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第二十話「蒼穹の輝刃」

第二十話「蒼穹の輝刃」






 地面に落着した二人は破片を撒き散らす。緑の風が周囲の兵士を吹き飛ばす。全てが反乱連合軍の面々だ。

 異形の姿をした戦士に、自分たちの旗頭と言ってもいい存在が、いともたやすく突き飛ばされていたのだ。彼らは恐怖した。

 今も起き上がろうとした上半身を、踏みつけ叩きつけられていた。右肩を踏みつけて、剣を振るえないように抑えつける。

「ジャンヌに何をするだぁあああ!」

 ジルドは緑の光を纏う。手先から巨大な光の腕部を象る。鋭い指先が地面を撫でるだけで、簡単に削れていく。

 地面に踏み込み、破裂させた。飛び込むが、激情に任せた突撃故に、予測は容易かったのだろう。緑色の龍の超戦士は顔を向けずに、六尺(約百八十センチ)の大太刀を片手で振って、受け止めた。

 緑の風が吹き荒れ、周囲の人を巻き上げていく。悲鳴と怒号が飛び交う。

 それよりも高く大きな声で、ジルドは叫ぶ。青白い顔に血が通う。

「足をどけろ! 足を!」

 雄叫び。普段出さない音域を出し、裏返る声。

 しかし意に介さない龍の超戦士。踏みつける足に力を込めた。ジュンヌは激痛に叫ぶ。

「ぃいやめぃえろ!」

 大太刀が一度引かれ、態勢を崩すジルド。龍の超戦士は開いていた左の腕を目一杯振りぬいた。

 掌底。いや違う。嵐を纏う掌底だ。緑の風が竜巻となってジルドごと、敵兵を薙ぐ。

 ドラッヘングリーガー。その存在は十二分に敵の戦意を削って踏みにじる。

 ジャンヌは漆黒の剣を振るが、抑えられた肩では満足な力で振るえず、緑の外殻に傷ひとつつけられない。

 ならばと魔力を込めて漆黒の影で刃を形成し、吹き飛ばそうとした。しかし、緑の風に阻まれて黒い影は雲散霧消する。

 この時、ジャンヌは理解が及ばなかったが、龍の超戦士は霊力を周囲に撒き散らしていた。それはマナの濃度を急激に下げ、想った以上に魔法攻撃が出来ない状況となっていたのだ。加えて彼女はその霊力を発する存在と密着していた。体内のマナの巡りは狂いに狂い、いつもの数倍魔力の練りが、上手くいっていなかったのである。

 龍の超戦士は周囲の士気を察して、両手を広げて空を仰ぐ。

 龍の咆哮。

 敵も味方も震え上がらせる。しかし、味方だとわかっていればこれほど心強い援軍はない。外の同盟軍は負けず劣らずの鬨の声を上げた。

 戦えと叫ぶプリュトン侯爵と、ゴドウィン司祭。しかし、次第にその影響力は減衰していった。

「はっ! なせ!」

 足に爪を立てようとするが、まったく歯が立たない。

 龍の超戦士はそうかと応じると、足をどかす。瞬間ジャンヌの首を掴むと、勢いそのままに持ち上げた。

 緑の風は止み。赤き炎が周囲を燃やす。

 緑色の外殻は赤色の外殻へと変貌していた。

 炎を見たジャンヌは。恐怖に叫ぶ。

 その光景を遠目に見ていたフェリシーは思い出す。




 ジャンヌは火に特別恐怖を抱いていた。幼少の頃に家が焼け、自身も背中に大火傷を負い、その後は治癒魔法でも治らなかった。

 ただの火事ではなかったのだ。

 ジャンヌはヴェルトゥブリエで牧場を営む家に生まれた。名前は古の英雄から頂いたものだ。そう彼女の父親が何度も教えてあげていた。

 大きな牧場だったのが災いし、盗賊に襲われたのだ。

 家畜を全て奪われ、父は殺され母親は連れ去られた。辛うじて身を隠したジャンヌだったが、盗賊たちは最後に火の魔法で牧場を焼いたのである。その時の火傷が今も背にあるのだ。

 それを不憫に思った当時のフェリシーは彼女を侍女として迎えた。盗賊への復讐心から武芸を習い、メキメキと頭角を現したのである。

 五年前、転機が訪れたのだ。

 牧場の馬がカラミティモンスターになったと、報告が飛び込んだのである。

 ジャンヌは単騎で飛び出し、その全てをひとりで倒したのだ。英雄が誕生したと、喜ばれたのである。

 その話はあっという間に国中に広がり、ジャンヌは一躍有名人となった。

 それを面白く思わなかったのが、フェリシーの父親である。罪をでっち上げると、火炙りの刑に処したのだ。

 ジャンヌは絶望した。二度も炎に全てを奪われるのかと、そしてフェリシーの父親を、彼女を恨んだ。

 自分よりも美しく、体に傷ひとつない。髪も騎士ではない彼女は長く出来、美しかった。

「いいのですよ?」

 ジルドはそこに漬け込んだのだ。

「貴方は悪くないのです」

 彼の口車に乗り、彼女は三年もフェリシーの前から姿を消していたのである。




 ジャンヌは半狂乱になって泣き叫ぶ。剣を振り回すが、容易く弾かれてしまう。

「ジャンヌの心を壊していいのは、私だけだと言っている!」

 叫び、飛び込んできたジルド。龍の超戦士は振り向き、飛び蹴りで迎撃。空中で踵落としを見舞う。炎に身を焦がされながら、ジルドは地面を凹ませた。

 龍の超戦士は無造作にそれを掴みあげて、木の根が侵食している門に、全力で叩きつけた。鋼鉄で出来た門は、轟音と共にひしゃげる。そして勢いを殺せずに門は倒れ、神木にジルドはたたきつけられた。

 この光景は反乱連合軍にとって致命的となる。我先にと潰走していく兵士たち。ついにゴドウィンとプリュトンの声は届かなくなったのである。

 神木に傷がと、ヴェルトゥブリエの兵士は注視するが、神木に傷はない。

 この時の神木の状況を完璧には把握出来ていたのは、龍の超戦士だけである。

 霊力を帯びて、全身を守っていたのだ。それはどんな地面よりも硬く、そして魔力を持つものに取っては、強力な武器となった。

 ジルドは自身の身に纏う魔力障壁が霧散していくのを、知覚する。

「にげ、なく……ては」

 力なく、地面に落ちると力なく倒れこむ。荒々しく呼吸をしながら、ジャンヌを掴み上げるドラッヘングリーガーを睨んだ。

「ジャ……ンヌを、連れて」

 みるみるうちに傷が治っていく。

 赤色の龍の超戦士はジャンヌを神木に向かって投擲。神木付近の地面に落着。土埃が巻き上がる。これには見ていたフェリシーも悲鳴を上げた。

 それに反応したソラは、攻撃をやめてジャンヌに近寄る。

 苦悶に呻き声を漏らすジャンヌ。しかし、それは痛みによって発せられた声ではない。

 ――やはりそうか。

 魔法による洗脳。神木に近寄れば近寄るほど、その効果は薄れていた。

 赤色から緑色へと変わる。神木に火がうつらないようにするためだ。

 ジャンヌは頭を抱えて、地面に頭突きし始める。慌てて龍の超戦士はそれを止めて、羽交い絞めにする。

 ジャンヌの瞳に光が宿る。

 何かに抗うように暴れまわった。しかし、龍の超戦士がそれを阻む。

 緑の風が、神木の幹を揺らし、歯が揺れる音を奏でる。

 大きく息をしながらジャンヌは言う。

「殺してくれ。このままじゃ、憎しみで何もかも壊しそうだ」

「つまり、お前はそれを望んじゃいないってことだな」

「何を」

「御託はいい。俺はお前を救う」

 龍の超戦士は緑の風が霧散する。ソラは元の姿へと戻った。

 暴れるジャンヌの体を押し倒す。この時初めてジャンヌはソラを認識して思い出す。

 あと声をあげて、顔を紅潮させた。

 そんなことにはまったく気づいていないソラは、魔王から渡された丸薬を取り出す。口に含んで噛み砕き、口中で霊力を込めた。

 ――思った以上に持っていかれる?!

 そして次の行動に移ろうとして、ソラは一瞬躊躇した。

「何してんのよ! 急ぎなさい!」

 蒼穹の姫は現れて、ソラを小突く。

 時間はないと蒼穹の姫に急かされて、彼はジャンヌの口元に自身の口を寄せ――。

「―――――――――――――――――――――――――――?!」

 ジャンヌは声にならない叫びのような声を漏らし、ソラと口づけを交わす。そして丸薬を口移しで受け取り、嚥下する。

 あっという間の出来事。しかし、フェリシーと周囲の時間を止めるには十分過ぎる効力だった。

「効果は?」

「大丈夫みたいです」

 蒼穹の姫問いに、ソラは答える。

 そしてもうひとり。声にならない絶叫をしていた男――魔族がいた。

「私のジャンヌにぃ! 何をした?」

 霊力が満ちる神木の根本でありながら、魔力を爆発的に膨れ上がらせる。

「わかっている癖に~」

 蒼穹の姫は挑発するように言う。

「何をしたと聞いているのだ!?」

 蒼い頭髪。蒼い瞳。着物を纏った神霊の女性はふんぞり返って言う。

「接吻だよ! せ・っ・ぷ・ん」

 隣でジャンヌを介抱するソラは手で顔を覆う。

「挑発しない」

「いいじゃない。どうせこっちの勝ちよ?」

「そうじゃないです」

 蒼穹の姫は嬉しそうに笑うと、ソラの側に立つ。ジルドは身の危険を感じて叫ぶ。

「私は魔族だぞ! 魔界で」

「あーはいはい。命乞いとかいいから。その魔界の王直々に殺していいよって言われているの」

 ジルドは目が点になった。

「どっちみち事後承諾とったけどね。ソラちゃきちゃき終わらせるわよ」

 ソラはため息で応じると、左腕を突き出す。蒼穹の姫は蒼い光の粒になると、ソラの左腕に集まっていく。光が一層強くなると蒼い手甲が顕現。蒼い野太刀が現れる。

 否、形を変えて蒼い虹の光を帯びた柄となった。刃だけがない柄。それを見たジルドは犬歯を剥きだしにして吠える。

「馬鹿にしているのか!」

『見た目で判断しちゃダメよ』

 ソラは柄を上段に構えた。瞬間火山から火が噴出すように、蒼い光が噴出す。それは巨大な刃を象った。

 目の前の光景にジルドは背筋が寒くなる。先ほどまでの激情は消え失せていた。今は逃げ出したい衝動に駆られていた。しかし、視界の端に倒れているジャンヌ。彼女への未練と執着が、足を鈍らせる。

 彼は恐怖に押し出されるように駈け出した。ソラへと向かい。

 対するソラは矛先に人がいると気づいて、神木に向かって跳躍。神木の肌を蹴りだすその瞬間、緑の光が足先から刀身に走る。

「神木の加護だ」

 カノンのつぶやいた言葉に、その光景を目にしていたヴェルトゥブリエの人々は見入ってしまう。

 ジルドも跳躍に対応して、空中に足場を作って方向転換。ソラと激突する構えだ。

『蒼穹の輝刃!』

 ソラは胸中そんな技名はないとつぶやく。蒼と森緑の光の刀身が振り下ろされる。激突した瞬間、ジルドはそれを受け止める。

 しかし、魔力障壁はあっという間に溶けていく。

 耐えたのは数えて三つほどだ。ジルドは光に溶けていった。

 蒼穹が戦場を覆う。






~続く~


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