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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第四章 第三節
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169.鉄柱の林

 世界を旅していると、変わった風景にお目にかかる事があるが、ノイマルクの東部一帯では、帝国でも有数の奇妙な光景が見られる。そこには基本的に、樹木が成長せず、草もほとんど生えない赤茶けた荒野が広がっているのだが、木が育たない代わりとばかりに、別のあるものが林立していた。


「……錆びた、鉄?」


 その角張った赤茶色の“柱”に近寄ったアルフェは、小首を傾げてつぶやいた。


「これが全部……」


 柱は一本だけではない。この荒野には、数え切れないくらいの大小の鉄柱が、見渡す限り一面に立ち並んでいるのだ。

 ノイマルクの主産業は鉱業である。特に鉄鉱の産出量は凄まじく、一説には、帝国内に出回る鉄の三分の一はノイマルク産だという。

 そしてその大部分が、この鉄柱の林から切り出される。地面に埋まっているものを掘り出す必要すら無い。木を伐採するかのごとく、立っているものを切り倒すのだ。おまけに普通の鉄鉱石とは、鉄の純度も桁違いである。すなわち、この奇妙な林こそが、ノイマルクの鉄生産の要であった。

 砦にいた魔術士が説明してくれたのだが、ここに鉄柱が生える原因は、土質と魔力が複雑に絡み合っているらしい。元々金属を多量に含む地面に、温泉脈と共に流れる魔力が作用して、この景観を創り出している……のだそうだ。

 魔術士という人種は、ひょっとしたら自分たちに分からないことを、全て魔力のせいにしているのではないだろうか。原理の説明を話半分に聞いていたアルフェだったが、めまいがしそうになる目の前の光景は現実だった。


 ――リーフさんあたりが見たら、喜びそうですが……。


 エアハルトで出会った少年魔術士の事を思い出しつつ、アルフェは見上げていた鉄柱から離れた。まずは、冒険者としての仕事をこなさなければならない。彼女は歩きながら、ベレン将軍の依頼内容を思い出した。

 その依頼とは、この一帯に出現した、大量のエレメンタルの駆逐であった。

 この鉄柱地帯は、一部が結界の範囲外に入っている。鉄柱が生み出されるのは魔力が原因と言ったが、結界外ではほぼそれと同じ原理で、各種のエレメンタルが湧いて出るのだそうだ。

 エレメンタルは魔物の一種である。その種類は非常に豊富だ。土のエレメンタルや水のエレメンタルなど、アルフェが遭遇し、戦ったことがあるものも多い。彼女の師であるコンラッドは、大山脈で巨大な溶岩のエレメンタルを倒したと自慢していた。他にも、空気や雷のエレメンタルなど、とにかくあらゆる自然物や現象が、エレメンタルになり得るのだ。


 ――正確に言うと、エレメンタルとは魔力ではなく精霊です。


 砦の魔術士はそうとも言っていた。

 精霊とは何かとアルフェが尋ねたら、意志を持った魔力だと答えられた。その小さな精霊達が集合して、自身と親和性の高い、なにがしかのものを動かすのだという。どうして魔力が意志を持つのかと聞いたら、その魔術士は答えられなかった。

 エレメンタルは、他の魔物のように、大挙して人里を襲うことはまずない。しかし、放っておけば加速度的に増え、更に自分に近づく者には容赦なく攻撃を浴びせるため、定期的に駆除しなければ、ノイマルクの鉱業に多大な悪影響が出る恐れがあった。


「どうでした? ノイマルクの外から来た人は、皆驚くんですよ」


 馬車に戻ってきたアルフェに、案内役の若い兵が声をかけた。地元の名所を紹介する彼の顔は、どこか自慢げであった。

 彼を含めて、アルフェに付いて来たノイマルク兵は四人いる。案内役というよりも、アルフェがきちんと仕事をするかどうかの見届け役と言ったほうが正しいかもしれない。ちなみに、ここにフロイドは居ない。あの男は、こことは違った別の場所で、アルフェと同じようにベレンからの依頼をこなしているはずだ。


「目視できる範囲だけで、相当数の敵がいました」


 アルフェは兵が求めていたであろう反応を返さず、事務的な口調で仕事の話をした。年下の娘のつれない態度に、兵は少し気を悪くしたようだったが、アルフェを案内するのは、筆頭将軍からの直々の命令である。話を続けた。


「いつもは大勢で、数日がかりで掃討するんです。鉄のエレメンタル以外にも、たまに手強いエレメンタルが混じりますから、精鋭じゃないと参加すらさせてもらえません」

「……」

「まあ、ベレン将軍が、ここの敵を一人で全部倒したことがあるっていうのは、軍の伝説ですけど――」


 兵が濁した言葉の先には、「ベレンでなければできない事を、お前などが本当に?」というアルフェに対する不信が透けて見えていた。

 ベレンはノイマルク軍の英雄で、彼のような兵卒にとっては憧れの対象である。そして、数日前に軍に加わったこの謎の娘は、その憧れの英雄と同じことをやるために、ここに来ているという。兵が多少の反感を抱くのは、無理も無いとは言わないまでも、自然なことだったかもしれない。


「何日で?」

「――は?」

「ベレン将軍が、一人で、何日で、ですか」


 鉄柱の林を眺めながら、アルフェは無機質な声で、兵に聞き返した。


「えっと……、半日で、だったかな」

「……そうですか」

「無理なら、早めに無理って言った方が良いですよ」


 そこでアルフェが表情を曇らせた理由を、彼女が恐れを成したからだと思ったこの兵は、アルフェという少女のことを、全く理解していなかった。

 アルフェが見た感じ、勝てるか分からないほど強力な魔物は、視界内には存在しない。時間さえあれば、普通に全て駆逐できるだろう。彼女が表情を曇らせたのは、この広い平野を半日で掃討したという、ベレンの実力に驚嘆したからだ。

 きっと自分なら、急いでも二、三日はかかる。単純に考えて、その時間の差が、アルフェとベレンの力の差だ。


「将軍は特別ですからね。同じことができる人間なんて、帝国には――」

「三日後くらいに、ここに回収に来てください」

「……え?」

「私は仕事にかかりますから」


 そう告げると、うろたえる兵に目も向けず、アルフェは鉄の林の中に入っていった。


 鉄柱の林に入ると、早速大きな鉄のエレメンタルが見つかった。

 これだけ鉄がある場所だから、当然だろうとアルフェは思った。

 その敵の見た目は、かつてゴーレムクラフターのリーフが作った、アイアンゴーレムに似ていた。今目の前に居る個体のほうが錆付いていて、人型をとりながら、どこか歪な形をしているのが違いだろうか。

 アルフェが無造作に歩み寄ると、エレメンタルは振り向いた。一応はこれにも、前と後ろの区別があるのだ。

 エレメンタルが振り向きながらなぎ払った手は、むなしく空を切っている。攻撃を避けながら敵の懐に入ったアルフェは、エレメンタルの胴に右掌を触れ、足を踏み込んだ。


 鉄の人型は後方に勢いよく吹き飛び、鉄柱の一つにぶち当たって止まった。

 活動を停止した今の個体に、アルフェは目もくれようとしない。彼女は軽く腕を振りつつ、自分の動作を頭の中で反芻している。その顔は、あまり納得していないようだった。

 次にアルフェが見つけたのも、同じく鉄のエレメンタルだった。さっきよりは少し小さく、人間大の個体だ。

 アルフェがまたしても無造作に近づくと、敵は彼女に気が付いた。襲いかかるエレメンタルの攻撃をかわして、アルフェは、今度は中段の蹴りを見舞った。

 人型は吹き飛ばない。その場に激しく倒れただけだ。


 ――……軽い。


 止めを刺すために、倒れた相手の頭部を蹴り飛ばしてから、アルフェは思った。自分の攻撃は、やはり軽い。

 戦いの中で課題を見つけて、改善すること。アルフェは最近、常にそのことを意識していた。特に今、アルフェが問題だと思っているのは、自分の攻撃の威力の不足だ。

 

 ――特に、蹴り技が軽い。お師匠様の蹴りは、こんなものじゃなかった……。


 比喩でなく、蹴りで小さな竜巻を起こせるほどに、コンラッドの蹴りの威力は凄まじかった。比べる対象がおかしいのかもしれないが、彼女が倒したいと願っている相手は、そのコンラッドの攻撃が、まともに通用しなかった。


 ――……体重が無いから? もっと太った方が……。


 アルフェは無言で、自分の二の腕や腹をつまんだ。皮膚の下には硬い肉が隠れているものの、太さはベルダンにいた頃と、あまり変わっていない。

 人より少し多く食べている自覚はある。しかし、それでもアルフェはあまり太れないのだ。身長は少し伸びたが、同年代の平均からすると、小柄なほうだろう。

 今日のアルフェは、愛用の鋼のグリーブを身につけていない。意図的にそうしていた。そもそもベルダンであの装備を購入したのは、体重の不足をごまかし、蹴りの威力を上げるための方便だ。だが、いつまでもそれに頼っていると、肝心な時に力を出せない可能性がある。アルフェは根本的な改善を図りたかった。

 それと、グリーブの金具が痛んできて、あまり乱暴に使うと壊れてしまいそうだからという理由もあった。あれは、ベルダンからの思い出の品だ。できれば失いたくはない。


 ――しかし、多少体重を増やした所で、根本的な解決にはならない……。やはり、お師匠様の技を、少しでも再現した方が。


 彼女には、一つ試みている事があった。それは、彼女がまだ教わっていない、コンラッドの技を記憶から再構成することだ。

 生前のコンラッドがアルフェに伝えたのは、彼の技術のほんの一部だった。実際に、アルフェも彼が使っているのを見ただけで、未だに修得していない技がいくつもある。それ以外にもきっと、アルフェが知らない多くの技があったのだろう。

 アルフェの使う技の全ては、コンラッドの遺志であり、彼の生きた証拠である。コンラッドの血と汗と想いが作り上げた、大切な結晶だ。彼の弟子を名乗る以上、それを継ぐのも自分の役目だと、アルフェは固く信じている。


 ――見たことがあるものなら、再現することはできるはず。確か、お師匠様は……。


 コンラッドの一挙一動を思い出しながら、アルフェは次の獲物を探した。

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