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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第四章 第二節
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168.将軍の客

「彼女たちは、しばらくこの砦に滞在することになった。皆も顔を覚えておいてくれ」


 会議室に集められた将校たちは、筆頭将軍ベレンの両脇に立っている二人の男女を見て、一様に首を傾げた。

 数日前、麾下の兵を数十だけ連れて、領境へと視察に出かけたベレンが、昨日の夜中に戻ってきた。翌朝、砦内にいる主立った将校が緊急に呼び集められたことから、ベレンは何か重要な知らせを持って帰ってきたのだと、将校たちは身構えていた。


「客分として扱うように。部屋も相応のものを用意させる。砦の案内は、私が直接する」


 しかしベレンが伝えたかったのは、この二人に関することだけだったようだ。彼はてきぱきと、二人の滞在についての指示を飛ばしている。


「何か、言っておきたいことはあるか?」


 ベレンがそう聞いたのは、将校たちではなく、脇にいる二人に対してだ。二人のうちの一人、銀髪の少女は首を横に振り、もう一人、柄の悪い剣士は軽く片手を挙げた。

 この剣士は当然フロイドであり、銀髪の少女とはアルフェのことだ。領境の山で冬ごもりをしていた彼らは、ベレンに発見され、懇願されてここに連れてこられた。フロイドは山から下りられる事を喜んでいたが、アルフェはまだ、釈然としない顔をしている。


「ちょっといいか」

「何だ?」

「俺たちがどうしてここにいるのか、説明しておいてくれると助かるんだが、将軍。部下の顔を見てみろよ」

「ああ……」


 そう言われて、ベレンは将校たちの表情を見回し、納得したようにうなずいた。

 突然奇妙な二人組を連れて来て、将軍が何を言っているのか、皆目分からない。全員、そんな顔をしていたに違いない。


「この二人は、ノイマルク軍に加勢してくれることになった、強者の冒険者だ。万一パラディンと戦うことになっても、強力な味方になってくれるに違いない」

「か、加勢ですか?」

「そうだ」

「そ、それは……」


 その将校は、本気なのかと問いたげだ。

 少し興奮気味のベレンとは対照的に、将校たちは困惑していた。うらぶれた冒険者が「一人」加わったくらいで、何が変わるのかと。

 例によって、アルフェは数にすら入れられていない。若干名、砦で噂になっていた銀色の魔物のことを思い出して、ちらりと彼女の髪を見た程度だ。


「ベレン将軍」


 そして、そのアルフェが口を開いた。


「言うより、見せた方が早いです」

「……と言うと?」

「この砦にいる、腕の立つ兵を集めてください」

「なるほど」


 模擬戦でもやって腕自慢の兵たちを叩きのめせば、嫌でも納得するだろうということである。アルフェの提案に、ベレンは得心がいったという風に頷いた。フロイドはやれやれといった表情だ。


「じゃあ、そうするか。――誰か、剣を使える奴を適当に選んで、広場に集めてくれ。実戦装備で集合しろと伝えるんだ。……魔術士もいた方がいいか?」

「そうですね」

「魔術士と弓兵も混ぜて、数は十……いや、二十人くらいでいい。見物したい兵には見物させろ」


 アルフェと相談したベレンがそう決めて、将軍の命令を実行するために、将校の一人が会議室を出て行った。


「よくやるよ」


 腕を組んだまま肩をすくめたフロイドは、アルフェが二十人程度の雑兵に負けるとは、微塵も考えていない。アルフェならば、そんなものはあっという間に蹴散らして、ノイマルクの兵を震え上がらせるに違いないだろう。


「集合完了しました!」


 出て行った将校は、十分も経たずに戻ってきた。


「ではフロイド、あとは任せました」

「ああ。……ん?」

「アルフェ君、その間、君はどうする? 砦の案内を済ませてしまうか?」

「はい、よろしくお願いします」

「練兵場からにするか、食堂からにするか……」

「食堂にしましょう」

「おい」


 話の流れが妙であるとフロイドが気付いた時には、既に準備万端整っていた。

 将校はすぐにもフロイドを案内できるというふうに、彼の横に立っている。


「よし。じゃあフロイド君、頑張ってくれ」

「頑張ってください」

「ちょっと待て、俺がやるのか?」


 フロイドはいきり立っているが、アルフェは彼が何を怒っているのか分からないという風に、眉をひそめて首を傾げた。


「アルフェ、その“当たり前だろうが”って顔で、首を傾げるのは止めてくれ」

「フロイド君は何を怒ってるんだ? 二十人では足りなかったか?」

「そうかもしれません。あと十人追加でお願いします」

「人数の問題だと思うか……?」


 フロイドはそれ以外にも不平を言っていたが、結局、兵たちに実力を見せるのは彼の役目だということになった。フロイドが将校たちに連れられていったあと、会議室にはアルフェとベレンだけが残った。


「彼も面白い男だな」


 アルフェと二人きりになると、ベレンは笑顔で、フロイドに対する感想を漏らした。その感想には直接答えず、アルフェは会議室の入り口の方を見て言った。


「ああ言っていましたが、二、三十人くらいなら、苦戦する理由も無いでしょう」

「そうだろうな。……さて、それはフロイド君に任せて、我々も行くか?」

「その前に」


 砦を案内しようと席を立ったベレンに、アルフェが言った。


「確認させてください、将軍。私はノイマルク軍のために、トリール兵と戦うつもりはありません。私はそう言いましたね?」


 ベレンは複雑な表情をした。これはバーヌ山で、アルフェが彼にスカウトされた時に告げた言葉だ。参戦してくれれば、応分の報酬は出すと申し出られたのだが、かなり迷ってから、アルフェはそう答えた。


「……分かっている。将校たちに、君たちが加勢してくれると言ったのは、言葉の綾だ。兵を鼓舞しなければならないからな」

「二人のよそ者が加わった程度で、士気が上がりますか?」

「はは、辛辣だな、君は。……確かに、そうかもしれん。しかしこちらの陣営は、ここのところ悪い知らせばかりだったからな」

「……パラディンが来たとかいう?」


 敵方のトリールに、神殿騎士団のパラディンがいる。そしてノイマルク軍随一の剛の者であるベレン将軍の誘いだからこそ、アルフェはベレンの申し出を完全には断らず、客としてこの砦の厄介になることにしたのだ。

 ノイマルクに来る前に滞在していた都市バルトムンクで、アルフェはパラディンの一人に会った。ロザリンデ・アイゼンシュタイン。人格はともかくとして、あの強烈な戦闘能力は、アルフェの脳裏に焼き付いている。

 アルフェの問いに、ベレンは頷いた。


「パラディンに対抗できる戦力が、一人でも多く欲しい。逆に言えば、これ以上相手の戦力が増えるのも好ましくない。君たちが前線に立ってくれないのは、正直言って残念だ。しかし我々としては、君たちがトリール伯の下に行かないというだけでも、計り知れない大きな価値がある」

「……」

「さっきの話だが、君やフロイド君を苦戦させられるような人間が、我が軍にもいれば良かった。しかし、いないんだ」

「いいんですか、私にそんな話をして。会ったばかりなのに」

「誰でも知っている事実だ。トリールの女伯も、それを知っているからこそ、神殿騎士団に働きかけたんだろう」


 アルフェの頭に、会ったことのないパラディンやトリール伯の顔が浮かぶ。アルフェが表立って戦争に参加した際には、これらを敵に回すことになる。バルトムンクの時と違い、始めから命の取り合いを前提とした戦いに参加するのだ。見逃してはもらえないだろう。

 そしてトリールはともかくとして、神殿騎士団や教会と対立するのは、アルフェにとってあまりにもリスクが大きい話だった。


「パラディンのエドガー・トーレスとは、対立を回避するための交渉を試みている。だが、もしそれが失敗した時には、力を貸してもらえるとありがたい」

「……約束は、できません」


 ベレンがどの程度“力を貸してもらう”事を想定しているのかは、アルフェには想像するしかない。である以上、こう答えるしか無いだろう。ベレンは精悍な顔に、苦々しい笑いを浮かべた。


「残念だ、本当に」

「ですが、それ以外のことなら報酬次第でお手伝いします。そういう依頼です」

「依頼……。そうだな、冒険者だったな、君は」

「はい」


 戦争には手を貸さない。その代わり、魔物や盗賊の退治などなら何でも引き受けると、アルフェはベレンに言ってある。彼女がその見返りとして得るのは、通常の報酬に加えて、ベレンと手合わせする権利だ。


「確かに。領境に兵を張り付かせているせいで、治安維持に支障が出ている部分はある」


 ベレンは机の上にある大地図に手を置いた。北のトリールとの領境付近には、部隊を表しているらしい駒がいくつも置かれているが、それ以外の地域は見るからに手薄だ。

 正規兵の手が回らない仕事をこなすのは、冒険者の領分の一つである。だが、神殿騎士団との対立の噂が広まれば、ノイマルクにやってくる冒険者の数そのものも、減ってくるに違いない。そんな中、アルフェたちが専属で依頼をこなしてくれるというのは、確かに有り難かった。


「冒険者か……」


 ベレンはもう一度つぶやいた。

 故郷すら持たない、流れ者の何でも屋。家も妻子もあるベレンには、できない生き方だ。なりたいと思ったことすらない。だが、将軍としての職務に追われている今、その声の響きには、多少の羨望が含まれていた。


「分かった」


 故郷である領邦のために戦うのは、自分たち軍人の仕事だ。そして冒険者には、冒険者に似合いの仕事がある。納得した様子で、ベレンはアルフェに言った。


「君に見合う依頼を、山ほど用意させてもらおう。こき使わせてもらうぞ、冒険者殿」

「もちろんです。遠慮なさる必要はありません」


 アルフェは不敵な表情をしている。

 改めて、砦の案内をするために、ベレンが部屋の扉を開く。広場では、フロイドと兵の模擬戦が始まっているらしい。歓声が聞こえてきた。

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