの話は……本当のことなんだろう」


じじ様はしばらく黙り込み、それから何かを決意したかのように、拳をぎゅっと握った。


「透明な瞳ほど、精霊との親和が高い。……それが精霊師の常識だ。だが……」


握った拳に、じわりと赤みが差していく。


「宝石眼と言われるだけあり、ルビー、サファイア、エメラルド……様々な瞳を見てきた。それでも……」


一拍、空気が止まる。


「ダイヤモンドのような瞳など、この子に会うまで、ワシは見たことがない」


じじ様は、泣き出しそうな顔で、私を見た。


「本来なら里の祭壇で儀式を経て、初めて精霊と契約が結ばれ交流が始まる。……にも関わらず、この子はすでに精霊と会話ができておる」


右手で瞼を覆い、深く項垂れる。


「契約すれば、どれほどの力を引き出すのか……考えるだけで背筋が寒くなる。……それこそが、今もこの子が狙われ続ける理由だと、ワシは思う」


じじ様は、優しく、時に厳しく、ずっと私を守ってくれていた。

森を出るたび、空が曇るたび、誰かが近づくたび──

その理由が、今ようやく胸に落ちた。

こんな思いを、ずっと一人で抱えていたなんて……。


「ダイヤモンド……。そうか、ダイヤモンドか」


立ち上がったレオが、何度も確かめるように頷きながら呟いた。

見上げた私と目が合い、ふっと柔らかく微笑む。


「……君が宝石眼を持っているとしたら、何の宝石なんだろうって、ずっと考えていたんだ。透明度が高く、しなやかで、誰をも魅了する──宝石の中の宝石。……君に、ぴったりだ」


レオから伝わってくる穏やかな温度に、胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


「ロアンさん」


静かに、しかし揺るぎない声でレオは言った。


「あなたの役目を、俺に分けてください。彼女は必ず、俺が守ります」


その言葉に、じじ様の鼻の先が赤くなった。


──良かった ──

──彼、本当に良い人ね ──

──あなたを守ってくれるわ ──


精霊たちの声が、温かく響く。

いつもの賑やかさとは違う。

優しい、祝福のような声が私の胸を震わせた。

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