第97話災いと厄
目の前に広がる惨劇は、正に血みどろの沼。
一度入れば赤き鮮血を撒き散らし、沼の糧になるだろう。
その中心にいるのは何処かの国の、弟に殺された兄が持っていた聖剣、史上最強と言われる武器、運命の剣エクスカリバーを使い魔物を惨殺した男の姿。
周りにはその男の仲間と思われる、人間の姿があった。
聖剣を血で汚し続けたのだろう、既にその聖剣には昔のような光は無く、血色に染まっていた。
魔物の死骸の上に立つ男は、ポケットから鳴り響いた、音に気づくと、手をポケットに突っ込み。
小さなデバイスのような?通信端末を取り出した。
それを使いなれたように耳元と口元に当てると、そこから聞こえてきた内容に、小さく微笑んだ。
「やっと情報が出てきたか......」
「どうかしたの?嬉しそうに」
死体の山に腰を下ろす、勇者青空海斗を下から賢者マーリンは見上げていた。
「いや、やっと奴隷が帰ってきそうだ」
「え!?それってキリアの事!?」
「ああ、獣人の国で目撃したって情報が出た、タツルからの情報だ、信じていいだろ......それに運良く獣人の国はすぐそこだ、今から行くか?」
「ええそうね、早く会って、私達を養って貰わないと......ふふっ」
「ついでに新生獣人の国の、姫様に挨拶しねぇとな」
その顔は下卑た笑みを浮かべていて勇者とはとても思えない顔だった。
♯
「なあ、なんで俺は師匠と歩いてるんだ?」
ニス=グリモアを眠たそうに歩いているユウキの隣では、魔女が歩いていた。
黒目、黒髪で、服は黒をベースにした魔法装束。
妙に胸が強調されてる気がして、どうも気になる。
「さあ?よく分からんが、ただ一つ言えるのは、今ユウキは私の胸を見て興奮してるってことだけだな」
「みてねぇよ!?興奮もしてねぇよ!?」
「ふふっ、遠陵するな、触りたかったら触ってもいいんだぞ?」
「だから違うって!」
顔をにこやかに笑いながら言う様は、確実にからかって楽しんでいる事が分かる。
(うぜぇ.....)
俺がそんな事しないと分かって言ってるのが、凄く伝わってくる。
いっそのことやってしまおうか?.....無理だ、俺にそんな度胸はない。
自分の意気地なしさを痛感し、自嘲気味に空を見上げた。
「てか、師匠、俺今日用事があるからそんなに付き合えないぞ?」
「突き合うだなんて......ナニを突き合うの?」
「あんたの頭はそればっかなのか!?」
「確かにフィリアナが食事でウインナーを食べてる時、少しニヤニヤしてる」
「妹をそんな目で見るな!!......はぁ..」
本当に疲れる。
なんていうのだろう、本当に師匠は変わる事がない、全く昔のように、昔の俺を見ているかのように接してくる。
俺もまんざらじゃないので昔のように返しているが、俺はもう昔に立ち戻る気は無いので、出来る事なら勘弁してほしい。
今の俺を見て会話をしてほしい、そう願うばかりだ。
「..で?結局何の用なんだ」
「あ〜少し昔の話でも、と思ってな」
「昔の話、ねぇ.....もう、思い出したくないんだがな」
「そんなこと言うなよ、ちょっと気になった事があってな?」
気になる事、か。
それは俺にとっていい事なのか悪い事なのか。
ま、聞いてみなくちゃ、分かんないけど。
「ユウキが、愛の国からこの国に逃げてきて、捕まったじゃないか」
早速嫌な所を突いてくるな。
「ああそうだな」
「結局あの後どうなったんだ?」
「あの後は確か.....?あれ?なんだっけ?」
おかしい、頭の中が真っ白だ。
この国にきてそれで?師匠にかくまってもらって、でも捕まって.......それで?........何があったんだっけ?
まるで抜き取られたかのように不自然に記憶が抜け落ちている。
「どうかしたか?.....まあ、その事はさほど重要じゃないか......あっ、そう言えばアマノには会ったのか?顔も髪も変わってたぞ」
「アマノ.....まだ会ってないな.....」
アマノ=ストラークス、俺の親友で、近国の王子だ。
内気な性格で、俺が死にかける瞬間を目の当たりにしている。
「少し前に尋ねてきたよ、なんかユウキに深い関わりを持つ人達に会って回ってるらしい」
「そんな事してなんか意味があるのか?」
「さあな、仲間になれば教えてくれるらしいが、ともかくなんかしでかそうとしてんのは確かだろ」
全て俺の死が原因だと言いたげな、ニヤリと歪めた魔女の目が、ユウキを貫く。
自分が死んでしまった事を仕方ないと言えばそうなんだが、流石に自分の死を認めたら、師匠に殴られるだろう。
だから俺は何も返さずただ視線を逸らした。
その時ふと、頭に浮かんだのは懐かしき親友の顔.......
アマノ君、君は今楽しく過ごせているのだろうか?
俺は今復讐の目的ができて最高だよ。
どうか君だけは変わらずに......昔の俺という過去の幻影に囚われないでくれよ.....
「そういや目の色も変わってたな......確か翡翠色だったか?......」
♯
ここは獣人の国中心地、和睦の城場内。
二階の東側に伸びる通路、そこには小さな部屋があった。
「ん〜、今日もいい天気だな、それに平和だ」
窓を開け黄昏る大男、その傍らには小さく可愛らしい少女の姿が。
「こういう日は酒が美味しく飲めそうだ」
「それ、いつもじゃん.....バルザさんいい加減お酒やめなよ、体に悪いよ?」
「美味しいんだから仕方ないだろ、アリアも飲める歳になれば分かるぞ」
「私体に悪いから飲まないもん」
「はっはっ、そんなこと言ってられるのは今の内だけだぞ」
ようやく出来た幸せな日常。
キリア達の力を借りて、アセロラから王位を脱却して、城を作り変えて、法律も整えて。
そこまで頑張って出来た幸せを噛み締めていると、跳ね橋の降りる音が聞こえた。
「ん?客か.....あ〜フィリスだな多分」
最近は何故かフィリスがバルザに酷く付きまとい、時間が空いたのを見計らっては稽古を申し出てくる。
確か「カノンにゃんに追いつくのにゃ!!」とか言っていた。
「はいはい.....一応どちら様....あれ、本当にどちら様?」
扉を開けてみれば、そこにいたのは全く見覚えのない、正装の身を包んだ紳士。
帽子から僅かに覗ける顔は正気に溢れており、年若い事が分かる。
だと言うのに左手で杖をついていた。
「申し訳ない、こちらにグレモニア=バル.....ゴリラ、がいると聞いたのだが、知らないか?」
「へ〜、それは俺がよく知ってる.....って、そのゴリラは俺だこの野郎!!........」
目の前の不躾な奴にげんこつをくれてやろう、それくらいの気兼ねで殴りつけたが、杖の先端で軽く止められた。
「いやぁ、すまないね......ユウキの日記にはゴリラ、ゴリラ、と書いてあったから確かめたくてね、くくく」
眉間を押さえながら、帽子をずらして翡翠の瞳が露わになる。
その翡翠はまるで炎のように燃え上がり、しばらく見つめていたら吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な色をしていた。
「ユウキ.....お前何者だ....」
ユウキ、愚王として名を馳せ、知らない者も少ない、自分の剣の弟子の名前。
それを知っている者以外がバルザにその名前を出すわけがない。
訝しむような視線が真摯に向けられるが、帽子のつばをあげそっと受け流した。
「そうだね、どうせ話すんだがまず中に入れて欲しいかな?」
「お前みたいな不審者入れられるわけないだろ」
一歩前に出ると、睨まれた瞳に臆する事なく、上から真っ直ぐと睨み返した。
少しピリピリとした感覚が空気を揺らす、その時後ろから扉の開く音が。
「どうかしたの、バルザさん」
「アリア....きちゃダメだ」
タイミング悪く、今バルザにとっての弱点が出てきてしまった。
アリアは全くと言っていいほど戦闘もした事がなければ、戦闘用のスキルも持っていない、まさにカカシ。
もし戦いになれば目の前の青年は容赦なくアリアを狙うだろう、そして俺は命をかけてでも守らなくてはいけない。
ツーと額から汗が流れ落ちる。
それを見た青年はただニコリと微笑んだ。
「おや、ミスティック=クロウド=アリア姫、お元気ですか?」
「え、あ、はい、元気ですよ......」
「お前!?なんでその名を!?....」
アリアの本名を知っているのは獣人の国上層部の獣人のみだ。
それ以外には極秘とされている。
その情報を目の前の男は知っていた、どこで知ったんだ!?そんな思いがバルザの中を渦巻いていく。
そんな事もつゆ知らず、青年は性格悪そうに目を細める。
「さて?なんでかな、他の国に言いふらしてもいいんだけど、中に入れてくれるプラス、話を聞いてくれるのなら辞めておこうかな?」
「........わかった入れ....」
無理矢理にも紳士姿の青年はは中に入り込んだ。
客間、当然獣人の国にも用意されている、ただ少し変わっているのは片面に扉が付いておらず大きな窓になっており、力強い大樹と輝かしく眩しい日差しが、中に入り込む作りになっていた。
「綺麗だ、この場所にユウキもきた事があるのかい?」
部屋に入った青年は、立ち止まると部屋の内装を見ていた。
確かにこの部屋は神秘的だが、立ち止まる理由にはならない、そんな風にバルザはよく分かっていなかった。
「ああ、何が楽しいのかよく景色を眺めてたよ」
「ふむ、そうか.....いい景色だ....」
窓越しに腰をかける姿は、まさにユウキの行動と全く被っている。
まるで生写しのようにさえ.......
「おっとすまないね、話が逸れた......まずは自己紹介から」
窓に下ろした腰を持ち上げると、座るバルザの正面の席に腰を下ろす。
「僕は正義、ユウキの親友だよ」
正義?なんて言うか、変わった名前と言えば良いのかそれとも、素晴らしい名前と言えば良いのか......正義?..
(.....あれどこかで見たな、なんだっけ.....まあ良いか、覚えてないんだ大した事じゃないだろ)
単純思考なバルザはそれで考えるのをやめた。
とても呆れるような理由をつけて、やめてしまい、本題に思考を戻した。
「ユウキの親友.....その親友が俺なんかに何の用だ?」
「勧誘のようなものさ、ただユウキの事を知りたいなら入るべきだと思うね、まあ決めるのは個人の自由だが、くくく」
どうも胡散臭い、特に口元を歪めて不敵に笑う姿など不審者以外に例える事が出来ない。
「本当にユウキの親友なのかさえも怪しいな」
「疑っているのかい?断じて嘘じゃないよ」
「........ユウキの本名は?」
「ユウキ=メルヘル=クラウニア」
「ユウキの家族構成は?」
「父がパウダー、母がシンス、兄はハヤト.....隠し子で妹がフィリアナ」
「ユウキの特殊なスキルは?」
「七聖剣、第8代目の勇者の力さ、聖なるユウキにこそぴったりなスキルだ、くくく」
(くっそ、全部あってやがる)
しかも妹なんて知らない事を知ってる時点で親友なのは明白だ。
ただそれでも、質問をした、それは無意識に自分の知らないユウキを知りたかったからなのだろう。
「ユウキとお前の関係は?どこで出会った?」
「流石にそれは教えられないね、それは僕とユウキの思い出だから」
「ちっ.....どうすれば教えてくれるんだ?」
「そうだね、勧誘に入ってくれるなら、特別に教えてもいいよ、ま、当然そちらも教えてくれるんだろうね?くくく!」
「分かった、お前の何をするか全く分からない勧誘に乗ってやるよ、だからまずなんの勧誘か話せ」
「そうだね、確かに話をしときたいんだが......僕が最も嫌いな人間が、偶然にタイミングよく来たみたいだ」
冗談めかして話していた、ユウキの事をよく知る目の前の、自らを正義と名乗る青年の目が、一瞬殺意を放った。
その殺意は......いや殺意なんてそんな生易しいものじゃない。
たったそのほんの一瞬で感じたのは、例えることが出来ない殺害意欲。
憤怒が渦巻いていた。
そのタイミングと少しずれてまた跳ね橋の降りる音が。
強引に叩き開けられた扉の音。
「どーも、勇者様が来てあげたよ〜!」
♯
勝手に城に入られ、挙げ句の果てに部屋にまで押し入ってきた不躾で傲慢な目の前の男。
髪の毛をピンで止め、見下すように顎をあげるこの男は、勇者である。
正真正銘の勇者、いくらユウキの仇であろうと世界を救おうとしてくれる勇者に殴りかかることは出来ない。
(俺は.....弟子の仇もとれないのかよ!....クソが!!)
内心はいくら苛立とうとも平然を装い、勘付かれないように口調もそれらしいものに変える。
「まずは自己紹介する?」
勇者がめんどくさそうに髪を搔き撫で、バルザを見下ろす。
背はバルザの方が上だと言うのに、立場が違うのだと見せつけられているようにさえ思える。
「いや、勇者様の名前はちゃんと知っております」
「そっ、じゃあそっちだけしてくんない?」
当たり前のように吐き捨てると、すぐにバルザに向き直り自己紹介を求めた。
「え....あ〜俺は....」
「いやおっさんじゃないよ、そっちのお姫様に聞いてんの」
(このクソガキ......殺せるんじゃないか?なあ今ならいけるんじゃないのかなぁ!!殺せる気がするんだけどなぁ!!)
バルザの頭に血が上り、今にも大剣を振り回しそうな勢いだ。
それでもグッと堪え、そっと後ろに隠れるアリアの背を押してあげると。
ビクビクと怖がりながらも、前に出て勇者の前にたった。
「わ、私はアリアです」
「そっ、アリアちゃん?可愛い名前だ.....そうだな、ん〜合格、妻にしてあげるよ」
「てめぇいきなり何言ってやがる!?」
(誰がテメェみてえなクソガキにアリアを渡すか、ぶっ殺してやろうか!!!あああぁ!?)
もうバルザの内面はただのロリコンの不良にしか見えない。
流石に耐えきれなかった、バルザが出来るだけ押さえて反抗の言葉を紡げば、勇者の失礼な言葉が飛んだ。
「うっさいよおっさん.....」
勇者がやれやれとばかりにバルザに言えば、後ろから連れのマーリンが睨みつけていた。
「あんた、ナンパする前にさっさと確認しなさいよ」
「分かってるよ、おいおっさんここにキリアって子供が来なかったか?」
「キリ....ア....」
「俺達の奴隷なんだが行方不明になっててな、探してるんだ」
「そうそう、早く連れ戻してこき使わなくちゃ」
キリア......お前の正体は......いや、そんなこと思うのも失礼だ.....どんな身分であろうとお前はこの国の救世主だってことに代わりない。
だが少し納得がいった。
そういう事だったんだな.....キリアは勇者達の奴隷.....
それならばあの異常なほど強い指輪も、キリアの強さも納得できる。
あれ......ならカノンは?カノンはなんなんだ?それにあの幼女も.....
そんな疑問が頭に回った時.......部屋が爆発した。
「なんだっ!?ぐぅ.....!」
隣の部屋の壁がぶっ飛び、勇者の目の前に飛ぶ。
歴戦の感から後ろにバク転、そのまま窓を突き破り、飛び降りた。
爆煙に苛まれながらも、狂気の笑みを浮かべた正義が堂々たる様子で出てきた。
「キリア、僕は君に謝りたい.....君は悪とは言いきれない
だから善とも言えないが、それでも謝りたい、すまなかった」
正義の右手の槍の、黄金の褐色が吸い込まれるように光り輝いている。
「一時だけだけどユウキ、君の仇を取るよ」
悲しげな瞳を瞬かせ、すぐに憤怒の瞳に変えると、槍を強く握りながら外に飛び出した。
「てめぇは!!......」
「やあ久しぶりだね、塵芥にも劣るカス虫さん?」
「何故お前がここに!?お前は魔王軍に連れてかれたはずじゃねえのかよ!?」
「魔王ごときが僕を止められると思うのかい?くくく!実に不愉快だ!!」
「ッ!.....こいつはやばい!俺は昔戦ってる姿を見た事があるが、俺一人じゃあ勝ち目がねぇ!!マーリンも加わってくれ!!そうすれば勝てるはずだ!!」
「はいはーい、仕方ないわねぇ」
いま、なんて言ったあいつ。
勇者が勝ち目がない?......嘘だろ....じゃあさっきまで話してた正義ってのはどんな化け物なんだよ。
「本当に君達は不愉快だね、見ているだけで怒りがこみ上げてきて仕方ないよ」
「へぇ、そうかよ器が小せえなぁ!」
「安心していいよ、君達よりは大きい.....ふぅ」
ひと呼吸、まるで運動のように軽く跳び、腕を伸ばす。
首を上左右に曲げて.......最後に下に曲げると。
次の瞬間、たった一瞬のみ正義の顔が歪んだと思えば、そこに姿はなく。
「いつ君達の顔が絶望に染まるか、楽しみだ♪」
すぐ真後ろ壮絶な歪んだ殺意を纏った正義の強襲に....
「死にやがれ!!!」
抜刀を答えとし、血に染まった聖剣......いや邪険エクスカリバーを勇者は振り抜いていた。




