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第六話「龍を宿す者は察知する」

第六話「龍を宿す者は察知する」






 照りつける太陽の下。ブランシュエクレールの歓楽街は、驚くべき速度で出来上がっていた。すでに娼館は三軒が開店し、楽市で商いも行われている。

 ン・ヤルポンガゥの海上都市からの流れが出来つつあった。ソラは自分がヴェルトゥブリエに言って帰ってくる頃には、想った以上のモノが出来ているだろうと確信する。

「ダメだこの地面硬すぎる」

 誰かが音を上げた。それを聞いていた黒いゴスロリ赤いフリルを纏った少女が歩み出る。グラディス・ゴールドライン。人は彼女を金の姫将軍と呼ぶ。

 本来はグレートランドの守護将軍職にあるのだが、現在はブランシュエクレールの歓楽街の建築を手伝っている。海上都市でソラと接触し魔金剛石を出荷する代わりに、自分も参加させてほしいと申し出たのだ。

 ソラとしてもブランシュエクレールの将来を鑑みてこれを了承。

 他国の人間を入れた理由としては、歓楽街にしかないモノをいくつか手に入れておきたかったのである。いずれブランシュエクレールの海上都市も出来上がるのだ。

 歓楽街にも人は来るだろうとソラもわかっている。が、それでも人がくる流れを予め作っておく必要があるのだ。

 またグラディスのほうも北の大国、オプスキュリテコンギッドの不穏な動きから、他国に安全な場所を求めたのであった。

 こうして両者の思惑は噛み合い、異例な光景を見せているのである。

 ちなみに海上都市からそのままなのだが、彼女は帰る素振りを全く見せなかった。まだ大丈夫だからと言って荷物と早馬を出して、時折手伝っては魔導具を振り回し、ただ眺めるだけの日もある。

 そして今日は見かねて手伝うようだ。

 長物の布を取り払うと、黒の柄、黄金の刀身の戦斧を取り出す。否、形が変わっていく。黄金の鍬へとその姿を変形させる。

 そのまま振り下ろし、地面を掘り返していく。

「こんなのでぇ、いいのかしらぁ?」

 本人は飛び跳ねる土にまみれながら、楽しそうにしていた。が、それを見ていた男たちは畏敬の念を抱く。

 自分たちが出来なかったことを片手だけでさらりとしてのける。そんなのを魅せられては無理からぬ話だ。

「あれで武器の変形意外は魔力を使用してないというのですから、驚きです」

 その光景を遠くから眺めながら、ソラたちは相対している。

 魔法を使っての建築を限定的に認めているのだ。早く形にしたいので、特別にシャルロットとソラが認めているのである。ひとつは霊力を持つ者が二人ほど常駐することになったからだ。

 ひとりは言うまでもなくソラ・イクサベ。もうひとりはシャルリーヌの侍女となった妖狐のシラヌイである。

 両者はマナの濃度を逐次確認して、適宜霊力を撒いては下げていた。

 歓楽街で一番高い建物。この場所を統べるところでもある。その一室、執務室は大勢の人がいた。ソラ、三大商人、トゥース公爵令嬢、ミュール伯爵、アソー子爵、ブークリエ宰相。そしてシャルリーヌ・シャルル・ブランシュエクレールとその付き人たちである。

 現在彼らは常備軍の兵舎の置き場所や、訓練場、各種族の家の場所などを話し合っていた。

「なんで、アソー子爵がいるのかしら?」

 聞いたのはマリー=アンジュ・トゥース公爵令嬢である。アソー子爵はさも当然だと言わん態度で言う。

「美味しそうな話には果敢に突撃するのみよ」

「猪貴族め」

「褒め言葉だ」

 揶揄したつもりが華麗に躱されて、ミュール伯爵は顔をしかめる。

「こいつも参加させたのか?」

「卿の物言いは少々雑だな」

 うるさいとミュール伯爵は言ってから、ソラに再度問う。

「常設軍に二千人出すと言いましたし、この建築の資金もお二人よりたくさんだしましたから」

 言いながらソラは別の理由があることを伏した。

 グラディスが言っていた銀の姫将軍との共同開梱の経験を、それとなく活かせないかとも考えていたのだ。

「八千人ですか。大きくなりましたね。いいと思います」

 マリー=アンジュは頷き、アソー子爵の参加を認めた。ミュール伯爵は血相を変えて、彼女に言い募る。

「我々だけの取り分のはずだ」

「海上都市の三大商人がすでに関わっていますし、アソー子爵より関わらせてはいけない他国の人間もおりましてよ」

 マリー=アンジュは外に目を向ける。つられて全員が外を見た。

 今もグラディスは黄金の鍬で、土を掘り返している。あまりの光景に全員が戸惑った。

 マリー=アンジュはすでに三大商人と繋がって、色々と自領地の特産品を出荷していたし、奴隷も購入をしている。

 何より彼女は遠からずこうなることを予見していた。

 アソー領もまたこの歓楽街から近いのである。嫌だと言っても彼は参加しただろう。それならばと彼女は利用することを検討したのだ。

「変化に柔軟に対応しなくては」

 ミュール伯爵は歯を食いしばって、しかしブークリエ宰相に肩を叩かれて脱力した。

「負けないからなアソー子爵」

「良かろう! 全力を持ってお相手いたす」

 マリー=アンジュは顔に手を当てて、両者の認識が食い違っている事を指摘。

 ミュール伯爵は商売で、アソー子爵は武勇で勝負しようとしていたのである。

「ブークリエ宰相のほうはどうですか?」

「順調そのものじゃ」

 マリー=アンジュの問いに、元伯爵の宰相は胸を叩く。もちろん設計と建築で食い違う点は多々あったが、彼は柔軟に対応していった。

「後は我々に、いや俺のところに任せてくれてもいいぞ」

 ワーライオンのコウノスケが豪快に笑い出す。サファリラインが、競争に勝っているのである。ロン商会とサキュバスモールは顔を苦悶に歪ませだ。

 各種族の代表は特に問題はないとシャルリーヌが代わって報告。

「そういやソラ。頼まれことだがな、グリーンハイランドが動いたと言っていたぞ」

 ロン商会の代表パイランが情報を口にする。ソラは頭をかきながら考える素振りとなった。

「予想以上に早いですね。グレートランドの裏をかこうとしているのかもしれません」

 ソラは立ち上がると、シャルリーヌと向き合う。

「ソラさん。ここのことは任せて下さい。私なりに頑張ります」

 シャルロットの申し出で、シャルリーヌはこの歓楽街の雑務を任されている。ソラはシャルリーヌに頭を垂れると、窓から飛び降りる。瞬間稲妻が走って王都へと雷鳴を轟かせていく。

 全員が呆気に取られる。

「あれが例の?」

「頼りになりそうだ」

 マリー=アンジュの言葉に頷くアソー子爵。しかし彼もまた初見であった。

「お前は戦場のことしか考えていないのか?」

「目下マゴヤとの戦が待ち構えておるしのぅ」

 ミュール伯爵はアソー子爵に噛み付いたものの、ブークリエ宰相の言葉に顔をしかめる。そうだったと彼は失念してたことを恥じた。

「やっぱりかっこいいです」

「ドラゴン?」

 シャルリーヌは顔を少しだけ朱に染めて稲妻を見送る。

 そしてもうひとり、そして誰よりも確実に視認したものがいた。

「あらぁ、やっぱりあの子いいわぁ。どうやったら手に入れられるかしらぁ?」






 青空にこだまする声。人が形を整えて行軍を開始する。それを空中から見下ろす人影。

 山高帽に黒い外套。気怠そうに見守っている。

 王宮ではマルコが第五騎士団の調練を行っていた。

 全体の訓練を終えたのを確認して、マルコは地上に降り立つ。

「今まで一番いい動きだったぞ」

 マルコの言葉は淡々としたものであった。が、ジョセフは体を飛び跳ねさせて喜びを露わにする。

「やったぜお前ら。やっぱなんかお前ら凄いよ。このまま行けばなんかお前達、国でなんか最強の騎士団になれるぜ」

 とにかく褒めて喜ぶ姿のジョセフに、第五騎士団の面々は顔を綻ばせる。

「まだ細かいところの動きが雑だが、一週間もすれば大丈夫だろう」

 マルコは言いながら空を仰ぐ。

 全員に日陰に入るように指示を出す。現在の太陽の位置だと中庭となった。

 ここからは講義である。マルコの知識知恵を話していく。その流れで彼は一騎当千の将の話をする。

「実際に一騎当千の将と呼ばれる者で、千人を打ち取るやつなんてそうはいないぞ。ブランシュエクレールのシャルロット陛下や客将のソラでも、そうそう千人を殺すことはないだろう」

 それでもマルコは二人を一騎当千の将だと呼んだ。

「じゃあなんで一騎当千なんだ?」

 ジョセフは問う。

「答えられる奴はいるか? あ、ゲルマンたちはダメだぞ」

 元傭兵だったゲルマンたちには答える権利を与えなかった。彼らは経験でもってそれを知っているからである。

 カエデが挙手した。

「実際に千人を震え上がらせることが出来るからでしょうか」

「まあ、遠からずってとこだな。大体正解だ」

 マルコは山高帽をかぶり直す。

「実際に俺が将軍であの二人と戦う場合。千人で倒して来いとは命じないな。六千人ぶつける」

 これでようやく兵士たちは勝てると自信が持てると付け加えた。

「ドラゴンを倒したという触れ込みはそれほどまでに戦場に影響を与えるし、あまつさえソラはドレッヘングリーガーだ。千人だとあっという間に戦意を喪失させて、逃げ散るね。おまけにソラなら数人の目立った将を的確に討ち取るから、さらに自軍に与える損失はでかくなる」

 これが一騎当千だとマルコが言う。

 実際のところ、ドラゴンを倒したという触れ込みはかなり波及している。これは魔王が意図的に海上都市にばら撒いているのもある。

 海上都市では実際にドラゴンの死骸が運び込まれ、市場に出回っているのだ。

 ねずみ算式的に噂は広がっていた。

「六千人をぶつけるのか?」

 カエデの問いにマルコは仮定の話だと言う。

 実際に戦場で二人を倒すためだけに、六千人を割り振ることはないだろうと、山高帽の男は言う。

「六千人ぶつけて勝てても、いち戦闘区域の戦術的な勝利だ。手持ちが一万だとしたら、四千で他の奴らを相手取らなくちゃならん。まあ、無理だな」

「そういう兵士は我が国だけではないですよね?」

 シルヴェストルの問いかけにマルコは頷く。

「この第五騎士団ではどうするべきだと思う? 考えてみろ」

 しばしの沈黙の後、ジョセフが口を開く。

「俺とゲルマンたちでなんかぶつかって、他の面々はなんか主だった騎士たちに、なんか適宜対応させるかな」

「正解だ」

 もちろん他にもいくつかあるだろう。

 だが、強い武将、騎士には強い戦士をぶつけたほうがいいのだ。数でぶつけて押しつぶすことも可能だろう。

 しかし、効率や負けた時の損失を考えるとこれが常套手段と言えた。

 名のある武将。それもドラゴンを倒したという触れ込みがあれば、それは無敵の鎧と言えるのだ。

「負けた場合は士気が下がりますね」

「ぶつかる前から下がっていることも考慮しなくちゃならないな」

 カエデの言葉にシルヴェストルは、今思いついたことを言う。マルコはそうだと首肯する。

「シルヴェストルの言うとおりだ。戦場では常に弱い奴のことを基準に考えておけ、そんな奴が、陛下やソラの背負う看板に震え上がらないわけがない」

 恐怖は伝播し、一度混乱すれば負けだとマルコは言う。

「まるで経験したみたいな物言いですね」

「言ってなかったな。俺は元々騎士だったんだよ」

 しばし全員は沈黙した。

「どうして傭兵の暗殺者なんかを?」

「んー? あー、死ぬのが怖くてな」

 全員が首をひねる。彼の現在行っている稼業と、言っていることが矛盾しているように思えたからだ。

「このまま老いぼれて死ぬのが嫌だったんだ。戦場で死にたいと」

 ただ、とマルコは言う。

 自分勝手に死ぬなら本望だが、他人に巻き込まれて死ぬのは嫌だという。

 彼は自分の思い通りに動かない部下、戦場に嫌気が差したのである。自分の考えが間違っているとわかっていても、それを許容することは出来なかった。

「その時に、まあ、夜寝ている時にだな。このまま老いぼれて死ぬか、誰かのせいで死ぬのは嫌だと思ったんだ。だから騎士を辞め、暗殺者となった。自分の思い通りに動き、自分勝手に死ねる」

 自分だけの戦場で死にたいとマルコは言う。

「だからな、俺は完全無欠の勝利か完璧な敗北しか求めないんだ。中途半端な勝ち負けは、俺の理想とする死生観に反する」

 だからかとカエデは納得した。

 彼はマルコが金銭で簡単に寝返ったことを疑問に思っていたのだ。だが、言われてみればそうであるともカエデは思い出す。

 あの時マルコがソラに勝っても、重症は免れなかっただろうと。それは彼の言う彼だけの戦場で死ぬとは、相反する結果となったかもしれない。

 その危険性を瞬時に判断して安全な方へと転がったのだ。

 カエデは理解できない考えだと思いながらも、マルコの生き方を認めていた。

 突如雷鳴が轟く。すぐに空を仰ぐが、青空だ。中庭だからかと外に出ると緑の風が吹き荒れる。

 そして次の瞬間には黒い体躯。緑の外殻を纏う龍の超戦士がそこにはいた。

「どうした?」

 マルコは軽い調子で問う。

 龍の超戦士は人へと変わる。

「グリーンハイランドが動いたようです」






~続く~


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