第五話
町を歩いていると、じじ様がふと立ち止まった。
「どうしたの?」
「……いや。見られているような気がしてな」
後ろを振り返っても、誰もいない。
──あなたが綺麗だからかしら ──
──いやらしい目つきの人間がいたわ ──
──今はいないけど ──
「気のせいじゃない?」
「……そうだな」
精霊たちの言葉を受けて、そのままじじ様と家路につこうと、町を出た直後。
「すみません、ちょっと手を貸してもらえませんか?」
手押し車が溝に嵌まり、立ち往生している男に声をかけられた。
「……何もこんな年寄りをこき使わんでも、戻れば山ほど若いのがいるだろうに」
ぶつぶつ文句を言いながらも、手伝ってやるじじ様。
きっと、以前じじ様自身も同じような目に遭ったからだ。
「そこで待っててくれ」
じじ様はそう言って、私に荷物を見させた。
──危ないっ! ──
次の瞬間。
「ぐっ……!」
じじ様の呻き声が響いた。
何が起きたのか理解できず、駆け寄ろうとしたその時。
「逃げろ!!」
じじ様が護身用のナイフを取り出したのが見えた。
頭が真っ白になり、足がすくむ。
その直後、背後から冷たい声がした。
「お嬢ちゃんは、こっちだ」
「きゃあ!? 」
いつの間にか、真後ろに男が立っていた。
腕を掴まれ、引き寄せられる。
「おい、コイツか?」
「……ああ。その女だ」
フードが乱暴に引き剥がされ、髪を思い切り掴まれた。
「……この目。たぶん間違いない、ようやく見つけたぞ」
「はな、し……」
「まぁ違ってても、この上玉だ。使い道はいくらでもある」
男が、にやにやと笑った。
「逃げようなんて考えるなよ? 逃げたらジジイを殺す」
「ぐあっ!?」
言葉と同時に、男の刃がじじ様の足に突き立てられた。
「やめてっ!!」
「お前が言うこと聞くなら、何もしねぇさ」
次の瞬間、頭から大きな布袋を被せられた。
視界が奪われ、息が詰まる。
このままじゃ私 ──
その時。
「な、なんだお前っ! ぐわぁあ!」
「おい! 護衛がいるなんて聞いてねぇぞっ!」
男たちの悲鳴が重なった。
何が起きているのか分からないまま、震える手で袋を押し上げる。
「……レオ?」
袋の隙間から見えたのは、さっき別れたばかりのレオだった。
「アシャン! 怪我はない?」
「……え? なん、で……」
言葉が追いつかない。
「俺もよくわからないんだけど……」
そう言いながら、レオはすぐに血を流して倒れているじじ様のもとへ駆け寄った。
「ロアンさん、大丈夫ですか? 傷口、見せてください」
──彼を呼んだわ ──
──答えてくれたの! ──
「……少し深いな。俺が泊まってる宿に処置道具がある。そこでちゃんと手当てします」
そう言うと、レオは鋭く指笛を鳴らした。
すぐに、マックスさんとは別の男が駆けつけてくる。
「頭! どうしました?」
「足を怪我してる。宿で手当てしてもらえるか?」
「わかりました! ……大丈夫ですか? 手を貸します」
じじ様が、不安そうに私を見る。
「大丈夫ですよ。俺が連れて行きます」
それを察したように、レオが先に口を開いた。
「さぁ、俺たちも行こう。……アシャン? 大丈夫?」
差し出した手をなかなか取らない私に、レオは不思議そうな声をあげた。
「ご、ごめん、なさい……。まだよく理解できてなくて……」
レオの手を見たら、いまさらになって、体が震えてきた。
精霊たちがどうやってレオを呼んだかはわからないけど……。
もしレオがそれに気づかなかったら、今ごろ私は……。
「体に力が入らないの……」
困った人を装い、突然襲いかかってきた男たち。
しかもはっきり言った。
「この目で間違いない」と。
それはつまり、精霊師が持つ宝石眼を狙っていたということ。
「きゃあ!?」
そこまで思い至った時、レオが軽々と私を抱き上げた。
パッとレオの方を向くと、真剣な色を帯びた緑色の瞳が、私を捉えていた。
ドキリ、とひときわ大きく胸が鳴る。
「ごめんね。ゆっくり休むにしてもここはよくない。ロアンさんも心配してるだろうし、宿に行こう」
そう言いながら、レオは歩き始めた。
──まぁ! 積極的な人間だわ! ──
──彼を呼んで正解ね ──
一瞬の出来事によくわからなくなって、精霊たちの声も遠ざかっていたけど……。
レオが来たことで、またいつもの賑やかさが戻っていた。
「……あなたがいなかったら、どうなっていたかわからないわ。ありがとう」
「言っただろう? 君を守る、って。俺は言ったことは守る人間だよ」
さっきの出来事がなんでもなかったかのように、穏やかに微笑む彼。
その表情を見ているだけで、胸の奥がゆっくりと落ち着いていくのがわかった。
「通りにいる犬にやたら絡まれてさ……。なんとなくソイツがついて来いって言ってるような気がして、後を追ってきたんだけど、正解だったな」
独り言のようにレオは言う。
動物は人間よりも、精霊の影響を受けやすい。
きっと、その子に力を借りたんだ……。
「本当にありがとう」
レオが来てくれたこと。
精霊たちの声に、気づいてくれたこと。
じじ様の怪我も、大丈夫だろうって言ってくれたこと。
どれも胸に温かく残るのに。
それでも──
どうして、こんなことが突然起こったのか。
理由のわからない不安だけが、静かに胸の奥に残った。
「震えは止まったみたいだね」
優しく微笑むレオの腕の中は、驚くほど安心できた。
そのぬくもりにすがりながら、拭いきれない思いを抱え、私は宿屋へ向かった。




