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第二十八話「打ち鳴らすは戦鼓と鼓動と」

第二十八話「打ち鳴らすは戦鼓と鼓動と」






 九魔月の新月は、闇が深い。この日を作戦の決行と、アポー伯爵もマゴヤのシバタも考えていた。

「歓楽街の周辺にはエルフ族もいる。その姫もいただくぞ」

「強欲だな」

「息子は欲張りでして」

 アポー伯爵の息子は高笑いする。彼は指折り数えていく。他種族の女の子たちを自らの手中に収められると喜んだ。

 対する父親であるアポー伯爵はミスリルの湖を手に入れんと、考えていた。魔王軍の事も考慮しており、そのために自身の私兵を含めて三万である。

 シバタは極上の略奪対象があると知って、シマヅ、クロダ、そして部下の兵士たちを奮起させた。

 地面を震わせんほどの歓声が沸き上がる。

「女は抱き放題だ!」

 全軍が鬨の声をあげて、武器を掲げた。

 兵士たちが出立の準備を始めている間、彼らは最後の軍議を行う。彼らは急いでいた。味方、上官のミツヒデやヨリチカが到着することを恐れていた。ここまで来て引き返してなるものかと、意固地になってもいたのだ。

 彼らが独断専行作戦を無視したのにも、理由がある。第一にミスリルのこともあるが、戦で武功を立てたいと焦っていたのだ。

「最終確認だ」

「シャルロットたちは。山道の向こうにある開けた平地に陣を引いている」

 斥候もそれを確認していた。

「全貴族の軍旗がありました」

 斥候の言葉に頷くとシバタは地図に指を走らせる。それを見たアポー伯爵が口を開く。

「我らが突撃し、オルディネール子爵とペ男爵はそれに呼応して反旗を翻す」

「後は一気に歓楽街を奪い。そこからミスリルの湖を狙えばいい」

 場所はどこだとシマヅが問う。アポー伯爵は地図を指さす。

「パッセ――失礼。ルミエール領の北側。つまり歓楽街の周辺にあるらしいです」

 らしいという言葉に、全員は難色を示したがすぐにそれを潜める。

「魔王軍がいると言っていたな。まあよい。歓楽街さえ抑えてしまえば、後は地道に探すだけだ」

「奴隷が欲しいのはわかるが、ミスリルも忘れるでないぞシバタ殿」

 クロダの言葉に、シバタはわかっておると鼻息を荒くして応じる。

 タダで奴隷が手に入るかもしれない。それも他種族の女性だ。欲を出してしまうのは無理からぬ話。

 そして話がまとまると彼らは出陣。

 九つの新月が闇夜に溶け込むように、動き出す。

 ミツヒデとその手勢が合流する頃には、シバタたちはブランシュエクレールの山道に行軍を開始した時であった。

 彼はすぐに手勢を固めて、シバタに追いつく。彼はミツヒデを見つけるとすぐに顔色を悪くする。

 現在命令を無視する形で出陣しているのだ。血相を変えるのも無理はない。

 ミツヒデはすでに引き返せないと判断していた。現在の士気、そして先陣が山道に入っている。引き返せば士気は落ち、先頭までの伝令が届く頃には、戦端が開かれてしまう。

 シバタもそれを察してミツヒデに叫ぶ。

「もう遅い! 我らは行く!」

「待て! もう少し落ち着いて」

 ミツヒデが来たことにより、浮足立ちマゴヤ軍は足早に山道に入っていく。隊列は一気に縦長になっていく。

 シバタはアポー伯爵、クロダ、シマヅがいる先頭まで躍り出る。ミツヒデも追いかけようとして、背後を振り返った。

「ヨリチカ、スミレ。殿よ。部下を見捨てられぬ俺を許してくれ」

 ミツヒデは手勢を固めて隊列の中央より後ろに位置する。何も起きてくれるなと、先頭に意識を集中させた。

 常のミツヒデの視力を持ってすれば、山肌や森に潜む存在。大きな丸太。そして地面に張り巡らされた縄に気づいただろう。

 だが彼の意識は、先行する部下へと向けられていた。

 鬨の声をあげて、ブランシュエクレールがひく陣に迫る。夜襲を考慮していないのか、反応が全くと言っていいほどない。

 そのことに気づいたクロダは隊列から外れて、ミツヒデの元へと急いだ。

「誰もいない? どういうことだ!」

 叫んだシバタは周囲の兵士に指示を飛ばし確認させる。人がいた形跡はあっても、ひとりとして人がいない。

 言い知れぬ不安を否定するようにシバタは叫ぶ。

「これより歓楽街へ突撃するぞ!」

 戦鼓が打ち鳴らされ、鬨の声が上がる。だがそれはマゴヤのモノではない。

「敵襲!」

 陣形も隊列も乱れていたマゴヤ。無防備な側面を攻撃されたのである。





 偏に奇襲が上手く行ったのも、敵の斥候が少なかったこと。新月の夜であったこと。他種族の能力が上手く噛み合ったこと。そして季節が夏であったことだろう。

 ラミア族やクロコダイルヴァーチャーは変温動物の性を受け継いでいる。故に体温が下がってしまうと動けなくなってしまう。夏の季節がそれを救ってくれたと言っていい。もちろん、日中に日向を浴び続けた彼女らの努力もあってのことだ。

 敵の斥候を熱で察知。先んじて対策していたこともあったが、上手くやり過ごしたのである。

 こうして幕舎がもぬけの殻だと気づかれること無く、斥候たちは去り、ブランシュエクレール軍は待ち構えることが出来た。

 先頭が混乱を生み出す。すぐに魔法で周囲を照らそうとするが、上手くいかない。

「二割?! マナの濃度が二割だっていうのか?!」

「そうだから! そう言っているのでしょうよ!」

「そんなこと言っている場合か、隊列を組み直せ! 槍を構えろ!」

「灯りが先だって言ってんだろうが!」

 マゴヤの兵士は口々に叫ぶ。それらが混乱を生み出し、波及していく。すでにブランシュエクレールの第一陣は一撃を加えて、離脱していた。

 暗闇と混乱が次なる攻撃に恐怖し、動きを鈍らせる。

「次で槍を見舞えばいいんだ! 構えろ!」

 指揮する者が叫ぶ。槍を構えて全員攻撃に備えた。

 彼らの足元にアラクネの糸があることに気づいていない。その糸はアラクネ族に、つぶさに敵がどこにいるのかを知らせた。

 彼女らは、クロスボウを構えた第一騎士団に頷く。

「構え!」

 全員が斜め上に向かって構えた。

 レイヴンスイーパー族が風を読み、第一騎士団の団長に頷いた。

「放て!」

 矢が雨となってマゴヤを襲う。




 そしてそれは先頭だけではない。山道を進んでいたマゴヤ軍は足を取られていた。縄を張り巡らされ、馬に乗っていた者は落馬してしまう。

「糸を切れと言っているんだ!」

「見りゃわかるでしょう! 切れないんですよ!」

「なんでだよ!」

「わかるわけがないでしょうが!」

 張り巡らされた縄には、アラクネの糸が織り込んであった。丈夫な糸はちょっとやそっとでは切れない。そして彼の足元を何かが素早く通り抜けていく。

 悲鳴があちこちであがり、彼らは足を抑えて転がり込んだ。

「犬だ! 犬が歩いているぞ!」

「違うスタンドシバーヌ族だ!」

「一緒でしょうよ! どっちでも!」

 ミツヒデはここに来てようやく山肌を睨む。

「してやられているのだ! 撤退なんだよ!」

 今すぐ撤退しなくてはと、彼は思慮する。その彼の耳朶に空気を割く音。

「矢が来るぞ!」

 ミツヒデは迫るクロスボウの矢を斬り払いしていく。鏃が激突する瞬間身を、拳を捻って矢を弾いていく。

 しかし周りの兵士たちは、激痛に地面に倒れ、頭部を穿たれ絶命する者も出た。

 ミツヒデは叫ぶ。

「森に入るな! 伏兵がいるぞ!」

 ミツヒデの叫びは虚しく、森に入って縄の切断を試みた兵士たちがたくさんいた。しかし、そのどれもが断末魔の叫びを上げて帰ってこない。

「怪我人は捨てろ! 撤退するんだ!」

 怪我人を拾おうとして、混乱した隊列がさらに鈍る。逃げ戻ろうとした先頭が友軍を踏み潰し、縄に足を取られて二次被害が生まれた。

 闇夜に血飛沫が舞う。

「我らが陛下のために! 全軍ハルバートを構えよ!」

「アソー子爵のとこになんか負けんな! ここで武功を上げろ! 武具は後で拾え! それより手はず通りに動いたら棒給だ!」

 アソー子爵の私兵とミュール伯爵の私兵が押し寄せてくる。彼らは縄が張り巡らされた場所までマゴヤを押し返し、さらに被害を広げていく。

 矢が降り注ぎ、ブランシュエクレールに追い立てられた。

「ああ!」

 ミツヒデは自身の側に年端もいかない少年が地面を転がっているのに気づく。一応の鎧は身にまとっていることから、従軍した農民の子だろう。

 空気を切り裂く音。

 彼は咄嗟に少年に覆いかぶさる。

「ミ、ミツヒデ様!」

「大事無い! それより私の護衛を頼む。森を抜けるぞ」

 収集不可能と判断したミツヒデは付き従う手勢を集めて、自身の目を頼りに森に飛び込んだ。




 ブランシュエクレールの後方。本当の本陣は、山の途中にある開けた場所である。

 そこはかつてシャルロットが盗賊を追い払った捨てられた砦であった。ソラはそこを修復し、いつでも使えるように整えていたのだ。地は均され、堀も備えられている。

 上がってこ様にも急斜面で、上から攻撃すれば簡単に敵を蹴落とせた。

「そろそろね」

 シャルロットが闇夜に映える白い長剣を掲げる。

 戦鼓が打ち鳴らされた。

 眼下で張り巡らされた縄は力をなくす。自由になったマゴヤの兵士は我先にと逃げ出す。混乱から更に彼らは自分たちで自分たちの仲間を屠っていく。

 押しつぶし、殴り飛ばし、邪魔するなら味方でも武器を使った。

 あと少しで山道を抜けられる。その時だ。轟音と共に丸太が壁となって現れる。

「迂回しろ!」

「糸だ! 糸が絡んで動けない!」

「森に糸が! 蜘蛛の巣だ!」

「蜘蛛の巣ならば! 払えば落ちるだろう!」

「糸だー!」

 糸に絡んだ友軍を踏み越えて逃げようとする。しかし、踏み潰された方も黙ってはいない。足を掴んで邪魔をする。

「放て!」

 矢と石が降り注ぐ。

 それらが再び混乱を増長させた。戦鼓が打ち鳴らされると、攻撃は止む。森のなかを駆け抜けていく影。

 怒りに任せて追いかけていく者が多数。森に潜んでいたラミアに絞め殺され、クロコダイルヴァーチャーに金砕棒で殴り殺される。足元をスタンドシバーヌ族が走りぬけ、足を切られ地面を転がっていく。




「伝令! 増援が迫っています」

 シャルロットに報せが飛び込む。

「ここまでね。全軍撤退。マナ信号を!」

 闇夜の空に光弾が三つ舞う。ゆらゆらと落ち。それを合図にブランシュエクレール軍は撤退を開始した。

 ひとつの集団が敵に追いすがられ、撤退に戸惑っているのを確認する。

「不味いわね。アンジュに連絡。第一騎士団とエルフを呼んで! それと集められるだけ弩兵を集めて、山道の西の出口に集めて」

 シャルロットは馬を蹴ると、急斜面を駆け下りていく。

「まったくお主は、自分の立場をもっと考えんか」

 シャルロットに並走する一騎の騎馬。ヤリノスケだ。後方にはサナダの手勢が追走する。

「貴方の娘ですからね」

 ヤリノスケは照れ隠しで頭をかいた。

「仕方のない」

「そうよ。仕方のないことよ」

 白馬と茶馬が追いすがる敵兵を蹴散らす。

 虹の光沢を放つ白き長剣が軌跡を描く度に血飛沫が舞い、断末魔があがる。

「撤退! 友軍と合流!」

「場所はわかるな?」

 撤退していた一団はバニーハイランダーたちだ。怪我人が出たらしく背負っていた。

 籠手で飛び出す槍を弾き飛ばして、手綱を繰り、馬蹄を顔面に見舞う。突き出された槍を奪い取ると、二人ほど貫いて投げ飛ばす。

 友軍を安全に撤退させるため、シャルロットは飛び出すことを決めていた。

「このまま山道に出るわよ!」

 応じるようにサナダの手勢が雄叫びを上げる。シャルロットを先頭に山道に躍り出ると、敵兵を蹂躙しながら西へと突き進む。

「総大将だ!」

 シャルロットの登場は、敵兵を三度混乱に誘う。撤退する後列を駆け抜けると、シマヅが長巻を取り出し、シャルロットに迫った。

 シャルロットは対応出来ないと判断すると、馬上で仰向けになって攻撃をやり過ごす。

「義父上!」

「今は違うじゃろう!」

 そのすぐ後ろにいたヤリノスケが十字槍でシマヅの胸板を貫く。すぐに抜いて石づきで殴打。敵兵を地面に叩き落として、絶命させた。

 西には飛び道具を持った第一騎士団やエルフを中心に集まり始める。

 彼女は撤退する敵を振り返り見ると、壁となっていた丸太が吹き飛ぶのが見えた。

 シャルロットは絶句する。

 土煙の先には獅子のようなたてがみの頭髪と髭を持つ巨躯な男が立っていた。何かを叫ぶ。

 その横を騎馬部隊が駆け抜けていく。撤退する味方を気にせず馬蹄で踏み抜いていく。

 先頭には暗い赤紫の頭髪の女性。軽装な装備。風にのった長髪は蛇のようでもあった。

 手には十字槍。

 それを見てヤリノスケは叫ぶ。

「本家だ!」

 まだ彼女たちは安全圏まで逃げられていない。そこにスミレはすぐに気づいた。彼女の騎馬が急加速していく。狙いはただひとつ。

 追いつかれると判断したシャルロットは馬首を巡らせると、スミレに向かって飛び出す。

「大将首! 貰い受ける!」

「生憎! あげる相手は決まっているの!」

 十字槍と白い長剣が激突。金属がしなる音が戦場に響き渡った。






~続く~


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