エピローグ〜主の御業
気が付くと、私は広い花畑に寝ていた。
名も知らぬ花の香が芳しい。赤、白、黄、青……、紺碧の空の下、千紫万紅のなだらかな丘が続く。
「ここは?」
「決まってるニャァ。神様のミッションをコンプした旦那様、天国以外行くところはないと思うけど」
「あ!」
見上げれば、そこには、スノウが立っていた。顔立ちは雪乃そっくり、だが、白い猫耳、白銀の髪、ルビーの瞳、ふわふわの尻尾はスノウのものだろう。
私が若い頃に流行った、異世界物のラノベに登場する猫獣人のようだ。だけど、とびっきりの美少女である点に変化はない。
「さ、立って。お疲れ様でした!」
「あ、ああ」
差し出されたスノウの手を掴もうとして、ふと我が手背を見る。それは、シミだらけの老人のものではなく、まるで青年。ああ、雪乃と結ばれた二十歳の頃の自分だった。
「神様のご意志、分かったかニャァ?」
「ご意志?」
「旦那様は、子猫の命を助けた。そのお返しに、あたしは旦那様に命を与えた。そして、旦那様は百万匹の猫を幸せにした」
「助け合いの連鎖?」
「そう、誰かが誰かに贈り物をする、もらった誰かはまた誰かに……。贈り物のスパイラル、ずっとずっと続いていけば、生きとし生けるものが幸せになる」
「じゃ、私には、また新しいミッションが課せられるってことかい?」
「私、じゃなくて、私たちね」
「本当に? また、勝手にいなくなるんじゃないだろうな!」
「あの時、あたしは星に願った。来世、いいえ、その次の世も、またその次も……、旦那様と一緒にいれますように、って」
「その願い、神様に届いたんだね」
「ええ、だから、もうこれから永遠に、貴方を離してなんかあげないのだから」
「そうかい。それは、私も望むところだ!」
二人は抱擁を交わした。やっぱり、スノウはお日様の匂いがする。
「して、ミッションは? 私たち、今度は何を助ける?」
「ズバリ、異世界を救え!」
「な、何だってぇ! それは、大仰な」
「大丈夫! 十万倍返しのご褒美で、旦那様、来世では『最強』のオプション付きだから。もぅ! あたしの姿を見てピンとこないかニャァ」
「猫獣人? 最強で世界を救う? って、もしかして、ソレ、懐かしの異世界転生?」
「その通り! ニブチンの旦那様にしては上出来なお答えね。じゃ、ミッションのお題は明らかでしょ? 一緒に言おうよ!」
「せーの!」
魔王討伐!!!!
★〜神のなされることはみな
その時にかなって美しい。
神はまた人の心に永遠を思う
思いを授けられた〜★
<伝道の書3章>
年に一回だけ、罪滅ぼしの意味で童話を書くことにしました。でもぉ〜 童話なのに、ちょっちアダルトですね。
美少女ゲーム声優さん、あるある。時々、指摘するのです。「今の『ウフフ』色っぽ過ぎます。コレ、全年齢向け作品ですよ」……同じかな?
ということで、私、本業はスタジオ屋です。ある日のこと、声優さんがオリジナルで書いたボイスドラマを収録していました。音響技師として聴いていて、涙出ちゃったなんて初めてです。
素晴らしい物語でしたので、アイデアを拝借して小説にしていいですか? とお聞きしたところ快諾いただきました。
本童話のストーリー、ボイスドラマとは異なりますが「猫の恩返し」「心臓移植」「猫なので魚好き」について、まんま使わせていただきました。涌井直輝様、ありがとうございました!
その他、内容について。
・聖餐(エウカリスト)は「最後の晩餐」も意味しますが、カトリック教会で「御体」(おんからだ)と呼ばれるホスチア(パンみたいなの)を信徒が拝領する儀式があります。すなわち、聖体をいただくこと→臓器移植です。
・主人公はこの物語を209X年に書いています。ですので、雪乃との出会いは現代202X年です。主人公が脳波タイピングしているのは未来だから。異世界転生物を「懐かしの」などと言っているのも同様です。
・サブタイトル「葛の葉猫」は、人形浄瑠璃や歌舞伎の「葛の葉狐」より。女に姿を変えて妻となる、の意です。
・ファンタジー小説は、ジョージ・R・R・マーティン著「氷と炎の歌」です。私の大好きな小説で、他でも時々ネタにさせてもらっています。
・二人で食べる夕食のメニューですが、パエリアに海老、カルパッチョの鯛、蛤のスープ、お祝い料理という意味です。
・見上げる星は、冬の大三角形、オレンジ、青白、白に輝いているはずです。
・便箋のヘリオトロープは、吉屋信子「花物語」、「……その花の持てる言葉は、献身を意味ししかして、執着を表わす……」です。
・讃美歌320番の訳詞は、私の創作です。おもいっきり意訳しております。
・「流れ星は人が死ぬ兆し」は、マッチ売りの少女より。
・主人公が亡くなる瞬間の「消える……」は、落語「死神」より。
・「スパイラル」の言葉を使ったのは、リトバス・神北小毬ちゃんを意識しています。
・十万倍返し、百万匹の猫を幸せしたについては、もちろん「100万回生きたねこ」です。
百万匹? と思われるかもしれませんが、それほどリアリティーのない数字とは思っていません。
「世界的な企業のCEO」となった主人公、この会社は、GAFA並みという設定です。世界一の大金持ち、アマゾン元CEOペゾス氏の総資産は約二千億ドル(二十兆円)、主人公はストックオプションも行使していますから、少なくとも一兆円を猫のためだけに使ったと想定しています。
私、クリスチャンではないですが、「人類の全ての罪を背負う」とか、イエスってカッケェ〜ですよね? 茶化したら怒られそうだけど、自己犠牲って常に人の心を打つのだと思います。
さすがに、イエスのようには行かないですが、せめて、創作物を遺すことで、誰かの心に名を留めて死にたいです。第二の死が少しでも先延ばしになるように。
では。また、別の作品にて!