第二十九話「エクレールの再来」
第二十九話「エクレールの再来」
シャルロットがスミレと激突したことにより、第一騎士団やエルフなど、飛び道具を持った者たちは援護が出来ずにいた。
第一騎士団の団長は前進することを考えたが、その先のマゴヤの様子、そして自軍を見て待機を決める。
「陣形を構築する」
予定外の事が起こるのが戦場だ。しかし、その予定外の事態にブランシュエクレール軍は若干の混乱に陥っていた。
他種族や急激に人数が増えたことにより、そこが露見していたのだ。今も撤退後にどう動けばいいのか、わからないでいる者たちが続出していた。
少し上の位置からそれを眺めていたブークリエ宰相も、顎の髭を撫でながら唸る。
彼はもう少し撤退の流れを詰めるべきだったと反省。視線をシャルロットへと動かす。
金属が激突し、甲高い音を周囲に響かせる。
白馬と黒馬が鳴き後退した。
シャルロットとスミレは互いに武器を激突。白い霊剣。赤紫の十字槍。武器が衝突するたびに火花が散り、空気が弾ける。
スミレは気合の掛け声と共に十字槍を突き出す。一呼吸で十字槍が三度。否、四度突き出される。
シャルロットは長剣と手綱を繰り、足蹴にして穂先の軌道を変えて攻撃を凌いでいく。
互いに叫び声を上げた。金属が激突する音。空気が爆ぜると衝撃波が生まれ、両者の馬は戦慄き鳴く。
ならばとスミレは槍を回して石突で薙ぐ。ブランシュエクレールの王女はそれをさばいた。
大口を開けてスミレが叫ぶ。
「貰った!」
十字槍の刺突。
「甘いわ!」
籠手を突き出し、矛先を掴み取った。
引き離そうとしたが槍をがっちりと掴み、馬を寄せて霊剣を突き出す。
蹴り飛ばされて、軌道を変えられる。馬が横並びになると互いに馬上で肩口を激突。間髪入れずに頭突しあう。
「石頭!」
「そっちが!」
互いに額を抑えて、距離をとった。
そこまで黙って見入ってしまったヤリノスケは馬首を巡らせる。
彼に合わせて数人が反転、武器を手に取った。
「ヤリノスケ! 手を出すな。撤退しろ」
「しかしシャルロット」
シャルロットが飛び出したことにより、敵の注意は彼女に向いていた。友軍は確実に撤退を終えていく。
スミレは腹から声を出し、魔力を十字槍に込めていく。緑の光が彼女から湯気のように沸き立ち光る。
それを視界の端で確認したシャルロットは、霊力を周囲に撒き散らす。
スミレは頭上で槍を回転させ、遠心力を利用した石突の一撃で、霊剣を弾く。シャルロットは辛うじて霊剣を落とさなかった。しかし、胴体ががら空きになってしまう。そこをスミレは見逃さない。その一瞬の隙。そこを縫うかのように十字槍を突き出す。
「くらえッ!」
スミレの神速とも言える一撃。
シャルロットの脳裏に女性が映った。女性は左手を差し出す構えを見せる。シャルロットは爆ぜるような勢いで左腕を突き出し、霊力をありったけ流し込んだ。籠手の一部が展開し、虹の光を放った。
十字槍は魔力を膨れがらせる。
「なっ?!」
驚きの声を上げたのはスミレだ。彼女は後退して、自身の十字槍を眺めた。壊れては居ない。魔力も流れる。
「何が起きた?」
十字槍を振って、地面を吹き飛ばす。
「何をしたと言っている!」
対するシャルロットは虚勢を張る。さあと肩をすくめてみせた。背中に冷や汗が伝う。
スミレと同じくらい。否、それ以上に驚いているのはシャルロットだ。そしてそれを原から見ていたブランディーヌたちバニーハイランダーは、目を見開く。
紛れも無い証拠を確認して、ブランディーヌはバニーハイランダーたちは、体中に駆け巡る高揚感を、持て余す。
直後に他の種族の面々に肩を叩かれ、我に返る。
両者は肩を上下させて息をしていた。スミレは得体の知れない恐怖に、シャルロットは右腕の痺れと、霊力を大量消費したことによる疲労だ。
シャルロットはスミレの背後を睨む。敵軍の騎馬隊はスミレと共に突撃してくるかと思いきや、撤退のための指揮をとっていた。それを見て、シャルロットはこの戦いに終幕が近づいていることを理解する。
残り少ない霊力。それを周囲に撒いていく。
マナの濃度は下がっていった。ヤリノスケの腰にぶら下がる円筒の計測器は、みるみるうちに、光の線が下に落ちていく。
それを見たスミレはわずかに眉を動かした。
魔法。魔導具の類は使えない。または十分な効力を発揮できないと理解する。
十字槍の切っ先を向けたところで、スミレの背後から喊声が上がった。
スミレは振り返ると、友軍が好機と見て突撃をしていたのだ。それを指揮していたのはシバタとアポー伯爵だ。
この期に及んで彼らはまだ諦めきれずにいたのである。
シャルロットは隙を見つけて馬首を巡らせた。ヤリノスケと手勢も一気に駆け出す。
スミレは前と後ろを交互に見て、苛立ちを露わにする。
彼女はヨリチカに言われて、友軍の撤退の時間を稼ぎに来ていたのだ。その友軍が武功をあげようと、戻ってきてしまったのだ。
このまま押し切れば、歓楽街は陥落できたかもしれない。だが弩兵と弓兵の準備は整いつつあった。
もちろんブランシュエクレールもそれ以外の陣形がとっちらかったままである。それを見抜ける目を持つミツヒデはすでに戦場におらず、またマゴヤ軍は完全に浮き足立っている。士気はないようなモノであった。奪えたとしても、維持は出来ずすぐに奪還されただろう。
これ以上の戦闘は意味が無い。
誰よりもそれを感じていた者が、大口を開けた。
「止まれぃ! お主らはこの期に及んで、まだ殿に恥を晒す気かぁ!」
ヨリチカが叫ぶ。その一喝は戦場に響き渡る。戦場の時間が止まった。
「全軍撤退だ!」
夜が明ける頃には、マゴヤの軍は山道を東から抜ける。彼らは少し離れたところで一度休憩をとった。
簡単な被害状況の確認。隊列の組み直しと軽い食事だ。
ヨリチカは苛立ちを隠さず、シバタとアポー伯爵を縛りあげた。両者ともに言い訳を言い募るが、聞かずに彼らを兵士に運ばせる。
そこまで済んで、ようやく一息つく。
しかし、そこで思わぬ横槍が入った。
鬨の声が響き渡る。馬蹄の音が彼らに迫った。
最初、ヨリチカとスミレはブランシュエクレールの追撃と考えたのである。しかしそれは見当違いとなった。
「軍旗はグレートランド――銀の姫将軍です!」
「やってくれるわ!」
ヨリチカは手勢を集めて、交戦の構えを見せる。だが、士気と疲労から、マゴヤの軍勢は動きが悪い。
ヨリチカは背筋が寒くなる。
「どうするの?」
「無論、我とお主で敵の先鋒迎え撃つ。その間に撤退だが……」
現在、兵士をまとめることができる者がいない。ヨリチカとスミレの側近は、城の留守を頼んでいる。シマヅはすでに討ち死に。シバタとアポー伯爵は、何をするかわからないので、任せられない。ミツヒデとクロダは現在行方不明であった。
「せめてミツヒデがおれば……」
「呼んだか?」
背丈はヨリチカと同じくらいある男が、片手を上げてやってきた。側にはクロダと少年の足軽。
ヨリチカは目を見開くと、大いに喜んだ。
「よくぞ生きていた!」
日のあたり具合からか、彼の顔に影が強く出ていたように見える。ヨリチカはいぶかしんだが、その視線は迫る馬蹄に、気を取られてしまう。
「別方向からも二千!」
「ちぃ! クロダをそちらに向けさせろ」
常のヨリチカならば、気づけただろう。
「撤退の指揮を任せてよいか?」
「クロダに任せる。それでヤツの罰を軽くしてやってくれ」
「それは我では……」
「此度の戦の責任は全て俺にある。そう殿に伝えてくれ」
ヨリチカはため息をつく。
「お主の口から詫びろ」
「そうか……そうだな」
ミツヒデは大きく息を吐く。
「む、銀の姫将軍。自ら出てきてくれたか!」
ヨリチカはスミレに声をかけると、両者の軍勢が、銀の姫将軍を迎え撃つように突撃を開始する。
その背中を見送ったミツヒデは、小さく笑う。しかし、地面を雫が落ちる。
「クロダ。撤退の指揮を任せる。完遂させよ」
ミツヒデは馬に騎乗した。脇差しを少年の足軽に差し出す。
「私が、別働隊の指揮を」
クロダの申し出をかぶりを振って、却下すると馬首を巡らせた。
「そいつを頼む」
ミツヒデは撤退の指揮をクロダに任せると、彼に自身が救った少年を預ける。
「俺の形見だ。それはお前もだ」
言外に自害は許さないと言う。
「ミツヒデ殿……」
「別働隊は任せろ」
「せめて治癒魔法を」
ミツヒデは小さく首を振った。
押し迫る軍勢。時間はそうないと告げていた。
シバタ、シマヅの残存兵力をかき集めると、ミツヒデは迫る別働隊の迎撃に向かう。後に残ったのは赤い痕。
この後、クロダは見事撤退の指揮を全うする。
二つの大剣が激突し、衝撃波で周囲の兵士を巻き上げた。
すでに両者は馬を捨てている。魔力で強化した身体でひとつ数えるごとに、衝撃波を三つ作っていた。
銀の大剣は大きく形を変えると金砕棒に変わった。大きく回転。大きく振りかぶって、地面に叩きつける。緑の光が波紋となって地面を伝う。一拍置いて、地面が吹き飛び、周囲のマゴヤの人馬を吹き飛ばす。
土煙と血飛沫が舞う。阿鼻叫喚し、マゴヤは潰走しつつあった。
視界の端でクロダが率いる軍勢が地平線に消えたのを確認する。別働隊はミツヒデによって追い返されていた。
「スミレ!」
ヨリチカは銀の姫将軍――フィオナと剣戟を交わしながら叫ぶ。
「わかっているわよ!」
スミレはグレートランドの兵力を屠っていく。
長方形の大剣。それを改めて構え直すヨリチカ。
彼はミツヒデが責を負うならば、それは自身にもあると考えていた。
「細腕のどこにそんな力が!」
フィオナは言葉を返さずに、わずかに眉根を寄せるだけだ。
両者、叫ぶと武器を振りかぶった。銀の金砕棒と長方形の大剣が激突。
土煙が舞うと、スミレは兵士を指揮して、撤退を開始する。
「我が殿よ!」
土煙の中でヨリチカは吠える。
「これ以上やらせん! やらせんのだ!」
「アイヴィー!」
私に任せて、シャルリーヌより幼い少女が杖を構えた。
杖の先に緑の球体が四つ。急激に膨張していく。ヨリチカは目を見開くと駆け出す。フィオナはさせまいと銀の金砕棒を振った。ヨリチカは避けたが衝撃波をもろに受ける。
「だが!」
ヨリチカは衝撃波に乗って、大きく跳躍。アイヴィーの直線上に爆着。
「やらせるわけにはいかんといっているのだ!」
長方形の大剣を上段で構える。
雄叫びを上げる。アイヴィーは気圧されて、魔法を暴発させてしまう。
巨大な四つの光弾が発射された。対するヨリチカは絶叫にも近い叫び声と共に、大剣を振り下ろし、魔力を帯びた衝撃波を放つ。
大剣に亀裂が走る。
土煙が巻き上がり、ヨリチカは大きく吹き飛ばされた。
相殺することは敵わなかったが、アイヴィーの魔法攻撃を阻止することに成功する。
長方形の大剣を地面に突き立てて、無理矢理地面に掴まると、吹き飛ぶ勢いを殺した。ヨリチカは体のあちこちから出血をしていたのである。額からも血が伝う。
犬歯を剥いてヨリチカは吠えた。
それを追撃するフィオナ。互いの大剣が激突。
「むぅううううんっ!」
ヨリチカの大剣が悲鳴をあげた。
フィオナは気合の声と共に銀の大剣を振りぬく。ヨリチカは直撃する瞬間で裏拳で弾いて、大剣の切っ先を躱す。
視界にアイヴィーが飛び込む。
ヨリチカは無意識に近い反応で折れた大剣を投擲。
フィオナは驚愕の表情を露わにして、アイヴィーを救うべくヨリチカから離れていく。
その背中を見送りながらヨリチカは美しいなと改めて見惚れていた。
馬蹄が響く。ヨリチカが振り返ると、馬を引いたミツヒデがやってきていた。
「いくぞ」
「お、おお!」
投擲された大剣はアイヴィーの眼前で弾き飛ばされる。
フィオナは振り返ると、ヨリチカは馬を使って撤退を開始していた。
兵士が駆け寄り問いかける。フィオナはかぶりを振る。アイヴィーの顔色が悪い。今、死に直面しかけたのだ。
その様子にフィオナは無理だと判断する。
別働隊も撤退をしていた。
「士気は削れたでしょう。敵戦力も削れたはずです」
彼女の手勢は五千だ。それ以上の相手を強襲して、追い払うことが出来たのである。上々と言えた。
彼女はすぐに王にマゴヤ攻撃を打診。グレートランドは銀の姫将軍の周辺の貴族に招集をかけると、マゴヤの前線にある城の攻略に乗り出すのであった。
~続く~




