第2話 西黄館
私たちが商館内へ入ると、磯の香りが漂ってきた。
お目当ての魚介類の匂いだ。
「――それじゃあ、西黄館に決定だな」
「異議なしでございます」
満足がいく結論に私とシビアナは、ニンマリしながら握手をする。
商館に向かう途中、私はもそもそと服を脱いで変装しながら、シビアナとお互いの希望を言い合って行先を協議していた。
遊ぶ暇もそうそうないし、買い物は久しぶりに行く。
せっかくだからね。時間を有効に使えるように決めておきたかったんだ。
私は着替えた服から頭を出すと、自分の希望をシビアナに伝えた。
「シビアナ。私は、がっつり系のおつまみが欲しいな。塩気のあるやつ。あと、テレルが喜びそうなお土産が売ってる所。この二つは外せない」
「はい」
「シビアナも、どういう所がいいか言ってくれ。できるだけ二人の希望に合ったところに行こう」
懐柔したシビアナにも、ちゃんと希望を聞いた。
まあ、詫びのつもりで私が奢るんだから、こいつの意見を尊重するのは当たり前だ。
「ありがとうございます。では、精の付くような食材がある所を。それと殿下のご命令がありますし、今日は早く家に帰らなければなりませんので、商館街の奥まで足を延ばさないようにお願いできればと」
「そうだな。分かった」
おう、やっぱりあの命令覚えてたか。
無理せず懐柔したのは本当に正解だったかも。
ていうか今日シビアナは自分で夕食作るのかな?
テレルに聞いたんだけど、こいつは料理作る時間があったら自分で作るらしい。
「今日はね、お母さんが料理作ってくれるんだよ!」ってこの前会った時、嬉しそうにしてたなあ。
イージャンも「美味しいです」と言ってたし。この二人には好評のようだ。
機会があったら私も食べてみたいものだね。
シビアナの家って料理人とか使用人雇えるほど裕福なんだけどな。
自分で料理作るってのは、奴なりの拘りなのかもしれない。
「あとは……これが視察だということも忘れないようにしないとな」
「はい」
これね。
一人うるさい爺さんがいるんだよ。
だから、言い訳が出来るようにしておかないと。
その爺さんに公務をせず商館街で遊んでましたってバレたら、ガミガミと説教を受けることになってしまう。
「こんなもんかな」
「そうですね。あとは滞在時間を決めて、できるだけ長く買い物が出来るよう時間を調整いたしましょう」
「ああ」
こうして私たちは、これらの条件を全て満たすように詳細を詰めていった。
すると、買い物をする商館を一つだけに絞るように自然と話は進んでいき――。
厳選なる審査の結果、私たちの条件に合う商館はただ一つ。
西黄館だということになったのだ。
この西黄館は、海産物を主に取り扱っている異国の商館だ。
私とシビアナの所望する色んな種類の食材が沢山置いてあるし、場所が駐車場の傍で時間も有効に使える。
また異国の人間が経営する商館であるため、視察対象として申し分ない。
テレルのお土産用としても期待できる。
ここは食材の他にも衣服や貴金属、子供が喜ぶような玩具があるんだ。
それに、トゥアール王国の商品と掛け合わせて、改良したものなんかも置いてあるんだよね。
ふふふ。私の好奇心をわさわさとくすぐってくれるのだ。
あとは、珍しいものがちょくちょく出ているから、偶に顔を出すには持ってこいな場所でもあるね。
ま、こういった理由で私とシビアナのお眼鏡にかなったというわけだ。
ちなみに、西黄館の西黄という名称は、とある島国の俗称からきている。
このとある島国、正式名称はシカルアヒダ王国という。
トゥアール王国の遠く西に広がる大海、大黄洋。
その大黄洋に浮かぶ島、それが浮島都市シカルアヒダ王国だ。
私がこの国の事について知ったのは、先生が家庭教師をしてくれていた頃。
周辺地域についての授業でのことだった。
初めて聞いたこの国にはいろいろ驚かされたよ。
トゥアール王国とは風習や気候などまるで違う。
そんなシカルアヒダ王国について一番驚いたのは、比喩や例えではなく本当に海に浮かぶ島だと言う事だ。
船の様にぷかぷかと海にね。
島全体の大部分が、軽石という水に浮かぶ石によって構成されているため、海に浮かぶなんてことになったらしい。
私はそれを聞いて、はあーって感じで溜息が出ちゃって、何故か驚きつつも感心してしまったよ。
いや本当にびっくりなことだらけの授業だったなあ。
それからこの島は、潮流の影響で同じところを1年掛けて、ぐるぐる回っているんだそうだ。
後、先生はこの様な現象を引き起こしているのは、島にぶつかる風の影響もあるだろうと言っていた。
私なんかは、ぷかぷか浮かんでいればその潮流に流されて、いつかどこかの大陸にでもぶつかるじゃないのかって思ったんだけどね。
そうはならないようだ。
先生はこの国に何度か行ったことがあるから、他にもいろいろ教えてもらった。
海をずっと移動しているから、色んな場所の魚介類が手に入るとか。
時期によっては、他の島や大陸も見えなくなるとか。
こっちの通貨は金貨や銀貨なんだけど、むこうは貝貨なもんだからトゥアール王国とは物々交換になっているとか。
これについては、現在その交換方法を別のものにしようと検討中だ。
あと、都市の規模はこの王都よりは小さいとか。
まあそれでも、多くの人間がその都市で暮らしているそうだ。
こうやって色々と、シカルアヒダ王国について詳しく教えてもらった。
お蔭でだんだん自分の中で、この国について想像できるようになったんだけど……。
ここで疑問を持ってしまった私。
生活に欠かせない水ってどうなってるのだろうって気になった。
人は水がなければどうしようもない。
浮島でしかも船みたいに移動しているなら、どんな方法で確保しているのかな。
そんな私に先生は、岩の間にできた穴からこんこんと湧いてくる澄んだ水を、飲み水として使っているんだと教えてくれた。
しみ込んだ雨が、岩にできた穴を通って湧水になってるんだそうだ。
まあここら辺の理屈は、先生の憶測らしいけど。
それにちゃんと川や湖もあるらしい。
この島には巨大な山が中央にそびえ立っており、川はそこからぐねぐねと海まで伸びている。
今まで川が干上がったことがないそうだから、雨もそれなりに降っているんだろうね。
湖は元々小さかったそうなんだけど、人の手が入って一回り大きい人造湖が作られたとの事。
そして、新しい知識が増えて大満足だった授業の最後に、先生はこんなことも教えてくれた。
夕陽が大変綺麗であると……。
一日の終わり。
ゆっくりと暗くなり始めた見渡す限りの空と海。
それを夕陽が黄金色に染め上げる。この黄金色の景色は大黄洋という名の由来にもなっている。
夕日が海に沈み、空が夜に覆われるその緩やかな時間が、本当に切なくて、泣く人もいるんだそうだ。
どんだけなんだよ。
まあ夫婦や恋人たちの観光名所にもなっているくらいだからね……。
そりゃあ、さぞかし素晴らしい景色なんでしょうよ。
私は行ったことがないから知らないけどね!
何だよ。そんな雄大な景色を背に恋人たちが愛でも語り合うのかね? はっ!
私はいい。そんなものより美味しい食事がしたい。あと、お酒。
それに行くとしても私はテレルと一緒に行くから。全然寂しくないわ。
そもそも、私は王族だから夫と仲が良いのかなんて二の次だしね。愛を語らうとかは、ないだろうさ。
西黄館は、それなりに賑わっていた。
混雑しているという訳ではないので、買い物客が私たちの邪魔になることはない。
それよりも魚介類や海鳥のお肉といった食材の方に目がいってしまう。
かなり沢山の食材が売られているようだ。
前来たときより規模が大きくなっているかもしれない。
食材の種類によって売り場が分けられており、高級商館らしく見栄えがいい様に食材が飾られていた。
あれは購買意欲をそそるようにしているんだろうなあ。
「わあ! すごいね、お兄ちゃん! 私こんなに沢山の魚とか見るの初めてかも!」
きゃっきゃと、はしゃいでみる。
いやまあ知ってるんだけどさ。何度も来たことあるし。
設定上、イージャンの妹であるリンは、遠い町から観光も兼ねて来ていることにしているからね。
これはあくまで演技で、今日初めてここに来たってことでね。
「そうです……いや、そ、そうか……」
イージャンは両手に花なのに凄く落ち着かない様子だな。
きょろきょろと辺りを見ている。
なんでだろうなー? くーくっくっ。
両腕に女の子を侍らせながらのご入店ですからね。
知り合いに合ったら、どうなることやら。
まあ妻と妹っていえばいいんだけどね。ただ、果たして私は素直に教えるかな?
私たちはイージャンの様子を堪能しながら商館内を進んでいく。
「あなた。今夜は宴会ですから。美味しい料理をたくさん作りますね」
「あ、ああ。楽しみにしている……よ。うぐっ」
「わー楽しみだなー。ね、お兄ちゃん!」
「そう、だな……ぐっ」
こいつさっきから変な声が混じってないか?
「ん? お兄ちゃんさっきからどうしたの? ぐって唸ってるけど」
そんな私の疑問にシビアナが簡潔に教えてくれた。
「リンちゃん、あなたのそれは腕を組んでいるのではなくて、腕の関節を決めているのよ?」
「え?」
そうなの?
確認のためイージャンの顔を見上げると脂汗を掻きながら、うんうんと必死に頷いていた。
なるほど。道理で……。
腕を組んで歩いている恋人とか、こんな感じだったから真似しただけなんだがな。
やはり見ただけでは上手くいかないものだ。
武芸をやっているからか、腕を組むとはこういうものだと思っていたよ。うーん失敗失敗。
ていうかイージャンそれくらいは言え。わたしもそこまで鬼じゃないんだからさ。
まあ、お前のことだ。
王女に対して失礼かもしれないって思ったんだろうけども。
それでも真面目過ぎだ。
「てへっ。ごめんね? お兄ちゃん!」
そう言って私はイージャンの腕を離し、軽く自分の頭をこっつんこ。
「い、いえ……」
まったく……こいつはまだ敬語使っているな。腕を擦っている場合じゃないぞ。
これでは私が妹だと思われないじゃないか。
――仕方ない。
少し、妹としての私に慣れてもらおうか。
「もー。他人行儀何だから。こういう時は頭でも撫でながら『気にするな』ぐらい言ってくれないと!」
「え!?」
「ね? ……ぼそっ(さっさとやれ)」
イージャンにだけ聞こえるよう傍により、私は地声で優しく促した。
「……はい」
観念したようだな。全てを諦めたような顔になった。
よし私の頭を撫でるがいい。私も演技の為なら王女である誇りを捨てようじゃないか。
もちろん後日この事で、お前をからかうなんて事はしないさ。けっけっけ。
と、ここでシビアナから、まさかの助け舟が。
「ふふふ。駄目ですよリンちゃん。お兄様を苛めては。リンちゃんもいい年なんです。もっとそれらしい振る舞いをしなければなりませんよ?」
微妙に引っ掛かる言い方だな。
そこは『いい年なんです』じゃなくて、『もう大人なんだから』って言う方がいいと思うんだよ。シビアナお姉ちゃん?
リンは18歳だけど、私は違うんだ。敏感にならざるを得ない。
まあ公衆の面前だしな。いらぬ注目を浴びるのも面倒くさい。
さっきから、ちらちらと視線を感じるし。
これくらいにしといてやろう。
「……はーい。ごめんね? お兄ちゃん」
「い、いえ……。あ! い、いやいいんだ。気にしないでくれ」
また敬語を使いそうになったので、睨んでおいた。
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
「あ、ああ……」
「ふふふ。あなた。リンちゃんの代わりに私の頭を撫でて下さっても良いんですよ?」
そう言いながらシビアナは腕を組みながらイージャンの肩に自分の頭を預けた。
こいつ助け舟出したんじゃないのかよ……。
自分がやって欲しかっただけか。
「ええ!?」
「さあどうぞ。あなた」
おいおい。私にはやるなって言っといてそれはないだろう。シビアナお姉ちゃんよお。
これは私も負けていられないな。
「あー、ずーるーいー。お姉ちゃんさっきと言ってることが全然違うじゃん! やっぱり私もして欲しい―!」
「ちょっ……!」
私は再びイージャンの腕にくっついた。
「ふふふ。こっちが先ですよ、あなた」
「あーずるい私が先だよ。ね? お兄ちゃーん」
「…………」
シビアナと一緒になって腕を引っ張り合う。イージャンの体が力なく左右に揺れる。
周囲の目も多くなり始めた。
そして、イージャンの顔色がどんどん悪くなっていった。
「もう……もう勘弁して下さい……」
悲痛な声が聞こえてきた。
あら、やり過ぎたか。
さしものイージャンも限界を迎えたようだ。
勘弁してくれって言ってるし、からかうのもこの辺でいいだろう。
イージャン、面白かったぞ! 余は満足じゃ。
よーし。それじゃあ、おつまみを買い漁りに行きますか!




