第十話「反乱。そして決着」
第十話「反乱。そして決着」
夜。ささやかな食事会と命は打ってあるものの、豪勢な食事が並んでいた。客間は明かりが煌々と照らしている。
海を持たぬヴェルトゥブリエには珍しい魚介類の料理の数々。
それを盛られた器も金の装飾が施されている。
席に招かれたのはフェリシーとエメ、そしてソラ一行。対するもてなす伯爵側は、伯爵、ブリス、とその妻サラであった。
サラは蒼玉のような瞳が特徴的であり、肩に掛かるほどの長さの銀髪が瞳を帰って際立たせている。ブリスの横に座っていることもあってか体躯は余計にほっそりとした印象をあたえた。
これを見たジンは心底羨む。いつか自分も美人の奥さんをもらうんだと、カエデたちに豪語したほどだ。
伯爵は露骨なまでにフェリシーにブリスを紹介していた。しかし、やんわりと躱していく彼女。そしてブリスもソラたち一行を巻き込む形で躱していた。
もちろんサチュルヌ伯爵もそれに気づいており、なんとか息子と結婚させようと躍起になっていく。
「お義父様、陛下もお疲れのご様子。今宵はこの辺でお開きとしませんか?」
サラの言葉に伯爵の焦燥感は頂点に達する。それは怒りとなって表出する。
「差し出がましい! 下がっておれ!」
場が凍った。空気が張り詰める。
サラは顔色一つ変えず、謝罪すると笑顔のまま、客間を後にする。それを見ていたブリスは顔に怒気が滲む。が、彼の対面にいたフェリシーが小さく首を振った。
ブリスは席を立つと、いそいそと客間を出ようとした
「すいません父上。少々席を外させてください」
「どこへ行く?」
「少々用を足してきます」
その後ブリスは戻ることはなく、そのまま食事会はお開きとなった。
各々の部屋に戻ると、ソラ一行の部屋にシモンが顔を出す。どうやら先の一件で完全に怒ったブリスは、夜明けにも行動を起こすと打診。
そこにバルコニーを伝ってエメも参加する。
全員で案を出し、細かい修正を行っていく。最後に蒼穹の姫に、フェリシーへの言伝を頼んで、準備を終える。
朝方、サチュルヌ伯爵は直接的な物言いでフェリシーに言う。援軍を出してほしくば息子と結婚せよと。しかし、フェリシーはそれを拒んだ。
「ならば仕方があるまい」
長剣を引き抜き突きける。対してフェリシーも魔導具を手に取り構えた。肉厚な体躯の割に伯爵の動きは俊敏だった。踏み込み剣を振りぬくと、錫杖をいともたやすく吹き飛ばす。逆にフェリシーは圧倒されてしまい、足を滑らせてしまう。
「ご覚悟を」
「それはあなた」
伯爵の背後から声が割り込む。
声のする方へと伯爵が視線を向けると、蒼い女性がいた。伯爵はその女性を見入ってしまう。
蒼い頭髪。蒼い瞳。いずれも蒼穹を思わせる。光を浴びた髪と瞳は虹の光沢を反射させた。
蒼穹の姫は踏み込んで、みぞおち辺りに掌底を叩き込む。伯爵は腹部を抑えてしばらく動けなくなった。
「立って、行くわよ」
フェリシーは頷くと、バルコニーに出て錫杖を二回鳴らす。
それが合図である。
別の部屋にいたソラたちは飛び起きて行動した。この時錫杖の音を拾えなかったのはジンだけである。
彼はカエデによって叩き起こされた。
急いで広場で合流すると、屋敷の広場で伯爵の兵士に囲まれる。全員が手に長物を構えていた。
「逃がしませんぞ陛下」
朝の日を反射させる黄金の甲冑。手には長剣。
「こうなっては仕方がありませんな。力ずくは好きではないのですが」
下卑た笑みを浮かべ、フェリシーを見つめる。
「伯爵……」
フェリシーは考えなおすように諭す。そしてもう一度援軍の要請を出す。だが、伯爵は鼻で笑うとそれに応じない。
「ブランシュエクレールの方々はどうか賢明な判断を」
手を出さずに見守れと言外に言う。そうすれば無事にここから出られるぞと。
周囲の兵士たちが武器を構えた瞬間だった。
「聞け! 伯爵に仕える兵士諸君!」
声は屋敷の二階のバルコニーから。そこにいたのはブリス・ヴェルトゥ・サチュルヌ。その隣には彼の愛する妻サラ。そしてシモン。
シモンは黒い弓を構えた。矢を番えた。それだけで周囲の兵士は震え上がる。
ブリスは顔を真赤にさせて叫ぶ。
「みんなこれを見ろ! これが先ほど僕たちが食べた食事だ! みんなも食べたいだろう!」
全員が唖然と眺めてしまう。
意図がわからないのだ。ブリスの言っている意味がわからず、見入ってしまう。
「僕に仕える者はこの食事と同等のモノを、一週間に一度は出すと約束しよう」
いの一番に理解したのは伯爵だ。彼は怒鳴った。
「誰ぞあの馬鹿息子を捕らえよ! いや、殺せ!」
「この食事を毎週食べたい者は、そこにいる逆賊を捕らえよ!」
シモンの矢が放たれ、伯爵の足元に突き刺さる。
兵士たちは困惑して互いに見合う。そんな兵士たちを蹴飛ばし、伯爵は剣で脅すように命じた。
「あの者ども殺せ! 数はこちらが上だ!」
すぐに兵士たちは屋敷に向かって足早に動く。しかし、その足は止まってしまう。
彼らはいの一番にフェリシーを捕らえるべきだった。
屋敷の外で叫び声が響く。兵士たちは見えない脅威に騒然となる。
錫杖の音が響く。伯爵は振り返ると目を見開いた。
「魔導具ヴェルトゥブリエ……?」
屋敷の門が打ち破られる。
そこには手に農具などを構えた人々。そして彼らは伯爵を見つけると、彼の元へと駆け出す。
「なぜだ? 外まで聞こえていた? いや、それにしては」
魔導具が目に飛び込む。その能力を思い出した伯爵は顔を青ざめさせた。
ブリスに注意を向けている間に、フェリシーは魔導具を使って屋敷の外の人間に思念を送ったのである。
もちろん彼らにも不満はあった。それでも行動を起こすには足りないほどだ。だが、豪華な飯が一週間に一度は食える。それが引き金となった。領民にとって理想などは、どうでもよく、ソラの言う即物的なモノに飛びついたのである。
伯爵は慌てて兵士たちに迎撃を命じる。しかし、彼らは動かない。
兵士を上回る数の人が押し寄せ、そしてそれをフェリシーが統制を行っていた。抵抗する気すら起きなかっただろう。戦わずして、自分たちも上手い飯を食べたい。伯爵を捕らえて飯を食べられるのならばと、安易な思考へと転がっていく。
「もう一度言う! そこにいる逆賊を捕らえよ!」
ブリスの叫びに、兵士たちの持つ武器の矛先が変わっていく。
「逆賊を捕らえる……」
ひとりがつぶやいた言葉が引き金となる。
「ま、待て! お前たちに富と名声を……」
サチュルヌ伯爵はなんとか、思いとどまらせようとした。しかし、遅く。また富や名誉では腹は膨れないのである。
後は無意識の同調。全員が武器を伯爵に向けて全てが終わる。
後日追放処分を受けた伯爵のその後を知る者はいない。
ソラはサチュルヌデューアルブルから書簡を二通出した。ひとつはブランシュエクレールに。そしてもうひとつは――。
「リヒトヒンメルに伝があるのかい?」
ブリスの問いにソラは首肯する。
「彼は以前、一年ほど仕えていたのよ」
「なんだって?!」
フェリシーの言葉にブリスは目を白黒させた。
「それよりも、これからが大変ですよ? 今はモノで釣っていますが、徐々にその方向性をブリス伯爵の理想に変えていかなければなりません」
ソラはあからさまに話を変える。
「そうだね。ソラ殿の提案に乗るよ」
ブリスは首肯した。
ルミエールから食料を供給する代わりに、サチュルヌデューアルブルからは馬などを安定供給するということモノだ。
ルミエールからすれば、馬を安定的に手に入るのは大きいことである。何より常設軍に必要としていた。
サチュルヌデューアルブルからすれば、食料が入ることは大きなことである。
ここからは徐々に交渉などで、取り扱うモノを増やすなりしていくことで、一致している。
またサナダ領にも馬を提供し、木の苗木を送ることが決まったのであった。これはシルヴェストルが交渉したのである。
彼はヤリノスケから、ヴェルトゥブリエの貴族と交渉をお願いされていたのである。もちろん最優先すべきことではなく、できればという話だったが、これ幸いに出来たとシルヴェストルは胸を撫で下ろす。
「さて――では陛下、交渉をしましょうか」
フェリシーは「ええ」と応じる。ここからは国と国のやり取りである。
「我が国から何を求めますか?」
~続く~




