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第一話「暗雲」

第一話「暗雲」






 日が届かない洞窟。その中を三人の男女が進み行く。先頭をいく少年が、魔法で灯りを灯し周囲を照らす。

 洞窟の壁面には石柱や石造りの壁などがあり、そこに文字やら絵が刻まれていた。

 先を行く少年は薄濃鼠の頭髪に青の瞳。左の頬に傷があり、中性的な顔立ちを際立たせていた。

 バーナードである。

 春の終わりに旧パッセ領――現ルミエール領に地質調査員として雇われた若者だ。現在は常設軍の軍師見習いも兼任している。

 彼の手腕によりルミエール領の正確な地図は完成したと言えた。

 その御蔭でパッセ侯爵に仕えていたジャクソンを、降らさせることに成功したのだ。

 その後ろを行くのは目付きの悪い少年。ソラ・イクサベ。彼は完全に魔力を持たない人間であり、その代わりに霊力を扱うことが出来る。

 霊力は多少魔力に優位性はあるとはいえ、魔力のような万能性はない。ただし、ソラだけは例外である。否、彼のその身に宿す能力だけがその常理を覆す。

 ソラの身には龍が宿っていた。ドラッヘングリーガーと呼ばれる存在となることが出来る。

 その存在は四つの姿に成ることが出来。赤色、青色、緑色、黄色の四つの色に変わるのだ。その色にそれぞれ、炎、水、風、雷と属性が割り振られている。

 その隣を幼い顔立ちの少女が歩く。

 アオイである。

 長く青い頭髪を右側頭部でまとめ、藤色の瞳は忙しなく隣のソラを捉えては、先を見据え、捉えては、先を見据えを繰り返していた。

 豊かな体つきは、幼い顔立ちも相まって男性を魅了するが、彼女は忍びの術を使える人間である。

 元々遺跡などで盗掘をして、生計を立てていたのだがこの度その遺跡調査を生業として、ルミエール領に務めることとなった。

 現在彼らが行く洞窟も、アオイが見つけたモノである。

 三人の横を集団が通り過ぎていく。建材やら瓦礫などを運び出していた。

 そのどれもが他種族である。暗闇の中で酸素が無くなっても活動出来る面々が最深部に潜って作業しているのだ。

 彼らがルミエール領の領民でも、ブランシュエクレールの国民でもない。

 彼らはブランシュエクレールより南にある国の人間だ。

 ン・ヤルポンガゥ。その国民である。

 二月ほど前に話は遡るが、この遺跡でとある重要な資源が見つかったのだ。

 それを取引の材料とし、ブランシュエクレールで海上都市を建築するという建前で、ン・ヤルポンガゥを引き込んだのである。

 彼らは開けた場所に辿り着く。そこは暗闇の中でも自然と明るくなっていた。眼前にある湖が原因である。

「あれです」

 バーナードが指差す先には、銀色の湖。湖面を緑の光が仄かに輝いていた。

「こんな量は初めて見ました」

 ソラは驚くように湖面を見渡す。

「初めてではないんですか?」

 バーナードとアオイは別の意味で驚く。そんな二人を他所にソラは湖に向かって歩き出す。

「ええ、三度目ですが、こんな量は見たことがありません」

 湖の周囲を霊石が覆っていることもあり、魔力と霊力がぶつかり合って、酸素となって周囲に放たれている。仄暗い空間ではあるが、呼吸は道中よりも幾分も清々しい。

 ソラはそっと手で湖面を撫でた。

「ミスリルの湖、ですか」

 彼らの眼前にあるものが、ン・ヤルポンガゥを引き込んだ最大の理由である。

 ミスリルは希少価値のある鉱物であり、魔界と繋がっているン・ヤルポンガゥにすらないのだ。

 最上級魔導具には、必ずと言っていいほど使われている鉱物。それが液体として発見したのだから大変である。

 ミスリルは圧倒的な戦力と莫大な富をもたらすのだ。これを他国が知れば、ブランシュエクレールは火の海になることは間違いない。

 そうさせないためにも、魔王軍を引き込みこの周辺を固めさせていた。

「森緑の姫。ここが貴方の?」

「だいぶ様変わりしておるし、人が多いのぅ」

 森緑の光が灯ると、長く切りそろえた毛先を持つ黒髪。緑柱石の瞳を持つ少女が幽霊のようにソラの背後から現れる。

「今更所有権を主張しても、おんしらも困るであろう?」

「そうですね。ここは色々造る予定なので」

 森緑の姫は周囲の様子を見て、ため息をつく。

 色々な人がここに工場などを造ろうと、あれこれと準備をしていた。

 彼女はヴェルトゥブリエの神木の根本にいた神霊だ。わけあってそこにいたのだが、元はこの場所にいたのである。

「最後にこの場所を見れたけでもよしとするかの」

 諦めるように言うと、考える素振りとなった。

 元はエクレールと連れ添っていた神霊のひとりらしい。彼女は先のヴェルトゥブリエとグリーンハイランドの戦争で、ソラと出会い故郷に帰りたいと申し出たのだ。

 ヴェルトゥブリエを治めるフェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエはこれを快諾し、今回帰ってきたのだ。が、さて困った事になったと、森緑の姫は唸る。

「よし、決めた。ソラよ。おんしにわしの新しい根城を決める事を許可しよう。今度は人が多いところがいい」






 入道雲が日差しを遮った。それはグレートランドの王都を覆う。

 王宮では忙しなく人々が行き交う。銀の姫将軍敗戦と、敵の捕虜となったという報せが届いたのである。

 グレートランドを騒然とさせたのは、それだけではない。東方騎士団の団長、そして戦いに参じたパスト公爵以外の貴族が、全員討ち死にしたというのである。

「情報は正確に伝えろ!」

「だから、死んだと聞いていると言っている!」

「馬鹿な! 貴族だぞ!」

「そういう国だと知っているだろうが!」

「マルヴィナは無事なのだな?」

「現在行方不明と聞いていますぞ」

 玉座の間で激しく言い争う貴族や高官たち。どうしてこうなったと、彼らは原因にばかり囚われてしまう。

 玉座に座る皇帝――アップル・エッジ・グレート・キングオーランドは嘆息する。

 彼は醜い責任のなすりつけ合いや、罵倒しあっている面々に辟易すると、立ち上がった。

 それだけで玉座の間は静まり返る。

「落ち着くのだ。原因は今は置いておく。これからが重要だ。シルバーラインに軍を集結させて、防衛線を構築するのだ」

「その指揮。この私めに拝命させていただきたく」

 癖のある茶色の頭髪。タレ目気味の茶色の瞳がきらりと輝く。

 それを見た皇帝は、呆れるよう息を吐いた。

「お主は暴走するであろう。メロン、黒の超将軍を連れてお主が指揮せよ」

 黒い頭髪に髭を持つ逞しい体躯を持つ男と、漆黒の甲冑を身に纏った男が前に出て、恭しく頭を垂れる。

 茶色の頭髪の男は地団駄を踏む。

「オレンジはその補佐だ。後詰にストロベリーに任せるのだ」

 オレンジは顔を明るくさせて頷く。

 オレンジ・アックス・グレート・オーランドはグレートランドの第三皇子である。彼は銀の姫将軍と呼ばれるフィオナ・シルバーラインに恋い焦がれていた。それ故に指揮を任されなかったのである。此度の敗戦を知っ、飛び出そうとしたのだ。銀の姫将軍と同じく守護将軍である、黄昏の姫将軍によって制止され、ここにいるが本人は焦燥感に駆られて、暴走しかねない状態であった。

「オレンジ。飛び出すなよ」

「わかっている」

 メロンに指摘されたオレンジは、不貞腐れる。

 程なくして会議は終わり、メロンとオレンジ。そして黒の超将軍と黄昏の姫将軍は出立の準備に取り掛かかっていく。




 皇帝は執務室に戻ると、呼び鈴を鳴らす。程なくして扉が叩かれる。

「入れ」

 ひとりの老執事が、音もなく入室した。恭しく頭を垂れようとしたが、皇帝はそれを手で制する。

「グラディスさ――金の姫将軍にこれを」

 蝋封された書簡を執事に差し出すと、皇帝は椅子を回して窓から外を覗く。

 その間に音もなく老執事は退室していた。

「お主が今ほど恋しいよ」

 窓に映る自分の背後に、侍女を幻視する。優しいその眼差しに目を見開き振り返るが、そこには誰も居ない。部屋には皇帝ただひとりである。

 そのことに皇帝は悲しむように顔を俯かせると、再び外を見つめた。窓に大粒の水滴が叩きつけ始めている。

「そうか……冬は越せそうにないか」






~続く~


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