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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第三章 おっぱい大脱走編
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第25話 近衛騎士隊の隊長

「姫ちゃん、どうしたんですの!?」

「姫姉!?」


 背後から声が聞こえた。至極天から飛び降りてきたのだろう。ササレクタとイルミネーニャも、この場所にやって来たようだ。ミーレちゃんが、実はユーノ王女だという事実を知った私は、半ば放心状態でそちらに振り向いた。


「うっわ!?」

「姫ちゃん……」


 近衛騎士の間から現れた二人は、私を見て滅茶苦茶顔を顰め、自分の鼻を押える。そして、二人はそれ以上近づかなくなった。酷い。ちなみに、私は鼻で息をしていない。口でしている。


「ササアアー……。イルミネーニャアアアー……」


 助けを求めて、両手を二人に向けゆっくりと持ち上げた。そして、右足一歩だけ歩みを進める。


「ちょ!? こっち来ないで!」


 イルミネーニャが後ずさる。それに釣られて、辺りの近衛騎士たちも一歩足を引く。酷い。


「そんな事言うなよー……」


 そう言いながら、そのままもう一歩左足を前に出す。


「ちょ!? ホントにこっち来ないでってば!」

「ひ、姫ちゃん! お止めなさい!」


 すると、イルミネーニャがまた後ずさる。今度はササレクタも。そして、それに釣られて辺りの近衛騎士たちも、また一歩足を引く。酷い。そこで私はピタリと足を止め、腕を下した。


「…………」


 酷いよ、皆……。こんな事になっているのは、私のせいじゃないのに……。


「ひ、姫姉……?」


 俯いて押し黙った私に、イルミネーニャが心配そうにこちらを窺う。


「…………」

「ご、ごめん、姫姉。ちょっと言い過ぎたよ」

「…………」

「大丈夫、すぐに水を持ってくるから――」


――なんてな!


「イルミネーニャああああ!」


 私は、がばっと顔を上げると両腕も前に突きだし、イルミネーニャに向かって走り出した。


「ぎゃあああああああああ!?」

「姫ちゃん!?」

『うおおおおおお!?』


 絶叫するイルミネーニャを、ササレクタが抱えて走り出す。私も負けじと、追いかけ始めた。近衛騎士たちは、そんな私たちから逃れようと、慌てて道を開けてくれる。


「まーてー! おーまーえーらー!」

「ぎゃあああああ!? こっちくんなああああ!!」


 イルミネーニャの悲鳴からは、必死さが伝わってくる。随分と、この私の事がお嫌いのようだ。しかし、それは誤解から生まれた、悲しいすれ違いに過ぎない。なればこそ、私はイルミネーニャをこの胸に抱きしめ、その誤解を解かなければいけないのだ。その暁には、今まで私に欠けていた愛も、きっと伝わるはず。


 そうさ。取って付けたような仕草なんか必要なかったのだ。ただ、抱きしめる。これだけで良かったのだよ。そして、それはササレクタにだって伝わるであろう。というわけで――。


「まああてえええ!」

「いやああああああああ!」


 くけけけけ! お前らも道連れじゃああ! 同じ目に遭わせてやる! ぎゅうっと抱き着いてくれるわ! 私は、ただ只管ひたすらに、彼女たちの愛を求め走り続けた。待て待てー!


 しかし、そんな追いかけっこも、すぐに終わりを告げる。ササレクタが、その手に持った槍を私に向け、立ち止まったからだ。


「姫ちゃん。それ以上近づいたら、此咬このかみを食らわしますわよ……」


 先程の外壁門の時より、よほど殺意の籠った眼で睨みつけられ、本気だと分かる。


「ちぇっ」


 流石に今は、至極天を相手にする気にはなれない。私はしぶしぶ追い回すのを止めた。


「イルミネーニャ、水を頼む」

「はあ、はあ……。――もう! ホントそういうのは、冗談でもやめてくれよ!」

「はーい。ごめんなさーい」


 そう謝りつつも隙を窺う私に、ササレクタの槍はこちらに向けられたままであった。ちっ、よく分かってるじゃないか。


「じゃあ、ちょっと桶に水汲んでくるからさ」

「うん、お願いね」

「いやいやー、大丈夫だよー。イルミちゃん」


 イルミネーニャが研究所に向かおうとすると、私たちに声を掛けて来る者がいた。

 それは、緑がかった黒髪をすき上げた中年の男性。背はササレクタより若干高く、体格はごつくもなく細くもない。ただ、引き締まってはいる。しかし、顔の締まりは何処にもない。


 いつも眠そうな垂れた目。今は無精髭も。全体的にだらけている。その相変わらずの緊張感のなさは、彼の低めの声からも滲み出ていた。


「あ! ゴトキール様!」


 イルミネーニャが言う様に、彼の名前はゴトキール。そして、近衛騎士隊の隊長。つまり、副隊長であるイージャンの上司だ。


「イルミちゃん、その服似合ってるよー。そこにおわすドロドロのお方より、よっぽどお姫様らしい。はっはっは!」

「い、いえ。そんな……」

「いやいや。おじさんは可愛いと思うなあ。ねえ、ササレクタ様?」

「う・ふ・ふ。ですわね。似合ってますわ」

「あ、ありがとうございます……」


 ゴトキールとササレクタに褒め殺しをされて、イルミネーニャは顔を赤くしながら縮こまる。


「ちっ。ゴトキール……。いたのかよ……」

「舌打ちとは酷いですなあー。こちらのお姫様は」

「ふん」


 こいつは、適当人間だからな。これくらいが丁度良いんだよ。


「ほら、水を持って来ましたから、これ頭からぶっかけて下さい」


 ゴトキールはそう言うと後ろを親指で差した。すると、そこには桶を抱えた近衛騎士が二人控えていた。


「まだ、持って来させています。何杯か被った方がよろしいでしょう」

「ああ、助かる」


 やれやれ、有難い。これで、この状態からおさらば出来るわ。私は、桶を受け取りそのまま頭から水を浴びせた。



 



「ふう……」


 ゴトキール達の持ってきた桶の水を頭から被ったり、顔をゆすいだおかげで、綺麗さっぱりになった。そのせいで、頭に着けている布も含め、服が水浸しになってしまっているが。地面も水溜りになっている。ま、すぐに乾くだろう。


 臭いもないと思う。これで、鼻から息もできる。しかし、ゴトキールはそうでもないが、ササレクタとイルミネーニャの距離は若干遠い。ふふ……、寂しいもんさ。


 シドー先生は、私と同じように水をもらい、ミーレちゃん――じゃなかったユーノ王女の介護をしている。まあ、あそこじゃ水を飲ますくらいしかできないから、すぐにでも動き出すだろう。シカルアヒダの一行と一緒に、部屋で安静にしていた方が良い。


 しかし、ミーレちゃんがユーノ王女とはねえ……。未だに信じられないんですけど。全く見事に騙された。まあ、この件はユーノ王女が回復したら、きちんと説明してもらわなければな! 私をたばかった謝罪とかもな!


 近衛騎士たちは、ゴトキールの指示の元、事後処理に当たっており、中庭にぱらぱらと散開していた。結局その数は三十七人だった。狼煙玉も低かったとはいえ上がったし、そろそろ王国兵士が来そうだ。その対処も彼らがするだろう。


「はっはっは。いやー水も滴るいい女とは、まさに姫様の事ですな」

「うるさい」


 そんな世辞を、真に受ける私ではないのだ。ホントこいつは調子が良い。自然と溜息も出るってもんだ。そして、その通り「はあ」と息を吐くと、何の気なしに鼻から息を吸い込んだ。

 

「――うっ!?」


 すると、またユーノ王女と同じような匂いがして、私は顔を顰めた。今回の犯人は、別人。隣に立っているこのおっさんだ。


「ゴトキール!」

「はい、姫様?」

「お前も、お酒飲んでたのか!?」


 ちょっと、そりゃないだろ!? 職務中に何やってんだよ! しかし、咎める私に気付かないのか、彼は嬉しそうに、その垂れた目を細めた。


「いやあ、シドー様が御婚約されたと聞きまして。居ても立ってもおれませんでした。はははは!」

「はあ!?」


 こいつはー! 何、呑気な事を! お酒を飲んでいたとは、職務怠慢も甚だしい。結果、無事に事なきを得たが、下手すれば死傷者だって出たかもしれないのだ。それに、こいつは近衛騎士隊の隊長。他の騎士たちに示しがつかない。


「お前――!」

「ええ!? シドー様、ご結婚されるんですか!?」


 私が問い質そうとすると、驚いた声がイルミネーニャから上がった。

 ああ、この子は知らなかったか。まあ、私だって昨日知ったばっかりだしな。イルミネーニャは休日だったから、その機会はなかったか。


「うん、そうなんだよ、イルミちゃん! いやあ、実にめでたい! だから、おじさん、ついつい朝までシドー様と飲んじゃってねえ! はっはっは!」


 先生と飲んでたのかよ。しかもついさっきまで。まあ、ここにいるって事はそうか。しかし、お酒は飲んでも飲まれるなを、きちんと守っている先生は流石である。あの動きは、そんな感じではなかった。


「はああー……。信じられない……。あのシドー様が……」


 イルミネーニャが、瞠目しながら先生の方に顔を向ける。いやホント、皆同じような反応するよね。――って、それは取り敢えずいい。私は、詰問をやり直す。


「おい、ゴトキール! お前、職務中に――!」

「いやいや、姫様。もちろん私は非番だったんですよ? はっはっは」


 何だ、非番だったのか。そりゃあ、私は何も言えんわ。規則に、背いているわけではないしな。運悪く、その非番の日に襲撃があったと、言い訳ができる。だがな、お前は肝心な事を忘れているぞ。


「ほう……。しかし、お前の妻は、どう思うかな?」

「う゛っ!?」


 私が何も言えなくとも、彼女は、違うと思うなあ。ゴトキールも、イージャンと同じ恐妻家なのだ。そして、その妻はシビアナとは違い、純然たる実力行使派。


 だから、貴賓である他国の王族がいるのに、朝までずっと先生とお酒飲んでたら、賊に襲われました――。これを知ったら、例え非番であったとしてもその体たらく、只では済むまい。


「あいつは、お前がここで酒を飲んでいることを、知っているんだろう? ええ?」


 故に、逃げ場なしである。鉄拳制裁が下るであろう。ちなみに、言い訳でもしようものなら、それは火に油を注ぎ、でっかい花火の玉を放り込むようなものである。実際どうなるかは彼のみぞ知る、だがな。


「いや! その――! も、もちろん、妻は知っております! ですが、大丈夫ですとも! 今回は不可抗力です! 不可抗力! はははは……」

「ほーお、そうか、そうか。そうだといいなあ」

「はは、ははは……」


 こいつ、態度が豹変しました。冷や汗掻いとります。ここに行くことは伝えていても、先生と大酒飲むつもりだったことまでは言ってないな、こりゃ。だから、大丈夫と。襲撃も防げたし、お酒の事まで追及は来ないと踏んでいるわけか。ふっ甘いな。


「ん゛っんん……。それよりも、姫様」


 咳払いをして、なに話を逸らそうとしてんだか。ま、私が言わなくても、その内バレるだろう。


「襲撃者のこの戦力。姫様から見てどうでしたか?」

「何?」


 いきなり真面目な話になったな。


「シドー様やササレクタ様、そして姫様抜きでも、充分対処可能でしたかな? 最後のを入れても、です」

「ふむ……。そう、だな……」

 

 私は襲撃の様子を思い返してみる。だが、そんなに時間は掛からなかった。すぐに、結論は出る。


「多少、時間は掛かかるが、いけるな。問題ないと思えた」

「あの三人は?」

「奴らは、二、三人で囲めばいいだろ。――いや、それすらも必要ないように感じたがな」

「そうですか。姫様にそこまで言って頂けるとは。いやいや頼もしい限りですな、我が近衛騎士隊は」


 ゴトキールは無精ひげを擦りながら、うんうんと頷いた。


「姫様」

「ん?」

「後で、彼らに労いの言葉でも、お願いします」

「ああ、勿論だ」


 彼らがいてくれたおかげで、この襲撃は失敗だ。その働きは見事。流石は、騎士最強といえよう。シカルアヒダのみなに、被害は出ていないのも面目躍如だな。ユーノ王女は、まああれだが……。


 しかし、ローリエや王宮侍従官がいなかったのは、助かったな。守る対象が少なくなった。これで、シカルアヒダに専念できたはずだ。ただそれでも、守り切れる公算は大きかったと思うが。


「ああ、そうだ。ゴトキール」

「はい?」

「ローリエが何処にいるか知っているか? あと、王宮侍従官達も」


 知っているなら、教えて欲しいな。気になってたんだ。


「知っております。安全な場所、ですよ」

「どこだ?」


 でもさ、ここら辺で避難に向いている場所って、少ないよね。近隣には王国兵士の屯所もなかったはずだ。私には、思い当たる場所がなかった。そして、ゴトキールが教えてくれた場所も、意外であった。


「カトゼ大神宮です」

「ええ!? あそこか? よく避難させられたな?」


 ここから、カトゼ大神宮は距離がある。避難場所には適さないような気がするんだが。


「なに、単純な話ですよ」


 ゴトキールは肩を上下に揺らした。


「ローリエちゃんは昨日のうちに、あちらに移ってもらっていたのです」

「え? そうなの?」

「彼女には、他国の王族が滞在するということで、外してもらいました。王宮侍従官も今はそこです」


 成る程ね。襲撃がある前から、ローリエは既に安全な場所にいたというわけか。あそこは、カトゼの武人がわんさかといる。ある意味、近衛騎士隊より戦力があるだろう。王都では、王宮の次くらいに安全な場所だ。しかし、私はこの答えが腑に落ちなかった。


「うーん」

「どうしました?」

「いやな? シカルアヒダの都合で、ここに泊まったわけだろ? だから、些か不躾だと感じる。それに、そんな事シドー先生が許すわけないじゃない?」


 先生は、こんな事くらいで、ローリエに別の場所で寝泊まりしろとか言わないだろう。追い立てるような蔑ろにするようには思えなかった。


 ローリエが婚約者だろうがなかろうが、別に気にしないよ。誰が泊まろうとさ。逆に、シカルアヒダへ彼女に気を遣えとまで言いそうなのに。すると、ゴトキールが何でもなさそうに答えた。


「姫様ならいざ知らず、他国の王族がいるのでは、息が詰まりますよ。それなら、いっそ離れていた方がいいでしょう?」

「ふうむ。それなら納得できるか」


 まあ、確かにそう言われてみればそうだな。あの子は、私の前でもえらく緊張していたし。それが、他国の王族ともなると、更に気が気ではなくなるかもしれんな。先生は、ローリエに気を利かせていたのか。それが、功を奏したわけだな。


「教えてくれて、ありがとな」

「いえいえ」

「――で、こちらの他の損害は?」


 これも、確認しておこう。シカルアヒダは皆無事だが、近衛騎士の方はどうだったのかな? 見た感じ、重傷者はいなかったんだけど。


「人的被害は皆無です。怪我人もなし」

「そりゃあ良かった」


 やはり、問題なかったようだな。


「ただ――」

「ん?」

「物的被害は、まあ中庭だけが甚大ですなあ……」


 ゴトキールはそう言いながら、中庭に目を移した。まあ酷い有様だ。昨日私が暴れてできた破壊の跡が、可愛く見える。外壁門の惨状よりも酷かった。砕かれ抉られ尽くした地面。そして、奥にはササレクタの至極天が突き刺さっている。


「これは補修が大変でしょうな」

「だろうな」

「ま、姫様が昨日あれだけ暴れて破壊してましたから、やる事は然程変わりませんかな? はっはっは!」

「うっさい」


 余計なことを言うんじゃないの。


「姫ちゃん、それは初耳ですわね……」

「姫姉……。何やってんだよ……」


 二人の非難めいたジト目視線が私に突き刺さる。ほら、こうなった。


「こほん。ま、それはともかく――」


 私も咳払いをして話を逸らす。


「ゴトキール。あの襲撃者はどうする?」


 如何せん数が多い。ここいる近衛騎士だけでは、手に余るだろう。とはいえ、これは機密に関わる事らしいから、王国兵士たちには任せられないのではないだろうか。援軍を王宮から呼び寄せる気かな?


「近衛騎士隊としては、あまりやる事はありませんな」

「ん? どういう意味だ?」

「あちらをご覧ください」


 ゴトキールが指差した方を見ると、それは、白装束の中身を検分していた近衛騎士たちだった。彼らは、白装束を剥ぎ始めた。すると、中から見えていたのは、人間とはまるっきり違うものであった。


 形は人間に見える。だが、黒い煙から出てきた連中と同じだ。珊瑚頭だった。殴った時に、手応えがおかしいと感じた理由は、やはりこれか。私は、千響万歌を使い終わった時に、おかしいと違和感を覚えた。


 そして、同じだったのだ。あの目つきの鋭い奴を、殴り飛ばした時に感じた感触と、こいつら殴った時の感触が。人間を殴った感じがしなかった。感覚的なものであるが、人より硬いと感じた。


 しかし、おかしいのは、それだけではない。


「嘘……、何あれ……?」


 イルミネーニャがこう言うのも無理はない。白装束の服だけではないのだ。全てが白い。中身が、石で出来た白い彫像のようだった。一体何なんだよ、あれは……? 


「シドー様が仰るには、あれは石灰――、だそうですな」

「石灰……」


 はあ……。これは、王家に関係なくとも、機密扱いになるような事案だな……。


「死んだら、石灰へと変質するのだとか。いやはや、これは――」


 ゴトキールは、目を細め顎を擦る。


「まあ、死んだらと言ってもいいのかも、私には分かりませんがね」


 それは、私もだがな。


「姫様。恐らくここらへんの事情は――」


 ゴトキールは、そこで言葉を止め、言外にその先を匂わすに留めた。

 機密か。


「分かった」

 

 私は、ゆっくりと頷いた。

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