第三十三話「帰還」
第三十三話「帰還」
ソラ一行がサチュルヌデューアルブルを発つ直前。ヴェルトゥブリエの王都より一騎の騎馬が現れる。騎乗していたのはオルフォール教の神官カノンであった。
彼女は急遽、ブランシュエクレール歓楽街へと赴くように命じられたのである。
他に動かせる人間が居なかったというのが事実なのだが、それ以外にも理由があった。
ソラたちが出立して程なく、グレートランドの方に出向いていた使者から、早馬が到着したのである。
グレートランドがマゴヤとの戦に乗り出したと。この時ソラたちは初めて知ったのだ。
彼は正確に銀の姫将軍の意図を汲み取る。ブランシュエクレールが追い払った機会を逃さず追撃。
その結果、排除できると判断したのだろうと。
「となると、マゴヤとの戦は回避できそうですな」
オスヴァルトの言葉に全員が表情を明るくさせた。
「しかしパスト公爵が出たというのが気がかりです」
カエデはシャルリーヌを見ながら言う。
シャルリーヌが身を強張らせる。シラヌイが肩にそっと手を置く。
彼女はパスト公爵にトラウマのようなモノを抱いていた。迫られた事もあるが、自身の消えない罪を意識してしまうのである。
「どのみち遭遇すことはないでしょうが、警戒して帰りましょう」
知っているのと知らないのとでは対応が違う。
彼らは知ったことで帰るときも気を緩めることはなかった。それが幸いにも好転を迎える。
ソラ一行は二日かけて国境に辿り着く。シャルリーヌが暑さにバテたこともあり、日陰のある森に強行。そのまま野営を行ったのだが、夜に盗賊と遭遇。
予め警戒しながら動いていたこともあり、素早く応対する事が叶う。
「皆さん。死ぬことは許しません。完全勝利だけです」
「おっと、ルミエールの代官。ここは俺達に手柄をくれよ」
赤髪の男。アソー子爵の騎士ランスが言う。それに数人が同調して頷く。
ソラはわかりましたと言うと、シャルリーヌの側に控えた。
「だが指揮は任せるぞ」
ソラはバーナードに頭上からの索敵を指示。アランとアオイを斥候に向かわせる。可能ならば撹乱を行うようにと命令。
バーナードは即座に魔力で作った緑の光球を、上空に複数打ち上げる。その光球から眼科を臨む。
「このまま直進するといます。包囲はまだされてません」
アランとアオイの二人はすぐに駈け出し、木々を渡っていく。
「カエデさんとカトリーヌさんは、弓で援護」
二人は下馬し、矢をありったけ地面に突き刺すと、矢をつがえた。
機兵兵団に振り返ると、一言。
「防具は?」
「鎖帷子しかない――が、余裕だろう」
鎖帷子しか身につけておらず、着こむのに時間がかかると言う。だがそんなことは問題ではないと、オスヴァルトとエヴラールは頷く。
「では、お願いします」
機兵兵団は半分を荷物の護衛に残し、残り半分を二つに分けた。オスヴァルトとノブナガの班と、エヴラールとウェルダーの班である。
普段と違うのは突発的状況を想定しての入れ替えだ。
そう。すでに敵を察知し、備えているからできることである。
「俺らはどうする?」
ランス、ジンとシルヴェストルはいつでも飛び出せると、気合を滲ませている。
ソラは頭をかいて考える。彼らの勢いを尊重することにした。カエデと視線を交わす。それだけで伝わったのか、彼は頷いた。
言外に援護を任せると伝えたのである。
「ランスさん。お二人のことお願いします」
ランスは槍を担ぐとあいよーと気軽に馬を走らせる。その後をジンとシルヴェストルは続いた。
「では、私も周囲に糸を張り巡らせますよ?」
タカアキの申し出をソラは頷きをもって許可する。ソラとシラヌイはなるべく下がる。
霊力を放出しなければ問題はないが、それでも触れれば魔法は不安定になるのだ。
「盗賊の数は大体五百です」
バーナードの報告。シャルリーヌは多いと小さくつぶやく。
「シラヌイさんとレーヌさんは殿下とカノンさんの護衛を――始まりましたね」
盗賊はソラたちを商人の一行だと考えていた。
森の開けた一角で集合して、各々得物を確認する。
「闇が味方だ! 一気に荷物をいただくぞ! 女は抱け! 男は奴隷として売っぱらえ!」
族長の言葉に盗賊たちは武器を掲げて、雄叫びを上げた。
「抱かれるなら、ソラ様がいいですね」
アオイはそんな集団の中央に突然現れる。マナ信号を打ち上げ、その直下の場所は明るく照らされる。
男たちはアオイを捕まえようと飛び出す。彼女は短刀を取り出すと、迫る男たちを交わしながら、三人ほど斬り捨てて森の中に飛び込む。
「やりやがった!」
「上玉だったぞ!」
「でかかった!」
男たちが口々に言っていると、今度は別方向から悲鳴が上がる。短剣が二本閃く。アランは逆手に構え、目にも留まらぬ速さで駆け抜けて、的確に首筋を斬り裂いていく。
盗賊も黙っておらず、巨大な木槌でアランを押しつぶそうとした。が、空を切り地面を打ち砕く。アランも跳躍して森の中へと消えた。
「追え!」
何をしているんだと族長が叫ぶと、盗賊たちは一斉に動き出す。森の中へと飛び込んでいく。
タカアキの魔力で織った糸はオスヴァルトの班。エヴラールの班にも届いており、バーナードが森に入った敵の位置を、タカアキが知らせる。
「こんなことが出来るのか」
「魔導具以外で出来るって、凄いな」
オスヴァルトの言葉にノブナガが応じる形で、感想を言う。
フェリシーの魔導具、ヴェルトゥブリエの錫杖と似たような魔法であるが、思念を完全に送り届けることも、属性付与や能力増加もない。その代わり魔導具と違い、糸から
全方位にマナ光弾を放つことが出来る。
「若大将いい人拾ったな」
「来た」
森の中に入った盗賊たち。彼らは森の中でも散り散りに行動することはなかった。足並みを揃えていたのである。
森の中での夜襲は慣れているのだろう。しかし相手が悪かった。アランとアオイは突然彼らの前に現れては攻撃して、木々を渡って彼らを撹乱させていった。
「やるな」
「あの嬢ちゃん。張り切りすぎでしょうよ」
「俺達も、でしょ?」
オスヴァルトはだなと応じると、振り返る。
「野郎ども! 手柄を立てるぞ!」
盗賊たちの行く手を両側から鬨の声が上がる。機兵兵団は全員が手斧を装備。一気に突撃すると手斧で相手を襲う。三人一組となって互いに守り合いながら攻撃。
盗賊たちの頭を割り、腕を飛ばし、胸板を叩きつけた。時には投げ飛ばし、蹴り飛ばす者も。
さらにそこへ正確無比の弓の援護が届く。
「ダ、ダメだ! 逃げろ!」
堰を切ったように我先にと逃げ出す。
そんな盗賊らを、三騎の騎馬が追い立てる。ランス、ジン、シルヴェストルだ。機兵兵団を迂回して来たのである。
ランスは巧みに槍と手綱を繰り、森の中を物ともせずにひとりまたひとりと槍で貫いていく。
「ほらほらどうした!」
ランスほど上手くはないが、ジンとシルヴェストルも槍を突き刺していく。
「木が! 木が!」
「落として! ジンさん速度を落として!」
「無茶言うなって」
言いながらジンは身を左右に振って木の幹を避けていく。
その隙を逃さず、横合いからの盗賊が飛び出しジンの馬を狙う。しかし、攻撃は弾かれた。
「矢! だとぉ?!」
空気を裂く音と共に屋が降り注ぎ、武器を弾いたのだ。さらにもう一射。今度は頭蓋を撃ちぬかれ絶命する。
バーナードの索敵から、カエデとカトリーヌ=ルが放った矢が約三百ミール(約三百メートル)先の敵を射抜いたのだ。
これにはバーナードも見事だと驚く。
森の中の敵。しかも九魔月とはいえ、夜に射抜いたのだ。驚異的な練度である。
機兵兵団を突破した者も、タカアキの全方位マナ光弾によって撃ちぬかれ倒れていく。
あっという間に数を半数に減らし、盗賊たちは敗走を開始していく。追撃するランスたちは、開けた場所に出た。
「何をしている! 相手は三人だ! やれ!」
叫んだ男をランスは見逃さない。二人が驚くような速度で突撃。
「大将首めっけ」
馬が迫ると族長は部下を盾に下がろうとした。しかし、ランスは手綱を操り、馬を跳躍させる。部下たちを飛び越え族長の頭部に馬蹄を叩きつけ踏み砕く。
盗賊たちは騒然となって動けなくなる。
「さて、大将死んだけど、まだやる?」
ランスの殺気を含んだ視線に、盗賊たちは潰走を始めた。
赤髪の槍兵が逃げ出す敵を見送っていると、ジンとシルヴェストルが追いつく。彼は振り向かずに言う。
「いい腕だ。後は経験だな」
「へいへい。さすが、アソー子爵の騎士様だ」
「もっと褒めてくれていいんだぜ?」
ジンの言葉に気を良くしたランスは胸を張る。
ソラ一行は負傷者を出しながらも、盗賊を撃退。捕まえた賊曰く、グレートランドの軍はすでに出発したと知る。
翌夕方。銀の姫将軍の居城のある城下町の北側に到着する。この時すでに銀の姫将軍は敗北して敵の捕虜になっていたのだが、彼らはそんなことは露ほども知らない。
翌日の昼ごろには、彼らはブランシュエクレールとグレートランドを隔てる山脈にある。唯一の山道を通る。
戦の後が色濃く残っており、彼らが通っている間も修復作業が行われていた。
「この先に歓楽街が?」
「トゥース領や王都寄りなので、多少馬でもかかります」
タカアキにソラは説明する。
山道から一直線上に歓楽街はあるのだが、トゥース領、ミュール領、アソー領の位置を鑑みて山道を抜けてもまだ奥まった位置にあるのだ。
一行は程なく山道を抜ける。均された道ということも有り苦もなくだ。開けた場所に出ると幕舎がいくつか展開されていた。
物々しい雰囲気に彼らは驚く。
陣を構築していたのだ。戦いは勝ったと聞いていた。ソラは数人を連れて、先に幕舎に向かう。
ちょうどシャルロットとブークリエ宰相が出迎える。
ソラは下馬してシャルロットの前で片膝をつく。
「ただいま戻りました。何事です?」
「グレートランドが敗退したわ。マゴヤがそのまま攻め上がっているという話しよ」
ソラたちは血相を変えた。
一歩でも遅れていれば、マゴヤと戦わなければならない状況になっていたのかもしれないのだ。
驚くのも無理からぬ話。
「とはいえ、よく帰ってきてくれたわ。おかえり」
シャルロットはソラたちを満面の笑みで出迎えた。
「また力を貸してちょうだいね」
~続く~




