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テオとエナの異界巡り  作者: P男
12/26

暗殺2-2

 新月の晩。

 城塞の静寂を切り裂くように、警戒警報が鳴り響いた。

 兵舎に詰めていた兵士たちが、けたたましい音に叩き起こされる。そこへ息を切らせた伝令が駆け込み、自身も耳にしたばかり知らせを告げた。

「将軍が暗殺された! 犯人は滞在中だった観光客の二人組だ!」

 その報を聞いた兵士たちは、一瞬の沈黙の後、にわかに色めき立った。彼らの敬愛する上官が、どこの馬の骨とも知らない余所者に殺されたのだ。

 ある者は涙を流し、ある者は天を仰いだ。憤怒、悲哀、絶望。様々な感情が渦を巻いて兵舎を駆け巡るが、彼らの抱いた結論は一つだった。

 すなわちーー

「「殺せ!」」

 誰からともなく雄叫びが上がり、小銃を掴んだ兵士たちが表に駆け出した。下級士官たちが隊をまとめようとするが、彼らの言葉は激昂した兵卒たちには届かなかった。三々五々に散り、不埒な下手人の姿を探す。


 そんな中、殺気に満たされた城塞内をコソコソと移動する人影があった。

 テオとエナだ。二人はかがり火の明かりを避けるように、影から影へと暗がりを渡り歩いていた。

「テオ、大丈夫なの?」

 エナが心配そうに小声で尋ねる。

 テオの右のニの腕には、破れたシャツがきつく結びつけられていた。もともと白かった生地は鮮血を吸い、赤黒く変色している。

「問題ない、掠っただけだ」

 テオは無表情に短く返す。

「......とはいえ、かなり痛むな。傷を負うのは久しぶりだ」

 額の脂汗を拭いながら顔をしかめた。

「もうここらで退散しちゃっても良いんじゃない?」

 エナが立ち止まり、物陰で兵士をやり過ごしながら言った。それは提案とも、誘惑とも取れる問い掛けだった。

 テオは逡巡するように虚空を見つめ、

「そういうわけにも行かないだろう」

 外套の懐を軽く叩いて、物陰を飛び出した。

「まったく馬鹿ね」

 エナは呆れたように呟き、その背中に続く。

 二人はロール状に巻かれた干し草の束を伝って走り、厩舎に侵入した。軍馬を閉じ込める丸太の柵を外し、テオが宙に杖を掲げる。

 パンッ

 途端に乾いた音が響き渡った。

 目を充血させ、興奮した軍馬の群れが、雪崩を打って厩舎を飛び出した。それから少しして、外にいた不運な兵士たちの悲鳴が上がった。

「エナ、今のうちに逃げるぞ」

 テオが一頭だけ残していた軍馬に轡を嵌めて叫んだ。

 鐙に足をかけて鞍に飛び乗り、左手でエナを引き上げる。厩舎の出口に立つと、軍馬の硬い腹をブーツの踵で力いっぱい打った。

 軍馬の暴走で混乱していた兵士たちの横を、風のように通りすぎる。兵士たちが銃を構えた頃には、射程圏外に逃げ出していた。

「うまくいったわね」

 エナがため息を漏らす。

 しかしホッとしたのも束の間、機転を利かせた兵士の一人が、携行していた警笛を鳴らした。警報には幾分劣るものの、それでも鋭く高い音が間断なく城塞に轟く。

「クソッ」

 テオが舌打ちを漏らし、馬の腹を蹴って加速を促した。

 軍馬の筋肉が盛り上がり、二人の身体に後ろ向きの力が加わる。直前までエナの頭があったところを、弾丸が唸りをあげて飛んでいった。

「きゃっ!」

 エナが短く悲鳴を上げる。

 まるでそれを合図に待っていたかのように、笛の音を聞いて集まってきた兵士たちが、一斉に集中砲火を始めた。連続する破裂音が警報を掻き消し、無数の銃火が闇夜を照らす。

 テオとエナは馬上で身を屈め、少しでも面積を減らすよう努めた。銃声に怯えた軍馬がいななき、二人を振り落とさんばかりに速度を上げる。

「見えた!」

 暗がりの先に城門を認めたテオが叫ぶ。

 次の瞬間、銃弾を浴びた軍馬が転倒し、二人は空中に投げ出された。

「ぐうっ!」

「ーーっ!」

 勢いそのままに地面を転がり、全身を強かに打ち付ける。

「こんなの割に合わないわよ」

 軍馬の影に横たわるエナが愚痴をこぼした。それを咎めるかのように、飛来した弾丸が軍馬の眉間を穿ち、その頭を破裂させる。

「もうっ、何なのよ!」

 熱々の血と脳漿を頭からかぶり、エナが再び悪態をついた。

「洗濯が大変そうだな」

 テオは他人事のように小さく笑い、呪文の朗唱を始める。

 いつもより長めの詩句を読み上げると、城門に向かって杖を掲げた。

 ドンッ

 腹の底に響くような爆音とともに、鋼鉄製の蝶番がねじ切られ、巨大な城門が外に向かって吹き飛んだ。目を疑う異様な光景に、兵士たちの間で動揺が走る。

「目をふさいでろ」

 テオはエナにそう告げると、立て続けに短い呪文を唱えた。

 杖の先に小さな光が点り、それが球となって空に上る。正体不明の奇術を兵士たちが目で追った瞬間、それが音もなく破裂し、太陽と見紛うような光を発した。圧倒的な光量が地上に降り注ぎ、夜の闇を跡形もなく払拭する。

「いまだ、走れ!」

 テオがエナの手を引いて走り出す。

 兵士たちは逃がすまいと引き金に指をかけるが、視界を奪われていては、狙いをつけることは難しかった。多くは同士討ちを恐れて躊躇し、そうでなかった少数の者たちの弾丸も、城門の柱を傷つけただけだった。

 兵士たちの視力が回復した時には、犯人は暗闇の中に消えた後だった。

 

 

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