第15話 対決! ササレクタ!! その3
それは、ササレクタが身を伏せる様に姿勢を低くし、右手を地面に突いた瞬間に始まった。
「シャアアアッ!!」
発せらた声と共に爆ぜる音。奴の足元が粉砕する。石畳に亀裂が走り、粉々になった破片が宙を舞う。と、同時に消えるその姿。次に現れたのは、私の足元。地面擦れ擦れ。歪んだ笑顔が迫ってくる。
ササレクタは、引き絞られた弓から放たれる矢のように、飛び出してきたのだ。しかし、私の間合いの外にいたというのに、一気にその間合いを詰めるこの速さ。やはり常軌を逸する。
「ちょ!? おま――!」
ササレクタの行動に、私はたじろぐ。加減を考えなさいよ! それ誰が修理すると思ってんだよ!? 経費も掛かるんだぞ!? また爺に、どやされるじゃんか! ――などと考えている場合ではない。
「はあ!」
矢をへし折るかの様に、ササレクタへ向かって回し蹴りを放つ。しかし、その蹴りが奴の体に触れる寸前、右の拳が引かれるのを視界の隅で捉える。こいつ――!? 瞬間、石畳が砕かれる重い轟音。ササレクタが、拳を地面に突き立てたのだ。
奴を捉え損ねた私の蹴りは空を切り、視界は一変する。噴出する土煙が辺り一帯を襲い、無数の瓦礫が飛び散った。
先程の比ではない。地面は穿たれ凸凹で滅茶苦茶になり、そのせいでよろめいた私は倒れそうになった。
「くっ!?」
目眩ましのつもりか!? はっ! だが、こんな事で動じるわけないだろうが! 見えずとも気配は近ければ近いほど分かる。対応できない私ではない。ていうか、どうすんのよ、これえええ!? 周囲は土煙に包まれ、瓦礫の山が目の前に散乱していた。宛ら、戦場に放り込まれた気分である。
土埃で周りが見えないから、この惨状の全容は把握できない。だが、見えない今のこの状態でも、相当酷いと分かる。土埃が晴れれば、さらに豪い事になっているのは明白だ。そして、目撃者も多数。流石にこれは、「軍の訓練に付き合ったら、こうなっちゃいました! えへ!」などと誤魔化せない。
ササレクタの馬鹿が! 思いっきり戦えるようになった途端、これだよ! 本能の赴くままに行動しやがってえええええ! もっと被害の出ないやり方、知ってるだろうが! ササレクタはシビアナと同じだ。気遣いが出来るのに、我欲の事となると周りの事など知ったこっちゃない。無視する。
ホントな! 似た者同士だよ、お前とシビアナはな! だから仲悪いんだろうな! お前らはな! 同族嫌悪。あいつらにぴったりの言葉だ。イージャンの事もあるんだろうけどさ、でも行動原理ていうか本質が似てんだよね。
「とはいえ――!」
悪態をついている場合ではない。今はあいつらを、どうにかしなければならないのだ。倒れ込みそうになっていた体に、地面を手で弾き勢いよく上体を起こすと、土煙から逃れる様に地面を蹴って後ろに下がる。
無論これは視界と呼吸を確保するため。自分の間合いに入りさえすれば気配は察知できる。さりとて、やはり視界は見える事に越したはなし。土埃も吸いたくはない。
そして、もう一つ理由がある。私は前方の空を睨みつけた。視線の先から伝わり始めたこの気配。どんどん近づいてくる。ササレクタだ。奴は拳を地面に叩きつけた反動で、空に舞い上がったのだろう。上から攻め込んでくる気らしい。
「だがな、バレバレなんだよ!」
距離は十分に取った。落ちてきた所に、私も飛んで拳打をくれてやる。そして、すぐに舞い降りて来る、黒い人影。土煙を抜けて姿を現した。
「な!? レイセインか!?」
「はい、殿下――!」
しかし、現れたのは予想に反して、我が侍従官。一直線に向かって来る。私が何処にいるか分かっていたようなこの動きは、恐らく足音でも見たのだろう。これを目印としたに違いない。
ササレクタは、後ろに飛び上がり、入れ替わっていたのか!? 私は後ろに下がったから、間合いの外に出た奴の気配を一旦見失った。その時か! ちいっ! じゃあ奴は、どこ行きやがった!? だが、間合いにある気配は、このレイセインただ一つ。他は感じない。感じない!? 近くにいないだと!?
「ならば、レイセイン! まずはお前からだ!!」
ササレクタの気配を、読み取れないなら仕方がない。私は気持ちを切り替え、攻撃対象を変更する。しかし、レイセインを一人で突っ込ませるなぞ、愚の骨頂なり。しかも、上空から落ちて来るだけ。こんなのは、私に狙ってくれと言っているようなものだ。
ふっふっふ! 斬撃を避けて、そのおでこに極み当てだ! ササレクタがいつまた突っ込んでくるか分からないから、隙が出来やすい空中に飛ぶことはしない。私がこの場で撃墜の構えをとると、それを見計らったかのように木剣を持ったレイセインの腕が動く。
「参ります! 殿下!! いざ尋常に勝負!!」
「――よかろう! 掛かって来い!」
珍しくレイセインが大きな声で叫ぶ。そして、その声に紛れて僅かに聞こえたのは、土煙の奥からの爆発に似た音。私の視線が上空から地上に移った。
「殿下あああ! お覚悟おおおで、ありまあああす!!」
レイセインの声を合図したかのように、突如前方の土煙が割れる。中から現れたのは、両手を突き出した鎧の塊。グスコが瓦礫を吹き飛ばしながら、豪速球の弾丸如く突進してきた。
これは、あいつが出せるような速さではない。さっき私が投げつけた時と、同じぐらいの勢いがある。成る程ね――。ササレクタが近くにいないわけだ。ぶん投げたのだ、こいつを。さっきの私と同じように。
ふふん! グスコを連携に組み込むには、良い案じゃないの! 私が、間合いに入った瞬間気配が分かる以上、例えこの土煙があったとしても、奇襲をかけるにはどれだけ速く辿り着けるか、だもんな! しかし他の者では、こんな方法は思いついても実行できない。ササレクタだからこそ出来たのだ。
そして、この空と地上からの同時攻撃。これがこいつらの狙い。レイセインは陽動。この隙にグスコが突っ込んできて私を捕獲する。そして止めに、ササレクタがもう一度突っ込んでくる――、か!
「うおおおおお!!」
大声で叫びながら、両腕を大きく広げた全身鎧が、覆い被さろうと押し迫る。もう目の前だ。だが――!
「来たな、グスコ!」
「うええええ!?」
「な!?」
私の言葉に、鎧の中から驚きの声が上がり、上空からも動揺した声が聞こえる。レイセインが一人で突っ込んでくるなんて、愚策もいいとこなんだよ! だから、お前らがそんな事するわけないだろうが!
私は他の攻撃が絶対に来ると、当然警戒していた。そして構えた瞬間――、つまり逃げずに迎え撃とうと動かなくなった瞬間、普段物静かなレイセインが大きな声を上げたことで確信する。
あれは合図であり、土煙で分からなくなった私の居場所を教えるもの。そして、奇襲を始めると悟らせないため、グスコを投げる時に響く、踏み込みの音を消すためだったのだと。
とはいえ、土煙で視界の悪いこの状況下で、声だけを頼りにして位置を正確に割り出すのは、至難の業。だが、相手はあのササレクタ。槍投げの名手で遠距離攻撃も得意とするあいつには、何か秘策があったに違いない。しかし、それも今は些末なこと。何故なら、この私に通用しなかったのだから。
ふふん、悪いなグスコ! 奇襲は失敗だ! あとお前、不意を突くのに声を上げちゃあ駄目だな! 私は右足を軸に体を引き半回転させ、捕まえようとする腕を掻い潜り、紙一重で突進を躱す。
「なあああ!?」
グスコは、叫びながらそのまま勢いよく通り過ぎていく。そして、その様を尻目にしていた視線は、再び上空に移り始める。よし、これでレイセインはもらった! ササレクタが来る前に、一発で決めてやる! レイセインも、もう目の前。私の間合いの外にいるササレクタが、今さら突っ込んできても、この一撃には間に合わない。
「ぐっ!?」
何――!? いきなり、がくんと姿勢が仰け反る。私の体は、後ろに引き摺られて行く。伝わる感触。左腕を、何かに掴まれ引っ張られていた。馬鹿な!? グスコは避けたはずだぞ!? 前のめりになったあの体勢から、私を掴むなど無理――!? 視線が左腕に移動する。見えるのは、私の二の腕を握りしめる手。それはグスコの背後から伸びていた。
「はい、捕まああえたああああ!!」
「何だと!?」
「う・ふ・ふ!!」
腕の先にあったのは、見開かれた双眸。切り裂けんとばかりに、ぱっくりと開かれた口。ササレクタの狂気じみた戦慄の顔だった。どういう事だ!? 何でこいつがここにいるんだよ!? ササレクタは私の間合いの外にいた。いくら速く動けるといっても、私に気付かれず一瞬でここまで辿り着けるはずがない。間合いに入り次第、必ずその気配の動きは察知する。分からん! 意味が分からんぞ! 私が状況が呑み込めず困惑していると、
「やったであります!」
「お見事です。ササレクタ様……!」
「何!?」
グスコを見れば親指を立て、レイセインに振り返れば嬉しそうに口を綻ばせていた。
こいつらあああああ!! さっきのあの驚きは、私を油断させるための演技かよ! 騙したな、レイセイン、グスコ!
くそ! それよりも、どうしてササレクタがここにいるかだ! 一体どうやって――!? ――あ!?
「お前、グスコを投げたんじゃなくて、後ろから抱えて走って飛んで来たのか!?」
これなら説明がつく。ササレクタがぴったりとグスコにくっついていたから、私が気配を一つだと誤認したのだ。いけなかったのが、投げたと思った事。これで、ササレクタが間合いの外にいると思い込んでしまった。
それから、私が聞いた爆発のような音は、助走して飛び出す時の音。踏み込んだ音ではなかった。そして、この土埃による視界の悪さ。これは、グスコの後ろにササレクタがいる事を見えにくくするためか。
「私が飛んできた? う・ふ・ふ! それは内緒ですわ!」
「何でだよ!? 教えろよ!!」
「時間稼ぎなど、させませんわ!」
「くそっ!」
バレてた! 隙なんかありゃしない!
「さあ! いきますわよ! レイセインちゃん! 私が、姫ちゃんを掴んでいる間に!」
「くっ!?」
「殿下……。お覚悟――!」
瞬時に。私のいた所へ着地していたレイセインが、真っ直ぐこっちに疾走し辿り着く。
そして、躊躇いなく振り下ろされる二つの剣閃。これは直撃する――! そう思った瞬間、感じる嫌な気配。それは背後からだった。
「がはっ!?」
「う・ふ・ふ!」
私の背中に衝撃が走る。この硬さ――! 注意が、レイセインに逸れた一瞬の隙を突かれた。ササレクタがグスコを叩きつけたのだ。ぐう! だがこの程度で――! 私は右手に力を込める。せめてレイセインは無力化する! しかし――。
「なっ!?」
いきなり体勢が崩され、片膝を突く。ササレクタに掴まれた私の腕が、下へ向かって強引に引っ張られたのだ。くそ! これじゃあ、攻撃なんて――! そして、レイセインの斬撃が襲い掛かった。
「ぐっ!」
響く鈍い音。私は右腕で、この二つの斬撃を受けた。くそう! 大失態だ! 無意識に体が反応してしまったとはいえ、右腕で受けるべきではなかった! 何故なら、これで私の両腕は使えない。そして、片膝を突いたこの体勢では碌な蹴りも打てない。よって体は、がら空きの隙だらけ。
そして案の定、胸に迫り来るササレクタが繰り出した渾身の蹴り。神速であろうこの蹴りは、やけにゆっくりに感じた。やってくれる! 即席の連携で、よくぞここまで――!
「止め、ですわ!!」
「ぐはああっ!?」
ササレクタの重い一撃が体にめり込む。私は思いっきり吹き飛ばされた。




