第94話久々の出会い
ワムルス邸を後にした俺はもうそろそろいい頃合いくらいの時間だったので城に向かっていた......フィリアナと一緒に。
「お前なんでついてくるんだよ」
しっかりと俺の手を握る、しかも恋人繋ぎで。
取り払おうとすれば、フィリアナは泣き始めるし。
もう全くため息しか出ない。
「またいなくなったら大変ですし」
そう言いながら声音的に微笑んだのだろう、だがフィリアナの緑のフードが顔を隠し何も見えない。
「んー、まだその服使ってるのか?」
フィリアナが来ているのはフードがついた目立たない服。
この服は昔俺がプレゼントした物なのだ。
フィリアナはとても可愛い、兄の俺が言うとシスコンのようだが違う、実際にナンパなど、まあ色々と迷惑していたわけだ。
だから出来るだけ顔を見せないように、フィリアナの整った顔立ちや鮮やかなオレンジの髪をフードが完全に隠して、ナンパされないようにしてくれているのだ。
(まあ、目の前から覗き込めば見えるんだけど.......うん、可愛い)
「どうかした?お兄ちゃん」
「いいや、なんでも.....その服もう古いんだから捨てたらどうだ?.」
そう提案してみると、いきなり足を止め左手を胸に当てた。
まるで祈るかのように。
「この服はお兄ちゃんから貰った物だし.....この服を着てるとお兄ちゃんが側にいるみたいで......」
「そう、か......」
確かにフィリアナには辛い思いをさせてしまった。
あれだけ俺に依存していたんだ、いきなり依存対象が死んだらショックも大きい事だろう。
「安心していいからな、これからは出来るだけ側にいてやるから......」
悪いと思いながら、そんな事を言って見たが。
そんな心配こいつには必要なかったようだ。
「え!?それって告白って事でいいですか!?俺が一生側に居てやるよ、的な!?」
本当にいつも通りの妹だった。
「よくねぇよ!.....てか、本当について来ていいのか?」
「どうして?もしかして私が邪魔なの?」
首を傾げながら瞳をウルウルと涙ぐませる。
「違うから、涙目やめろ!お、お前分かっててやってるな!?」
俺は基本的子供に弱い、特に泣いてる子に。
「そうじゃなくて、俺達一応敵対してるんだからな?」
「え?何言ってるんですか?私達ワムルス家は既にこの国の貴族を辞め、そちらの国に行くつもりですけど?」
「.......は?う、嘘だろおい!?」
「いや、本当です、ほら契約書」
軽く取り出した紙、慌てて見てみればそこにはしっかりと書いてあった、この国を見捨てると、それもえげつなく酷い内容で。
「まあ、まだ提出はしてないんですけどね?」
「いや、絶対にするなよ!?」
「なんで?私嫌だよ?お兄ちゃんと敵対なんて」
「いやでもな、こっちにいる方が安全かもしれない.....いや、来て貰った方が安全か?」
「私はお兄ちゃんと敵対しなければなんでもいいので、そこんとこ考えといて〜」
契約書を無理やりユウキに手渡すと、一人でに気が楽になったと、歩きだす。
「丸投げかよ」
「丸投げですよ♪.......あっ」
可愛らしく微笑むと、いきなり歩みを止める、そして、しくったと手を口元に当てた。
「どうかしたのか?忘れ物か?」
「いえ、そうじゃなくて、師匠.....魔女に会った?」
「いや、まだだな.....いずれこっちから会いに行くよ」
「早く行ってあげてね?未だに魔女さんはお兄ちゃんの事で塞ぎ込んでるんだから」
「嘘だろ......俺が死んでからもう10年以上過ぎてるんだぞ?」
「まあ、それだけお兄ちゃんに依存してからね、私が言える事じゃないけど」
半笑いでこちらに目配せをしたフィリアナ、冗談っぽく言ったようだが、こちらからすれば堪ったものじゃない。
「たしかに.....そもそも師匠は不老だか....ら....な?」
不老だから体感している時間軸が違うのだろう、そんな事を思って今更ながら気づいてしまった。
フィリアナの見た目が俺が死んだ時から変わってないことに。
「...おい、フィリアナ」
「はい?なにか?」
「お前今何歳だ?」
その質問になんて返そうか「ん〜」と上を見上げながら唸り目を閉じると、覚悟を決めたのか言った、それも超絶可愛く。
「ピッチピチの14歳です!」
だがそれも虚しく、いくら可愛かろうが怒られる事に変わりはなかった。
「お前軸時の宝玉を飲みやがったな!?あれほど辞めろって!......」
軸時の宝玉、それは天才的で天災的な魔女グレイス=グレイシスが作り上げた一度飲めば不老になる薬。
厳密には人生をループさせる薬、の方が正しいだろう。
この薬の使用方法は簡単、不老になりたい日に薬を飲み、一年後にもう一度同じ日に飲むだけ、するとその先の人生がバッサリと切り落とされ、最初に飲んだ日に繋がってしまう。
つまり決めた年齢の一年間を永遠にループするという事だ。
「そ、そんな怒らないでよ、魔女さんだって昔に飲んでるんだし......」
「師匠は何百年も昔の事だろ!?分かってるのか!?もう年を取らないんだぞ!?」
「けど別に死のうと思えば、いつでも....」
「違う!そういう事じゃない、お前は今人を辞めたんだぞ!?分かって..る......あれ?俺人の事言えないな」
俺の迫力に押され、たのか?何故かポーとした視線で俺を見つめてくる。
思考が追いついてないのだろうか?........ってか本当に俺の言えた事じゃないな、それにいずれ俺も軸時の宝玉を飲もうと思ってたしな。
「す、すまんとっくに人辞めてた俺がとやかく言える事じゃなかった......どうした?」
「愛を実感した♪.....」
「あ、い?」
それだけ言うとゴホンッとこれ見よがしな咳をし赤面しながら、早足で歩いて行った。
♯
愛の国に似た跳ね橋を渡り、異常な程大きな城の前に着くと、まるでタイミングを計っていたように扉が開いた。
大きな扉が開けば高価な服を着た、使用人だと思う男性が一礼で出迎えてくれた。
「キリア様、でございますね」
「ああ、そうだ」
「そちらは....ボディーガードのお方ですか?」
少し警戒気味に俺の隣のフィリアナを見つめる。
これ以上見られるとバレる可能性がある、俺は挑発的に話題を変えた。
「ボディーガードだったら何か都合が悪いのか?」
「いえいえ、そのような事はございません」
「安心しろ、ボディーガードじゃない、俺の妹だ」
「そうでございますか、キリア様の妹様......」
顔を見ようと少しだけ姿勢を低くした目の前の男に警戒心が疼いたのかフードの先端を掴み下に下げた。
「では、こちらに武器など、危険物をお預けください......一応言っておきますが隠しても無駄ですよ、ここから先は許可された武器以外持ち込みできません」
「襲われる可能性があるのに武器を置いていけと?」
「そのような行為、我等ニス=グリモアの人間がするわけがありません」
当然のように言ったこの胡散臭い奴を少し睨みつけながらもしぶしぶ武器を全て使用人に手渡した。
「では、早めに行きましょう、既に王や他の4代貴族の方達が集まっておられます」
早足で階段を駆け上がっていく使用人、その後ろをついて行きながら、アイテムポーチに手を突っ込み一枚の布を取り出した。
連れていかれたのは城の最上階、しかもそこに着くまでに30分以上かかった明らかに城の設計ミス。
しかもその最上階に会議室を作るなんで馬鹿なんだろうか?
「隣国の王キリア様、それと血族の方をただ今お連れいたしました」
「入れ」
使用人が軽くノックをすると、帰ってきたのは渋い渋い声だった。
その声を聞いた使用人は片手を扉にかけ、ゆっくりと開けた。
開いた扉の中に広がっていたのはとても暖かい部屋だった。
長テーブルの周りには椅子が並べられ、そこには4人の貴族達が座り、真正面には渋い顔をし頬杖をつく王の姿があった。
「初めまして、キリア=オーガストです、以後お見知り置きを」
華麗に一礼して見せると、フィリアナもそれを見て頭を下げた。
「それではようやく揃ったことだ、さっそく話を始めようか」
そう言ったので、ユウキは目の前に用意された席に着いた。すると。
「王が座っていいと言ってないのに座るだなんて....やはり野蛮人だわ」
「まあっ、野蛮人臭いわ」
そんな風に俺を罵る。
まあ、特に気にしていないが。
「そこらへんにしておいてあげなさい、野蛮人には礼儀など到底わからぬ事だ、分からぬ事を責めるのは酷な事だよ」
「ふふふっ!」
「はっはっはっ」
などと王も混じって高笑いをし始める始末。
「まず土産も渡さない時点で、野蛮人らしさが見え見えですな」
また、高笑いを始め、全く話が進まない。
けど馬鹿にされても仕方ないと言えば仕方ない、それに出来たばかりの国はこんな風に馬鹿にされるのが当たり前、それでも生き残る為には耐えるにはしかないのだ。
「ひとしきり笑ったな?では今から話し合いをしようと思う、まず我から一つ提案がある......キリア=オーガスト、貴様を我等の国に住ませてやろう」
「どういう意味でしょう?」
「国を我等に開け渡せ、さすれば貴様のような野蛮人でも平民としてくらいなら住ませてやると言っているのだ」
つまりこいつが言いたいのは国を裏切ってお前だけ生かして、しかもこの国に住ませてやると言っているのだろう。
確かにそういう方法も戦争では使われる、だが最低でも貴族にしてやる、と言うのが常識だ。
だと言うのに......
「まあ!なんてお優しいの王様は!当然断る理由なんて無いわよね!」
「王の救いの手だ、断ることすらおこがましい」
「........」
「黙っているという事は、それでいいのだな!では早速貴様の仲間を奴隷にー」
もうこのまま押し通ってしまおう、この程度のガキ断ることすらできまい。
そんな浅はかな考えが王と貴族の寿命を縮めた。
「少し黙れよ」
「ぬっ!?」
先程の空気が一瞬で入れ替わるのを感じる。
威圧が、殺意が、息が止まりむせ返るほどの圧力が一気に部屋全体を飲み込んでいく。
だが、それでも負けじと言い返そうとしたこの、男貴族は立派だ、いくら最低な結果を引き起こそうとも。
「な、なんという口の聞きー」
「黙れと言った.......あとお前お土産が欲しいんだったな、ほらよ」
ユウキが左手を向けるとそこには黒い空間が生まれ、次の瞬間、ぼとり、ぼとりと、何かが落ちた。
それは赤い液体を撒き散らす、何かの肉塊。
「この国の貴族達だ、俺の国で無礼を働いたからな、俺が優しく丁重に締めた」
皆唖然とするしかなかった、先程まで自分達に馬鹿にされていた少年の変わりよう、そして頭のおかしい程の殺意に。
そして次には先程の殺意などなかったかのように落ち着いた雰囲気にガラリと変わった。
(な、なんなんだ奴は、気味が悪い.....)
「少しは落ち着きました?ちゃんと話をしましょう、余計な話に脱線しなければ、何もしません」
「う、うむ、そうだな、ではまず勝った方の利益について......」
「敗国が勝国のものになる、でいいでしょう?」
「.........まあ、良いだろう、負ける要素など無いからな」
ようやく落ち着きを取り戻したのかじっくりとキリアを視察する。
(戦争での負けはない、だがこの男だけはやばい、なんとしても消さなくては.......)
「戦争はいつからにします?」
その言葉を聞いた時、とんでもないアイデアが王の頭に浮かんだ。
そして、下卑た笑みを浮かべると。
「戦争がいつから?だと、 生温いわ!戦争は既に始まっているぞ!殺れ!!」
王が叫ぶと、扉がバンッ勢いよく開けられ、次の瞬間飛び込んできた2人の戦士?冒険者?はキリアの首筋に青の刀、赤の剣を向けていた。
「悪いね、隣国の王様?だっけ.....俺も出来ることなら殺したくなんてないんだ、けど今あんたを殺せば、あんたの国の人間は死ななくて済む、分かってくれ」
聞こえてきたその声は弱々しい、だが確実に知っている声。
まさ、か、フードで隠れていない目だけを右に向けるとそこには........奇妙に跳ねている特徴的な赤毛が。
「何を言っているレイ、そんなに人に恨まれたくないのなら、俺が殺る、どいていろ」
「いいや、こんな汚れ仕事お前に任せられるかよ」
そんなレイとキミヲの言い争いの中心、絶賛命を狙われ中の俺は冷や汗を垂れ流していた。
(顔はバレてないみたいだな....よしっ.....悪いな2人とも、少し痛い目にあってもらうぞ)
ゆっくりと手を挙げた、降伏するかのように、それを見て口元を歓喜に歪める貴族達、私達に歯向かったのが悪い、と言いたげだ。
だが、降伏などするわけ無いだろう?
ゆっくりとあげた手で刀と直剣両方を握った。
その行動を反抗だと思ったレイとキミヲは掴まれた手を振り払おうとしてー
「......なっ!?....」
「こいつッ!.....」
出来なかった。
そもそも無理があったのだ、今のユウキのステータスはほとんど人外の何か、そうとしか言いようがない。
とは言え全力ではない、流石にいくらステータスで筋力を得ようとも、全開で使う程体が出来てはいない。
その状態で本気で力を使えば腕の骨や筋がぐちゃぐちゃに潰れてしまうだろうから。
(な、なんだこいつ、剣が動かねぇ!?どうなってやがんだ!?)
(我等の力が負けている?.....二人掛かりだと言うのに微動だにしない!、何故!?)
確実に目の前のフードの男は格上、キミヲの冷静な判断、レイの本能による直感、その二つは同じ結果を示した。
((全力でやらなければ死ぬ!!))
その思考を浮かべ即座に動いたのはー
「はあッ!!!」
レイだった。
すぐに剣が取れないことを察知したレイは、剣を見限り手を離すと、すぐさま腰についているもう一方の剣を抜いた。
だが、それは悪手だ。
(取った!!)
本能の瞬間的な居合、既にその刃は目の前のフードの男に迫っていて、腹スレスレまできていた。
既に勝ちを確信するほどに、だが次に聞こえたのは切り裂く音ではなく、硬い硬い金属の音だった。
「馬鹿かお前は!!こんな狭い部屋で長剣なんか振り回すな!!」
受け止めたのはレイの目の前、フードの男に隠れて見えなかったキミヲの刀だった。
確かにレイの本能による、頭を使わない瞬間の居合は確かに脅威だ。
だがそれは頭を使えないと言う弱点がある。
いくらその瞬間的な強さがあっても、頭を使えないのなら強くない。
「ぼけっとするな後ろだ!!!」
「えっ、あっ......」
そしてこれがもう一つ、才能だけで、本能だけで上り詰めた奴は自分の攻撃を一方的に封殺された時。
何も考えられない、守りの手も、攻めの手も何も浮かばなくなってしまう。
(......死ん.....)
さっきまでこちらが命を狙ったのだ、殺されて当然。
だが、このフードの男が取った行動は、レイから剣を取り上げ、そっと耳打ちしたのだ。
「殺す覚悟も無い奴が、剣なんか振り回すな」
「うっ、あ、あ......」
差別の視線をしっかりとレイに叩きつけると、俺はさっきからずっと抱きしめていた妹を連れ、その剣をニス=グリモアの王の首に向けた。
「戦争は既に始まってるんだっけ?」
「い、いやあれは軽いジョーク.....」
「へぇ、そうなのか.......まあ、確かにこの程度で俺の命狙うなんてジョークだよな、で?いつにする?」
「........い、一週間後でどうでしょうか?」
「いいよ」
妙に簡単に承諾すると、部屋を出る別れ際。
「一週間後だなんて、生温いな」
そんなさっきの仕返しのような言葉を叩きつけ、腰が抜けたのか地面に座り込んでいるレイの真横に剣を差し込むと。
「はぁ〜あ」
あくび混じりに部屋から出て行った。
残されたもの達は皆冷や汗をかき、腰が抜け動けない貴族達は口々に言った。
「や、辞めた方がいいのでは無いでしょうか?」
「そ、そうですよ、戦争なんて.....」
貴族達から反対の声がでる。
だが、あそこまで馬鹿にされて引き下がれるか!そんな気持ちが王の中を支配していく。
「安心しろ、相手の国で強いのはあいつだけだ、残りはザコも同然、我等の魔法兵器、さらに死霊魔法を使えば勝てる!!いくら固が強くとも大勢には勝てぬのだ!!」
この時王はあるスキルを発動させていた、『人心掌握』この貴族達の中に絶対に負けるわけが無い、そんな思いが根付いていく。
いつしかその瞳からは、負ける気持ちなどなく、今にもザコだと罵り出しそうなほどの余裕が場を包み込んでいた。
それとは反対に扉近くの、Sランク冒険者からは余裕も何も感じられない。
レイとキミヲは今、本当に戦って感じた、本当の強さと言うものを。
キミヲの妹に向けた魔法を自らを盾にして庇った、あのフードの男。
妹を傷つけさせない、仲間を、家族を守る強さと言うものを。
補足:レイとキミヲは、まだフードの男の正体に気づいていません。




