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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第五章 おっぱい暴走編
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第9話 事の真相 その2

「――ふっ。と、まあこう言いたいのだがな。偶然なわけがないか……」


 私の考察の意味が無くなった。先生が、自分の発言を翻し、湯呑を置きながら一言付け加える。え……、違うの?


「ああ。偶然ではない」


 そう言う父様は、それが当たり前とばかりに平然としていた。両脇にいる爺とステライも、同じ様に見える。


「しかしな、シドー。そもそもは、箱を隠すために入り込んだ、と言っておったのだ。ならば、余を遠ざけねば筋が通らぬ。故に、あいつはあの部屋に入る可能性があった者皆――、つまり余を含めた側付き全員の、足止めをする必要があったとしたのだ」

「うむ。そうせねば、ならぬだろうな……。そして、それが失敗して、事がお前に露見したと見せかけた。と言うわけか」

「ああ、そうだ」


 な、なるほど……。まあ、確かに。


「で、エラクツォーネは何をした?」


 先生に問われて、呆れたように父様が言い捨てる。


「ふん。公務が終わり、自由に動ける事が多くなる夕方。そこへ、自分が早く切り上げられるよう、そして余の方は長引かせるよう仕向けておったわ」

「そうか。まあ、その程度なら造作もないな」


 造作もないんだ……。私は、自分の顔が引き攣っているのが分かった。


 でも、これはさっき思い出したのと、おんなじかもしれない。侍従官だけ残したって感じかも。けどさ、それを作為的にってなると、どうなの? そう易々と出来るものなのかね?


 私は、シビアナがいるからまず無理。で、母様にはそのシビアナの上を行く、お婆の目が光っていただろうし。父様は、あれでも国王だよ? その国王の予定を、故意に長引かせるって……。周りには優秀な侍従官たち。しかも、万能超人パデューカムがいたと思うんだけど……。


 疑問ではあったが、それでもこれらを踏まえ、その可能性について考えを巡らそうとしてみる。しかし、当時を知らない私では、やはり上手く想像できなかった。


 その間、先生は俯き加減で頷いていたが、ふっと顔を上げる。


「それで――。その策のために出た、死に――、使い捨てられた犠牲者は?」


 うん。今、「死人」って言おうとしてたよね? 犠牲者って言われれば、それしか連想できないわ。でも、先生、言い直す意味あんの、それ? 使い捨ての犠牲者ってのも、かなり酷いですよ?


「餌食にされた生贄は、一人」


 一人か。って、父様も酷くない? 


「一人!?」


 先生が、いきなり声を張り上げて驚く。おおう。びっくりした。


「そうだ、一人。それは、当時の豊穣院の長――。セッテオトルだ」

「ううむ……」


 腕を組んで、何やら思案気に顔を渋くして唸る先生。


 えーっと。セッテオトル、ねえ……。この人物は――、確か現在の長アシャトーヒクの前になるのか。前任者だね。中年の男性で、父様たちより一回りか二回りぐらい上だったかな、多分? 会った事ないから、あんまり知らないんだけど。


 どうやら母様の策には、このセッテオトルという協力者がいたようだ。なるほど、一人じゃなかったのね。妙に納得。ま、そういう事とかしないと、お婆たちには太刀打ちできない気がするんだよね。ただ、その協力者には、非情な選択をしたらしいが。


「しかし、一人。一人か。それだけとは……。被害は、最小限と言っていいようだな……」


 よく分からんが、先生は犠牲の少なさに驚きを隠せないようだ。


「ふん。不幸中の幸いよ。おかげで、お前の言う通り、被害は最小限で食い止められたのだ。ただ、二次、三次的と言うべきか、その程度であれば、無論余たちも受けてはいるがな。先程の演技云々もそれに重なるか。しかし、一次的――生贄になったと言える程の、酷い実害ではない。それを被ったと言えば、やはりあやつだけであったろう」

「ううむ。そうか……」


 何なの? 母様は、厄災かなんかなの? 被害を食い止めたとか、二次三次とか……。


「まあ、これは単純に偶然だった。と、なるのだろうな。あいつが、その時思いつけた策略の性質上、それで済んだだけ。ただ、それだけの事よ。故に、あの策が出なければ、別の策を用いただろう。そうなれば、被害は増えていたかもしれぬな」

「なるほど……」


 言葉とは裏腹に、今の説明で十分な納得はできていない様子の先生。その先生へ、さらに父様が言う。


「つまり、あれだ。シドー」

「うん?」

「セッテオトルにとって、あいつに生贄として選ばれたのは、寝耳に槍――。であったわけよ」


 これで、ぱっと靄が晴れたような表情に変わった。


「ああ、そういう――! すまぬ、思い出した。ならば、納得だな」


 よー分からんが、先生はこれでようやく腑に落ちたようだ。父様も、その反応を見て満足げに頷いた。


 いや、そっちは何か勝手に分かり合っちゃってるみたいだけどさ。こっちはホントに置き去りだわ。意味不明。寝耳に槍って何? 初めて聞くんですけど。


 横になって静かに寝息を立てる人間の耳に、いきなり槍をぶっ刺す。そんな光景が思い浮かんで、私はとても物騒に感じた。てかさ、それなら寝首を掻くでいいじゃん。


「色々と、意見はあったのだけれど――」


 ステライの声が聞こえ、そちらに目が行く。彼女は、膝の上に置いていた湯呑を持ち上げて、お茶を一口。それから、先生に顔を向けた。


「限定三級の噴石直撃型――。って事で落ち着いたわ」

「そうか。一点集中の中程になるのだな」

「ふふっ。ええ、それぐらいになるわね」


 はい?


「い、一点集中――?」


 まーた、意味が分からない言葉が色々と出て来た。そのせいで、私は誰ともなしに聞き直す。すると、先生が答えてくれた。


「エラクツォーネの被害はな、リリシーナ。儂ら独自の見解を基にして、それに対する大まかな等級があるのだ」


 それ重樹じゃん。やっぱ厄災じゃん。


「今の、限定三級・噴石直撃型というのは――。まず、限定が局地的、つまり一点集中だな。主な被害者は、一人だけという事だ。逆に非限定となれば、被害者の数が増え、規模によって種類がある。それから、等級は被害の威力を示す度合いで、低い方が五級、そこから上がり一級まで。三級は中程度となり、今回は噴石の大きさだな。これで限定三級となる」

「は、はあ……」


 思いのほか、細かく設定されてますね……。


「それから、噴石直撃型というのは、不幸にも遠く火山から飛来した噴石が――。そうだな、限定三級であるから岩ではなく大岩。それが衝突し、砕けた破片が周囲の人間に当たって、若干の迷惑を被った。そして、自身の方は、岩石諸共もろとも粉砕。粉々に四散する。この程度だと思っておけばいいだろう」


 こ、粉々……。


「先生、それって即死――」

「ん? はっはっ。まあ、例えだ、例え。あくまでその程度というな」

「そ、そですか……」


 まあ、例えなら。


「だが、エラクツォーネの被害は、基本死ぬ。でなければ、それは被害ではない。そう割り切っておいた方が無難だろう」


 先生がキリッとして言った。ちょっと!


「せ、先生……」

「はっはっはっ。だから、例えだ、例え。あくまでな」

「は、はあ……」


 例えって。何か、その言葉で誤魔化されてる感が……。


「でも、先生。生死が関係ないなら、三級とか必要ないんじゃないですか? 死ぬのが前提なわけですよね?」


 聞いてて、少し気になった。他は分からんが、等級はいらなくない? もれなく死ぬんでしょ? 


「リリシーナ」

「え? はい?」


 何だろうか、先生は不意に真面目な面持ちとなる。それから、一度、遠い目でふっと宙を眺めてから、私を見た。


「世の中、死より恐ろしい事がある――。そうは思わんか?」

「へ?」


 そうは思わなかったが、いきなり何を言ってるんだとは思った。しかし、その目を見て、「はっ!?」と気付く。 


「せ、先生。まさか――!?」

「ふっ……」


 先生は、自嘲気味に優しく微笑んだ。あ、これ受けてるわ。私は悟った。先生もなんだ。見当は付かないが、先生も母様から死より恐ろしい何かを受けている。これは、その被害者の目――!


 恐らくその何かは、一級辺りに該当するのだろう。つまり、死ぬ方がまだまし。それより上があるということ。


 そして、その上って奴を受けないと、死ぬ事は許されない。死は、それが終わってようやっと訪れ、全てから解放してくれるのだ――。って、死は安らぎかい。どうやら、一級はその意味が全く違うみたいだが、しかし一体それはどんな――。


「姫様」

「う、うん?」


 幸いな事なのか、クロウガルに呼ばれ、想像中の光景がふっと消える。


「そもそも重要なのは、その死に様。そこに至った経緯。儂らは、ここら辺を重視しておるんですわい」

「そうなんだ……」

「うむ。爺様の言う通りだ」


 先生、あとステライと父様も頷く。なるほど――。だから、等級はいるのね。如何に壮絶な最期だったか。これを表現するのに必要だと。あとは、死より恐ろしい何かとの区別かな?


「ああ。それから、姫様。その被害による規模。つまり、死――被害者数。これも、もちろん大事ですな」

「へえ……」

「ただし、シドーのうたように、これらはあくまで、例えですぞ? 例え。そこは間違われないように。ほっほっほっ」

「う、うん……」


 分かったから。そこはもう強調しなくていいから。


 爺も、死人とかって言い掛けたな、絶対……。てか、爺よ。もう隠さなくても、いいんでないの? 自分で、死に様とか言ってんじゃん。なのに、何でそこだけ隠した? 拘りでもあんのか? まあ、別にいいけどさ。いや、しっかし――。


 母様って、相当やばい人だったんだなあ……。私は呆れ返った。今まで思っていた人物像とは、一体なんだったのか。どんどんかけ離れていくよ。そして、どんどん近づいていくんですけど。


「ちなみに、ジャムシルド」


 私に向けられていた先生の顔が、父様に移る。


「何だ?」

「エラクツォーネは、一体どんな弱みを握って、セッテオトルを無理矢理協力させた?」


 弱みとか。それ脅迫ですよね? しかも、その言い方は、もう確定してんのかい。――って、あれ?


 雰囲気がおかしい。今の質問で、ぴたりと場の空気が止まった気がした。それは多分、父様が動かなくなったからだろう。ん? 何だろうね? 私が首を傾げると、


「ジャムシルド?」


 先生も訝しく思ったらしく、眉間にしわが寄る。


「ん? ああ……」


 呼ばれて、父様は動き出した。湯呑を手に取り一口飲む。そして、「はあ……」と一つ溜息。すると、不機嫌そうなその顔に、げんなりとしたしかめが加わる。それから、渋々といった様子で答えた。


「あの当時――。セッテオトルは、浮気をしていてな……」


 …………。は? 浮気? 


「ふー……」


 その言葉が出た途端、先生の長い溜息が聞こえた。顔を見やれば、沈痛な面持ち。それから、項垂れて首を数回振った。


「何と愚かな……。それは、まさにエラクツォーネにとって、格好の餌食ではないか……」

「はあ……。その通りだ……」


 父様も先生と同様。二人して沈痛な面持ちとなった。はあー、浮気かあ……。えーっと。その――、何て言うの? 側室とか妾ってのは別になんだけど……。


 結構、嫌われてるんだよね。正式な婚姻を結ばないでってのはさ。だから、政治的弱点に成り得ちゃうのよ。例えば、豊穣院の長に、そんな人間は相応しくないってなっちゃうの。


 これは多分、曲がった事が大嫌い的な、カトゼの影響だと思う――。うーん。でもなー、大祭主があの変態エロ爺なんだよね。説得力ないかな? 


「当人は、魔が差してやったと。それから、絶対にばれないと思っていたと、後日供述してるわね」

「甘い。本当に甘過ぎるな」

「ふふふ――!」


 ステライが、面白そうに先生へ笑って返す。それから、父様が付け足すように言った。


「全く、シドーの言う通りよ……。この浮気の情報は、以前から掴まれておったらしくてな。それからずっと泳がせ、証拠を固め温めていた。そして、ここぞとばかりに使って脅迫し、無理矢理協力させたのだ」

「やれやれ……。もろに常套手段ではないか……」

「ああ。しかも、結局、妻にばらしおったからな、あいつは。策が失敗したからと言って」

「む、むごいな……」


 先生の顔が引きつった。なるほど、利用するだけ利用してぽい、か……。確かに、使い捨てにされた犠牲者――。どうやら、それが実害のようだ。あとついでに、母様が脅迫を常套手段にしていた事も発覚。


「おかげで、セッテオトルは妻と大喧嘩だ。いや、一方的に半殺しだったらしいが。そして、その話は王宮に瞬く間に広がった。これにより、奴は居た堪れなくなってな。すぐに豊穣院の長を辞した。今は王都を離れ、人目を憚りながら、半ば隠居暮らしよ」

「道理で……。アシャトーヒクに代わったのは、それが原因だったのか。だから、儂が王都に戻った時いなかったのだな?」

「はあ……。そう言う事だ」


 まだ続きあった。しかも、内容が酷い……。けど、これなら即死級の一撃、生贄と言えるほどの実害になるか。せっかく、豊穣院の長にまで上り詰めたのに。今まで積み重ねて来たものが全て破壊され、社会的にも抹殺されたのね……。


「まあ、でも――」


 ステライが微笑む。


「浮気をしたのだから、この件に関しては、いくら酷い目に遭ったとしても、弁明も同情の余地もないわ。ね? シビアナ?」

「ふふっ。はい。仰る通りです、ステライ様」

『うふふふふふ――!』


 お互い口許を隠しながら、上品に笑ってる。けど、怖いなー。怖い。だって、周囲を威圧するような凄味があるんだもん。ここに彼女たちの夫がいたら、どんな反応を示すか。想像に難くない。ただ、その意見には私も賛成だけどね。浮気、駄目、絶対。


「シドーも気を付けなさい」


 怖い笑顔を張りつけたままのステライに呼ばれて、ぎょっとする先生。その話題を、今こっちに持って来るなと、顔が物語っている。姿勢も、後ろにちょっとだけ仰け反った。


「まだ、報告の分だけしか知らないけど――。ローリエちゃんは、とても健気で可愛らしい、素敵な女の子だそうね?」

「う、うむ……」

「そう。それは良かった……」


 うん。良い子だったよー。先生には勿体ないねえ~。ふっふっふっ!


「はあ~。でも、何だかとっても初々しいわねえ~。ローリエちゃんって、十代なのよねえ~。十代かあ~」


 ステライの態度が、ころりと明るくなる。うっとりと? いや、懐かしそうに独り言ちた。


「あ。私の勘だと、ローリエちゃんは初恋よ、きっと。間違いないわ」

「そ、そうか?」

「そうよ。あら? 何も聞いていないの、シドー? って、その様子だと聞いていないみたいね。ふふふっ!」

「ああ、まあ……」


 先生は、バツが悪そうに言い淀んだ。いや、そりゃ聞かんでしょうよ。他に好きな人がいたのかって聞ける? ローリエも、自分からそういうの言うかなあ? 言わないでしょ。


 ステライは、手に持った湯呑を口に運ぶ。そして、一つ溜息を吐いてから、しみじみと言った。


「初恋は、実らないと言うけれど。成就した実例が、こうも周りに多いと、それも所詮噂話に過ぎないって納得するわねえ~」


 へえー。そうなんだね。でも、誰の事言ってるんだろう? 


「私も、若い頃は色々あったけど、初恋とかは覚えてるわ~。胸を切なくしながら相手の事を想う、あの初めての気持ち――。ローリエちゃんも、きっと同じような心境ね!」

「う、うむ。そうかもしれぬな……」


 いや……、それはどうかなあ? 私は、ステライの昔の事を詳しく知らないが――。なーんか違う気がする。全然別の性格っていうかさ。


「ふふっ。でも、そんな素敵な初恋が実ろうとしている、ローリエちゃんを。ねえ、シドー?」


 ステライがにっこりと微笑む。


「差し置いたりとか。蔑にして、悲しませるようなことをしたら。あまつさえ、浮気などという最低なことを、もし万が一にでもやったりしたら。ふふふっ」


 ことり――。手に持った湯呑を、卓の上へ静かに置く。


「どうなるか――、分かっているわよね?」


 ステライの雰囲気が、一瞬で変わった。武人が纏う、殺意ような気迫を発する。そして、どすの利いた声にそれを込め、貫こうとした。


 研ぎ澄まされた威圧が、喉元ぎりぎりで突き付けられているよう。手を伸ばせば、切り裂かれそうでもある。そのせいで、先生は顔を歪め、体が緊張で強張っているように見えた。


 おおー。先生にこれだけの威圧を、即座にかませるとは。流石は王の盾。そして、『軍門』と謳われたジョーテッペ家当主だけの事はある。先生は、すぐに降参したようだ。多少尻込みしながら、頷いて返した。


「う、うむ。大丈夫だ」

「本当ね?」

「ああ。儂はせぬよ。お前たちを敵に回す勇気もない。しかし、肝には銘じておこう」

「良い心掛けだわ。そうしておきなさい」


 ええ。信じてますよ、先生?


「ほっほっほっ。怖い怖い」


 爺が、三つ編みの顎鬚を伸ばしながら笑う。


「ま、早々にな。尻に敷かれてしまうことじゃよ、シドー」

「爺様……」

「武人は、特にそれが良いようじゃな。イージャンやレナザだけでなく、ゴトキールといった他の連中も、大体それで上手い事いっておるからの」

「はあ……。確かにそうですな」


 爺が言ったレナザとは、ステライの夫の事だ。ふうん。そういうもんなのかなあ。でも、ゴトキールはどうなの? イージャンとレナザ、この二人とはまた違うような。


「まあ、無論、ただ乗るだけでは駄目。そのために必要な事は、あるじゃろうがな」

「と、言いますと?」

「ほっほっほっ」


 先生が聞き返すと、爺が愉快そうにまた笑う。それから言った。


「ステライもシビアナも、あとシヴァルイネもそうじゃが――。夫を煽てるのが上手いんじゃよ。あと、立てるのも上手い。これが出来れば、取り敢えずもう十分じゃろうな。夫はその気になってしまうからの」

「なるほど……」

「妻への不満なんぞもな、それで吹っ飛んでしまうのじゃ。これが大きい。その不満が溜まらぬから、仲違いをせずに済むからの」

「ふうむ、確かに。それは道理ですな」

「うむ」


 先生は素直に納得している様子。だが、私はそうじゃない。うーん。これは、シビアナやステライを見てたら、まあ分かる気がするわ。そんな感じだもんね。でもなー。


「ねえ、爺」

「何ですかな?」

「それって、シヴァルイネも?」


 二人は納得できるけど、彼女は違うじゃない? 人目があっても関係なし。あのおっさんを、ぼっこぼこにしてるよね? これは、夫を立てるってのと真逆でしょうに。勿論、煽てるってのも見た事ない。


「ほっほっほっ。姫様。ああ見えてシヴァルイネは、立てる所はきちんと立てておるんですわい」


 えー?


「そーおう?」

「うむ。そうですじゃ。ま、確かに煽てる方は、傍から見る分には分かり難いですがの」


 うーん、ホントに? 私はいまいち納得できない。だって、ぶっ飛ばしている印象しかないだもん。――ああ。けど、さっきの膝枕ちゅーの件があるか。


「それに、姫様。シヴァルイネは――」

「クロウガル様」

「おっと、いかんいかん。ほっほっほっ」


 げっ……。ステライに窘められて、爺は言葉を濁す。しかし、何を言いたかったのか、私は察することが出来た。とは言え、これは良くない。


「何? まあ、言えないなら、深くは聞かないけどさ」


 自然を装って、答えを返せる時間は僅か。一縷の望みに託して、私は肩を竦めながらそう言ってみた。


 首を傾げて不思議がる。察した振りをして、敢えて無言を通す。とか、浮かんだんだけど、どっちも私の反応としては、より不自然かなって思ったから止めておいた。


 さて、どうかな――。様子を窺うと、すぐに爺が目を見開いて、ぱちくりと瞬きをする。


「何じゃ。姫様もご存知か」

「あら」


 ステライも、口許を隠して目をぱちくり。あー。やっぱり駄目かあ……。私は、がっくしと頭と肩を落とす。うーん、参った。ごめんよ、シヴァルイネ。何も言わないって決めてたのになあ……。


 彼女の事は、もう黙っているつもりだった。だが、こういう答えを求められる状況になると、それは無理。爺に嘘は吐けない。殆ど通用しないのだ。全滅に近いと言って良いだろう。


 ステライは、それに準ずると言った所かな。爺と比べれば、まだって感じ。だけど、彼女にも、かなり分かりやすくなっていたのだろう。二人同時に気付いてたよね。


 やっぱり、不意を突かれたのが痛かったなあ。これがホント良くない。動揺が走って、私には相当不利だった。


「殿下」

「んー?」


 シビアナに呼ばれ、顔だけ向ける。


「お気になさらず。ここにいらっしゃる皆様は、ご存知ですので」


 ああ、そうなるのか。父様も先生も知ってるんだね。って、シビアナもか。結構、ばれてんぞ、シヴァルイネ。


「それと、殿下が何故嘘をいてまで、知らない風を装いたかったか。これも皆様、察しておられますので」

「うーん。そう言ってくれるのは、有り難いけど――」


 何て言うか、皆知ってるから別に良いって訳じゃないんだよね。自分で黙っておこうって決めた事を、ばらしてしまったからなあ。だから、罪悪感があるっていうかさ。ま、今更言っても仕方がない。ふい~。


「爺、どこ?」


 気持ちを切り替え、顔を上げて尋ねる。


「一瞬、わしらから視線を外したのと、間の空き方。それから口振り、ですな」

「うわあ。結構やらかしてるね……」


 自然を装ったつもりだったんだけど……。


「口振りが、若干刺々しかったのが、一番良くなかったですな。この話に関わりたくない。避けたい感じを受けましたわい」


 私がそうなったのは何故か? 爺が恐らく言おうとした「シヴァルイネが実は甘えんぼさん」だって事を、知っている。それを勘付かれたくなかったから。って事ね……。


「うげー……」

「ほっほっ。姫様がお生まれになってから、儂らはずっと見て来ておるのです。シビアナには敵わぬが――。どうしてもその口振りに、違和感を覚えてしまいますな」

「いや、そういう範疇じゃないと思うけど――」


 絶対違うよ。爺たちの能力が高いせいだ。ていうか、ホント勘弁してほしい。私の周りには、私の嘘を見抜ける奴らが多すぎる。声色を見てそれが出来る、レイセイン並みだよ。


 んで、シビアナはまた別だ。嘘を見抜くのは基本。こいつは私の心まで読んでくる。的確に。


「ま、仕方がありますまい。まず虚を突かれたのが、痛かったですな、姫様?」


 その顔を見て気付いた。おい……。今にやりと言ったな、爺め。


「いやあー、それは確かに。でも、ステライが爺をわざと止めたから、こうなったって気もするけどなあ~。はっはっはっ」


 すっとぼけた体を装い、明るく突っ込んでみる。彼女が爺の発言を遮ったからこそ、生まれた虚だ。つまり、二人は共謀して、さっきの状況を作り出したんじゃないかって事。


「ふふふ! いいえ。そんな事はしてませんよ? 偶然です偶然。ねえ、クロウガル様?」

「ほっほっ。そうじゃとも」

「はっはっはっ。そっかそっか」


 私たちは三人で笑い合った。どうだか。いや、嘘嘘。ステライは、偶に面白半分で仕掛けてくるんだよね。で、爺がそれに上手い事乗っかるの。


 ただ、別に爺はそんな事しなくても、私の嘘が分かる。だけど、これも訓練だって色んな状況を作ってくるのだ。今回もその一環だろう。


「ほっほっ。ともあれ、結果的ではありますが――。シヴァルイネの事は、一応秘密と言うべきか、大っぴらに話す事ではない。そういう類でしたからの。それを、姫様がご存知かどうか確認するには、良い手になりましたな」

「そう――、ね」


 この秘密を知っているかと、内容を話すわけにもいかないし。爺たちならではの、やり方ではあるね。


「ただ、本人が恥ずかしがるから、黙っておるだけで、別に悪口ではないからですからの。そこまでひた隠しにする必要も、ないとは思いますがな」

「うーん。そうだねえ」


 爺の言う事は分かる。けど、私は言わないって決めたからなあ。


「あれは、家の中じゃあ相当べったりらしいからのう。ま、確かに人から言われれば、恥ずかしいじゃろうが、良い事じゃよ。夫婦の仲が睦まじいのはの。ほっほっほっ」


 爺は髭をゆっくりと撫でた。ああ、やっぱりその事でしたか。


「ふふっ。まあ、家の外でも、結構分かりますけどね。頑張って隠そうとしているみたいですが」


 ステライがにんまりと微笑む。


「一番可愛らしいと思ったのは、ゴトキールを見る時です。睨むのは、顔がにやけるのを防ぐためだと知った時は、本当にそう思いました。抱き締めたくなりましたね。ふふふふ――!」

「ほっほっほっ。確かに、あれは分かりやすいのう」


 ええええ!? そうなの!? 突如として発覚する新事実。まさか、そんな理由で睨んでいたとは。ていうか、ステラーイ! それ私の知らない情報ですよー! 言っちゃっていいのかー!


 やれやれ。図らずも、黙っておく事案がまた増えてしまった。しかし、シヴァルイネの様子を思い出して、改めて納得。うーん。結構垂れてたよねえ、でれでれだったもの……。あれを他人に見せないようにするためだったか……。


「まあ、困ったことがあったらな、シドー。ゴトキール達、夫の方からも色々聞いてみる事じゃ。それこそ一言万鈞の助言が貰えようて」

「ふっ。そうですな」


 二人の話を聞いて、ステライがくすりと笑う。


「あら、クロウガル様。だったら、レナザに余計な事を言わない様、色々と釘を刺しておかないといけませんね?」

「お、おい」


 先生が慌てて言うと、爺はぴしゃりと自分の額を叩いた。


「しまった。余計な事をうてしもうたわい。ほっほっほっ!」

「ふふふふふ――!」


 ステライが笑い、それに釣られるようにシビアナも微笑む。先生は、ばつが悪そうな困り顔だが、父様もにやりと満足そうに目を瞑っていた。


 そんな中、私は父様にじっと視線を送る。すると、すぐに気付いて目を開くと睨んできた。


「何だ、その目は?」

「いえ。父様はどうだったのかなーって」


 母様のお尻に敷かれていたんだろうか、気になった。すると、父様は鼻で笑う。


「ふん! つ」

「どうだったの? 爺? ステライ?」

「おい!」


 父様を無視して、その隣を交互に見た。もうね、鼻で笑った時点で分かったから。全然、信用できない。絶対ホントの事言わない。そう察したから。


「ほっほっほっ」


 私が視線をもう一度向けると、爺は懐かしそうに目を細める。そして、愉快そうに笑った。


「陛下も武人。ですが、姫様。陛下は、例外ですな。のう、ステライ?」

「ええ。そうですね」


 爺もステライも笑顔で答える。ほほう、どうやらそうらしい。母様のお尻には敷かれてなかったと。流石、父様。この国の王だけはある。威厳も保たれましたな。疑った私が愚かでした。


 しかし、二人とも、何て慈愛に満ちた笑顔なんだろうね。とても穏やかで輝いている。何の含みもない言い方だったけど、おかげで伝えたい真意が、もう嫌と言うほど伝わってきた。だから、きちんと受け取ったと教えたい。私も同じように、慈愛を込めた笑顔で答える。


「ふふっ。そっか」


 しっかりと敷かれてましたか。


「ふん! 当然だ!」


 腕を組んで目を瞑り、得意げになって言う父様に、作った笑顔をそのまま向ける。そっか。これが私の父親か。そう思いながら爺たちと一緒に微笑んでると、先生の声が聞こえてきた。


「っと。ああ、どうもいかんな。また話を逸らしてしまった」


 頭を掻きながらそう言うと、父様が目を開いて口許を歪める。


「気にするな。いつもの事だ。お前が来ると、どうしても話したくなる。余計な事でもな」

「ふっふっ。すまぬな」


 これは敢えてだね。意図的に聞こえたもの。別に先生が逸らしたわけでもないし。


 けど、流石です先生。私がどういう目で見てるか。それがばれると、面倒くさくなるもんね。あと、この雰囲気。これに気付かれても面倒くさい。その前に、というわけですな。


 あ。もしかしたら、自分に向いた話の矛先を、逸らすためってのもあるかも。このままだと、また自分の話題が戻って、まだまだ続きそうだし。その流れを切りたかったとか。ふふっ。


「それで、ジャムシルド」


 先生は、気を取り直すようにお茶を一口飲んで、湯呑を卓の上に置く。それから尋ねた。


「エラクツォーネの策とは、具体的に何だったのだ?」 

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