教会にブルースを持ち込んだ男 第8話:日曜の朝の讃美歌(終)
作者のかつをです。
第三章の最終話です。
一人の男の個人的な悲劇から生まれた音楽が、いかにして時代とジャンルを超え、現代の私たちの音楽の中に生き続けているのか。
その壮大な繋がりを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
トーマス・A・ドーシーはその後も生涯をゴスペルに捧げた。
彼は500曲以上のゴスペル・ソングを書き、全米ゴスペル聖歌隊協会の会長を50年以上にわたって務め、「現代ゴスペルの父」として誰からも尊敬を集める存在となった。
彼が絶望の淵から生み出した音楽は、何百万人という人々の心を慰め、励まし、そして生きる力を与え続けた。
彼が亡くなったのは1993年。
93歳の大往生だった。
その葬儀では、彼が書いたゴスペルが鳴り響いていたという。
悪魔の音楽と神の音楽。
その間で引き裂かれていた一人の男の魂は、最終的に大いなる平安を手に入れたのだ。
……現代。
日曜日の朝、アメリカのどこにでもある黒人教会の礼拝。
聖歌隊のパワフルな歌声が教会中に響き渡る。
信者たちは立ち上がり、手拍子を打ち、体を揺らし、共に歌う。
ある者は涙を流し、ある者は天を仰いで歓喜の声を上げる。
その熱狂の中心で、彼らが歌っているのは今もなお、トーマス・ドーシーが書いた「Take My Hand, Precious Lord」だったりする。
そして、その教会の外。
街のCDショップでは最新のR&Bシンガーのアルバムが、チャートの一位を飾っている。
その官能的な愛の歌の、メロディの節回しや情熱的な歌い方の中に、ゴスペルの魂は形を変えて確かに生き続けている。
あなたは知らない。
ホイットニー・ヒューストンの圧倒的な歌声も。
U2が公民権運動への敬意を込めて歌った、あの有名な曲も。
そのすべての源流を辿っていくと、一人の男の個人的な、あまりにも深い悲しみに行き着くということを。
妻と子を失った絶望の夜。
その暗闇の中から、彼が必死に手繰り寄せた一筋の光。
その光が今もなお、世界中の人々の心を日曜の朝の讃美歌として、あるいはヒットチャートを彩るラブソングとして照らし続けているということを。
すべての偉大な音楽は、一人の人間の魂の物語から始まっているのだ。
(第三章:ゴスペル創世記 ~教会にブルースを持ち込んだ男~ 了)
第三章「ゴスペル創世記」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
トーマス・ドーシーの物語は、悲しみがいかに創造の力へと転化されうるかということを、私たちに教えてくれます。
彼の音楽はこれからも、多くの人々を救い続けていくことでしょう。
さて、神への祈りの歌が生まれました。
次なる物語は、アメリカのもう一つの魂の故郷、アパラチアの山々から生まれた音楽の物語です。
次回から、新章が始まります。
第四章:カントリーミュージック発見の日 ~ブリストル・セッションの奇跡~
一人のレコード・プロデューサーが行った田舎町での公開録音が、いかにしてカントリーという巨大な音楽ジャンルを産み落とすことになったのか。
その奇跡の数日間を描きます。
引き続き、この壮大な音楽創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
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それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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