11 花魁道中 2013/05/12(日)
【注意】
この話はフィクションです。実在の中原街道時代まつりとは関係ありません
「やっと巡りあえたね! 我が愛しき運命の人よ!!」
眺めているフリをしていたスマホから目を上げると、そこにデンパナンパ男がいた。
「ね。あなたひょっとして、会う人会う人全員に『運命の人』って声をかけて回ってるの?」
前から少し疑問だったことを聞いてみる。
最初に会ったとき、俺は甘ロリでギャル系メイクで茶髪のカツラをつけた姿だった。
2回目は確か、ガーリッシュファッションでナチュラル系メイクで地毛だったはず。
3回目になる今は、赤のチェック柄ワンピースに黒のテーラードジャケットを合わせて、OL風のメイクに黒髪ストレートのカツラをつけた、『大人カワイイ』を目指した格好。
よほどの知り合いじゃなければ、まず別人と認識しそうな取り合わせだと思うのに。
「君と再会できて3回目になるけど、やっと普通に返事してくれたね。なんだかすごく嬉しいよ。……けど何のこと? オレは君以外、他の誰にも声をかけたことなんてないのにさ」
やや怪訝そうな顔で、平然とそう聞き返してくる。意外に鋭い男だった。どうせならその鋭さを、俺が男と見抜くのに使って欲しかったけど。
少なくとも他のナンパ男が寄って来るのは防げるだろうし、悠里たちと合流する少しの間、つきあってみることにするか。そんな気まぐれを起こしてみたりする。
「そうそう。今度会ったら君に渡したいって、プレゼントを用意してきたんだ」
そう言って、上着のポケットから小箱を取り出す。前回までは男物の服なんて興味がなかったから気付かなかったけど、仕立てのいい、多分ブランド品のジャケットだ。……って。
「ごめんなさい。あたし、あなたからプレゼントもらう気はないんです」
何か嫌な予感がして両手を振って押し返す。意外にあっさり引っ込めてくれて、ほっとしてみたり。
彼との会話は意外に楽しかった。思い込みが激しいのが難だけど、ユーモアがあって話題豊富で、白いスーツ姿の悠里(?)の姿が見えて別れるのが少し残念になるくらい。
「じゃあ、待ち合わせの人が来たから、あたしはこれで」
「……やっぱり、オレの恋人になってもらうのは無理なのかな?」
「うん、何があっても100%無理。それは断言するから希望は絶対に持たないで──バイバイ」
期待を持たせたら可哀そうだしと、あえて冷たく言って悠里(?)に向かって足早に歩く。
「おつかれさま……えっと、悠里?」
「アキちゃんもお疲れ様。一応、私は愛里ね」
前々から所属する芸能事務所を探していた悠里。瞳さんの事務所の話をした翌日に見学に行って、その場で契約をしてきた。相変わらず即断即決な行動力が、俺には眩しい。
その数日後に、俊也も同じ事務所に契約。ただ彼の場合バイト類が禁止な校則があるので、高校生の間は『瀬野愛里という名前の、瀬野悠里の双子の妹』という名義で活動することになっているのだそう。色んな意味で、よく許してもらえたものだと思うが。
そして俺はというと……未だに迷ったまま保留状態。この姉弟と違って、やるともやらないとも決められないままだ。
「さっきの誰? 知り合い? 随分と楽しそうだったけど」
「名前も知らないナンパ男なんだけどね。時間つぶしで付き合ってみたの」
今日は悠里のお願いもあって、悠里の雑誌で読者モデルをやってきた帰り。仕事中は『アキモード』だったから余り気にもならなかったけど、顔見知りのスタッフが大勢いる中で女の子のフリをして撮影するのは、思い出すと恥ずかしい経験すぎた。
その後帰りの電車で色々あって“雅明モード”に戻って、今はすっかり女装男状態だ。相変わらずやたらと人目を引くらしい、俺と俊也の女装姿。アキのときは快感な道行く人の視線も、今はただただ、恥ずかしい。
もっとも、今一番注目を集めているのは、愛里(=俊也)の白いタイトなミニスカートから伸びた長い生脚っぽいけど。俺自身、相手が男と分かっていても、悠里そっくりの美脚につい目が行ってしまうのを止められないのが悲しい。
「うん? 私の足になにか付いてる?」
悠里を待つ会話の途中、俺の視線に気付いたのか、俊也が面白そうな顔で聞いてくる。
「いや、そのスカート似合ってるなぁ、って。あたし絶対着れないし」
以前試してみたけど、俺のお尻のラインでタイトスカートを着るのは『男バレバレ』ってほどではないにしても、どこか違和感が出て厳しいものがあった。むしろ男のくせにこれだけ穿きこなせる俊也が異常すぎるのだ。
まあ、そんな流れでファッションについて話している最中、「おまたせー」と悠里がやってきた。『愛里』と対になる、黒のスーツの上下。俺の着ている黒いレディスのジャケットが、悠里とペアルックっぽい……って、喜んでしまってよいものかどうか謎だけど。
今日の目的地は、隣の市で毎年やっている祭りの説明会。その祭りの出し物の一つである花魁役を、悠里と俊也と、あと同じ事務所のもう1人の3人でやるのだとか。部外者のはずの俺がなぜ同行させられているか不明だけど、悠里のお願いは断れない。
「ところでアキちゃん、そのポッケの中身何?」
スカートをひるがえしつつ3人で会場に向かう途中、悠里がそんなことを聞いてきた。見ると俺の上着のポケットが妙に膨らんでいる。何か入れた記憶もないのに。探ってみると、まず小さな紙切れが2枚出てくる。
1枚目は『株式会社△△△△ 代表取締役 桧垣晃司』という名刺。
2枚目は『運命の君よ! 個人携帯は0xx-xxxx-xxxxいつでもかけてきてくれ』他いくつかメッセージが書かれたピンク色の名刺大のカード。
「げっ。デンパナンパ男かぁ。プレゼントは断ったはずなのに、いつの間に入れたのかな」
「それ、合流の前一緒にいた人? 若いイケメンに見えたけど、見かけによらないもんだね」
残りの小箱をポケットから取り出し、蓋を開く。
「うわぁ……婚約指輪! どうするこれ。多分すごく高いよ。社長夫人目指してみる?」
中身を見て、思わず、と言った感じで賛嘆の声を漏らす悠里。
「ご丁寧に宛先教えてくれたんだから、こんなのはもちろん送り返すけど……」
でも──そうか。婚約指輪か……
____________
えっと、ここまでがだいたい半月くらい前の話。
ここからの今日のイベント当日については、あたし、アキがお伝えします、ということで。
「よろしくお願いします」
これからお世話になるメイクさん──確か『顔師』って呼んでと言われたっけ──にちょこんとお辞儀して、指示されたとおりに腰掛ける。お姉さま達はどこなのかな、と、居場所を探して、少しきょろきょろ。
「ごめんね。ちょっと、じっとしてもらえないかな」
顔師さんが苦笑しながら言ってくる。いけない、これじゃあたし悪い子だ。
「ごめんなさい……じっとしてますね」
幸い、じっとしているのは得意なほうだ。まぶたを閉じて動かないことに専念してみる。
「うん、ありがとう。じゃあ私からも宜しくお願いするわね」
目をつぶっているから詳しく分からないけど、まずは顔全体にぬめぬめした液体……オイルなのかな? が塗られていく。そのあと、あたしの眉とまぶたに、指先で丹念に化粧が塗り込められる。
あたしがモデルになるのを散々渋っていた雅明がついに折れて、お姉さま達と一緒の事務所に入るのを許してくれたのが、例の説明会からの帰り道のこと。それから話がとんとん拍子に進み、“事務所のもう1人”と入れ替わりで、『瀬野三姉妹』でこの祭りの華である、花魁道中の花魁役をすることになったのだ。
あたしが事務所に入って仕事はいくつかあったけど、お姉さま達と一緒の仕事はこれが初。耳を澄ませば、顔師さん達と楽しそうに会話しているお姉さま達の声が耳に届く。それだけでもう、心が躍るのを止められない。
顔全体を撫で回すハケの感触。たぶん水白粉であたしの顔が白く塗られているのだろう。冷やりとする感覚に首がすくみそうになるけど、がまん、がまん。タンクトップを着た胸元から背中、首、顎から耳の中まで、ハケが走る。そんな中じっとするのを保つのは、さすがのあたしでも大変だったけど。
「そっちはどう? どんな感じ?」
「すごいよー、この子。さっきからピクリとも動いてないの。本当にお人形みたい」
あたし担当の顔師さんと、誰か知らない声が会話している。
パフで水白粉をなじませ、もう一度水白粉をハケで塗られ、更に再度パフを当てられる。いつまで続くかと思ったら、ようやく目のあたりの化粧に入る。小さな筆とかも使って、丁寧に丁寧に。眉を引き、頬と口とに紅をさす。
『化粧』というのは、いつだって感動的な体験だ。今までの自分とは違う、別の自分に出会う。でもそれは確かに自分であって。
今まで気付かなかった、見落としていただけの自分自身の新しい側面で。愛しい自分の領域が増える、広がる。
──昔々、“雅明”が出会った、『アキ』という少女のように。
「次は、足に白粉塗るから足を前に出してね──ありがとう。本当に白くて綺麗な足ねえ。これだと白粉なんか塗らなくてもいいかも」
そんなことを言いながら、でもハケを走らせてあたしの足に白粉を塗っていく顔師さん。初めての経験に少しびっくりしたけど、足を見せて歩くのでこんな化粧が必須なのだそう。言われてみて思い出せば、動画でチェックした花魁さん達も足を白く塗っていたなあと今更ながら気付く。
それが終わったら、今度は腕にも、指先にも。化粧が終わり立ち上がって振り向くと、お姉さま達は眉を描いているくらいだった。あたしと違って、顔師さん達とすっごく楽しそうに会話しながら進んでいく。いらない緊張とは無縁な、リラックスした世界。見習わないと。
あたしの担当が、顔師さんから着付師さんにバトンタッチする。タンクトップとホットパンツの上から、どんどんと布の山を重ねられていく。赤い襦袢と、目にも鮮やかな花柄の着物。完成形だとほとんど見えないはずだけど、こんなところから気を使っているものなのかと感心しちゃう。
すごく幅広の帯をぐるぐると巻かれて、前帯を取り付ける。金色の糸で細かな刺繍がしてあって、とっても綺麗。この上から更に、これまたきらびやかな着物を羽織る。ずれないように針と糸で縫い付けたりして、脱ぐのも大変そうだけど。
日本髪に高く結われた、豪華なかんざしが一杯ついたかつらを被る。これで一応の完成形だ。
(これから更に下駄つけて、総重量30kg以上になるんだっけ。洒落になってないよなあ)
あら、雅明いたんだ。
(まあいつでも居るけどさ。これ、俺ならもうギブアップしてるわ。一体どんな拷問だこれ)
思っていたより重さも感じないし、動きやすいと思うけどな。雅明って、忍耐力なさすぎ。
鏡の中をのぞき見ると、豪華絢爛な衣装を身に纏った花魁さんが見返してくる。
──これが、今日初めて出会う、『新しい自分』。
『可愛い』って感じではなくて、すっごく“色っぽい”感じに仕上がっているのが自分でも不思議だった。“妖艶な花魁さん”として、今、ここにいるあたし。
「これだけ綺麗な花魁さんって初めて見る」
「こうしてると、本当に京人形みたい」
「いや、すごく色っぽいねえ。見ててぞくぞくする」
「『傾国』『傾城』って、本当にそんな感じ」
笑顔を作ってみたり、流し目をしてみたり。そのたびにどよめきに似た声があがるのが楽しい。
そうこうするうちに、お姉さま達も完成したみたい。
「うわぁっ、アキちゃんすっごく綺麗!」
「お姉さま達も、とってもきれいですよぉ」
あたしと同じく、花魁衣装に身を包んだ二人のお姉さま達がそこにいる。
お姉さまも、愛里お姉さまも本当にきれい──というか少し意外だけど、あたしとは逆に、とても『可愛い』感じで仕上がっている。顔の小ささで目の大きさが引き立って、そんな印象がする。笑顔になると、もっと可愛い。頭の髷の大きさとの対比が、喉仏のない、すっきり伸びた首の細さと長さを際立たせる。
これだけの化粧だ。元の顔がどうこうなんて関係ないんじゃ? と思っていたのが恥ずかしい。いざ自分達でしてみると、骨格の形の良さとかが丸分かりで、美人かそうでないかがありありと良く分かる。そして今あたしは、お姉さま達の姿にすっかり魅了されていた。
(でも、花魁の格好でここにいる3人のうち、2人は男なんだよなあ……)
雅明、そんなどうでも良いことは、気にしなくていいから。
それからしばらく待機の時間が流れて、あたしたちの出番がやってきた。お姉さま達から少し間をあけて、あたしを含むご一行がいざ出陣。一応練習を重ねたとはいえ、花魁衣装を着てするのは初めての、外八文字とかいう歩き方。気はせくけれども、ゆっくりとゆっくりと歩みを重ねていく。
今のあたしは花魁さん。皆をあたしの魅力で魅了してしまえるように笑顔を作る──いや、心からの笑みを皆に送る。
「おおぉぉ──────っ!」
「きっれ──────っ!!」
「すてき──────っ!!」
途端に鳴り響く、歓声とシャッター音。それがとても気持ちいい。
天気予報にはやきもきさせられたけど、今日は見事に晴れていい天気。その太陽の下、歩いているうちに段々とコツも掴めてきた。最初は歩くだけでいっぱいいっぱいだったけど、細かい声とかも拾えるようになってくる。
「いや今年すっごくレベル高いねえ」
「プロのモデルさんなのかな?」
「笑顔がとっても素敵」
「花魁ってさ、一晩寝るのに何百万ってかかったんだって。でもこれなら納得しちゃう」
「さっきの2人も良かったけど、この子は雰囲気あるよね。見ててぞくぞくする」
きらびやかな衣装をまとって、皆の注目を浴びて賞賛を受ける。本当に癖になりそうな快感。
「アキちゃーん!」
途中、聞き覚えのある声がした。目を向けると、ママがぶんぶんと片手を振っている。そのママと手を繋いで隣に立ち、あたしに優しい視線で頷きかけてくれるパパ。片方は血は繋がってないけれども、でも最高のあたしの両親。
何故か涙が出そうになるのをぐっと押さえて、笑顔であたしの感謝を伝える。年甲斐もなく、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでくれるママ。口許にどうしても、今までとは違う笑みがあふれてくるのを止められなかった。
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「──3人とも、お疲れ様でした」
道中を無事終えて、取材攻勢とかも乗り越えて、瞳さんと一緒に電車で帰る。
「まあ、今日は確かにほんっとーに疲れたわ」
お姉さまの言葉に、無言でコクコク頷く愛里お姉さま。
「でもみんな、凄い評判良かったわよ。会長さんからも、来年もお願いしたい、って」
「じゃあ、もっと上手く歩けるよう、今からでも練習しなくちゃですね」
「アキちゃん、元気でいいなあ」
(……同感)
頭の中で、雅明がぼそりと呟いた。




