第57話 怪物の件を調査するまで!
「…なんだ?」
「ふふ、どうやら姫さまの子飼いが何やら嗅ぎ回ってるようね」
「ああ、うるさいハエどもか。 そもそもあれは愚かなリュートが殺し損ねたやつだろ? 全くリューン家の人間が聞いて呆れる。 本当に使えないやつだ」
「あなたも使えない存在にならないといいけどね、ロベルタ卿?」
3人が去った後の大臣室にはロベルタと謎の黒ローブの女の姿があった。
「ふ、情報統制なら完璧だよ。 商人たち全員に忘却の魔法をかけた。 なかなか骨の折れる作業ではあったがね。 現場処理に当たらせた兵士たちにも混乱を招くからと緘口令を出した。 破ったものは刑に処すと言ってな。 お前の方こそ大丈夫なのか、 ミリア」
「私の方は順調よ。 それとその忘却魔法、私のなんだけどね」
ミリアと呼ばれた女性はローブのフードを取りそう答え、ロベルタに向けてジト目を送る。
それを薄く笑い、彼女とは逆を向き、部屋の窓から城下の街を見渡す。
『中央駅』を中心にたくさんの人が行き交い、メインストリートでは活気の溢れた声がここまで聞こえてきそうなほど多くの人で賑わっていた。
「この風景とももう直ぐお別れだと思うと感慨深いものがあるな」
「どうしたの? 情でも湧いた?」
「いや、この街が阿鼻叫喚の地獄絵図になるのかと思うとようやく私はこの地位から解放されるのかと思うと笑が止まらん」
「そう、 いい性格してるわ。 あなた。 それじゃあ私は自分の仕事に戻るから」
そう言ってミリアはゲートを開きどこかへ行ってしまった。
「さて、もう1人嗅ぎ回ってる鬱陶しいのがいたな。 大丈夫だろうから泳がせてはいたが… ふむ、そろそろ狩り取るか。 万全を尽くすために。 全ては我が主人のために」
「完全に手詰まりですね」
ティアラはだらんとお風呂の浴槽の淵に顎をのせそう呟く。
「まぁしょうがないよ。 それにしても暑い中歩くの疲れたー! 汗でベタベタだよ! あー、1日の疲れが抜けるー」
ルナは桶にためたお湯を被り泡を洗い流す。
そしてティアラのように浴槽へ浸かる。
結局あの後、3人は事件に遭遇した商隊の人たちや事後処理を行った兵士たちにも同じように話を聞きに行ったのだが、商隊の人たちはなぜか記憶が曖昧で、兵士たちも怪物ではなく普通の魔物であったと話した。 要するに全部当てが外れて骨折り損のとはまさにこれである。
「でも私、今日の大臣や、商人の人たち、後兵士の人たちもなんか変な感じがしたんだよねー」
「私もそう思いました」
ザパーンと浴槽の中からイヴが出てくる。
「うわ!」
「イヴさん!?」
「私もルナさんに同感です。 本日話を聞いた人たちはどれも怪しいです」
そう言ってイヴはスススーとルナとティアラのところへ近寄ってくる。
「怪しかったって何が怪しかったんですか? ロベルタ卿のちょっと上から目線なところはありますけど、それは今に始まったことじゃないですし、商隊のみなさんや兵士さんたちも変わったところは何も…」
「いやさ、私前にも話したと思うけど、エルフとのクォーターじゃない? 別にだからってわけじゃないんだけど私のお母さんやおばあちゃんもそうだったんだけど、昔からこう、なんて言うのかな、悪い感情には鋭いの。 うーんうまく説明できないんだけど私の第六感ってゆーのかな? なんかうまく言葉にできないけど怪しい気がする」
「エルフに第六感という科学的に不可思議なものがあるかどうか不明ですが、ルナさんの言う通り今日、話を聞いた人たちは不可解な点がいくつかありました」
イヴは人差し指をピッと立ててルナの言ったこととに賛同する。
「不可解なことですか?」
「はい。まず、ロベルタ卿なのですが、ティアラさんが怪物の件について話した時わずかでありましたが視線が逸れました。 この特徴は兵士たちにも見られ、さらに血圧、心拍数の上昇が確認できました。 彼らは何かに怯えているといった印象を受けます。 次に商人たちなのですが、ここ最近になんらかの魔法を使われた形跡があります。 しかし効果、種類は特定不明です」
とイヴは今日話を聞いた人たちの怪しかったところを言った。
それを聞いたルナとティアラの2人はうーんと考え込む。
「確かにそれは気になるところですね…。 もう一度彼らについてしらべてみますか…」
「そうだね。 明日はそれぞれ手分けして探そう。 私は商隊の人たちを、ティアラちゃんは大臣、イヴちゃんは兵士の人たち、探偵みたいに尾行すれば何か出てくるかも」
「わかりました」
「了解」
ルナの提案に頷くティアラとイヴ。 するとルナが難しい話しはここまでにしてと、話を切り替える。
「前々から思ってたけど、ティアラちゃん着痩せするよね」
ルナはニヤニヤしながらでティアラのある一点に視線を送る。
「え!? る、ルナさん? なんですか、その手は!」
ルナは手をワシャワシャしながら浴槽を逃げるティアラを追う。
「ソウタは大っきいのが好きみたいだからねー。 襲われたら困るだろうから私がまず触って感覚を確かめてそうでもないってことをソウタに説明できるようにしておかなきゃいけないからねー」
「ソウタさんは確かにちょっとえっち…ですが、それとこれとは話が違いますよ! なんでルナさんが私の胸を触ることになるんですか!」
「はい。どうやらルナ様はソウタ様のことを好きになりすぎて思考や趣味までも似てきてしまったようです」
「い、いいいい、イヴちゃん!? 何言ってるの!? べ、別に、私、ソウタのこと好きとかそんなんじゃないし!」
「はい。 視線があちらこちらへ逸れています。 また、心拍数、血圧ともに急上昇しています」
「違うし!! このぺったんこ天使!!」
「…いくらルナ様でも言っていいことと悪いことがあります。 私の場合は行動に支障がないようにわざとなくしてあるのです。 その気になれば、マスターに頼んで大きくしてもらうこともできます」
と両者仁王立ちになり、腕を前で組みメンチをきる。
それを止めようとティアラが仲裁に入るのだが、
「ルナさんもないわけじゃないんですし、それに、イヴさんも張り合わなくても… あれ? 2人とも顔が怖いです。 あの、あの!」
「イヴちゃん、一時休戦。 中途半端な大きさの没個性っぷりをその身をもって味あわせてあげる」
「その提案に賛同します。 さあティアラ様覚悟はよろしいですか?」
「あの、あの! 話せばわかります!」
「「問答無用!」」
そして、大浴場には悲鳴が響きわたったのであった。
今日も天気は快晴、朝から汗ばむ暑さだ。
もう見慣れたのだが朝から尋常じゃない量のご飯を食べたフーカは早速出かける準備をして俺の修行に付き合ってくれる。
ご飯が目的とはいえ、ここまで積極的に修行に付き合ってくれるのはありがたい。
まぁ、さすがに食事のお金はクロエに出させるのも悪いし、俺が商隊の人たちからもらったお金から出していた。 そうじゃなきゃフーカの食欲ではさすがにクロエが破産してしまう。
そのクロエはというと今日も森へ薬草取りに出かけるという。
俺たちはそれに途中の、昨日も使った森の中にある開けた場所へ向かい、早速模擬戦の準備をする。
「ソウタ、今日もフーカと組み手をやる。 それでだんだんと『魔力喰い』の感覚をつかんで行ってもらう」
「おっす! いきますよ、師匠!」
と今日も木刀でフーカとの模擬戦を始めようとした時、フーカの後ろにゲートが開く。
「おい、フーカお前は『笛』を探すのにいつまでかかって… あっ! 貴様は!!」
ゲートからは見覚えのある姿が現れた。
綺麗な黒髪のロング、そして鋭い瞳のメガネ姿の女の子。
「あ! お前は! 『人造天使』の研究所にいた風紀委員にいそうな娘!」
「なんだ その、ふうきいいん? とやらは! それよりもなぜ貴様がフーカと一緒にいる!」
「サーニャ、落ち着いて。 あまり怒りすぎるとストレスで身体に良くない。 それにソウタは私の弟子」
それを聞いたサーニャは驚きの顔でフーカを問いただす。
「弟子!? 冒険者の『師弟制度』のか!?」
「そう。 ソウタとクロエは私にお腹いっぱいご飯を食べさせてくれたり、いろいろ世話をしてくれる。 だからお礼にソウタに特訓をしている」
「お礼だと!? お前は何を言って! お前も知ってるだろ!? ハヤカワ ソウタは魔王様やこの世界に『災厄』をもたらすものだから見つけ次第抹殺せよと! それがなぜ、修行!?」
問い詰めるサーニャにフーカは胸を張り答える。
「私は魔王軍幹部でも一番年下。 だから、一度でいいから先輩をやってみたかった。 あと、ソウタはいい奴。 昨日探し物にも協力してくれるって言ってた」
すると、サーニャはこめかみに血管を浮かせ手のひらから血が出るんじゃないかというぐらい拳を強く握り、怒りにプルプル体を震わせている。
「なぜ…! よりにもよって… ! 魔王様の敵になるやつに…!」
だが、そんなサーニャにフーカはいつもののんびりした口調で、
「だから、サーニャ? そんなに怒ったりしたらストレスが溜まって…」
「誰のせいでストレスが溜まってると思ってんだぁぁぁ!!!」
ついに堪忍袋の緒が切れるどころか袋自体が爆発してしまった。
これにはさすがに同情を禁じえない。
とりあえず、俺たちはサーニャを落ち着かせる。 というか敵のはずの俺までなんでこんなことしてるんだ?
「はぁ、はぁ、礼は言わんぞ、ハヤカワソウタ」
「なんでもいいよ。 それより改めて確認なんだが、フーカ、お前は魔王軍の一員ってことでいいんだよな?」
「そう。 フーカは魔王軍幹部。 『暴食』のフーカ」
たしかに今思えば所々気づくとこはあった。
例えば、人間離れした食欲だったり、思えば俺が周りに迷惑かけないように魔力を抑えてるのに勇者の剣から出る魔力に気分が悪くなったり、あと今は人間でも魔物でもないと言ったり…
ん? 魔王軍ってことは魔物でいいんじゃないか? それに元人間で仲間もそうって…
俺はそれが気になり、フーカに聞いてみた。
「なぁフーカ、お前が前に言ってた元人間の仲間って…」
そこまで言いかけた時、
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
森の方から悲鳴が聞こえた。
「クロエ!?」
それに気づいた。 俺とフーカはその声の方に走っていった。




