10’ チャイナ娘・後日 2013/04/29(月曜・祝日)
<<柊朋美視点>>
「……うわぁ」
妹の久美が、店の入り口を見つめたまま、うっとりした表情で賛嘆の声をもらした。店内の他のお客さんも、かなりの割合で同じ感じだ。わたしも釣られて、同じように入り口のほうを向いてみる。
何かのロケなのだろうか? ため息をつきたくなるような美男美女5人連れがお店に入ってきて──そしてウェイトレスさんに案内されるまま、何の導きなのかわたし達のすぐ隣の席にやってくる。座る動作すらとっても優雅で、思わず見惚れてしまう。
うち2人はたぶん双子なのだろう。ガーネットと黒曜石のような色彩の、色と柄だけが違う同じデザインのチャイナドレスに身を包んだ、瓜二つの究極美少女たち。ドレスの裾は足首までだけど、腰まで入ったスリットから見事な脚線美を描く生足がのぞいている。
ノースリーブの肩からむき出しになった腕も、余分な肉が一切付いてなくてすごく綺麗。手足がびっくりするほど長い。身長の半分より股下のほうが長そうだ。ほっそりとして、頭もありえないくらい小さい。目測9頭身美人。
1人でもアトラクティブなそんな美少女が、2人もいるのだ。目を引かないわけがない。
「こりゃ、やっぱり目立っちゃってるねえ」
たぶん彼女たちの父親なのだろう。一行の黒一点の、アメシストの色のメンズチャイナを着た男性が飄々と面白そうに言う。スマートで背が高く、少し童顔の入ったハンサムな顔には、確かに彼女たちの面影がある。
「わたしだけ、なんか浮いてる感じで嫌かも」
サファイアのような色合いのアオザイを着た女性が、笑顔でそんなことを言っている。一行では一番小柄な、女優だと言われたら納得しそうな美人。茶色の髪をシニョンでまとめた、色白で灰瑪瑙の瞳をした大人の女性。肌も綺麗で、多分20代半ばか、いって後半くらいだろうか。
あからさまに見蕩れすぎていたわたしに向かって、最後の1人がはにかんだ笑顔を向ける。とたんにドキリと高鳴るわたしの心臓。その瞬間から、あれだけ魅力的だった双子? も意識から離れて、彼女の姿から目をそらせなくなる。
超ミニでピンク色の、珊瑚を削って作ったみたいなチャイナドレスに身を包んだ少女だ。アラバスターのような、白くてつややかな手足がドレスからすんなりと伸びている。中に内臓が入っているのか疑問に思うくらい細いウエストと、ドレスのヒップが余り気味な小ぶりなお尻。それなのに豊かな胸が、窮屈そうに自己主張している。
スタイルも見事で背も高いし顔立ちも整っているのに、表情や仕草を見ていると、妙にあどけない感じがする、そんな不思議な、人形めいた美少女。アオザイの女性のたぶん妹なのだろう。顔立ちが似ている。ハーフなのか色素の薄い大きな瞳が、琥珀の色で輝いているのがとても印象的だった。
「ね、ね、お姉ちゃん──ねえってば」
ほっぺたをプニプニと突っつかれる感覚に、やっと我に返る。
「うん、ごめん。久美。何?」
「お姉ちゃん、ぼけっとしすぎ。……あれ、ひょっとして瀬野悠里って人?」
瀬野悠里。
言われてみればその通りだ。クラスメイトの瀬野君の、姉というモデルさん。この前クラスで話題になってからチェックし始めて、今ではすっかりファンになった人。赤と黒、どっちか分からないけど、双子?のうち片方は悠里さんに違いなさそう。
「……そっか。そうだね。言われないと気付かないのは不覚だったけど」
「どうする? 声かけてサインもらっちゃう?」
「そんな、悪いよ」
それにもし、これが何かの撮影中だったりしたら目も当てられないし。
でも。あれ?
その時のクラスでの会話を思い出す。ひょっとして、悠里さんとそっくりなもう1人は、実は瀬野君の女装だったりするのだろうか。もう一度まじまじと2人を見直してみるけど、とてもそうは思えない。身体のラインから美貌まで、どこからどう見ても超美少女以外のなにものでもない。
「瀬野君?」
少し勇気を出して、小声で呟いてみる。反応したのは、でも推定双子のどちらでもなくて、メンズチャイナの男の人だった。
「うん。僕は瀬野だけど……呼んだかな?」
人の緊張を溶かすような柔らかな声。
「あっ、いいえ。そうじゃなくて。……そうじゃなくて、わたしのクラスメイトに似た人がいたので」
いつの間にか会話を止めて、わたしのほうを見ているご一行様。今すぐ消え去りたいような気分。
「あっ、ひょっとしてあなた、俊也のクラスのかた?」
アオザイのお姉さんが手を叩いて、嬉しそうにそんなことを言う。瀬野俊也……うん、確かに瀬野君のフルネームはそうだったはず。
「はい、わたし瀬野君のクラスメイトで……柊朋美っていいます。こちらが妹の久美」
「なるほどね。俊也も来てれば良かったのに」
「そうよねー。……朋美さんごめんなさい、今日は俊也はいないの」
赤と黒の美少女2人が、煙水晶のような瞳で見つめて、代わる代わるわたしに言ってくる。実は片方が女装した瀬野君というショックな状況じゃなかったと、内心ほっとしてみる。
「そういえばさっき、お姉さまの名前呼んでましたよね?」
ピンクのチャイナドレスの女の子が、少し低めの甘い声で久美に聞いてくる。もっと高い声の持ち主だと思っていただけに少し意外だけど、でもいつまでも聞いていたくなるような、一種癖になりそうな不思議な声色だった。
「お姉さま、って?」
「瀬野悠里」
怪訝な顔で聞き返す妹に、女の子が笑いながらその名前を呼ぶ。
「あっ、聞こえてたんですか。ごめんなさい。お姉ちゃんがファンなもんなんで」
「ありがとー。一応、私が悠里です。どう? サインか何か書こっか。今、書くもの何も持ってきてないけど」
黒いチャイナドレスの美少女が、笑顔でそんなことを聞いてくる。慌てて手帳とペンを差し出すと、わたしと妹の分のサインをさらさらと書いてくれる。
流麗な字で、"Juulia"……ジューリア、かな?
「あと私が瀬野愛里ね。悠里の双子の妹で、──聞いてるかどうか知らないけど、私たち、俊也の実の姉です。……俊也の女装とか、そんなことはないのよ?」
「あうあうあう……ごめんなさい」
顔から火が吹き出そうな気分。
「あの、皆さんどういう繋がりなんでしょう?」
妹の物怖じしない性格がうらやましい。
「私と悠里が双子の姉妹。この子がアキちゃん。血は繋がってないけど、私たちの可愛い可愛い大切な妹」
その言葉に目を細め、くすぐったそうに幸せそうに微笑むピンクの少女──アキちゃん。確かに可愛い。可愛すぎだ。
「これが哲也パパ。私達の実の父親。そしてラスト、その再婚相手の純子ママって一家です」
とすると、アキちゃんと純子さんは姉妹じゃなくて母娘なのか。少し意外。
「今日は珍しくみんなの休日があってね。中華街でゆっくりしようって来てみたんだけど」
「この前、たまたまチャイナ服を全員分手に入れる機会があってね。で、ついでだからそれをみんなで着てみよう、って話になって」
「わたし、何かのロケかと思いました。どこにカメラがあるの? って、探しちゃったし」
色々話している最中、ウェイトレスさんが瀬野君一家のところに料理を運んできた。久美はまだ話したそうにしていたけど、流石に悪いと自分達の昼食に戻ることにする。
「──朋美さん。俊也のことを今後ともよろしくお願いするね」
それぞれの食事に戻る前、柔らかな声色で、目を細めて、そうわたしに言ってくるパパ氏。
「あっ! はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」
思わず大声で返事して、店のお客さんの注目を浴びて赤面してみたりしたけれども。
2人もくもくと食事を終えて、店を出たところで同時にため息をつく。
「あんな美形一家っているもんなんだねえ。お父さんもすっごいイケメンでファンになりそ。お姉ちゃんのクラスメイトって人も、あんな感じなの?」
「瀬野君はパパさんじゃなくって、悠里さんそっくり……かな。多分お化粧すれば見分けつかないくらいだと思う。男の子にこの言葉使うのは変かもだけど、綺麗な人だよ……」
今でも目を閉じるとありありと思い出せる、ジュエリーボックスの中の宝石のような一家。でもわたしの胸に一番印象に残ったのは、悠里さん達ではなく、アキちゃんの笑顔だった。まるで恋に落ちたかのように、いつまでもドキドキが続いていた。
<<柊朋美視点 終わり>>
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(──雅明、おつかれさま)
着替えに使わせてもらった、例のチャイナドレスレンタルショップの更衣スペース。そこにどうにかこうにかたどり着いた俺の脳内に、面白がるような声が形作られる。
「殺せ……いっそ一思いに殺してくれ……」
傍から見てれば独り言の、そんな呟きを漏らす。
いつかやられるんじゃないかと怖れていた、『アキモードで可愛い女装したあと、雅明モードに意識を切り替えさせられる』羞恥プレイ。今日、こんな形でさせられるとは。
ありえないくらい露出度の高い、ピンクのチャイナドレスを着て人の多い中華街を回る。俊也のクラスメイトだけならともかく、俺の知り合いに遭遇したときは心臓が止まるかと思った。気付かれなかったようなのは助かったけど。
今まで押し隠してきた羞恥心が一気にぶり返し、このまま自殺しようかとすら思えてくる。
(せめて、チャイナドレスから着替えたあとにしたほうがいいよ?)
うるさい。
(でも、雅明喜んでたしなあ。本当はあたしが遊びたかったのに譲ってあげたんだからね?)
「……」
無心にして、回答を与えないようにしてみる。所詮は同じ人物、互いの心は手に取るように分かっている。無意味な努力なんだけど。
『女装して外出したり、女のふりをするのは恥ずかしい』……そんな羞恥心を誤魔化すために、『自分は今“雅明”じゃなくて“アキ”なんだから、これは女装じゃない』と思い込むために作ったはずの、『アキ』という存在。
そのはずなのに何故俺は、『彼女』からからかわれたり余計な羞恥心を煽られたりしなければならないのだろうか。
あげく今は“雅明”の状態のまま、19歳の男なのに、可愛いチャイナドレスを着て、女の子のふりをして喜んでいる。認めてしまったら人生終わりな気がひしひしとした。
「アキちゃん、大丈夫?」
「ちょうどいいや……コルセットの紐緩めて……」
カーテンをあけて、黒いチャイナドレスの姿のままの俊也が入ってきた。
「緩めるだけでいいの? 外したほうがよくない?」
そんなことを言いながら紐を緩めてくれる。やっと呼吸が楽になる。
「まあ、この状態ならそんなに素と変わりないし、外すと持ち歩くのに邪魔だから」
「コルセットが苦しいのは私も思い知ってるから、きついときは遠慮なく言ってね」
その言葉をありがたくもらいつつ、着替えを取り出す。これまたまっピンクなブラウスに、白いミニのチュールスカートのセット。ため息をつきつつ袖を通し、鏡を見て自分を確認。
うん、可愛い☆
(……って。おい、アキ。思考に割り込まないで)
(言いがかりだー。ぶーぶー。自分が可愛いと思ったのは雅明のくせにー)
無心無心。
化粧スペースでチークと口紅とグロスを付け直して、鏡の中の自分にウィンク。チャイナドレスよりは露出の低い衣装に、少し落ち着いた気分になる。
……なんだか順調に、俺の女装調教が進んでいる気がするのが怖かった。




