カントリーミュージック発見の日 第1話:アパラチアの呼び声
作者のかつをです。
本日より、第四章「カントリーミュージック発見の日 ~ブリストル・セッションの奇跡~」の連載を開始します。
ブルースと並ぶ、アメリカ音楽のもう一つの偉大な源流、カントリーミュージック。
その「創世記」とされる、奇跡のような出来事を描いていきます。
物語の主人公は、一人のレコード・プロデューサーです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
若者に人気のセレクトショップで、軽快なカントリーソングが流れている。
バンジョーの陽気な音色と、少し鼻にかかった、心地よいボーカル。
その音楽は、洗練されたファッションと奇妙にマッチし、都会的なライフスタイルの一部として、当たり前のように消費されている。
多くの人にとって、「カントリーミュージック」とは、テイラー・スウィフトのようなポップスターか、あるいは古き良きアメリカの象徴、カウボーイの音楽、というイメージだろう。
しかし、その巨大な音楽ジャンルが、たった一人のレコード・プロデューサーの野心と、アパラチア山脈の奥深くで行われた、わずか12日間の公開録音から生まれたという事実を知る者は、ほとんどいない。
すべての始まりとなった、奇跡の瞬間を。
物語は、狂騒の20年代が終わりを告げようとしていた1927年のアメリカに遡る。
ニューヨークの摩天楼の一室。
大手レコード会社「ビクター・トーキングマシン社」のプロデューサー、ラルフ・ピアは、大きなアメリカ地図を広げ、その一点を指でなぞっていた。
彼の目は、 শিকার(かりゅうど)のように、まだ見ぬ獲物を求める光で満ちていた。
当時のレコード産業は、ジャズやブルースといった「レース・レコード」の成功で、活況を呈していた。
しかし、ピアの野心は、それだけでは満たされなかった。
彼は、まだ誰も気づいていない、巨大な鉱脈が、この国には眠っていると確信していた。
それは、都市の黒人音楽とは違う、もう一つの「アメリカの魂」。
アパラチア山脈の険しい山々に抱かれ、孤立して暮らす、白人の子孫たちが歌い継いできた音楽だ。
彼らは、イギリスやアイルランドから渡ってきた祖先たちの古いバラッドを、何百年もの間、口伝えだけで守り続けてきた。
その歌は、ラジオの電波も届かない深い谷間で、独自の進化を遂げているはずだ。
「そこに、本物のアメリカの音楽がある」
ピアは、会社の役員たちを説得した。
「スタジオで、都会のミュージシャンに演奏させるのではない。私自身が、山の中へ入っていく。そして、彼らの生活の場で、彼らの音を、ありのままに記録するのだ」と。
それは、前例のない試みだった。
彼は、最新の「電気式録音機材」を車に積み込み、ニューヨークの喧騒を後にして、南へと向かった。
目的地は、テネシー州とバージニア州の州境に位置する、小さな町、ブリストル。
アパラチアの山々への、玄関口とされる場所だ。
彼は、まだ知らない。
この、ほこりっぽい田舎町への旅が、やがて「カントリーミュージックのビッグバン」と呼ばれる、歴史的な瞬間を引き起こすことになるということを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第四章、第一話いかがでしたでしょうか。
ラルフ・ピアは、レース・レコードの仕掛け人でもあり、常に新しい音楽の鉱脈を探し求める、非常に鼻の利くプロデューサーでした。
まさに、この物語の主役にふさわしい「開拓者」の一人です。
さて、アパラチアの玄関口、ブリストルに到着したピア。
彼は、どうやって、山に隠れた才能たちを、見つけ出すのでしょうか。
次回、「街角のオーディション広告」。
一枚の新聞広告が、歴史を動かすことになります。
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