第三十二話「銀の姫将軍敗北」
第三十二話「銀の姫将軍敗北」
ソラたちはブランシュエクレールの勝利の一報を受け取ると、ヴェルトゥブリエの王都を出る準備を整える。
整えるといっても前もって出れるようにしていたので、最後の挨拶くらいであった。
「二度と来るな」
ノエルはそっぽを向く。
「今度は是非手合わせを頼みたい」
ディオンとソラは握手を交わす。
「私も指南をお願いします」
エロワとも握手を交わすと、次に神官のカノンが待ち構えていた。彼女は顔を真赤にして、顔を背ける。
色々と思い出し直視できないでいるのだ。
フェリシーとジャンヌがそんな彼女を押しのける。
「また会える日を楽しみにしています」
「今度は助けてくれたお礼をさせて欲しい」
フェリシーとジャンヌはお礼を言う。ジャンヌがソラと抱擁を交わし、次いでフェリシーが抱きつく。先のジャンヌと同じくらいで離れようとしたソラだが、フェリシーが離れずに抱きついたままとなる。
ソラは解くことも出来ず、自身の体を少し動かす。が、逃すまいと女性的な部分を擦り付けてくるフェリシーに、彼は男性的な反応をしつつあった。
「へ、陛下?」
「もう少しだけ」
そう言って十を数えても離れない。ソラはなんとかずらそうとするが、フェリシーは逃がすまいと――。
「陛下、もう終わりですよ」
ジャンヌは首根っこを掴んで、フェリシーを引き剥がす。
「淫乱陛下がすいません」
「あ、いえ。いや、えーっと」
ソラが言葉を選んでいると、シャルリーヌがソラの手を取って引っ張る。
「お世話になりました!」
多少強い語気でシャルリーヌはお礼を言うと頭を垂れた。
彼らは見送られながら出立する。
その日の夕刻にはブリスのサチュルヌデューアルブルに到着。
すでに内乱を影響はなく。平常通り。否、ソラたちが最初に立ち寄った頃よりも活気が満ちていた。外の街も人は元気な顔となっている。
中の街はさらに活気に溢れており、ソラたちが到着すると、歓声をもって出迎える。
ブリスとサラ、そしてシモンが出迎えた。
「やあ、久しぶり――というほどでもないか」
「少し痩せました?」
ソラの指摘通り、ブリスは少しだけ痩せたのである。
「早くサラに見合う男にならないと」
「毎週の祭りで、食べる量が制限されているからですよ」
シモンはため息混じりに言う。ブリスはすぐに反論する。
「ちょっとは努力しているよ」
「その努力も長続きしていないではありませんか」
「シモン!」
褐色肌の銀髪の護衛はやれやれなんですと応じる。
「本当のことは言わないでよ」
これ以上にないくらい情けない声を漏らす。
すぐに食事会が催された。
改めてシルヴェストルはブリスと話し合い。物々交換の件を、細かく詰めていく。そんな彼の真剣な様子に、カエデは驚いたように見入る。
ジンとオスヴァルトは女官を口説くが、すぐにたしなめられた。
「このまま収穫期を迎えることが出来そうで、一安心だ」
ブリスの言葉にソラはそうですねと応じて、杯の中身をぼんやりと眺める。
ソラたちがブリスと会っているその頃。グレートランドは銀の姫将軍が治める領地に、兵力が集まっていた。およそ四万の兵力が集まる見通しだ。
フィオナの打診を皇帝は受理し、周辺の貴族や騎士団にマゴヤを撃退せよと命じたのである。
その中には先の戦いでブランシュエクレールと問題を起こしたパスト公爵の姿もあった。彼はドラゴンライダー一騎を含む、一万の軍勢で参加。他の貴族や騎士団の倍近い兵力である。
到着した貴族たちは、作戦会議を行うとすぐに出立。各々の配置を目指す。
数の上で勝るグレートランドの作戦は至って単純。多方向から包囲殲滅。これによりマゴヤを撃退しようと考えたのであった。
フィオナたちが配置についたのは、三日後のことである。
すでにマゴヤも彼女らの動きを察知していたのか、軍を出していた。彼女たちと三キール(約三キロ)離れた位置に陣を張る。
両軍が睨み合っている場所は、マゴヤ城を建築した場所より西側に位置する平原だ。南側の丘陵地帯にパスト公爵の軍勢一万。そして北西の森を挟んだ向こう側に貴族の一団一万。北側の平原にも森を背にする形で貴族の一団がおり、数は一万となっていた。
すぐに斥候を出す。その間、フィオナは自分と同じく前線に陣取った騎士団の団長と退路の確認をしていく。森を南から迂回して北に上る退路だ。どちらも数では勝っているが、油断ならない相手という認識である。
日が傾く頃には斥候が帰ってきた。
彼らの報告にフィオナは眉根をわずかばかり動かす。
「マエカワ将軍の御旗が?」
「はい。弓に三日月の紋様でした」
弓で月を落とすという意味が込められた軍旗。それはマゴヤのマエカワの旗である何よりの証拠である。
「わかりました。ゆっくり休んでください」
銀の姫将軍と騎士団の団長は冷静に応対してみせたものの、彼女らの配下たちは驚きを露わにしていた。
マエカワ――ユミヅル・マエカワはマゴヤを統べる将軍である。大将自らが出陣し、増援として来たのだ。
前面に展開しているのはヨリチカ・マサダとクロダ。その数約八千。対する銀の姫将軍と騎士団は合わせて一万。
サナダの軍勢とマエカワ将軍の軍勢がその後方に位置していた。その数一万七千。
彼女はすぐに各地に配置している貴族に伝令を出した。
その報を受けたパスト公爵はしめしめと笑う。
「いかがいたしますか?」
「当初の予定通りと言っている。銀の姫将軍と東方騎士団だったか?」
東方騎士団とは名前の通り、東を守護する騎士団である。別の守護将軍と共にそちらを守護していた。
重装騎兵で圧倒的突破力が有名である。他国にも知れ渡るほどだ。
皇帝が満を持して対応しているのが伺える。本来なら南方騎士団も加えさせたかったのだが、彼らは現在エメリアユニティの軍勢と睨み合っていた。
「はい。前面はその二つです」
「そいつらが敗走しそうになったら動くぞ」
銀の姫将軍の手柄にさせまいと、パスト公爵は動いていた。また彼だけではない。この戦いに参加している貴族は、それぞれの思惑を孕んでいた。
パスト公爵はストロベリー第二皇子の策略にまんまと乗っていたのである。
ストロベリー第二皇子は、マゴヤとの戦の後を考えていた。ブランシュエクレールの土地をグレートランドが手に入れるため、ブランシュエクレールに友好的な銀の姫将軍の弱体化を狙ったのである。
そのために、干渉領地を欲しているパスト公爵を煽ったのだ。
結果、今も息巻いて銀の姫将軍を陥れようとしていた。その他の貴族も同様だ。彼女らの戦力が敗走したところで、兵力は三万。それでもマゴヤよりも多い。
「早く日が昇って欲しいものだ」
銀の姫将軍は明日。日が昇ると動き出す。日が高くなる前に動くという手はずである。
最初に銀の姫将軍と東方騎士団がヨリチカとクロダの軍勢と激突。数でまさる銀の姫将軍たちは押し始める。
が、すぐに銀の姫将軍は違和感を覚えた。銀の大剣を操り、迫る敵兵を屠りながら、視線を彷徨わせる。
ヨリチカが前線に出ていないのだ。それどころか、後方のマエカワの軍勢が動く気配がない。
フィオナは丘陵地帯にいるはずの友軍を見つめる。一向に動く気配がない。他の貴族たちもである。そのことに気づいた銀の姫将軍と東方騎士団の士気は緩やかに下がっていった。
北側にいた貴族たちは、観戦の構えを見せる。
彼らは朝の食事の準備を行っていた。白い湯気を立ち昇らせて、パンと蒸したじゃがいも。野菜を煮た汁を兵士たちに振る舞う。
彼らはパスト公爵よりも、早期に動くつもりであった。パスト公爵を出し抜こうと考えていたのだ。
ゆったりとした空気に、貴族も兵士も緊張感が薄れてしまう。遠くで起きている戦場は対岸の火事。他人事と捉えていた。
そんな空気を引き裂く叫び声。
「敵襲!」
突如森の中から馬蹄が響き渡る。先陣を切ったのはスミレ・サナダ。彼女は魔導具の十字槍を繰り、次々とグレートランドの兵を貫いていく。
時には三人を串刺しにして、それを投擲と用い。辛うじて対応できた兵士たちを馬蹄で踏み抜き、槍で胸板を刺突。血飛沫と土煙が舞う。
北の軍勢を東回りで回りこむ一団が現れる。弓に月の紋様。マエカワの軍勢だ。後方で彼は弓を構え射放つ。緑の光条が一線の軌跡を描き、上空を穿つ。上空で破裂すると緑の雨が降り注ぐ。
それらは正確にグレートランドの敵兵に襲う。
ユミヅル将軍の援護を受けたスミレは、一気に北の貴族たちを討ち取る。
あっという間の出来事。北の貴族の軍勢は我先にと逃げ出したのだ。その逃げた先は、森を壁にする形で陣取っていた貴族たちのところである。
マエカワとスミレはそのまま追撃。北西の貴族たちも、瞬く間に撃滅した。
丘陵地帯にいるパスト公爵たちは、未だに動こうとする気配を見せない。
銀の姫将軍と東方騎士団の団長の判断は早かった。
マナの信号を放つと、後方にいたアイヴィーは跳ねるように、飛び上がると杖を構える。
撤退する時のためにアイヴィーと魔導師部隊を後方に配置していたのだ。
アイヴィーはありったけの魔力を込めて、四つの光の玉を作り上げた。魔導師たちも杖を構える。
信号を確認した両陣営の軍勢は二つに別れ始めた。
その光と動きは遠くから見ても一目瞭然なほど。
それにいち早く反応したのは、黒い大鎧を纏った大男。否、ヨリチカだ。
吠えると馬を繰り戦線に突撃し、片手で大剣をやすやすと振り回して、敵を人馬ごと切り伏せていく。血飛沫が舞い。叫喚が戦場を染め上げていく。
銀の姫将軍は撤退の時間を稼ぐために突撃する。
「待っていたのだよ! この時を!」
銀の大剣を縦長の六角の大盾で受け止めた。金属と金属が激突し、鈍く甲高い音が響き渡る。
「なっ?!」
驚きの声をあげ、驚愕の表情になったのはフィオナだ。後退しようとしたが、ヨリチカが逃すまいと迫る。振り下ろされる黒き大剣を弾き、返す一撃を放つが、盾で防がれた。
「魔力が!?」
フィオナの様子に周囲の兵士たちも、困惑していく。
援護しろと言う声にマルヴィナが制止の声をあげる。しかし彼らは聞かず突撃を開始した。撤退の足並みは崩れていく。
フィオナは視界の端で膨張する光を確認。アイヴィーと魔導師たちによる魔法攻撃。
自分の身に起こっていることを理解し、それが敵の思う壺だと理解し叫ぶ。
「ダメ! ダメです! アイヴィーそれを使っては――」
銀の姫将軍は突然力無く、落馬した。
辛うじて体を回転させて足から着地に成功する。その足は震えていた。恐怖からではない、力が入らなくなっていたのである。
「どうやら効果覿面のようだなぁ!」
馬上からの一撃。それを受け止め飛び退く。
「それにな!」
ヨリチカは大盾を前面に展開。盾が割れると中から赤い装甲が露出した。
「武器を交えなくても! 魔力は吸えるんだよ!」
フィオナは足から崩れ、片膝を地面についた。
その様子にアイヴィーたちは焦燥感に駆られて魔法を放つ。誰かが放った攻撃に連鎖するようにアイヴィーたちのマナ光弾は放たれた。
「勝った! 勝ったぞ!」
マゴヤの軍勢に直撃するはずだったマナ光弾は全てが渦を巻く。
ヨリチカが構えた大盾を中心に、全ての光が渦を巻いて消えていった。
「捻れた?! マナの光弾が! マナの光弾だよ!」
「消されたというのか!?」
「もう一度攻撃だ」
アイヴィー以外の魔導師はすぐに光弾を連射。次弾もその次の攻撃も捻れて消えていく。
フィオナは辛うじて立ち上がると、ヨリチカに斬りかかる。盾を向けるだけで、フィオナの勢いは衰え、ついに自身の武器である魔導具を落としてしまう。
「お主はすでに我が手中だ。大人しく縄にかかってもらおうか!」
フィオナの動きは素早い。自身が人質となればグレートランドに多大な迷惑を被る。短刀を取り出し、首筋にあてがう。
「小娘がこちらに来ているぞ?」
銀の姫将軍は目を見開き、視界を動かすとアイヴィーたちが光弾を放ちながら、突撃してきていた。
それに呼応して、撤退していた兵士たちは引き返し始める。誰もが銀の姫将軍を救えと叫び、ヨリチカに迫った。
「遅いと言っている!」
ヨリチカは天高く大剣を掲げると、緑の光の柱を出現させた。否、巨大な光の刃である。それは遠くから見ていたパスト公爵たちの陣営からも見えていた。
そしてそれは振り下ろされ、土煙が舞う。
「やったぞ!」
握り拳を作って喜ぶパスト公爵。しかし、その喜びはすぐに消え失せる。
「敵襲!」
額に玉のような汗を浮かび上がらせて、眼下を覗き込む。北西の森を回りこむように、敵がパスト公爵の陣地に向かってきていたのだ。
丘陵地帯だったこともあり、早期に敵兵を見つけることに成功した。が、その御旗にパスト公爵は愕然となる。
ここに至って彼は自軍が窮地に陥ったことを悟るのだ。
「後方にいただろうが! そう言っていただろうが! 後方にいたのではないのか?」
この後パスト公爵はその半数を失いながら撤退。その中にドラゴンライダーも含まれていた。ヨリチカが真っ二つに引き裂いたのだ。
マゴヤはドラゴンを倒したことにより、ブランシュエクレールと対等に戦えるという自信が波及した。
マゴヤ軍は、盛大な鬨の声を上げて、万歳三唱する。
この戦いで銀の姫将軍とアイヴィーはマゴヤの捕虜となってしまう。
「わかっているな? お前が自害すればあの小娘も殺す」
服を剥かれ、鉄の金具で手足を拘束し、鉄の首輪で繋がれていた。声は挙げられない。猿轡で口を塞がれているのだ。
ヨリチカの言葉にフィオナは従うしかなかった。
「お前を少々利用させてもらう」
~続く~




