第九話「それぞれの考え」
第九話「それぞれの考え」
ブリスの言葉に全員が押し黙った。
「ブリス様、扉が開いています」
シモンが注意し扉を急いで閉める。
ソラはすぐに答えずに、考える素振りとなった。
彼の頭の中では、色々な可能性を考慮する。
ヴェルトゥブリエの話や情勢はある程度聞き、調べていた彼でも完全に内情を把握しているわけではない。
ブリスが如何なる意図を持って、自身の父親を打倒しようとしているのか。
そしてそれがブランシュエクレールとヴェルトゥブリエにとって、どのような利益をもたらすのか考えていく。
「ど、どうかな?」
長い沈黙にブリスは動揺を示す。ソラは手を出して待ってほしいと示す。
「まず、伯爵を打倒する理由はなんでしょうか?」
ブリスはすぐに答えずに、バルコニーに出た。外を眺めてから、顔で壁の向こうを指し示す。
「あの向こうは見たよね? ならばそれが答えだよ。なんとかしたいんだ」
貧困の差。それが彼の戦う理由だと言う。ソラ以外はなるほどと納得した。
「それは本当にいけないことでしょうか?」
ブリスは言葉に詰まる。否、その問いかけの意味を理解できなかったのだ。
「どうして?」
「人は皆平等ではありません。ましてや贅沢を求めることを、俺は悪だと断じて反乱できません」
「わかっている。けれど、ここは貧富の差が他より大きすぎる」
ブリスは言う。
これから並べられる料理は、決して中の町に居ても、食べられないようなモノばかりだと。
このままではこの領地に住まう人に、愛想を尽かされてしまうとまで言った。
「それに、このままでは僕は陛下と結婚させられてしまう」
「それは良きことでは?」
「僕にとっては困ることだ」
ブリスは荒れそうになった語気を抑える。
「僕には妻がいる。僕はその人以外を愛するつもりはない」
言った後にブリスはそうかと手を打った。
「それに父はこの領地を捨てる。僕は妻もこの地も捨てたくないんだ」
ソラはなるほどと言う。ようやくサチュルヌ伯爵の思惑が見えてきたのである。
援軍をなんとか用意する代わりに、フェリシーに自身の息子との結婚を確約させ、自身の権力を強めようとしているのだ。
ソラはブリスが優しい人なのだろうと認識する。不貞があると、父親の意に真っ向から反対する。その姿勢からそれは溢れ出ていたのだ。だからこそ、言わねばならないことがあった。
「我々はブランシュエクレールの人間です。フェリシー陛下をお助けしましたが、それは我が国にとって利をもたらすからです」
ブリスもまた、ソラたちが外の人間だからこそ、この話を持ちかけたのだろう。
だからこそ彼らは二つ返事で力を貸すことが出来ない。
もっと言ってしまえばソラたちは理想では動けないのである。
「馬を五千用意する。僕に力を貸してほしい」
カエデたちは驚く。腰を浮かせてしまう。
ソラは頭をかいて、頷いた。そしてひとつ助言する。
「対案はあるのですか? 伯爵とは違う治世を示さなければなりません」
「わかっている。明日までに」
オスヴァルトに言われたことを思い出しながらそれを伝えた。
「人は思った以上に即物的です」
ブリスはそうかと笑うと、何かを閃いたようである。
「手はずは追ってシモンに伝える。いいね?」
「その前に陛下にもご説明を」
わかっていると言ってブリスとシモンは外へ出た。
しばらくの沈黙の後、カエデが口を開く。
「どうしてあんなことを?」
ソラは黙って話を促した。何を聞いているのか、推し量るためである。
「貧困の差を埋めることはいけないことなのか?」
ソラはああと納得して、かぶりを振った。
カエデは勘違いしているのである。ソラも貧困の差を埋めることには反対ではない。
「間違ってはいけないのは、貧困の差を大義名分にしてはいけないことです」
ソラ言う。
最初に上手く行ったとしても後が続かないのである。
貧困の差の是正を振りかざしたとして、この町の奴隷の人々を全て取り込めたとしても、その人達全てを満足させ続けることは出来ない。
それよりは兵士を取り込んで、長い治世で是正していくほうが利口と言えた。
ブランシュエクレールならいざ知らず、この貧しい土地では、平等はそう長く続かないのだ。
その後は不満と不信感が募り、今度はブリスを打倒しようと動く者が出る。それでは意味が無い。
「ましてや真の平等を掲げた時点で、掲げた人の物差しで測った偏った平等になってしまいます」
その反乱に他国の自分たちが加担するのは、非常に不味いのだ。最悪国家間の禍根となりかねない。
「肝に銘じておいて欲しいのですが、我々はこの戦争に最後まで関わる必要はないのです」
カエデとシルヴェストルは立ち上がった。
ソラの言葉に不服だと言わんばかりの形相。
「忘れちゃいけませんよ。我々はブランシュエクレールの利益のために動かなくてはならないのです」
「それをお前が言うか」
カエデの言葉にソラは頭をかいた。現在客将である。そのことを指摘されれば彼も何も言えなくなってしまう。
そこまで黙っていたジンが口を開く。
「俺はこんな戦争に付き合いたくないなー」
彼の言葉にカエデは非難の目を向けるが、続く言葉に言葉を失う。
「俺たちここで死ぬかもしれないわけ。そんなのごめん被るね。自分の国のために死ねるならいざ知らず」
カエデやシルヴェストルは言葉に詰まった。
自分たちがここで落命することを、考慮していなかったのだ。それを見透かしてジンは続ける。
「お前たちはいい。そりゃあ死ぬ可能性が俺より低いだろうさ」
ジンは言う。自分には何も無いと。だからお前たちよりも真っ先に死ぬかもしれないと。
「アランのようにマルコさん直伝の暗殺術などがあるわけでもなく、カエデのように弓が得意でもない。シルヴェストルのように槍の才能があるわけでもなければ、嫁候補もいない」
陛下の命令でソラの意向には従うが、彼はこの反乱にも参加するのは反対であった。
真っ先に死ぬかもしれない。ブランシュエクレールのためという大義名分はあっても、納得しかねていた。
そしてアランもその言葉に首肯する。
「俺も、陛下のお役に立てないまま死にたくはない」
だからアランは提案する。折を見て、この地を離れることを。
「とりあえず国のために、この反乱に協力します。馬五千は魅力的です」
あるとどんなに便利かソラは説き、彼らを納得させた。
ソラは最後にカエデとシルヴェストルに向き直る。
「話を戻しますが、お二人なりに、貧困の差、貧しい土地の運用法を考えてみてください」
なんでだと視線で問う二人。ソラは頭をかきながら言う。
「いずれ領地を任されるかもしれないでしょう?」
~続く~




