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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第十話

「おはよう。少しは眠れた?」


翌朝、レオはいつものように声をかけてきた。

いつもと同じ、優しい声。

昨夜のことなんて、何もなかったみたいに。

……当たり前じゃない。

私が聞いていたなんて、知るわけないんだもの。

それでも ──

レオのその声を聞いただけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


『あの子を閉じ込めて、誰にも見られない場所に置いて、世界から切り離してしまいたい。それを望まないでしょう?』


聞いてしまった。

知ってしまった。

それなのに、目の前のレオは、昨日と同じ顔で笑っている。

それを、なかったことみたいにするなんて、私には、どうしてもできなかった。


「今日はずっと移動だけど、何かあったらすぐ言ってくれる?」

「……うん」


だからって自分から話題に出せるわけでもなく、気まずい空気の中、風の音だけがやけに大きく聞こえて、時間だけが過ぎていった。


「じゃあここで少し、馬を休ませよう。アシャン、ちょっと手綱持っててくれる?」

「うん」


近くの木に馬を繋ぐ前に、レオから手綱を渡されそれを手に取った。


「それで?」

「うん?」

「俺、何かしたかな?」

「……えっ!?」


振り返ると、レオは私の真後ろに立って、腕組みをしていた。

驚いて腰が引けるけど、トン、と馬の体にぶつかる。

手には手綱を握っていて、逃げ道がないことに気づいて、胸の奥がきゅっと縮んだ。


「……セラさんのこと、許せない?」

「そんなことは!」


顔を上げると、真剣な色をした緑色の瞳が私を捕えていた。


「もしかして、昨日の話、聞いてた?」


心臓が、音を立てて跳ねた。

レオは決して逸らすことなく私を見てきた。


「な、なんのこと?」


言った瞬間、後悔した。

嘘をついた。

レオに、嘘をついた。

でも ──

聞いてたなんて、言えない。


「……そうか」


レオは目を逸らしながら静かに息を吐いた。


「君がそう言うなら、そういうことにしよう」


その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなって、でも同時に、ちくりと痛んだ。

それ以上、何も言わずに去っていくレオの後ろ姿を、私はただ見送っていた。


「この道でこんな臭いしたか?」


休憩中、レオが不意に口にした。


「なんか臭います?」


レオの顔が、険しくなる。


「……錆びた鉄のような臭いがしないか?」

「あー、血みたいな臭いならしますね」


マックスが頷きながら言う。

でもレオは、納得していないような……。

その表情は何かを警戒するような色を帯びていた。

……そう言えば、宿を出る時にも感じていた。

それに……。


「声がしない……。宿を出る時に聞いたのを最後に、声が聞こえなくなったわ!」


おしゃべり好きな精霊たちの声が、一切しなくなった。


「声が聞こえないって、誰の声っすか?」

「だから精れ ──」

「アシャン!」


マックスに返事をしようとしたら、レオが大声を出した。


「……マックス。バイルを連れて近くに臭いの発生源があるか見てきてくれ」


レオの指示に、


「……了解っす」


どこか不思議そうな顔をしながらもマックスとバイルは立ち上がり去って行った。


「お前さんの仲間だろう? 隠す気か?」


そう言うと、じじ様は出されたお茶を啜った。


「信用していないわけじゃないですが、知ってる人間は少ないほうがいい」

「……ならこの二人は?」

「ガルドは俺に何かあった時に、全てに対応できる存在です。ユリウスはそのサポートをしてくれる。知る必要があると判断しました」

「……そうか……」


じじ様は納得したような顔をしている。


「そういうことだから、この二人以外の前では話さないようにしてほしい」

「……うん。わかった」


時折見せるレオの二面性。

仲間なのに、言わないことがある。

でもそれは私のためであって……。

マックスもバイルも、レオを慕っているのが、私にもはっきりとわかる。

そんな仲間たちに、私は秘密を作ってしまったんだと思うと、胸が少し苦しくなった。


「それで? 宿を出てから聞こえなくなったって?」


レオが小さく息を吐いてから、そう聞いてきた。


「うん……。なにか変、って言って……。この臭い大嫌い、とも言ってた」

「この臭い、大嫌い、か……」

「でも、あの森からこんなに離れたことないから、そのせいかも……」

「それは違うぞ」


じじ様が即座に否定する。


「あの者らは、自然と共に生きる。森のような場でこそ、その本領を発揮するが、こんな道の、こんな木でも、そこに自然がある限り、あの者らは生きていき、どこにでも現れることができる」

「……なら故意に出てこないか、もしくは、出てこれなくなったか、ですね」


レオの言葉に、胸が冷たくなる。

……出てこれなくなった?

それって……。


「精霊が、危険に晒されている可能性は?」


レオが、じじ様に聞く。


「……ある」


じじ様の表情が、険しくなる。


「精霊を封じる術はある。それを使えば、精霊師は無力になる。……それが外部に漏れ、里が滅ぼされた」


その言葉に、全身の血の気が引いた。

一昨日から、心配なことだらけだ。

私たちを襲ってきた犯人の、残りの二人の行方。

じじ様の怪我と、ばば様の安否。

精霊たちの状況。

それでも、頭の奥に確かに残っている ──レオの言葉……。

世界が急激に変わっていく。

私の心だけを置いて……。


「顔色が悪いけど、大丈夫?」


私を覗き込むように見るレオは、こんな時でも、変わらず優しい目をしている。


「……大丈夫」

「すまない。もう少しだけ、我慢してくれる?」


申し訳なさそうに、レオは目を伏せた。


「……レオは、謝らないで」


そう言うと、レオが驚いたように顔を上げる。


「レオのせいじゃないもの。むしろ、守ってくれてる」


そして、小さく微笑む。


「ありがとう」


その言葉に、レオの表情が少しだけ、和らいだ。

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