第64話 初めて死ぬまで!
頭上には満天の星空、そして周りは見渡す限りの白い砂の砂漠。 そして、その広大な砂漠の中にぽつんと場違いな家具がまるでどこかの部屋を切り取ったかのように配置してある。 どうやら俺はまた『彼女』のとこへ来たらしい。
「またずいぶんなやられ方じゃったな、少年」
黒髪を腰まで伸ばした、巫女服姿の少女、キリは俺にそういう。
「あんなの反応できるわけないだろ? そういえば今日はジャージじゃなくてちゃんとした格好してるんだな」
俺が前回、自爆未遂で死にかけて、ここを訪れた時はジャージ姿でこの部屋の(つまり俺の持ち物なのだが)漫画をベッドでゴロゴロしながら読みふけっていた。 だが、今日はちゃんと神さまらしい格好をしている。
「ああ、さっきまで上に報告書を出しにいってたからの。 さすがに私とて分をわきまえる」
そういうと、よっこらせとベッドに腰掛ける。
「それよりも、頼んでいた件はどうなったかの?」
「『戦争屋』か? 1人倒したけど結局このザマだ」
「そっちじゃない。 コーラとポテチの方じゃ」
まだそんなこと言ってんのかよ!
どうでもいいだろ、そんなの!
「そんなものあるか! こっちとら真面目に世界救ってんのに!」
キリは、はぁとため息をつき、
「全く…期待しておったのに。 まぁあれだ。 せっかく少年の部屋に帰ってきたのだゆっくりしていくがよい。 私がいては邪魔であろうから私はその辺で適当に時間を潰すから」
あれ?
いつもならばさっさとゲートを開いて、あの世界に送り出すのだが、今日のキリはそうしない。
なんでだ?
「今回はやけに優しいな。 いつもならさっさと行けとゲート開いて追い出すのに」
「追い出すとは人聞きの悪い。 今回は簡単にゲートで送り返せないのじゃ。 少年は死んでしまったからの」
ルナはロイから地図を借り、男の子が逃げてきた教会へ向かった。
しばらく行くと例の教会が見えてくる。
窓は割れ、外壁や扉はボロボロになっていた。そして、隣に併設されている孤児院であろう建物はすでに原型をとどめないほどまで壊されていた。
グルルルルル…
教会の中からミノタウルスの唸るような声が聞こえる。
ルナはそれを聞き、迷わず壊れた扉から教会の中へ飛び込んだ。
グォォォォォォォォォ!
飛び込んできたルナを見てミノタウルスは咆哮を上げこちらへ襲いかかってくる。
その隆々とした身体は先ほどまで相手にしていた奴らよりも立派なものであった。
そして動きのキレも段違いである。
「魔力が少ないっていうのに!」
ルナは腰に差していた二本の剣を抜き、ミノタウルスと対峙した。
ルナ自身も今の自分にこの牛の化け物を倒せるとは思えなかった。
ただ、ロイが呼びに行ったギルドからの応援が来るまで相手の気をこっちへ向けていないと地下室へ逃げ込んだというシスターと孤児院の人たちが危険にさらされる。
ルナは最後の力を振り絞り、ミノタウルスの攻撃を避け、時には相手の隙を盗んで攻撃も加えたりした。 だが、ルナの攻撃では傷一つ付けることもできず、ろくなダメージを与えることはできなかった。
さらには体力の方もだんだんと余裕がなくなり、次第に相手の攻撃がかするようになってしまった。
そして、ついに
「ぐはっ!」
ミノタウルスの強烈な突進を喰らい、壁にふっとばされてしまう。
グォォォォォォォォォ!
とまるで勝利を上げたように雄たけびを上げるミノタウルス。 そしてゆっくりゆっくりとこちらへ近づいてくる。
ルナにとどめを刺そうとしているようであった。
「かはっ! 」
ルナは立ち上がろうとするが血を吐いた。 吹っ飛ばされた時、アバラ骨は何本かやったと思ったが内臓も少しやられてることにルナは気づいた。
「これは… やばいね… 仕方がない。 今はこれに頼るしかないよね…」
ルナは自分のカバンの中から栄養ドリンクの瓶のようなものを取り出す。
「ここで死ぬわけには…いかない… みんなの元に生きて帰るんだから!」
そしてその瓶の中の液体を一気に飲み干す。
「うっ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ルナは叫び声を上げた。
身体は火のように暑くなり、心臓の鼓動が早鐘のように鳴る。 しまいにはその場にうずくまってしまう。
ミノタウルスはそんなルナの様子を気にせずこちらへとどめを刺そうと固めた拳を振りかぶり無情にもそれを振り下ろす。
しかし、その腕はうずくまるルナの目の前で止まる。いや、止められたのだ。
ルナの体の周りには淡い光の膜のようなものができており、ミノタウルスの腕はそれによって止められたのであった。
ミノタウルスは動揺した様子で後ずさりする。
一方のルナはゆっくりと立ち上がり、睨みつけるようにミノタウルスを見る。
その眼はまるで獲物の品定めをするかのように鋭い視線であった。
さらルナからはには底を尽きたと思われた魔力が溢れ出している。
その魔力の多さにミノタウルスは背筋を凍らせる。
ミノタウルスは思った。 こいつには勝てないと。 彼の野生の感がそう警鐘を鳴らす。
ミノタウルスは教会を出て逃げようとする。
しかし、
グォォォォォォォォォ!
ルナに背を向け逃げようとしたミノタウルスの右肩に大きな穴が空いていた。
みるとルナは光でできた弓矢を構えていた。
そして右肩を抑え痛みに悶えるミノタウルスに向かい光の矢を放つ。
それはミノタウルスの土手っ腹を抉り、大きな穴を上げる。
先ほど彼の右肩を撃ち抜いたのもこの光の矢なのだろう。
ミノタウルスは逃げることができないことを悟ると、身体全体に魔力を込める。 すると傷が塞がり、身体の表面に電気を帯び始める。
自らが与えられた雷魔法で肉体を強化、全力でルナに拳を振りかぶり襲いかかる。
しかし、そんなミノタウルスの反撃に動揺することもなく、涼しい顔のままルナは向かいくるミノタウルスの拳をその細い腕で止める。
さらに止めるだけでなく、殴りかかった腕でをその細い腕のどこからそんな力が出ているのかわからないくらいの力でルナが握り、逃げられないようにされている。
そして先ほどの光の矢同様、空いている手の方で今度は剣を顕現させる。
先ほどまで俯いていたルナの顔を見てミノタウルスは戦慄する。
笑っていたのだ。
そして、何のためらいもなく光の剣をミノタウルスの首を跳ね飛ばした。
「ルナさん! 応援を呼んできました… ッ!」
ロイが見た光景はこの世のものと思えない光景だった。
「…」
教会の床には帯びただしい血がまるで池のようになっている。
その中に服を真っ赤に染めたルナが立っている。
「る、ルナさん。 これは、いったい…」
ルナはロイのほうを振り返るが、突如頭を抑え、その場に倒れてしまう。
「ルナさん!? 大丈夫ですか! ルナさん!!」




