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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第三章 おっぱい大脱走編
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第24話 ミーレ王女の正体

 巨木のような至極天の頂き。そこには、朝日に照らされた人影が一つ。棚引く長い髪に、ちりばめられた髪飾りが、瞬くように煌めいている。


「姫ちゃん! 無事ですの!?」


 その人影から、声が届く。姿そのものは暗く、若干見えにくい。だが、声の主は誰なのかは、もちろん分かる。私は、目を少し細くすぼめた。


「ササ! 早かったな!」


 頼れるお姉様、ササレクタだ。


「かっ飛ばしてきましたわ!」

「そうか! おかげで助かったぞ! ――って」


 影になって、よく見えてなかった。だが、日の眩しさに目が慣れてきたのか、ササレクタの胸には片腕で抱える、もう一つの影があるのに気付いた。


「姫姉!!」


 大きく手を振るその影は、見た目王女風の我が侍従官、イルミネーニャだ。


「イルミネーニャ!? お前も来たのか!」

「うん!」


 あの子が、ササレクタと一緒に来た理由。それは、当然彼女の目だろう。遠くからでも見通せるその目で、研究所の様子を、ササレクタに伝えながらやって来たに違いない。


 だから、あんなに躊躇いなく叩きつけれたのか。しかも正確に。姿や位置といった敵情報が、前もってあったって事だ。


「イルミネーニャちゃんのおかげで、助かりましたわ!」

「ありがとうございます! ササレクタ様!」


 やっぱり、そうらしいな。


「良くやった、イルミネーニャ!」

「ううん! 役に立てて良かったよ!」


 ふふっ。何言ってんだか。お前には、いつも助けられているよ。さっきだってそうだ。しかし、そうなるとイルミネーニャも、あいつらの姿を見たって事か。


 いいのかな……? これって機密じゃなかったのかね? まあ、私も知っちゃったし、どうにでもなるか。それに、近衛騎士たちも、あの姿を目撃している。こうなると、この後どういった処置をするのかは父様次第だが、これはもうどうしようもない気がする。


 人の口に、戸は立てられない。先生の研究所への襲撃。これは、間違いなく王都中に知れ渡る。その際、それがシカルアヒダの異形の者達によって行われたというのは、噂となって広がっていくと思うがな。しかし、こんな事を考えている場合ではない。後回し。


「ササ! イルミネーニャ! 二人とも! 悪いが、話は後だ!」


 この二人が来てくれたのも有難い。だが、今はミーレちゃんだ。一刻を争う事態は、未だ続いている。敵は全て殲滅できた。辺りに不穏な気配なし。周囲を見渡し、それを確認できた私は、ミーレちゃんの元へ急ぎ走り出した。






 辿り着いたその場所は、シカルアヒダの一団や近衛騎士たち、みなが集まって輪になっていた。近くにいた近衛騎士たちが道を開けてくれる。私はそこを通って中心へと急ぐ。


「先生!」


 しゃがんだ姿の先生が見える。その傍らには、膝を突いた男性が。シークリッドと呼ばれていた者だ。


 すき上げた金髪が崩れ、何本も顔にかかっている。その顔には、疲れも見えた。服も土埃で汚れている。そんな彼に抱きかかえられ、ミーレちゃんはいた。先程から、然程時間は経っていない。その姿はそのまま。胸が締め付けられる、あの姿のままだった。


「どうなんですか、先生?」


 どうやら先生自ら、ミーレちゃんを診ているようだ。そうか、そうだな。今から医者の元に連れて行くよりは、こっちの方が断然良い。


 先生は、彼の大戦より幾つものいくさを戦い抜いてきた武人だ。こういった傷の対処方法も心得ている。それに加え薬学の知識も経験もある。下手な医者より、余程信頼が出来る。応急処置もできるだろうから、ここは先生に任せよう。でも、出来る事があるなら、私は何だってやる。


「先生、何かお手伝いできる事は、ありませんか?」

「…………」


 先生は、何もしていなかった。ただ、ミーレちゃんの顔を見ているだけ。先生、どうして何もしていないんですか? 手当をしましょうよ……。ねえ、先生……。


 苦しい。どんどん嫌な予感が押し寄せてくる。だけど、それでもとその不安を飲み込み、踏み止まって何とか堪える。


「先生、何か私に――。先生?」

「――ん?」

「私にも、何かできる事はないですか?」


 私の声は届いていなかったのか、しかし先生がようやく答えた。


「いや……。ないな……」

「え?」


 ミーレちゃんを見る先生の顔は、どこか申し訳なそうで寂しそうだった。私は、その顔を見て全てを察した。それは、認めたくない非情な現実。無理矢理心の奥底に押し込めていたものが溢れ決壊し、私に叩きつけた。


 ああ――。間に合わなかったんだ――。そして、耐え切れず体の中から、ごっそりと何かが抜け落ちていく。


 ずっと考えない様にしていた。絶対大丈夫だって。ただの傷だって。治療すれば、必ず治る。そう思っていたのに。――ああ、そうか……、イルミネーニャの悪い予感は、この事だったんだ。


「ミーレちゃん……」


 私は、彼女の傍まで、静かに歩み寄り膝を突いた。その顔は蒼白。血の気はなかった。腕はだらんと地面に垂れ、抜け殻のようにぐったりとしたまま。あの可愛い笑顔は、もう二度と――。


 拳を握りしめ、唇をかみしめる。ごめん。ごめんね。こんな事になってしまって。たった一度だけしかお話しできなかったけど、私はミーレちゃんのこと大好きだったんだ。また、お話ししたかったよ。王都を観光でもしながらさ。私が案内して一緒に回りながら、美味しいお菓子を食べたりして。


 紹介したい子もいたんだ。テレルって言ってね? 私の大切な子さ。仕草が可愛いくて、抱きしめたくなる子で……。三人でさ……。ううん。他にもいるんだ。私の侍従官達。ササレクタも。皆で、わいわい楽しいこと一杯……。


 私は、ミーレちゃんの顔に手を当てようと差し伸べた。しかし、その手がその顔に届く前に、ぴたりと止まる。


「ん? この匂い――?」


 ミーレちゃんの事ばかり考え過ぎていたのか、気付いてなかった。猛烈な匂いが、辺りに立ち込めている。そして、それはあまりにも突然に起こった。


「う゛!!?」


 いきなり、ミーレちゃんの両目がくわっと見開かれたのだ。そして、上体を起こし自分の口を両手で塞ぎ始めた。その様に思考が止まり、唖然とする私。隣に先生の姿は、もう無い。


「ごぼばあ!」


 両手で塞ぐ事に意味なんてなかった。その口から、勢いよく名状し難いものが吹き出す。こちらに目がけて。思考停止中の私に、それを避ける暇なんかない。もろに顔へと降り注いだ。


「っぎゃああああああああ!?」


 私の叫びが、辺りに響き渡る。なんじゃこりゃああああああ!!?


『うおおお!?』


 私達を避ける様に、近衛騎士たちの輪が一瞬にしてずざざと広がった。 


「おろろろろろ……」


 ミーレちゃんの口からは、液体のようなものが止めどなく流れ出す。そして、全てを出し尽くしたのか、ミーレちゃんの口から流れ出すものが無くなると、青白い顔そのまま、苦しそうに一言呟いた。


「ぎ、ぎも゛ぢわ゛る゛い゛……」


 それから、その手をプルプルと震わせながら、シーックリッドに差し向ける。


「シークリッド……。水、水……くれ……」


 シーックリッドは、しゃがれた声でそう懇願する、そんなミーレちゃんを見ていない。私を見ている。口をあんぐりと開け、こちらも違う意味で顔面蒼白であった。自分の声が届いてないと察したのか、それとも力尽きたのか、ミーレちゃんの手はパタリと落ちる。


「先生……」


 ぽたぽたと顔から滴り落ちるそれを、私は手で拭った。


「う、うむ……。だ、大丈夫か、リリシーナ?」


 先生の声は、後ろから聞こえてくる。これが、大丈夫そうに見えるのかね? ええ? 

 まみれている。そう一言だけ言っておこう。あんた、私を置いて一人だけ逃げたな? 体を引っ張るなり、何なりやりようはあったのに、一人だけ……。


 先程の強烈な匂いの正体は、お酒だ。そのお酒を沢山飲んだ翌朝に、その体から醸し出されるあの匂い。そして、私は全てを悟った。押し込められていた非情な現実を、この顔に叩きつけられ理解した。つまりミーレちゃんは、怪我なんぞ負っていたわけでなく、酷い二日酔いだったって事だ。顔面蒼白なのも、そのため。ぐったりしていたのも、そのため。


 よく見れば、服に付いた赤黒いシミも、血には見えない。それに、シミ以外は綺麗なもんだ。服も破れていない。切り裂かれたような跡もない。あれは、血なんかではなく赤いお酒なんだろうね。葡萄酒とかその辺の奴……。


 何かの拍子に、その服に零れたんだろう。多分、襲撃の時か。服を着替える時間がなかったわけだ。へえへえ、そうですか、そうですか……。ふっ。ふふふふふふ……。はははははは……。


「先生……」

「う、うむ……」

「ミーレ王女に……、お酒、飲ましたんですか……?」

「う、うむ。い、いや、その……、な?」


 そうか。飲ませたか……。シカルアヒダの風習は知らない。だから、このくらいの年齢でもお酒を飲むのかもしれない。だが、そんな事は知ったこっちゃない。ここは、トゥアール王国。子供にお酒を飲ませるのは、犯罪。――否、極刑である。


「ねえ、先生……」

「な、何だ?」

「ちょっと、あっちでお話ししましょうよ……」


 私は、ゆらりと立ち上がる。


「ま、待て! 落ち着け、リリシーナ!」

「黙れ! 子供にお酒を飲ませただと!? ぬわあに、考えとるんじゃあああああ!」


 ふざけんなよ、このハゲエエエエ!! 私が、どれだけ! どれだけ心配していたと思ってるんだ!? 本当に生きた心地がしなかった。悲しくて、辛くて本当に苦しかった。


 それなのに、よりにもよって二日酔いだっただあぁああ!? お酒飲ませ過ぎてましただあああ!? それも、年端もいかないあんな女の子にだぞ! はあああ!? いい加減にしろや!! 


 しかもだ。このハゲは全部知ってやがったんだ。お酒を飲ませたと、認めたんだからなあああ! だから、ミーレちゃんが、二日酔いになっていると、最初に一言言えば済む話だった。それだけで、私はこんな思いをせずにいられたんだ。


 だが、このハゲはそれをしなかった。放棄したのだ。私に説明するのが、面倒くさかったんだよ! おんのれえええ! 


「おらあ! ちょっとこっち来いや!」


 正座だ! 正座で説教してやる! そして、その立派な黒髭を両端から引っ張って、むしり取ってくれるわ! がるるるる!


「ま、待て、リリシーナ! 落ち着け! わしの話を聞け!」

「問答無用!!」


 ハゲが、後ずさりながら慌てた様子で、銀色の両腕を前に突き出す。そして、掌をこちらに向け何度も押し付ける。そんなのはお構いなしに、私は憤りながらどしどしと歩き出す。逃げんな、ハゲ!


 思えば、さっきのあの諦めたような顔も、腹が立つ。勘違いさせやがって、このクサレハゲがあああああ!! 説教の前に、昨日の続きでもしてやろうか!? すると、後ろから絞り出されるように弱々しい声が聞こえた。


「う゛う゛!? シ、シドー様、声……」

「おお、すまぬ」


 後ろを振り向くと、ミーレちゃんが眉間に皺を寄せ、辛そうに唸っていた。

 ああ! ごめん、ミーレちゃん! 怒りに我を忘れていた。二日酔いに、大きな声はよく響くよね……。しかし、そもそもこんな事になったしまったのは、このハゲがきちんとしていないからだ!


 私は、振り向いた顔を勢いよく元に戻す。すると、ハゲは真面目な顔をしていた。そして、話しを始める。


「いいか、リリシーナ。良く聞け。この方は、ミーレ王女でない」

「……はあ?」


 ミーレちゃんが、ミーレちゃんじゃない? いきなり何を言っているんだ、何を。とち狂ったか、クソハゲ!


「この方は、ミーレ王女のその母君――」

「え?」


 母?


「シカルアヒダ王国第一王女、シカルアヒダ・ユーノ・モーサ様であらせられる」

「…………は?」


 私は、その言葉を全く理解できなかった。今なんて言った? ミーレ王女ではなく、ユーノ王女……? ミーレちゃんの母親で、女傑と呼ばれているらしいあの王女、か……? はあ? いきなりそんなこと言われても、全く受け付けることが出来ない。承服しかねる。


 これは、当たり前だ。私はミーレちゃんと面識がある。しかも、昨日会ったばかり。その時、彼女は自分の事をミーレと言ったのだから。それに、おしゃべりだってしているのだ。だけど、何の違和感も覚えなかった。元気いっぱいで、王女らしくないなとは確かに思った。だが、年相応の女の子に変わりはない。


 仮にミーレちゃんがユーノ王女だったとしよう。そうなると、彼女は私より年齢が上だ。しかし、年上の女性と話しているとは、一度も思えなかったのだ。


「先生、そんな馬鹿な――」

「いや、事実だ」


 おい、何言ってんだ? いや、どう見ても大人になんか見えないだろ。せいぜい一二、三歳の女の子にしか……。しかし、先生は冗談を言っている様な雰囲気ではなかった。本当に、ミーレ王女ではないらしい。流石にこうなると、徐々に自分の方が間違っているではと思えてくる。心許なくなってきた。


 私は、この事実を再確認するため、ミーレちゃんへともう一度振り向く。やっぱりだ。絶対、母親って歳じゃない。幼さが残るこの顔つきや体格からしてそうだ。そんな風には微塵も見えなかった。


 視線がシークリッドに移る。嘘だよね? このハゲは自分の責任を無かったことにする為に、嘘ついてるんだよね? そんな思いを乗せて彼を見ていた。しかし、彼女を抱えたシークリッドは、申し訳なさそうに頭を下げてハゲの言葉を肯定した。


「申し訳ございません……。シドー様のおっしゃっている事は、本当です……」

「…………え?」


 そして、周りにいたシカルアヒダの一団も同じように頭を下げる。本当なのかよ……。私は体を戻す。


「…………ユーノ王女? ミーレ王女じゃなく?」


 すると、今度は先生と近衛騎士たちが、うんうんと頷いた。


「ホントに、ホント?」

「そうだ」


 私の問いに、先生と近衛騎士たちは、もう一度同じようにうんうんと頷いた。――えーと。じゃあ、お酒飲んでもいいのか。大人だもの。別に悪い事じゃあないよね。そうなる……。先生は、別に悪くない。二日酔いになったのは王女様自身の責任。成る程。成る程……。

 

 …………。


「はあああああああ!?」


 私の驚愕の叫びが、辺りにこだました。


「ユーノ王女おおおお!?」

「うう……。声が……。大きいの止めて……」


 ミーレちゃん改めユーノ王女が、苦しそうに呟く。しかし、その声が今の私に届くわけがない。この耳に入る事は、決してなかった。

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