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第五話「王の決断」

第五話「王の決断」






 グリーンハイランド軍は追撃できなかった理由はいくつかあった。

 ひとつは目の前でプリュトンと殿が争っており、突破するにも、迂回するにしても、地形に疎い彼らでは追いつけることは敵わなかったという点。

 もうひとつは暑さだ。連日続く日差しによって兵の体力は奪われていた。実際、戦わずして逃げ出した者もいる。

 最後の理由が最大であろう。敵が残した兵糧だ。これに飛びつかない人間はいない。そう、敵がご丁寧に置いて行った兵糧につられて、全軍の足並みが乱れたのだ。

 ヴェルトゥブリエのノエルは、この事を考慮してもいていた。

 グリーンハイランドは追撃をすることを断念。食料に手を出したのだが、これにも策を仕込んでいた。

「毒だ! 毒が盛られているぞ!」

「水には糞尿がぶっかけてある!」

 これによりグリーンハイランド軍の士気は、大いに下がったのである。

 手に入れた食べ物が食べられず、水も糞尿まみれで飲めないのであった。

「ブランドン様!」

「今度は何だ」

 艶のない長い金髪のほっそりとした男は、憮然とした態度で応じる。書いていた書物を隣に居た男に渡す。

「陛下が、追撃をなさると言って聞かないのです! ブランドン様からお止めください」

 兵士の報告にブランドンは顔に手を当てて、夕暮れに染まる空を仰ぐ。

「あの馬鹿兄はぁああああああああああ!」

 叫び終わると行動は早い。走りだす。彼はすぐに相手を見つける。一回り大きな馬に乗った筋骨逞しい茶髪短毛の男が騎兵を統べていた。

「アーマン・ハイ・キンググリーンオラクル陛下ァ!」

 ブランドンは跳躍すると、筋骨逞しい男を横合いから蹴り落とす。男は突然の事態に対しても冷静に対処する。猫科の動物のように体を捻って着地。男は白い歯を見せて笑う。

「さすがだ弟よ!」

 言いながら脇腹を抑えて、その場でうずくまる。

「少々効き過ぎだ……ぞ」

「それくらいしないと、兄上は止まりません故」

「これは神託だ! 神のお告げなのだ! フェリシー殿は私と結ばれるべきだという神の」

「あのボインボインの体に魅せられただけだろうに」

 ブランドンの兄――アーマンは言葉に詰まる。周囲の部下たちの視線が集まった。それに気づいて慌てて言い返す。

「あのボインボインがいけないのだ!」

「神託はどうしたおい!」

「兄に向かってその口の聞き方はなんだ?!」

「陛下である身分をかかげろや! やろうってのか?」

 アーマンは自身の筋肉を誇るように隆起させる。周りの兵士たちはおおとざわめく。対するブランドンは中肉中背。むしろほっそりとした印象をあたえる。

 誰から見てもブランドンの兄が強そうに見えた。

 互いに走りだし肉薄。直後にブランドンが勢いを利用して、陛下を投げ飛ばし馬乗りになって顔面に拳を落としていく。

 肉の打つ音に兵士たちは顔を青ざめさせた。

 しばらく抵抗していたアーマンは、次第に防御へと回り込みついに防御が崩れて顔面に拳が振り下ろされていく。

「ごめん。ごめんなさい。もうやめて! どこの国に宰相が王をボコボコにする国があるか!」

 顔や体のあちこちにアザが出来たブランドンの兄は頭を抱えるようにうずくまり、謝罪する。謝罪して抗議した。

「ここにだよ!」

 ブランドンは胸を張って言う。

「手加減してよ!」

 大の男が半べそになりながら抗議する図は、すでにグリーンハイランドではおなじみなのか、特に兵士たちも目立って驚きはしない。またかという空気を醸し出す。

 騎兵で追撃の準備を進めていた部隊は、馬を片付けていく。それを恨めしそうに眺めるアーマン。

 彼らの顔を青ざめさせるのは宰相の実力と容赦のなさにだ。抵抗して勝てる気がしないのである。

「わかったよ」

 傷の手当を兼ねて彼ら二人は幕舎に足を向けた。

「どうして侵攻をなさったのですか?」

 ブランドンの兄は「んー」と顎に手を当てる。

「本当にフェリシーがほしいのだ」

「それ以外にあるのでしょうに」

 中に入ると、ブランドンは兵士たちに幕舎に誰も近づけるなと命じた。

 彼の兄はふむと頷くと服を脱いで侍女たちに傷の手当をさせていく。

「考えてみろ」

「言葉に出来ないのでしょう?」

「そうだよ!」

「まずは今回の戦争。グレートランドがけしかけてきたものです」

 アーマンは頷く。

 グリーンハイランドも何も考えずに動いているわけではない。少なくとも宰相のブランドンはである。

「我々の最終目標はグレートランドの手球に乗ったふりをしてヴェルトゥブリエ制圧。そのままマゴヤの戦乱を利用して、銀の姫将軍が治めるシルバーライトを制圧することです」

 アーマンはその言葉に満足そうに頷く。

 グレートランドがこの戦争をけしかけてきたのは、兄弟二人とも理解していた。その理由も周辺の情勢を事細かく集めていたブランドンは、把握していた。

 ブランシュエクレールとヴェルトゥブリエの引き離し工作である。グレートランドがここ三年。政治的に引き離さそうと、色々な策をしていたのは知っていた。それに乗じて彼らも、周辺国も色々と手は売っていたのだが、ブランシュエクレールとヴェルトゥブリエの現王たちは躱していったのだ。

 逆にそれが引き起こしたのは不協和音だった。

「リヒトヒンメルと繋がりは元々あったとはいえ、より強くさせてしまったのは、グレートランドの悪手でしたな」

 ブランドンの言葉に、アーマンはふんふんと首を縦に振る。しかしその内容を完全には把握できていない。

 ヴェルトゥブリエは東の大国、リヒトヒンメル帝国と、ブランシュエクレールはン・ヤルポンガゥと強い結びつきを得る。そしてグレートランドが得たのは同盟諸国のギクシャクとした関係である。

「ゴドウィンがヴェルトゥブリエはリヒトヒンメルに近づき過ぎだと言っていた」

「あれはリヒトヒンメルの上手い策ですよ」

「宗教特区でまるごと管理して、外から司祭や神官を呼びこむって寸法か」

 ブランドンは大仰に頷いてみせる。それを見たアーマンは嬉しそうに顔を綻ばせた。その時は子どものように無邪気な笑みに見えるのだ。侍女たちはそれは面白いのか、微笑んでいた。

「おかげでリヒトヒンメルの国内のオルフォールの信徒は牙を抜かれましたな」

 リヒトヒンメル帝国はンフォーワ教とオルフォール教その二つがいた。どちらも現皇帝は認めている。

「アズマとの戦争を引き起こしたのだから。オルフォール教に対して厳しく対するのは仕方ないことです」

 ブランドンは、同じ轍を踏まないようにしないといけないともつぶやく。

 グリーンハイランドとヴェルトゥブリエの隣はかつて、ヴェルデフォレスタという国があった。両国以上に宗教が絶対的なモノを締めており、狂信者が多かったのだ。

 彼らは自分たちこそが世界を統べるに相応しいと言い出し、リヒトヒンメルとアズマを戦争させたのだ。結果リヒトヒンメルに滅亡させられたのである。

「ゴドウィンか?」

「兄上は彼を優遇しすぎです」

「俺もゴドウィンも俗物的なのだよ」

 豪快に笑って飛ばすが、眉根を寄せてブランドンは王を睨めつけた。

「彼は俗物的なのではありません。狂信者です」

「だからお前がいるのではないか。王の俺に免じてあれを許してやって欲しい」

 やはりアーマンは笑うだけである。ブランドンは困ったのか、後頭部に手をあてて黙りこんでしまう。

「しかし、どうして追撃を許してくれなかったのだ?」

「プリュトン侯爵が言っていたでしょう? フェリシー陛下を無傷で差し出させる策を弄したと」

 ブランドンの言葉にそうだったと、アーマンは笑った。






 魔導具ヴェルトゥブリエ。この武器がなければ、ヴェルトゥブリエ軍は一糸乱れずに集合地点集まることは不可能であったといえる。

 彼らは夜にはプリュトン侯爵のプリュトンデューアルブルから南の平原で落ち合う。そのまま王都を目指した。

 だが翌朝異常事態が起きる。フェリシーの体調を崩したのだ。手足が痺れ思うように動かなくなったのである。

 原因はすぐにわかった。ローランが彼女に放った吹き矢であった。

 すぐに軍議となる。フェリシーはノエルの侍女、エメに支えられながら出ていた。

「このままでは撤退に支障が出ます」

 フェリシーは淡々と言う。

「三日で王都には着くことが可能です。早馬を出せば」

 緑の丘の王は首を振った。

「それでは遅いわ。彼らが先に王都へ到達してしまうのはわかるわね?」

「ですから早馬を使って」

 フェリシーは手で制する。

「私を捨て置いて撤退した場合、今日の早ければ夕刻には帰れるわね?」

 もちろん祈りの時間を終えてからの話だ。ノエルは目を白黒させる。

「何をおっしゃって」

 全員がそれを制止した。強く首を振って反対を示す。

「貴方は我が国の王なのですよ。それを――」

 ディオンが言い募る。しかしフェリシーはゆっくりと首を振った。

「王ってなんだと思う?」

 ただの飾りだと彼女は言う。少なくとも彼女自身の持論はそうだった。

 国の代表など簡単に入れ替わることが出来るのだと。それはここに顔を出している者たちには痛いほど理解していた。

 三年前に彼女の父王を追放したのはここにいる全員である。

「魔導具が使えるから王なんじゃない。所詮は国の代表なのよ。替えの効くね」

 自嘲気味にフェリシーは言う。

 フェリシーはかつてシャルリーヌに言った言葉があった。魔導具が使えるから王なのではないと。

 内乱のブランシュエクレールでシャルリーヌは魔導具を掲げたのである。だから私が王だと。

 その時のフェリシーは三年前の自分を思い出していた。彼女もまた三年前。それで父を追放したのである。

 自覚があるから、貴族と民に信頼されていたとはいえ、彼女もまたシャルリーヌと同じことをしたのだ。

「魔導具があるから国があるのではないの。民がいないと国は成り立たないわ」

 全員が押し黙り重苦しい空気を作った。

 苦悶に満ちた表情。

「彼らは私たちを異教徒と言ったわ。神木のことも偶像崇拝と言っていた。そんな彼らが民や神木に何をするかわからない。一刻も早く戻って、民と神木を守って。それでもダメそうなら、降伏して生き延びて頂戴。最悪私を差し出す条件を出せば」

「それ以上は言わせませんよ」

 ノエルは常にもまして強い語気で言う。

「ディオンが貴方を抱えれば、いえ今から馬車を用意して」」

「兵糧がないから、なおのこと早く戻らないとね」

 全員が絶句した。そのことを完全に失念していたのだ。慌てて撤退し、兵糧に毒を仕込んだのである。

「今朝はなんとかしたけど。これを三日目続ける気?」

 なんとか不必要な馬を肉として食したが、一万五千人の分を賄うことは出来なかった。

「誰かが抱えれば……」

「きっとローランは撤退の早さに私が離れたと察するはずよ」

 いやそれすらも予測しているかもしれないと、彼女は予想する。

「ノエル。私は南に行くわ。王都に戻って、グリーンハイランドの軍を蹴散らし、迎えに来てくれたら結婚してあげる」

 ノエルの目の色を変えた。

「二言はないわよ」

「では、せめてエメをお供につけさせてください」

 ディオンはたまらず割り込んだ。

「俺も一緒に」

「だーめ。近衛大将に勅命です。民を守りなさい。エロワもよ?」

 彼女は籠城の案も軽く説明した。その場合、ディオンやエロワが居ないとダメだと言う。

「確かにそうなりますな」

「カノンは馬に乗れないからダメよ」

 軍議の中でひとり悔しそうに顔をしかめる。

「他のみんなもダメ。エメの弓の技量を考えると、王都に行って欲しいのだけど」

「嫌です。あなたは飾りだと言う。私はその飾りを気に入っているのです。その飾りこそが今のヴェルトゥブリエに必要だと想っています。離れません」

 フェリシーはわかったと頷く。

「みんなお願いね?」

 その日フェリシーは初めて祈りの時間を迎えなかった。少しでも全員の気持を切り替えさせるため、先に馬で南に向かったのだ。

 もちろん痺れが出て馬の扱いは悪くなったものの、エメに手足を固定させたので、なんとか走らせることは叶った。

 しかしそれも一日で終る。






~続く~


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