第22話 千が響き万を歌う
「すうぅぅぅぅ……」
私は深呼吸を始めた。戦いを始める為に。辺りの様子も観察する。そして、すぐに違和感を覚えた。理由は分からないが、この襲撃者どもの攻めに、何かしらの躊躇いを感じる。一気に攻めようとしていそうで、していない。攻め込んでくる奴らもいる。が、こちらの様子を窺うように、シカルアヒダの一団を取り囲んで、動かない連中もいるのだ。
これは、分かりやすいな。どうやら、この場に留めようとしているらしい。近衛騎士も善戦し、先生も白装束を倒していくが、如何せん数が多い。だから、鎮圧するには少し時間が掛かる。この場に釘付けにするのが奴らの目的だから、尚更。しかし、思惑通りにさせるつもりは、微塵もない。
「はあぁぁぁぁ……」
深呼吸は一度で十分。それが終わった。こいつらは許さぬ。残りは全て、私の拳で即座に叩き潰す。
私の足元から響く、金属を弾くような大きな音。そして、暴風のような衝撃が、周囲に叩きつけられた。
「爆鳴気! 千響万歌!!」
そう発した時には、この姿はもう消え失せていただろう。
次の瞬間、立て続けに音が鳴り響く。それは、先生を襲おうとしていた白装束どもから。そして、その体には拳大の穴がめり込み、吹き飛んだ。
音は続く。次は、近衛騎士と戦っている奴らだ。彼らが作った円陣を回る。そこを、私の拳が容赦なく穿つ。音と共に次から次へと吹き飛び地面を砕く。そして、音は連鎖し響き続ける。鳴り止まらない。瞬く間に周囲へと広がっていく。見境なく、手当たり次第に襲い始めた。白装束どもは何もできない。何もさせない。響き、抉り、砕かれる。
『爆鳴気・千響万歌』。これは、私が編み出した爆鳴気を使う技だ。
爆鳴気は、使い合ったら反発し衝撃が発生する。これは正確に言うと、先生曰く「違う種類の爆鳴気だから起きる現象」なのだそうだ。爆鳴気には、個人差があり種類がある。そして、私はこれを一人でやっている。
爆鳴気の宿った拳が奴らに当たった瞬間、別の爆鳴気に切り替えて衝撃を得ていた。そう。ものに伝えることが出来るという事は、つまり人間にも伝えることができるのだ。そして、足の方にも、地面へ二種類の爆鳴気を順に当てて、衝撃を利用した瞬発力を得ている。私は、自分の脚力とその衝撃を利用して動いていた。
こうやって、増幅された瞬発力で放つ拳打の威力、爆鳴気の衝撃、地面への激突。奴らには、この三重苦をくれてやっている。その破壊力は、当然凄まじいものに変化した。穿たれた白装束は、最早人の形を留めていない。へし折れ潰れている。
そして、それを神速で以って殲滅するまで続けていく。これが、『爆鳴気・千響万歌』だ。
程なくして、音が鳴り止む。それは、拳を当てる者がいなくなった事を意味する。そして、この言葉通り白装束の立ってる姿は、もうなかった。
「ふうううー……」
動くのを止めた私は、ゆっくりと構えを解く。辺りは静寂に包まれていた。近衛騎士は呆然と私を見ている。シカルアヒダの一団も何が起きたのか、理解できてないようだ。同じように唖然としていた。いや、一人違うのがいたな。私をずっと目で追おうとしてた。若い女性が。今も鋭い視線が刺さってくる。
「相も変わらず、容赦のない技だ」
先生が、険しい顔で呟く。が、その鋭い眼光は私に向けられていない。眼光の先。それは三つの黒い煙。この人は私が動き回っている間、ずっとその黒い煙を警戒してくれていた。おかげで、こっちは白装束を倒すことに専念できていたというわけだ。
「先生。シカルアヒダの者達を、避難させましょう」
まだ、間に合うかもしれない。違う。きっと間に合う。ミーレちゃんを、早く医者に診せなければ。それに、この黒い煙の事もあるが、こいつらはおかしい。さっさとこの場から離れた方が良いだろう。目的は分からないが、ここに留めておきたかったというのもある。
「そうさせたいのは、山々なのだがな……。そうもいかぬ」
「先生!」
私は思わず非難の声を上げてしまう。
「聞け。お前が来てくれたおかげで、二対三だ」
二対三? ――ああ、私と先生が二で、三はこの黒い煙の事か。
「だが、二対三だ。一つ対処ができん可能性がある。そして、狙われているのはシカルアヒダ。少し離れた所にいるくらいが丁度良い。その方が対処出来るのでな。近衛騎士もおる」
黒い煙。あれは、やはり敵。であれば、三対三になったら、ここから逃すことが出来るということか。
「それなら問題ないですよ。ササが、そろそろ来ます」
そんなに時間は掛からない。すぐにでも来るはず。これで三対三。だから、シカルアヒダの一行は退避させるべきだ。早急に、医者へ診せるべき。
「そうか。では、それまで待てば良いな」
「っ!? 先生、私が言いたいのは――」
私が言いたいのは、そうじゃない。ミーレちゃんがあんな事になってるんだぞ。二対三ぐらいどうだってんだ。ササレクタはすぐに来る。多少の無理は、押し通して欲しいんだよ。
「お前が言いたいことは分かる。だが、ササレクタがここに来るまで、シカルアヒダにはいてもらう」
「なっ!? しかし!」
「駄目だ」
「先生!!」
「駄目だ。聞き分けろ」
先生は、頑として私の意見を受け付けない。くそ! 私には分からない! こんな悠長な事してらないんだぞ! 何故そこまでして――!
先生は冷静過ぎる。ミーレちゃんがあんな目に遭っているんだ。いつもなら、激昂していてもおかしくない。なのに、ここまで慎重な行動を、迷わず選択している。一体、あの煙は何なんだ?
「――分かりました。では、ササが来る前に片づけます」
ここまで先生が駄目だという以上、もうこれしかない。今動く方が危険なのだ。軽率な行動をして状況を悪化させることは、決してしてはならない。私にできる事は、早々にあの煙――敵を片づけることだけ。
「――いいだろう。そう出来るのが一番だ。だが、あの煙のままでは何もできん」
「煙では無理……」
じゃあ、どうしたらいいんだよ? 早くしないと――!
黒い煙は、未だ上空から降りてきていた。そして、地面辺りに塊となって集まっている。大きさは先生より少し大きいくらいか。しかし、それだけだ。
「先生。あの煙は何なんですか? 排除する方法は、あるのですか?」
先生の眼光の先に目を向け、私は苛立つのを押えながら尋ねる。
「…………」
先生は、私の問いに視線を外さぬまま、しばし沈黙を守っていたが、しかしようやく口を開く。だが、その答えはあまりにも簡潔だった。
「見た方が早い」
「え?」
いや、見た方が早いって……。黒い煙の塊……、だよね?
「出て来るぞ」
は?
「出て来る?」
意図を理解できないまま、更に意味が分からなくなることを言われて、私は困惑する。
出てくるって何が? 敵か? 敵か。え? 敵? そう思っていると、黒い煙の一つに変化が現れる。中から何かが飛び出してきた。
「な!?」
手だ。真ん中の煙の中から人の手が出てきた。おいおい……。中に誰かいるってのか? 一瞬そう思った。――いや、違う。煙だ。煙が次第に人の形を成していく。自分でも、何を言っているのかよく分からないが、どうやら煙そのものが人だったようだ。いや、ホント私何言ってんの?
何だよこれ……。人が煙になっていたとでもいうのか? それが元に戻っているとでも? しかも、煙三つとも鎧や剣、衣服――西黄服までも身に着けている。やがて、黒い煙は大柄の人間になった。そして、残った煙も、その体に纏わりつきながら、吸収されていく。
「おいおい……。何だこいつら……」
現れた奴らの姿を見て、知らず知らずの内に口を衝いて出た。確かに人間だ。見た目は。一風、西黄人に見える。肌が褐色だったからだ。しかし――。
「先生……。これは……」
「見た方が早かったであろう? これを口で説明するのは、些か面倒だ。納得させかねる」
「いやまあ、確かにそれはそうですが……」
先生の言う通りではある。これは説明しても、「は?」となるしかないだろう。何言ってんだと。
「ふっ。しかし、リリシーナ。お前は、あまり驚いていない様に見えるな」
「いやいやいや。驚いてますよ。唖然としているんですって。だって、煙が人になるんですよ? おかしいでしょ」
「ふっ。まあな」
「しかも、頭に珊瑚生えてるんですよ? え? あれ、珊瑚ですよね?」
西黄館で見たことがある。海中に生えてる石の様な生き物らしいが……。
「確かにそうだ。あれは、珊瑚だ」
「ええー……」
本当に珊瑚かよ……。
そう。こいつらの体は、人間のそれとは随分違う。至る所に有り得ないものがくっついていた。まず、頭。ここが顕著だ。まあ、他は服とか鎧とかで見えないからな。
取り合えず、髪の代わりに黒っぽい黄色の珊瑚が生えている。被っているんじゃない。生え際が自然というか、そのまま髪みたく伸びている様に見えるのだ。それは、一見木の枝のよう。それが沢山、頭の後ろに向かって伸びている。
次に、鼻。人間の鼻より尖っている。鼻がというか顔全体が前に突き出している感じだ。そして耳。その耳の代わりに棘の付いた細長い巻貝がくっついている。これも珊瑚同様、癒着しているように見える。
目は碧眼だ。だけど白目が少ない。それから、口。頬の辺りまで口がある。何か裂けてるよね……。笑っているのか、ギザギザの歯みたいなのも見えるわ。
そして、最後に体。ていうか肌。服や鎧のせいであまり見えないけど、褐色の肌に青い魚の鱗みたいなのが首筋などに所々ある。それが光沢を放っていた。これは、装飾品の類かもしれないけど……。ええー……。何だよ、こいつ等……。
私が引き気味に当惑していると、真ん中の煙から出てきた珊瑚頭が、口を開いた。他の二人に比べ、目つきが鋭い。
「ちっ。襲撃、失敗してんじゃねえか」
あっ。喋った。人の言葉は話せるのか。
「やれやれ……。しかも全滅しているではないか」
「いやっはは。凄い奴がいるんじゃないの?」
他の二人も喋った。低めのその声質から察するに、全員男か? 笑ってたのが、一番体格がでかいな。皆大柄だが、こいつは先生並みにあるぞ。もう一人は細っこい。
「お前ら――!?」
後ろから、叫ぶ声が聞こえた。これは、シークリッドと呼ばれていた者の声だ。聞き覚えがある。
「ラブカ!? プレコス!? ドメニギス!?」
こいつらの名前だよね、多分。今、シークリッドの口から出たのは、恐らくそれだろう。どうやらシカルアヒダは、こいつらと面識があるらしいな。
「おう、シークリッド。まだ生きてんのかい」
目つきの鋭い珊瑚頭が、嫌らしそうにギザギザの歯を見せる。
「ネルルーサも、死んでないじゃないの」
でかいのも、同様にむかつく顔だ。ん? ネルルーサ? 護衛の責任者だったよね、確か。違ったっけ?
「やれやれ……。もしかして、一人も殺せてないのか? はあ……、使えん奴らだ。時間稼ぎくらいしかできんのか」
細っこいのは、首を振って溜息をついている。やはり、時間稼ぎのための足止めか。こいつらがここに現れる為には、時間が掛かるようだ。確かに黒い煙を確認してから、それなりに時間が経っている。でもそれなら、襲撃前に合わせておけばいいような気もするんだがな。
「さて、トゥアール王国の皆様方」
目つきの鋭いのが、私たちに目を向けた。態度は、舐めきっている。にやついた顔もそのまま。私達など眼中にないようだ。
「我らは、シカルアヒダ王国、『青鯨溟騎士団』の者だ。そこにいる、うちの王女を渡してもらおうか」
私は目を見開いてしまった。
はあ!? こいつら、シカルアヒダ王国の人間なの!? ええー……。嘘でしょ……。どうなってんのよ。シカルアヒダって、こんなのが一杯いるの? 私、初めて聞くんですけど……。
ていうか、おいおい。名乗ってんぞ、こいつら。身分隠す気なしか。まあ、名前も割れてるようだからな。いいのか。確か『セイゲイ?溟騎士団』って言ったよな、こいつ……。知らんな。ただ、『溟騎士』ってのは、シカルアヒダの騎士を指す言葉だったか。それぐらいしか、私は聞いたことがない。
うーん。しかし、これは……。いまいち、ちぐはぐしている感じがする。襲撃も早朝。名前も割れた。襲うならもっとマシなやり方が、いくらでもありそうな気がするんだが……。まあいいか。
「断る」
渡す気なんか、これっぽっちもない。私は、一言そう伝える。すると、目つきの鋭いのが、腹立たしそうに睨み付けてきた。
「ああ!? 黙ってろよ、クソアマ! たかだか侍従官ごときが!」
「しっかも、ボロボロじゃないの。いやっはは!」
「やれやれ……。見苦しい。これがトゥアール王国の服かね? ふっ。無様すぎるな」
…………ほう。三者三様。私に喧嘩を売って来た。ああ、後ろの近衛騎士は、静まり返ってるな。今までの静けさとは、意味が違うが。先生も、そんな顔しないで下さいよ。冷や汗なんか垂らしちゃってさ、もう。
「用があるのは、てめえじゃねえよ。クソアマ。で、シドーってのはどいつだ?」
「あの銀色の腕した奴じゃないの」
鋭いのが、中庭を見渡すように顔を動かすと、大柄のが先生を指差した。
「やれやれ……。それくらい覚えておき給えよ」
「うっせーな。別にどうでもいいだろうが」
鋭いのが、細っこいのに悪態をつき、そして先生に顔を向けた。
「おい、そこの銀色。お前がシドーか?」
「矢張り、外れか……」
先生は、鋭いやつの問いを無視してそう呟く。外れ? どういう意味だ?
「ああ!? 何言ってんだ、てめえは!?」
「一つだけ答えよ」
「ああ!?」
先生、煽ってんなあ……。
「お前たちを、ここに連れてきた者の名は、何だ?」
名か。つまり、この力を持った奴がいるって事だ。
「馬鹿か! 言うわきゃねえだろ! あーもう面倒くさいから、こいつら殺っちまおうぜ!」
「やれやれ……。君は短気だね」
「いやっはは。こいつはいつも短気じゃないの」
何気に呑気な奴らだよな。見ていて滑稽だわ。でも、もういい。私は呼吸を整え始めた。
「ああ!? 俺様が短気だと!? ちげえよ! こいつらが、とろいんだよ!」
「ふっ。やれやれ……。王女の首を持って帰るのを、忘れないでくれ給えよ」
「そんな事たあ分かってる! おら! さっさと――ぶぎゃ!?」
私の拳が、鋭い奴の顔面の真ん中あたりにめり込む。そのまま腕を下ろし、足元の地面に叩きつけた。地面は凹み砕ける。
「ラブカ!?」
「何だと!?」
いきなり地面に叩きつけられた目の鋭い奴を見て、驚愕しているようだ。目が見開かれている。全然なってないな。動きが止まっている。せめて、剣ぐらい取り出せよ。その腰にぶら下げているそれは、飾りか何かか? まあ、そんな暇はもうないが。
「ぐぎゃ!?」
「ごが!?」
残り二匹も同じように攻撃を当てる。細っこいのには顔面へ拳打を叩きつけ、デカい奴には回し蹴りを腹に食らわして吹き飛ばした。ぶつかった地面が、大きな音を上げて同じように砕ける。
「先生。こいつら全部潰してもいいんですよね?」
私は先生に確認を取った。
「やった後に言うでないわ! はあ……。まあ、良い。こいつらとの戦い方を教えるから――」
「このクソアマアアアアア!!」
先生の言葉を遮り、目の鋭いのが立ち上がった。顔面は凹み、鼻血が出て、口も切れたのか血が垂れている。中々しぶといんだな。それから、少ない白目が血走っており、ギザギザの歯を剥き出しにしている。怒り心頭といったところか。
「ぶっ殺してやる!!」
そいつはそう言うと、体に力を込める様に両腕を胸の前で構え、前屈みになる。すると、体が膨らみ始めた。色んな所の筋肉が、太くなっていくって感じか。しかし、隙だらけだな。私も構えて拳打を放つ。
「ぷぎゅ――!!?」
そいつは、それ以上言葉を続けられなかった。何故なら、喋るための頭が無くなったから。私の拳がこいつの顔面にめり込み、爆鳴気が炸裂。吹き飛ばした。頭を無くした体は、そのまま仰向けにゆっくりと倒れていく。
「後、二匹か」
急ごう。ミーレちゃんを、早く医者の下に連れて行かないと。後ろを振り向けば、残りの奴らが立ち上がっている。唖然とした顔ではあるが、今度はちゃんと剣を構えていた。
やっと取り出したか。ていうか、遅すぎるだろ。そんな体たらく、うちの近衛騎士がやったら、逆立ち腕立て千回なんだがな。まあいい。折角だ。私も使おうか。腰に差したレイセインの剣に手を掛けた。




