メンデル、7
「作戦会議を始める!」
私は無事にあの日のうちに地下牢を抜け出し別荘にたどり着いた。
別荘とは言ってもたいそうなものではない。簡易的なベッドと食器などの小物が少しある小さな小屋である。
王宮から数十キロ離れたところにある。昔は密会に使っていたのだが、最近ではこの小屋の存在を覚えている人はほとんどいない。
「まずは、スライルさん奪還作戦のためにこうして集まってくれてありがとう。」
発起人であるグレン、フレロレ。そして、その友人で政府軍を指揮することになっているキーデル。あと私の右腕であるオーネンス。志を同じくする者がこうして一堂に会せたのはうれしい限りだ。
だからと言って浮かれている暇はない。我々に残されているのはもう何日もないのだから……。
「さて、我々の目的は国の中枢を一度破壊し、再構築することにある。そのために我がメンデル軍はスライルさんの処刑に対する憤りと現政府の横暴に対する不信感を旗印に軍を起こし、現在の組織の中枢を一度滅ぼし、新政府の中枢に優秀な人材を置き換えることをもってイーリス共和国の再誕とする。キーデル、そちらの軍容はどうなっている?」
そもそも敵の軍を動かすものがこちらにいる以上、負けることはないのだが、そのせいで戦う前から不信感を持たれ、誰かに予定外の行動をされると厄介だ。
「はい。こちらはすでに噂が広まっているため常に1000の兵が王宮に常駐しています。また王宮近隣に3か所の兵詰所があり、それぞれ500滞在しています。」
「合わせて2500か……。」
私の兵が1000……。
政府軍はあの3か所からだと5分で集まってしまうな……。常駐軍との戦闘の間に背後から襲撃されると戦力を分散されるだけでなく、脱出が困難になる。それにそもそも私の軍はまだまだ個の力も集の力も大したことはない……。挟まれたら瞬殺されてしまう。
「キーデル、あらかじめ王宮に2500を集めておくことは可能か?」
「ええ……。まあ……。もっともらしい建前があればですけど……。メンデルさんとしてはどういう戦略でいきますか?」
「私が軍を連れ、真正面から攻撃を仕掛ける。それに政府軍は全力で対応してくれ。王宮正面でドンパチやって時間を稼いでいるうちにグレンやフレロレを中心とした別働隊が王宮に侵入し、スライルさんを救出してもらう。その後速やかに撤退する。という流れで行く。私が指揮をとれば2500対1000でも戦いを長引かせることはできるだろう。」
「なるほど……。メンデル将軍は囮でスライル様の救出はグレンとフレロレにということですか……。ということは王宮内にも兵がいない方がいいですね……。じゃあ、その時間は王宮前の広場で状況説明と作戦会議、決起集会でもやっているかな……。まあ、なんとかします。」
「他に何か注意しておかなければならないことはあるか?」
「メンデル将軍なら不測の出来事があってもどうにかできるでしょう。あらかじめ言っておくことはそのくらい……、あっ、そうそうゴルジオ軍で新しく飛び道具を開発したんですよ。それは避けるしかないので気を付けてくださいね。きっと着弾するまでに大きな音がしますから。」
「ああ、わかった。」
こっちは大丈夫そうだな……。
予定外のことが起こっても戦場ではそんなことは日常茶飯事だ。
勘が鈍ってなければどうということはない。
ではそのあと……。
「我々の噂は広まっているのか?スライルさんが処刑されそうなこと、反乱軍が水面下で組織されていることは?」
グレンに問いかける。
「ええ、それは順調です。」
「このスライルさんの救出劇が成功したら、スライルさん処刑の一件をスライルさん本人から説明いただき、民衆に現政府への怒りを煽り転覆、その後再びスライルさんを中心とした国作りを始める、そう言うシナリオだ。いきなりなんだ?ということがないように民衆に疑心暗鬼になってもらっておく必要がある。」
「それは大丈夫です。フレロレとひそかに噂を広めましたから。」
「よし。」
そして、本作戦の要であるわが軍は……。
「オーネンス、我が軍の調子は?」
「順調な仕上がりです。」
「政府軍と戦うことに異議を申しているものはいるか?」
「いえ、私も含めメンデル様の逮捕の一件を快く思っていないものばかりで、一矢報いる機会を皆待ちわびていますよ!」
よし!
「それでは決行は3日後の正午!大きな空砲が作戦開始の合図だ!われらの栄光のため、世界の平和のために!」
はっ!
全員が敬礼をする。
計画は完璧だ。
作戦にも抜かりはないはず……。
体が少し震えている。
久々の戦に興奮しているのか。
それとも何か不安を感じているのか……。
長いこと戦場に立ってきたがこの感覚は初めてだ……。
まあ、英雄になるための戦はそんなに容易くはないということか……。
これがきっと最後の戦場になる。
その前にお世話になったこの部屋を少し掃除でもしようか……。
皆が小屋を出て行くのを見送ると埃かぶっていた食器棚を雑巾で拭き始めた。




