第四話「裏切りと敗北」
第四話「裏切りと敗北」
ヴェルトゥブリエ軍とグリーンハイランド軍は北の大地ノールヴェルトゥで睨み合う。
ノールヴェルトゥを収める貴族は三人おり、最大勢力を誇るのがローラン・ヴェルトゥ・プリュトン侯爵である。
ヴェルトゥブリエの貴族と騎士は、ヴェルトゥの名を間に冠するのが風習だ。領地を持っていようと、持っていまいが関係はなかった。
領地を持っていない代表としてディオンが筆頭である。彼はヴェルトゥブリエデューアルブル王都の外側で育った身でありながら、近衛大将の地位を獲得していた。もちろんそれに相応しい武勇を持っている。
彼は単身で野盗数百人を打ち倒した豪の者でもあるのだ。
そんな豪の者――ディオン・ヴェルトゥ・リュンヌは天幕の張られただけの、簡易的な幕舎で思案していた。ふと背後に目を向ける。丘越しでも見えるご神木の樹の葉が、空の青さに深緑を彩っていた。
ヴェルトゥブリエ軍はプリュトンの本拠地。プリュトンデューアルブルより、約五キール(約五キロ)先の北の大地に幕舎を展開していた。
すぐにディオンは北へと視線を向ける。緑の草原に白い模様――否、幕舎が点在している。
ディオンは視線をすぐ後ろの幕舎へと向けた。彼の部下の近衛兵たちががっちりと周囲を固め、その中を侍女たちが覆う。
幕舎の中にはフェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエが休んでいる。
夏の日差しをもろに浴びていた彼らは、手に岩塩を握っていた。時折それを舐めては空を恨めしそうに睨んでいる。
「近衛大将ともあろうものが落ち着きのない」
「ノエル・ヴェルトゥ・ソレイユ宰相兼、軍師殿は少々緊迫感に欠けるのでは?」
やや雑多な物言いにノエルは眉の間にシワを作る。
ノエル・ヴェルトゥ・ソレイユ。彼は色素の薄い金髪は長く、途中で結わえられて一纏めにされていた。今は肩より前に垂れ下がっており、その毛先をいじりながら褐色の青年。ディオンと会話をしている。
「近衛大将なのだから、落ち着けと言っているのだ」
「わかっている。それより大丈夫なのか?」
目だけをノエルに向けるディオン。彼は肩を竦めてわかりきったことを聞くなとばかりに鼻で笑う。
「今はお祈りの時間なのであるから。オルフォールの信徒が、お祈りの時間中に攻撃などありはせん」
ノエルは瞑目して両手を広げ、歌うように言う。ディオンは腕を組んで天幕の中央にある机まで歩く。
そこには地図が広げられていた。彼は現在の位置を確認してから振り向く。
「それもそうだが、少々前に陣を張っていないかと聞いているのだ?」
「俺も陛下に具申したが、これ以上逆鱗に触れたくはない」
フェリシーは彼らが思った以上に激情に身を委ねている節があったのだ。彼らもフェリシーと同じく、怒りは抱いている。しかし、自国の王を危険に晒したくないのだ。
「だからと言って落ち着けと言って、陛下が考えを変えると思うか?」
ヴァレールの死は二人にも大きい。しかし、それ以上にフェリシーは悲しみ怒りに打ち震えているのである。
「父王陛下より、父親をしていたからな」
ノエルは宮廷貴族である。父は領地を持たず宮廷に仕えていたのだ。よく彼も王宮に顔を出してはフェリシーを遠目に見ていたのを思い出す。
彼の記憶の中では仲の良い家族のように映っていた。日陰が覆う中庭で、ヴァレールと当時の近衛大将から護身術と、棒術を学んでいた。もちろんそういう時は厳しく接していたが、終われば二人してフェリシーを褒めまわし、一緒に食事を摂っていたのだ。
魔導具ヴェルトゥブリエは早くからフェリシーを選んだ。正確には父王は扱えなかったのである。幼い頃から魔導具の扱い方、そして所作と帝王学をヴァレールから学んだと言っていい。
ノエルはヴァレールをフェリシーの半身と位置づけていた。その半身を失った悲しみは計り知れないモノがある。
「グリーンハイランドとしても、陛下欲しさに少々強引が過ぎる」
「そうだな。どうにも腑に落ちない」
もちろんグリーンハイランドはフェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエだけを欲しているわけではない。この領土を欲しているのも事実である。
「宗教的な建前としては民族浄化。偶像崇拝に傾倒している我々を正すということらしいが」
「宗派の違いは今に始まったことではないだろうに」
ノエルはディオンの言葉に頷き、背後にある神木に視線を向けた。倣ってディオンも向ける。
「言うまでもないが、この大地はご神木がなければ、死の大地だ」
その昔ヴェルトゥブリエという国名がある以前は、砂と岩の荒れ果てた大地であった。
そこに文明崩壊前後にご神木を飢えて、国を緑に染め上げたという伝説がある。
オルフォールでありながら、他と少々違った宗派になるのは無理からぬ話しであった。
故にそれを理解していないグリーンハイランドではないはずなのだ。しかし、それでもなお、それらを建前に戦争を仕掛けている。
他国が知れば信頼を失墜しかねない使者の処断という暴挙。それらが唐突に感じられたのだ。
ディオンも理解し首を縦に振った。
「俺はグレートランドが一枚噛んでいると考えている」
ノエルの言葉にディオンは目を見開く。
「なぜだ? 理由がないだろう?」
ノエルは左腕を体に寄せ、左の手の甲に右肘を乗せる。左の頬に右手を添えて、親指でまぶた越しに眼球を抑えた。
彼の独特な考える時の素振りだ。
「あるんだよそれが」
「三年前のことか?」
「それもあるだろう」
独特な考える素振りのまま、ノエルは話を続ける。
「だが目下一番の原因は三年前まではない。今のブランシュエクレール情勢だろう」
ノエルは淡々と説明する。
現在グレートランドの領地にマゴヤが侵攻し、不当に一部制圧していた。
その場所はノワールフォレとブランシュエクレールが、代々奪い合っていて領地だ。
「マゴヤがそのままブランシュエクレールに攻め込むのは、グレートランドとしては好機と言えるだろう」
どさくさ紛れに、ブランシュエクレールをグレートランドは併合させようとしているのだ。
「そのためには、程よくブランシュエクレールの兵力を削いでおく必要性がある」
「なるほど、友好国である俺達は邪魔ということか」
ディオンの答えに、ノエルは満足そうに頷く。
マゴヤとの戦いでヴェルトゥブリエが援軍として動くのは、阻止したいのがグレートランドの本音。そのためにけしかけた戦争だと、ノエルは推測した。
「正直な話。我が国はあの国が栄達してくれなければ、貧困に喘ぐだけだ」
「そんなにか?」
ノエルは首肯する。
「三年前の父王陛下の約定。あれな僕は正しかったと思っている」
ディオンは犬歯を剥き出す。それをノエルは手で制する。
「最後まで聞け。あれは奴隷を酷使していたあの当時では、上手くいかない話だ。今ならうまくいくだろう」
「飼い犬と同じではないか」
「よくわかっているな。程よく飼い殺されるだろうさ。まあ、それなら博打を打ってでも富を得ようと考える陛下のお考えには、僕は賛成だね」
「ならばなおのこと、この戦争に万全を期すべきだ」
何よりディオンは背後を気にしていた。
「丘で後ろが見えない」
「わかっている。陛下には内緒だがな、一声かければすぐに撤退できる」
幕舎や兵糧を捨てることが前提だが、とノエルは付け加える。
ノエルも気にしていた。丘のむこうに兵士を配置しているとはいえ、見えない現状はあまり好ましくない。もちろんプリュトン侯爵の治める街がすぐそこにあるとはいえ、後背を突かれる可能性は高いのである。
そこに修道服の女性が現れた。肌を覗かせているのは顔と太ももくらいである。太ももが見えるのは、修道服を改造し切れ込みを入れているからであった。
「カノン殿」
カノンは暑いのか、天幕の椅子に座り込むと頭巾をさっと取り払う。桜色の長い頭髪が顕になった。
黄金の瞳は気怠そうに周囲を睨めつける。
「暑い」
「わかっています」
応じながらノエルは敵陣に目を向けた。
彼女はオルフォールの神官である。その神官が手隙でここにいるということは、お祈りの時間が終わりを告げた証拠でもあった。
その敵陣は目立った動きは見せていない。
「これで三日目突入か?」
「いくらなんでも動きがなさすぎるな」
ディオンの言葉に応じながらノエルは独特な考える素振りとなった。
陣を構築してすぐに戦闘になるかと思われたが、それも起きない。互いに斥候を出し合ってはいるものの、それ以外に大きな動きは見せないのである。
「こっちから攻め立てちゃえばよろしいんじゃなくて?」
カノンは適当に告げる。ディオンも頷いた。
「こちらから出方を伺うのもいいかもしれない」
幸いにも兵力差では圧倒的にヴェルトゥブリエが多いのである。真正面からぶつかり合えばヴェルトゥブリエの勝利は確実である。
「三万は予想外だが、こちらは五万だ」
「自惚れるな。足元を掬われるぞ。プリュトン侯爵が見張っていたとはいえ、向こうがこちらよりも居座っているのは長い。その間に何か陣地に仕込んでいる可能性もある」
そして現在ヴェルトゥブリエの陣地には三万万しかいない。残りのニ万は北の三貴族の兵力である。
彼らの背後で甲冑が規則正しい音を奏でた。三名は素早く振り向き片膝をつく。
「陛下、敵に動きはありません」
「日が中天を超えたら進軍します」
ノエルの言葉にフェリシーは即応した。
ノエルはすかさず立ち上がる。
「陛下、思いとどまってください。少々、いえかなり出すぎです。後背を突かれる可能性があります」
「敵を倒せばよいのです」
ノエルの言葉に不快感を示しながら彼女は言う。その言葉に三人は絶句した。
フェリシーは常なら見せない短慮を露わにしているのだ。ヴァレールの仇を討つ。その一点で頭がいっぱいになっていたのである。
「陛下、今一度ご一考を」
ディオンは深々と頭を下げて言い募った。
「なりません。進軍です」
そこで幕舎を警護していた褐色金髪の少年が口を開く。
「陛下の想い人は、こういう場合どうしましたでしょうか?」
エロワはソラとシャルロットの事を思い出し、口にした。
彼はフェリシーと共に内乱が始まったばかりのブランシュエクレールに足を運んでいたのだ。森のなかでフェリシーが歳相応に嫉妬していた姿を思い出していた。
突然の言葉に、フェリシーは言葉を失う。
しばらく瞳を瞬かせると、脱力して、側にいたエメに寄りかかった。
「そ、そうですね……申し訳ございません。少々頭に血が上り過ぎました」
「日差しが強いですからね」
ノエルは笑いながら言う。
彼の胸中悔しさに血の涙をこぼしていた。自分の言葉ではなく、しかも他国の男を思い出して思いとどまった事に、激しい嫉妬を抱いたのだ。
とはいえそれで取り乱すノエルではなく。すぐに息を吐いて切り替えると、地図を広げて陣の後退を提案。
「ここはローラン侯爵に顔を立てるという名目で、プリュトンデューアルブルより南の大地に陣を構えましょう。幸いにも川が近くにあります。ここでなら兵士たちの疲労も和らげられるかと」
「そう……ですね。任せます」
ノエルの提案にフェリシーは素直に頷いた。背後でディオンがエロワを肘で突付きよくやったと褒める。
「では、魔導具のお力を借りたく」
「わかりました」
フェリシーは天幕を出ると、蒼い空に高々と緑の錫杖を掲げた。
魔導具ヴェルトゥブリエはマナで糸を編み上げ、魔力を持つ人間に思念を送ったり、力を付与させることの出来る魔導具である。
ヴェルトゥブリエの騎兵の強さの最大の理由はこれであった。一糸乱れぬ陣形を構築して敵を蹂躙することが出来るのである。
フェリシーは全軍に陣を解体し、後方へ下がることを伝えた。
「では、後を任せます」
フェリシーは少しばかり肩を落として、自分の幕舎に足を向ける。
「なんだ?」
南の方から馬蹄が響く。それは徐々に近づいてきていた。何人かの兵士が丘を越えて走ってくる。
「敵襲!」
ひとりが叫ぶとその背後から騎兵の影が現れ、丘をの向こう側を見張っていた兵士が呑まれていく。
「どういうことだ?!」
騎兵はプリュトン貴族のマナ軍旗を掲げていた。
「謀反か?」
ディオンは手近の兵士を集めると、フェリシーを守るように指示。自身は撤退を始めた兵士を取りまとめていく。
「そうか。ローランめ! すべて仕組んだことか!」
彼らが背後に気を取られた時だった。前方、つまり北に位置していたグリーンハイランドからも鬨の声があがる。
幸いにも撤退の準備を進めていたヴェルトゥブリエの動きは早かった。
「陛下! 幕舎と兵糧を捨てることをお許し下さい! 急ぎ撤退を」
「あ、はい」
フェリシーは鈍いながらも魔導具を掲げて、緑の糸を伸ばし主だった兵士に思念を送る。
ノエルの提案した南で落ち合うように指示する。
「陛下ァ! お下がりください!」
プリュトンの軍から一団が飛び出す。神速とも呼ぶべき速度で迷うこと無くフェリシーの元へと突撃し始めた。その先頭にいたのがローラン・ヴェルトゥ・プリュトン侯爵であった。
「その身を国のために捧げてもらう!」
「よくもローランを!」
そのまま突出し、迎撃に出た兵士を蹴散らす。馬蹄で踏抜き、馬上より振り下ろす刃が血飛沫を巻き上げる。
フェリシーと交差。わずかに受け止めたフェリシー。しかし、足を滑らせて地面を転がってしまう。
そこへローランは吹き矢を取り出し、矢を吹いた。それは見事フェリシーの太ももに命中する。
それを確認したローランは、横合いから突き出す槍を辛くも避けた。
「おのれ下郎!」
「裏切り者がぁ! 陛下に何をしたぁ!」
ディオンは自身の歯を砕かんばかりに食いしばり、槍を振り回す。馬上のローランを圧倒する。
「い、いずれわかる時がくるさ!」
ローランは馬首を素早く巡らせると、その場から離れ、迫る集団の元へと戻っていく。
「撤退だ!」
ノエルの叫びに呼応するように、軍は素早く動き出す。
元々の撤退準備も相まって、辛くもグリーンハイランド軍との挟撃は避ける事が出来た。
ヴェルトゥブリエの軍は三つにわかれた。ひとつは東まわりに南へ向かう軍。ひとつは西回りに南へ向かう軍。そして最後はプリュトン軍に突撃して撤退の時間を稼ぐ死兵である。
数は約五千。
彼ら死兵は鋒矢の陣となり、プリュトン軍へと突撃。蛇が巨大な生物の体内を暴れるかのごとく、そのまま敵の中を暴れまわる。対してプリュトン軍は精細を欠いた。裏切りをしたことへの心的負担。そしてこの日のために数をかさ増しのため買った奴隷に、雇った傭兵。
それらが連携らしい連携も取ることも出来ず、死兵の大暴れを許してしまう。フェリシーたちを下手に追撃をしようとすれば、大損害は免れない状況。ローランは冷静に対処し、死兵の撃退を優先。
彼らは最後の死力を振り絞ってローランを探し出し、突撃。後ひと押しというところで力尽きたのである。
その結果五千の兵は壊滅し、見事友軍を撤退させることに成功させたのである。
~続く~




