第三話「金の姫将軍は動き出す」
第三話「金の姫将軍は動き出す」
ソラたちは巣の場所を特定すると、翌朝には行動を開始する。常設軍や自警団、ダークエルフの面々はソラたちのいる宿の前に集まった。
バーナードは作り上げた付近の詳細な地図。それを蒼穹の姫が手に持ち全員に見える位置まで浮く。
付近の山に赤く丸印が記されている。そこに巣があるのだ。
「軍隊蜘蛛は大きな巣に複数の出口を作ります」
ソラの説明に全員が頷く。
「活動は夕方から夜」
「つまり、今が巣穴を潰す絶好の機会というわけですね」
バーナードの答えにソラそうですと言う。
「穴を閉じるには?」
「ダークエルフの皆さんの助力を得ます」
巣穴に入り、適度な位置で魔法により土を隆起させて閉じるのだ。
「掘られる可能性はないとは言い切れない」
「時間との勝負ということですね」
バーナードの言葉にアオイが、どうするべきか言う。
全員にわかりやすく伝えるために、彼女は敢えて口にした。
「ひとつだけ巣穴を開け、俺が突撃します。一応突入したら閉じてください」
左頬に傷のある少年は頷く。
「タカアキさんは連れて来るべきでしたね」
「後の祭りですよ」
バーナードの指摘に、ソラは頭を抱える。
タカアキは一緒に同行したいと申し出たのだが、他の仕事を頼んだのだ。
「とはいえ、皆さんの手柄に出来ますから」
目付きの悪い少年の言葉に、バーナードとアオイはやる気を漲らせる。
集会が終わると、全員は朝餉の準備にとりかかった。収穫期が迫っていることもあり食事は豪勢となった。
野菜のぶつ切りのスープ。麦粥に丸焼きにした鶏肉。それらが並べられた。これより戦いに出る者たちは、力をつけるように勢い良く口に運んでいく。
食事の時もダークエルフたちはソラやバーナード、アオイにまで異性との結婚を薦めてきた。アオイはソラの腕に飛びついて異性を完全に拒絶する。
対して、バーナードはまんざらでもなさそうにしていた。
「バーナードは顔に似合わず、そういうの積極的だよね」
「俺の懐にはアオイの場所もあるぞ」
「結構です」
「現実的な物件だと思うが?」
バーナードは冗談を言わない。アオイもそれをわかっているから、ちゃんと断る。
「一応、理想は高く持ちたいので」
ソラは朝食をかきこむ。
器などを片付けると、食事をしている面々から隠れるように、距離を取って手斧や弓の手入れをしていく。
戦うことをまだ意識させないために隠れたのだ。
「誰です?」
「アオイです」
アオイは隣に腰を落とすと、短刀を研ぎ始める。だいぶ使い込んでいるために、より短くなっていた。
「これでお役御免ですね……」
語気が沈んでいることに気づいたソラは問いかける。
「大事なものですか?」
アオイは手を止めて考える素振りとなった。
「大事――というより思い出が詰まったモノです。私は抜け忍でして」
ソラは目を見開くが、彼女はどうでもいいように言う。
「外の世界の話を、幼い頃にたくさん聞かされてまして。それで外に憧れたんです」
「ご家族は?」
「安心してください。私は拾い子ですから天涯孤独です」
だからと言って責を負う者がいないこということにはならない。もちろん彼女なりの気遣いによる嘘だ。それはソラも理解している。
ソラは察しながらもそれを追及せず、手入れを続ける。
「短刀は?」
「んまあお世話になった人からの贈り物です」
彼女が里を出る時に短刀を持って行けと、渡されたという。
「生まれは?」
「オオサカです」
ソラは頭の中で色々と対策を講じる。いずれアオイもここで名を馳せるだろう。その時になんの対策もしていませんでした。そうでは笑えないとあれこれ考えていく。
しかしと彼は内心思う。
――リリアナさんの件といい。オオサカに何かと縁を持っていますね。
リリアナは現在もブランシュエクレールで身柄を預かっている。アオイの事も含めてオオサカと争いになる火種は十分と言えた。
「そういえばソラさん」
なんですと目付きの悪い少年は応じる。
「武器の手入れなんて必要なんですか?」
言外に龍の超戦士で戦うのだから武器の手入れは、必要ないのではないかと聞いているのだ。
「一応です。一応」
こういうのは日頃の積み重ねである。怠ればすぐにそれは武器に現れるとソラは言う。
程なく準備を終えた一行は山に入った。バーナードの再調査により巣穴は全部で六つだと判明。人里から一番離れているところにソラは単身陣取る。
残りはバーナードの指示の元、軍や自警団。そしてダークエルフたちがそれぞれの巣穴に配置していく。
程なくしてバーナードは上空にマナ信号を打ち上げる。乾いた音が響き渡った。
五つの穴にそれぞれが入っていく。アオイはダークエルフの族長の娘――ダル=ラーヴ・リュビ・ルミエールダーらと共に穴へと入っていく。
ダルはダークエルフ族を現す冠詞。ラーヴは名前。リュビはダークエルフの氏族名。ルミエールダーは地名と合わせた苗字である。
つまり、リュビ氏族のルミエールに住むダークエルフのラーヴ。という意味だ。
アオイとラーヴは平静を保ったまま巣穴の奥へと行く。マナの灯りでラーヴの顔が照らされる。
褐色の肌。紅玉の瞳。白銀の頭髪は長く、手には一族伝来の魔導具である杖が握られている。
アオイは暇つぶしに口を開く。もちろんダークエルフらの緊張を解す目的もある。
「大丈夫ですか?」
ラーヴは目を瞬かせて、ええと頷く。
「戦いは大丈夫です」
「戦いは――ですか」
意味深な言葉に、アオイは女性としての勘が働く。
「どうすればソラ殿たちとお近づきになれますか?」
「それは私も知りたいです!」
側にいた軍の面々は冗談交じりにお零れを預りたいとこぼす。
少し緊張した空気が解けた時だ。
「物音?」
アオイは地面に手をついて身を屈める。
暗闇の中に複眼が浮かび上がった。
「時間を稼ぎます! 穴を埋める準備を!」
アオイが飛び出すと、ラーヴも共に駆け出す。
「なんで?」
「あれ? な、なんででしょう?」
アオイは軍隊蜘蛛の魔力障壁を穿ちながら、顔をしかめる。
ソラは次の合図まで暇が出来てしまう。近くにある大木に目が行くと手斧を取り出し、木を叩き始める。程なく大木は倒れ、幹などを手斧で落としていく。
丸太を一本作り上げた。
その頃には続々と巣穴が閉じられていき、五つの内四つが閉じることに成功する。
バーナードはアオイたちが入った穴を覗く。
「どうします?」
すでに戻ったギーは左頬に傷のある少年に問う。
様子を見に行くべきか、それともソラに報せるべきか。バーナードはしばし悩んだ。アオイが失敗するということを微塵も考えられなかったのだ。
その頃中では戦闘が起きていた。アオイとダークエルフの族長の娘――ラーヴが押し寄せる軍隊蜘蛛を押し返していくが、次第に押されていく。
「早く下がってください!」
後ろで叫ぶ仲間たち。しかし、振り返れば最後。一気に飛び掛かられて食い殺されてしまう。
「ラーヴさんだけでも!」
「無理です! 無理!」
すでに二人はその場から動けなくなっていた。アオイの判断は早い。
「埋めてください! すぐに外に出てバーナードさんに!」
このまま巣穴を飛び出されてしまえば、被害が大きくなってしまう。自分たちを囮にしてでも埋めるべきだと判断した。
ダークエルフたちは戸惑ったが、他の面々に追い立てられるように魔法で土を隆起させていく。
暗闇の中アオイたち二人は、マナの光球を頼りに戦うしかなくなってしまう。
「炎の魔法で!」
「空気が薄くなります!」
「そうなんですか?」
「知らないんですか?」
ラーヴの提案を却下する。ラーヴは初めて知ったと衝撃を受けていた。
押し寄せる巨大な蜘蛛。アオイはラーヴの手を取り跳躍。蜘蛛の尻を足場に巣穴の奥へと飛び込む。群れる蜘蛛の背中を蹴飛ばし跳躍していく。
程なく開けた場所に出る。巨大な目玉焼きのような卵を発見した。二人は嫌悪感から、顔を引き攣らせる。今もその卵から猫くらいの大きさの蜘蛛が這い出ていた。
ラーヴは恐怖のあまり身を強張らせた。
アオイは彼女を抱えて、天井を駆け、蜘蛛の突撃をやり過ごしていく。ソラが突入する予定の巣穴が視界の中に飛び込む。
アオイは魔法で空中に足場を作って、方向転換。
着地と同時に背中に蜘蛛の体当たりを受けてしまう。噛み付かれる瞬間、短刀を振り向きざまに振りぬく。
甲高い音が響いた。
「そんな?!」
短刀は蜘蛛の牙に当たると折れてしまったのだ。
迫る牙に故郷の風景。そして目付きの悪い少年の顔が浮かぶ。
「助け――」
森緑の光が壁となってアオイの盾となった。彼女は突如現れた光をゆっくりと観察してしまう。
光は木を象っていた。
「お待たせしました」
ソラは太く長い丸太を担いで現れる。未だに変身をしていない。
「え? あ、れ?」
ソラは先の尖った丸太を槍を突き出すように構える。蜘蛛たちは自らの突撃で丸太に突き刺さっていく。
アオイはすぐに円柱の計りを取り出す。マナの濃度が一割になっていた。
「下がってください」
アオイは頷いてラーヴと共に出口に向かう。
「穴は塞げますか?」
「やります!」
ラーヴは即答して土を隆起させて穴を閉じていく。彼女がこのように即応したのは、昨日の戦いを目にしているからだ。
穴が閉じられるとソラの姿大きく変貌する。
黒き体躯に青き外殻。武器は長大なハルバート。青き水が軍隊蜘蛛の巣穴を満たしていく。
蜘蛛らは本能的に水で満たされると察すると、龍の超戦士を倒さんと押し迫る。対する青きドラッヘングリーガーは、開けた場所に飛び出ると、丸太とハルバートを繰り、貫き、切り、殴打していく。
あっという間に巣穴は腰辺りまで水で満たされる。龍の超戦士はその水に潜ると縦横無尽に泳いで動き、ハルバートで溺れる軍隊蜘蛛を屠っていく。
ついに水は天井まで届くと、龍の超戦士以外の軍隊蜘蛛は全て絶命する。
巣穴から全ての死骸を運びだすと、隠し集落でそれらをばらしていく。使える素材は部位ごとに集め、使えないモノは火を起こして焼却。
「武器とかに使わないんですか?」
「お金に換えます」
ギーの問いにソラはさも当然と答える。
「マゴヤとの戦もありますし、軍で使うのは?」
「今回の褒賞はいりませんか?」
ギーはいりますと即答。彼の背後で聞いていた軍の面々や自警団は喜ぶ。
「しかしいいんですか?」
「今すぐ大きな戦にはなりません。それに魔導具は練度が必要になります。それよりは換金して、クロスボウや槍を購入したほうがいいでしょう」
クロスボウも槍も使い方さえ教えれば、戦いに慣れてない者でも多大な戦力となり得る。そうソラが教えるとギーは納得した様子となる。
「しかし大変ですね。収穫期も考えながらその先の戦争も考えないといけないなんて」
「おまけに他国との調整もな」
バーナードはダークエルフの女性をひとりはべらせて会話に加わる。あまりの手の早さにギーはいいなあとつぶやく。
「他国の調整というと?」
「ン・ヤルポンガゥ、ヴェルトゥブリエ、グリーンハイランドだ」
ギー疑問にバーナードは答える。
「後は龍ノ峰島の事もあります」
ソラの言葉にバーナードは顔を手で抑えた。
「実りある収穫期になりそうですね」
「そうであるといいのですが」
程なく彼らは出発の準備を進めていく。
軍隊蜘蛛の素材を全て荷車に乗せて、ダークエルフたちと共に歓楽街に辿り着いたのは実に三日後である。
歓楽街では戦勝祝で祭りのような様相となっていた。
すぐに彼らはブランシュエクレールとマゴヤの一団が戦い、勝利したことを知る。
金の姫将軍が治める領地。ゴールドライン。グレートランド最北部に位置し、三千ミールをゆうに超す山脈が北の大国と国境を隔てていた。
昨今。魔金剛石が採掘され、金の姫将軍であるグラディスは対応に追われていた。その顔に浮かぶ表情は疲労ではなく喜びが色濃く現れている。
グラディスは、歓楽街の建築が一段落するとブランシュエクレールにやってきていたピエールとジョナサンを伴って自国へ戻ったのだ。
道中、お家騒動が起きるかもしれないと聞かされ、彼女はそのことに対しても対応しなければならなくなった。
帰ってくると王族に連なる者たちの書簡が山のように届けられていたのだ。グラディスはそれらを一瞥もしないまま全てを破棄。
領民からブランシュエクレールに移住する者を募り、歓楽街に送り出すと、滞っていた執務を進めていく。
執務室での彼女は眼鏡をかけていた。とりわけ目が悪いわけではないのだが、彼女なりの意識を切り替えるためのモノだ。
故に、金の姫将軍の名の由来である魔導具は、彼女の近くにはない。
筆が紙をひっかく音だけが部屋を満たしていた。別の音が入り込む。扉が叩かれたのだ。
グラディスがどうぞと言うと。猛禽類のような鋭い目をした老執事が入室する。彼女は黙って話を促す。
「グラディス様。勅命にございます」
「あらぁ? 何かあったのかしらぁ?」
彼女は蝋封された手紙を受け取り、中身を素早く読む。中身をしまうと焼却と短く言うと眼鏡を外した。指を鳴らすと魔導具が何もない空間から突如現れる。
それだけで老執事は全てを察する。恭しく手紙を受け取と口を開く。
「軍備は続けて増強させておきます」
「お願いねぇ」
グラディスは衣服を確認すると、服を脱ぎ始めた。
老執事は新しい下着とドレスを差し出す。金の姫将軍は慣れた手つきで受け取ると身につけていく。
「またしばらく留守にするわねぇ」
「どれくらいでお戻りになられますか?」
落ち着いた問いかけ、ただの確認である。
「収穫期の終わりまでには終わらせるわぁ」
「承知しました」
老執事は言いながらグラディスの身だしなみを確認し、最終調整を行っていく。
「ありがとうねぇ」
お礼に恭しく頭を垂れて応じる。
「じゃあ、行ってくるわぁ」
グラディスは散歩にでも行くような気楽さで出て行く。
~続く~




