メンデル、6
「おや、スライルさん。お久しぶりです……。」
「お久しぶりです。メンデルさん。」
鉄格子の前で以前よりも明らかにやせ細っているスライルさんが用意された椅子に腰かける。私が牢に入っている間に外で何かあったのだろうか……。いや、あったに違いない。早く外に出たい!オーネンスならすぐに外に出してくれる。よほど私をはめた奴が周到だったのだろう……。ああ、早く出してくれ!仕事がしたい。仕事が!
というかさっきからスライルさんは何もしゃべらないな……。
私から話し出した方が良いのだろうか……。いや、きっと大事な話が合ってきたのだろう……。……話し出すまで待つか。
しばらく向き合ったままお互い何も言わず座って見つめ合っていたが、スライルさんはやがてゆっくりと口を開いた。
「私、大統領クビになってしまいました……。」
……。
それは私が想像していたものよりもひどく重たく心にズシリと来た……。
スライルさんがクビ?
何がどうなった?
スライルさんの様子から察するにただ事じゃないことがあったのだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは……。
「私はこれでただの人です。」
「スライルさんを……、ハァー、訳が分からない。」
「ありがとう。でももういいんです。」
……?
スライルさんもわからない。俺の知っているスライルさんは志半ばで諦めるような人じゃない。いったいどうしてしまったんだ?私が牢に入れられたこの数日の間にこの国で何が起こっているというのだ……。
「どうしたんです?あなたの国への思いはどうしてしまったんですか?」
「もちろん、まだあります。ただ今はそれ以上に逃げ出したい気持ちでいっぱいです。あなたは無意識なのかもしれませんがあなたが仕事仕事、忙しい忙しいと言っていた本当のわけがようやくわかりました。」
私が仕事仕事、忙しい忙しいと言っていたことの本当のわけ……。
ただ忙しかったからそう言っていただけだが……。
「そうですか……。」
適当に合わせたがよくわからない。私の忙しさに本当の意味なんてあるのか?ただスライルさんは何かを感じ取ったようだ。彼の人の心や考えを読む力は並外れている。最近は様子がおかしくその力が発揮されてはいなかったが、その力が国を一つにまとめたと言っても過言ではない。その彼が言うのだから何かあるのかもしれない。とりあえず暇だから牢にいる間に考えてみるか……。
スライルさんは沈んだ顔で話し始める。
「走っても走っても背中に伸びるその黒い手は振り切れません。私はもう前には進めない。地獄に前なんてないのかもしれませんけどね。今はだいぶ落ち着いては来ましたが、またなんどき襲われるかわかりません。私はこれからしばらく遠くへ行ってみようと思います。遠いところに。」
「ええ。それがいい。」
それで気が晴れるのなら……。スライルさんには多大な恩がある。私ごときちっぽけな力では彼を支えることはできない。彼の背中を支え、時に押して……、それが私のやるべきこと……。
「ただ心配なのは私の子たちです。親元を離れた子供がどう成長するのか……。彼らはまだ幼い。知らないところで悪い子になってしまっては大変です。」
「スライルさんがわざわざ足を運んでこられたのはそれをお願いするためだったんですね……。」
「すみません。あなたは私以上に苦しんでいるはずなのにこんなこと……。」
スライルさん以上に苦しんでいる?よくはわからんが、
「いいえ。スライルさんの頼みとあれば何でもしますよ。」
「本当に申し訳ないと思っていますが、その時はお願いします。」
「ほかならぬスライルさんのためなら。」
スライルさんは私の言葉を聞き終えると力のない笑顔を向けてから、長い髪を翻し、もと来た方へ去っていった。
私は何も考えずただ前より小さく見えるその背中を見送った……。




