第二話「ダークエルフは不法に居住する」
第二話「ダークエルフは不法に居住する」
ソラたちはミスリルの湖を後にすると、ルミエール領の屋敷に立ち寄る。この頃には日は傾き始めていた。
三人は馬を繋ぎ、鞍を外し塩を舐めさせる。それらが終わると屋敷の中へと入っていく。
代官としてソラが赴任していたのだが、ミスリルの発見からマリアンヌが代理を務めている。
マゴヤの動向がどうなるかわからない現在、マリアンヌとジャクソンに任せきりである。そのことに街の領民は不満を抱いているが、月一でジャクソンの私財で行われる祭りで、徐々にその矛先は収められている。
ソラたちは執務室の扉を叩き返事を待って中へと入った。
「おかえりー」
マリアンヌは気の抜けた返事をして、三人を出迎える。彼女は執務室にあるソファーに寝転がっていた。
三人は部屋の変わり具合に顔をしかめる。
執務室は物が散乱していた。出した本はそのまま書類も雑多に並べられている。
マリアンヌは大丈夫だと言うと呼び鈴を鳴らす。
程なくして戸が叩かれ返事をすると、ジャクソンが部屋に入ってくる。
彼は最初三人を見て、居心地の悪そうな顔となった。しかし、それも一瞬。すぐに部屋を片付け始めていく。
ジャクソンはソラが赴任した当初。意図的に協力せず、また領民との信頼関係構築を妨害していたのである。
個人で隠し集落を営み、私腹を肥やしていたのだ。その邪魔となるためソラを排除しようとしたのだが、あえなく失敗。カラミティモンスターの襲撃が邪魔したのである。
ソラとしては予想外の事態となった。これによりジャクソンの隠し集落は領民に露見。彼の信頼は失墜したのである。当初はカラミティモンスターを呼び寄せた張本人という根も葉もない話によりさらに立場が悪くなったジャクソンだがカラミティモンスターは別の原因で大量発生したのであった。
バーナードの作成した地図を見せたジャクソンは血相を変えたのだ。
「ジャクソンさん。報告を聞いてもよろしいですか?」
ソラは片付けをしているジャクソンの背中に問う。彼は抱えていた本を執務机の上に置いてから、振り返ると承知しましたと頷く。
「前回報告を差し上げたとおり、不法入国者たちは全員身柄を拘束しました」
ジャクソンは厳しい口振りで報告。ソラとマリアンヌは黙って話を促す。
ルミエール領のみカラミティモンスターの出現が相次いだのである。その原因はバーナードの地図によって明らかとなった。
ジャクソンが知らない集落がいくつかあったのである。不法入国者たちだ。
当時は隠し集落が他の領地より多いルミエール領は、見回りを故意に怠っていたのであった。その結果不法に入国した者たちの集落の発見が遅れ、魔法による農耕により周辺一帯はマナの濃度がブランシュエクレールの中では異常に高くなっていたのだ。
「言われた通りの条件を提示しました。おかげで多くが逃げ出しましたが、いくつかの集落と例の種族はそれを受け入れると申し出ました」
マリアンヌの提案である。半生を奴隷として捧げてもらうという条件を提示したのだ。
そんな条件は飲めないと逃げ出したのが大半である。
「それで逃げ出すようなら、どの道この領土にとっても、国にとっても邪魔にしかならないわね」
マリアンヌの言葉にジャクソンは同意した。
もちろん嘘である。他の移民よりは出した損失も鑑みると、長く農奴として働かなくてはならないが、半生も彼らを拘束する気は毛頭なかったのだ。
彼らをふるいにかけたのである。逃げた者は逃げた先で伝聞役を担ってくれるし、残った者はこの国で生きていくために、必死になるだろう。
「しかし初めて見ました」
「私も初めてよ」
不当に出来ていた集落の中に、人族以外の種族が住み着いていたのだ。マナの濃度が平均的に低いと言われているブランシュエクレールでは珍しいと言えた。
もちろん歓楽街やトゥース領などの例があるのだが、自然に住み着いた種族は初めてと言える。
「しかしダークエルフですか……」
「ダークエルフよ……」
「ダークエルフなんですよ」
「ダークエルフかぁ」
「ダークエルフなんですね」
ソラ、マリアンヌ、ジャクソン、バーナード、アオイは深い溜息吐いた。
ダークエルフとは魔族に近いエルフ族だ。エルフ族やハイエルフ族とは仲が良くないと言われている。
彼らはパッセ侯爵が爵位を継ぐ以前から住み着いていたらしく。数十年この地に住んでいたことになる。
いつか見つかるだろうと彼らも身構えていたのだが、そんなこともないまま九魔月になったのだ。自分たちが不当に住み着いていることもあって、カラミティモンスターに襲われるままだろうと思っていたところに、常設軍に救われたのでソラたちを感謝しているくらいである。
「忠誠は凄いです」
ジャクソンは脱力して言う。
彼はダークエルフ族から娘をもらってほしいという申し出を再三受けていた。彼自身すでに妻が二人おり、それぞれに子どもがいるためこれ以上迎えるつもりはないと突っぱねているのだ。
しかしそれはジャクソンの事情で、ダークエルフたちはこの領地の有力者と関係強化を図ろうと躍起になっている。
「ソラ。あんたが族長の娘でも娶れば?」
マリアンヌはこの国にソラを縛りつけようと考えていた。アオイもその打算に乗りかかり、結婚するべきですと、ソラを煽る。しかし目付きの悪い少年は、そういう話題になると顔を渋くさせた。
魔王やシャルロット、他多数にブランシュエクレールに留まらないかと薦められていたのだ。
「その……まだ考えさせて欲しいのです」
それが精一杯の返答である。
「それはそうとソラ殿。できれば明日、戻る前に隠し集落のマナの濃度を下げて欲しいのです」
隠し集落も含めて盆地にあるため、マナの濃度の下がりが悪いのだ。ソラは了承する。
翌日。ソラたちはダークエルフたちを拘禁している場所に向かう。各盆地のマナの濃度を下げたついでだ。その日はすでに日が沈みかけており、歓楽街に向かうには遅くなっていた。
拘禁している場所と言っても、牢屋など大きな収容施設はない。また逃げてもいいと考えていたこともあり、とある隠し集落にダークエルフ以外も固められていた。そこで一夜を過ごすつもりで居たのだ。
先頭を行くソラは異様な気配を察知する。
「カラミティモンスターか」
続くバーナードとアオイは驚く。三人は手綱を繰り、その場で待機。馬たちが戦慄き震える。
ソラは下馬すると、アオイに馬の牽引を頼んだ。
「ドラッヘングリーガーで?」
「お二人は咆哮で合図するまで、動かないでください」
バーナードの問いに頷いて答えてから指示を出す。
「そんなにまずい相手ですか?」
「数が多すぎます」
ソラの背後に蒼穹の姫が現れる。
「この感じ、軍隊蜘蛛ね」
その名を聞いた二人は顔を青ざめた。
「不味いじゃないか! すぐに増援を呼ぶべきだ。いや、ソラ代官なら大丈夫かもしれないか?」
「駄目。人を集めれば彼らは余計に人を襲うわ」
「巣を見つけないとですね……」
ソラの言葉にバーナードは地図を取り出し、睨み始める。
「何かあったら馬を囮に逃げてください」
ソラは言い終えると、稲妻を纏う。黒い体躯に黄色い外殻。龍の超戦士となった。
その存在に馬は暴れるが、二人は落ち着かせる。
黄色の龍の超戦士は、雷鳴を轟かせ、稲妻の尾を描いて、空を駆け抜けていく。
彼らが向かうはずだった集落を軍隊蜘蛛が襲う。
人を超す大きな蜘蛛が群れで襲っていた。糸などは使えないのか、足の速さで得物に迫り人に飛びついて貪り食う。
常設軍や集落の自警団、そしてダークエルフたちの男たちが果敢に戦っていたが、徐々に犠牲を増やしていた。
軍隊蜘蛛の数は三百を超えていたのだ。
蜘蛛の濁流が戦っている人々を飲み込もうとした瞬間。雷鳴が轟く。
蜘蛛の動きが止まり、周囲を見渡す。その様子に飲み込まれかけた常設軍の面々も硬直して、動けなくなる。軍隊蜘蛛は何かに恐怖するように身を寄せ合う。
稲光が閃く。
蜘蛛の群れと人々の間に雷が爆着。土埃を巻き上げた。
赤き炎が周囲を燃やす。
ドラゴンの咆哮が土埃と炎の中から爆ぜる。
黒き体躯。赤き外殻を纏う龍の超戦士が軍隊蜘蛛を威嚇するように吠えた。
軍隊蜘蛛は一斉に逃げ出す。逃すまいと赤き炎の戦士は追撃する。巨大な業炎の火球を頭上に掲げ、逃げる蜘蛛らの背中に浴びせる。
軍隊蜘蛛は一瞬で灰と化す。残りの数を百未満にした。それ以上の追撃はせず、炎を散らすと人の身に成る。
目付きの悪い少年は周囲のざわめきを無視して、蒼穹の姫に軍隊蜘蛛の後を追うように指示。
その背中に常設軍の面々は声をかける。
「ご助力感謝いたします代官殿」
「初めてみました。感謝します」
ソラが振り返ると、ひとりは見知った顔だった。
「ギーさん。こちらにいましたか」
かつてミュール伯爵と面会した際に同行した若者のひとりである。
「ええ、危うく天寿を全うするところでしたが、女神エクレールはまだ生きろとのことらしいです」
冗談を交えながら言っているが、その顔には色濃い疲労が滲んでいた。
「もう少しだけ保たせられますか?」
「え? ああ、はい。頑張ります。一応ここの指揮を任されていますからね」
程なくしてバーナードとアオイが到着。戦いの後処理をしていく。
主にソラが撒き散らした炎の後処理だ。土をかけて消していった。
諸々が終わると、ソラは常設軍に休憩を命じ、改めてバーナードに周辺の調査。その護衛をアオイに命じると、ダークエルフの族長やこの国から逃げ出さなかった不法居住者たちと面会した。
手早く刑期は短くなったと告げ、地図を広げてどこに移住してもらうと伝える。
彼らが元々開拓した集落は危険な場所にあった。また道を均していないため、何かあった際に対処が難しくなることからの措置だ。
多くの人は渋々承諾した。もちろん反対した者もいたが、ソラの説得に応じる。
というより先の戦いを見ての影響もあった。
それらが終わるとダークエルフたちは、早速関係強化を図ろうと、娘たちを薦めてくるが、ソラはさらりと回避。
彼らは顔を青ざめさせた。
「せめて若い衆の、兵役を認めてくれませんか」
「俺達は有能だ」
「役に立つぞ」
口々にダークエルフたちはなんでもすると言う。
その必死な様子になるほどとソラは頷く。
彼らは自分らが売り払われるのではと、危惧していたのだ。現在彼らの処遇は農奴であるが、ソラの気持ちひとつで売り払うことが出来る。
現にダークエルフは高価で取引出来る。するつもりはソラにはないが、それを知っているのは彼だけである。それを伝えてもソラと彼らの信頼関係はないと言っていい。彼らにとっての担保は必要なのだ。
「いいでしょう」
ソラはため息混じりに答えた。
~続く~




