第十八話「戦いを終わらせるための交渉」
第十八話「戦いを終わらせるための交渉」
カエデたち――ブランシュエクレールの兵士たちはしばしの間、暇となってしまう。だからと言ってだらけているわけではなく、全員で陣の周りに見張りとして出ていた。
もちろんヴェルトゥブリエの兵士たちも、いつでも敵の攻撃が来ていいように備えている。
ヴェルトゥブリエの兵士たちの視線はカエデに集まっていた。
先ほどの三百ミール(約三百メートル)を超える飛距離に、全員が尊敬の念を抱いていたのである。
「弓取りだってよ」
ジンがカエデに近寄り声をかけた。カエデは敵地を睨んだままである。
黙ったままの彼に居心地の悪さから、ジンは口を開く。
「なんか言えよ」
「捕虜を連れ込むのは感心しません」
「そっちかよ! それはいいんだよ。みんなお前を弓取りだと言っているぜ」
「俺は剣で栄達したいのですが」
カエデの脳裏にとある太刀筋が過る。
以前、彼らの村を襲撃したアサシンたち。それを撃退した時のソラの剣閃が、彼の頭から離れなかったのである。
ジンはやめておけと言うと、弓術を極めるべきだと薦めた。
弓術でもカエデはソラに負けていると言う。飛距離はカエデのほうが飛ぶのだが、曲射、接近戦など、弓術の応用でもソラはカエデより優っていたのだ。
カエデは思い出したかのように口を開いた。
「それはそうと、捕虜を自室に連れ込むのは」
「まだそれ言うのかよ」
「同意とはいえ、風紀が乱れます」
「俺はね。自分に正直に生きたいの。このまま栄達したら、奴隷の女の子をはべらせて、毎日取っ替え引っ替えで抱きまくりたいのよ」
お前はそう思わないのかとジンは問う。カエデは即応して首を振った。
「色がないぞ。お前の人生」
カエデは父親が亡くなった時を思い出す。彼の母親は声もあげずに泣き崩れたのだ。カエデにはなるべくその姿を見せまいと、影で泣いていたことを、彼は知っている。
それがあるが故に、そうさせたくないと思うがあまり異性に積極的になれないのだ。
「色がなくても生きていけますよ」
シルヴェストルが二人を見つけると、駆け寄った。
「しばらくしたらソラ代官と、ブリス伯爵とシモン殿が、使者として出向くそうだ。
「大丈夫か? 使者を切り捨てた国だろ?」
ジンは間髪入れずに返す。シルヴェストルも頷く。
「ああ、俺も心配だ。ソラ代官に何かあれば」
ジンは首を傾げる。
「そこまでソラの事、気にかけてたか?」
シルヴェストルは口を開けて、恥ずかしそうに頭をかいて言う。ソラから学びたいことが有るのだと。
彼はサナダ家を継ぐことを意識していた。今の彼の目に映る景色は、この地に来るまでと全く別のものとなっている。
人の扱い方、交渉の仕方、兵の動かし方、陣の構築の仕方。それらが、全て輝いて見えていた。
「俺は、あの人からもっと色々と吸収していかないといけないんだ」
この時シルヴェストルが明確な将来を描いているとは、二人は微塵も考えなかった。
だから、そうなのかと流す程度である。
「まあ、俺達さ。アランに引っ張られる形で、こうなっているが。これを生かさない手はないと思うんだ。だから、俺は偉くなるぞ」
「奴隷を抱くために?」
カエデは面倒臭そうに聞く。対してジンは違うと叫ぶ。
「女を抱くためだ」
二人のやり取りにシルヴェストルは笑い出す。
「歓楽街に行けば、いつでも抱けますよ」
「違うんだよ。自分の権威で手に入れた女。それを抱くのがいいんだよ」
「ちゃんと仕事をしないと、パッセ侯爵のようになってしまいますよ?」
ジンは言葉に詰まる。シルヴェストルはさらに笑う。言ったカエデは至って真面目な素振りだ。故にジンには余計に突き刺さる指摘となった。
ジンは腕を組んで考えこむ。しばらくの後、わかったとつぶやく。
「お前、カエデ。お前偉くなれ」
「なんでですか?」
「そしたら俺を雇うのだよ。それならばパッセ侯爵化する前に、止められるだろう。俺も堕落せずに済みそうだ」
ひとり納得したジンは。何度もうんうんと頷く。自分の中で合点がいったらしい。それからは、バニーハイランダーを抱くぞと息巻く。
カエデはそんなことを思いつきもしなく、虚を突かれた形となる。
「俺のですか?」
「それならば、緊張感を持って女を抱けるというもの。あ! お前カッコいいからな。とられそうだよ」
カエデは顔を抑えながら、否定した。
「少年たちぃ。面白そうな会話をしているな」
オスヴァルトが会話に割り込む。ジンとカエデの首に腕を回して拘束する。二人は本気で抜けだそうとするが、上手くいかない。
「今度おじさんが、女の抱き方を教えてやる」
「マジか」
「結構です!」
オスヴァルトはそれはそうとと前振りすると、シルヴェストルを見つめた。
「ご指名だ。お前さんが若大将――ソラの護衛だ。気合入れていけよ」
シルヴェストルは目を見開き、顔を明るくさせた。
「はい!」
ブリスたちはグリーンハイランドが使者を切ったと聞いていた。だから、使者としていく人選は荒れに荒れたのだ。
ソラはすんなり決まった。彼が自ら名乗りでたのだが。
そう。大方が殺されるのではと、行くことを拒絶したのだ。これでは兵糧のことも含めて、ブランシュエクレールにおんぶに抱っこである。意地でもヴェルトゥブリエからも使者を出そうとしたのだ。
ブリスは意を決して名乗り出る。自分はまだ貴族になって間もないと。その申し出に全員が安堵と同時に、身の縮むような思いをした。
彼の妻で、同行していたサラは引き止めたがブリスは首をふる。必ず帰ると約束して、抱擁をし、口づけを交わす。
こうして使者として、ソラ、シルヴェストル、ブリス、シモン。そして、フェリシーの代理としてエメが主だった人員として選ばれた。
彼らはグリーンハイランドに捕虜返還兼、使者として出向く。これを手厚く迎えたのがブランドンだ。
あまりにも普通の対応に、一同は内心驚きを露わにしていた。
幕舎ではなく、両軍の陣地の間に場所を移し、両軍から見えるようにして相対する。
グリーンハイランドからはブランドンとアーマン。そして、主だった面々だ。
「私はヴェルトゥブリエの伯爵。ブリス・ヴェルトゥ・サチュルヌと申します」
ブリスはソラと自身の配下。そしてフェリシーの代理としてエメを紹介する。
ブランシュエクレールの介入に、ブランドンは顔を渋くさせた。周囲の兵士たちはソラの目付きの悪さから警戒。
自分たちの敵の兵糧が、自分たちより先に尽きることがないと、突きつけられたも同然である。そして、互いの国の友好さを見せつけられていた。助けに動くかもしれないと考えていたが、あまりにも早い対応に、ブランドンは背筋を凍らせる。
それは同席していたアーマンも、思い知らされていた。
下手に事をすれば、ブランシュエクレールを敵に回す。マゴヤとの戦いが控えている国とはいえ、彼らは慎重になった。ブランシュエクレールを敵に回したいわけではないのだ。
「単刀直入に言いましょう。捕虜をお返ししたいのです」
ブリスが切り出す。
そう言って、ケンタウロス族とバニーハイランダー族数人を引き渡す。まだ大勢が陣地に残っている。
ケンタウロス族とバニーハイランダー族の捕虜がいる。前者は彼らの目の前で捕らわれていたので、驚きはなかった。だが、後者は別である。
ブランドンは驚き、勢いそのままに問う。
「どこで?」
「補給物資の護衛をしておりました」
すぐにブランドンのお付の兵士が、事情をバニーハイランダーに問う。彼女は彼らの言う通りだと頷く。
「それだけではないのでは?」
ブランドンはソラを見ながら促す。
その場に参加したシルヴェストルは全員の言動を漏らすまいと、観察した。
ソラが書簡を差し出す。蝋封された手紙にブランドンは息を呑む。視線をちろりとソラに向ける。
目付きの悪さから威圧感を覚えたのか、少しだけ口元を引き伸ばす。
ソラは小さく頷く。それを見てからブランドンは書簡を取り出す。
「これは……」
「今すぐ戦いをやめていただければ、の話です」
ブランドンは唸った。アーマンは何だと覗きこむが、手で払われてしまう。
「王様だぞ!」
「この話、本当ですか?」
背後で無視するなと叫ぶアーマン。しかし裏拳でそれは制される。
「ないです。お約束いただけるなら、次期王位を継承するシャルリーヌ様が署名しに参ります」
ブランドンは大きく息を吐いた。
言葉の意味の重さに、恐れいったと頷く。
シャルロットが王位を退いた後も、約束をするという意味である。王が変わったから約束はなかったことにする。というのはよくある話だ。そうではないと言外に言う。
沈黙が訪れた。
シモンは敵の兵士が動き出すのではと警戒する。ブリスは全身から、玉のような汗を浮かび上がらせた。エメも腰が浮きそうになる。
対してソラとシルヴェストルは落ち着き払っていた。
「わかりました。兵を退きます」
その言葉にヴェルトゥブリエ側は、呆気に取られる。もちろんグリーンハイランドの面々もだ。
「よろしいのですかブランドン様?」
「よい。それよりこの話の方が何万倍も大事だ。戦をやめてこれならば上々と言えよう」
「俺は反対だ! フェリシーが手に入っていない。後方の陣にいるのだろう? ならば今から全軍突撃して」
「仲良く返り討ちに遭いますか?」
ブランドンは優しい笑みを浮かべる。アーマンは膝が笑い出し、顔を青ざめさせた。
「一応使者を蔑ろにしたという風潮が他国に回ります」
「う、うむ。それはやめよう」
諦められないとアーマンは駄々をこねる。
そんなやり取りを見ていたソラたちは、驚愕した。エメは怒りのままに立ち上がる。それをソラは手で制した。
「どう、なさいました?」
「失礼。いくつか質問をよろしいでしょうか?」
ただならぬ気配にブランドンらは戸惑う。この時点でソラは大凡の予想ができていた。
「ああ、どうぞ」
ソラは率直に聞く。ヴァレールを切り捨てたと聞いたと。その話に憤ったのはブランドンらグリーンハイランドだ。
そんな覚えはないと言ったところで彼らは、ふと不可解なことを思い出したらしい。
「そういえばプリュトン侯爵が、戦争は絶対に起きると断言していたな」
そこで全員は理解した。この戦争を裏で糸引く存在を。
「ブリス伯爵。ソラ殿。我ら、交渉に入る前に色々とせねばならぬことが出来たようですな」
~続く~




